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Soul Cry  作者: 水無月ナツキ
第一章 出会い、日常、そして……
13/15

チャプター11:雨

 教室を出た明日香は昇降口で傘を回収した。そのまま傘を開き雨の中へ踏み出す。見上げた鉛色の雨雲は空全体を覆い尽くしていた。

 誰もいない校庭を突っ切り、明日香は校門を抜けた。そしてしばらくした所にあるコンビニでカップラーメンを買い、篝の事務所に向かって歩く。

 学校から篝の事務所は意外にも近くにある。歩いて十分といったところだろうか。普段は自宅近くのバス停から直接バスで最寄りのバス停に降りて行く。つまり学校近くのバス停からでも行ける。しかし今回はコンビニに寄ったため、ついでにと歩いて行くことにした。

 雨の中傘を差して歩く明日香はとある歌を口遊む。それもまた篝の事務所で聴いた八十年代のパンク・ロックバンドの歌だ。

 そうしてしばらく歩いた後、篝の事務所がある小さなビルに辿り着いた。

 ビルの入口で傘を閉じ、軽く水を切る。そしてコンクリートの階段を登り、二階にある篝の事務所の扉をノックする。


『どうぞ』


 中から聞こえた声に、明日香は扉を開けて応じた。傘を入口の傘置きに差し込み、事務所の中へと入る。


「こんにちは、篝さん」

「……お前かよ。学校サボるの好きだな」

「サボりじゃないです、早退です」

「言ってろ」

「あ、そうだ篝さん。お湯、もらいますね」


 そう言って鞄から買ったカップラーメンを取り出した。






「いただきます」


 数分後。明日香はカップラーメンを前に、割り箸を割った。湯気が立ち昇るカップラーメンの麺をすする。


「うん、美味しい」

「お前さ、そういうの好きだよな」

「そういうのって、なんです?」

「ジャンクフード」

「あー……そうですね。好きかもです」


 彼女が実家にいた頃、ジャンクフードの類は食べたことなどなかった。食べられなかったというよりは、食べることを禁じられていたからだ。だからだろうか。身体に良くない物は美味しくない、と勝手に想像していた。

 しかし一年前のこと。今日のように雨が降っていたあの日、この場所で初めてカップラーメンを食べた。料理は得意ではないという篝が用意してくれたもの。初めて食べたそれは想像していた味ではなく、意外にも美味しいと感じた。

 それからだ。明日香がカップラーメンという物にハマり、そして偏見を抱いていたジャンクフード全般に手を出し始めたのは。

 そうなったのは篝のおかげというべきか、はたまた篝のせいというべきか。どちらにせよ、明日香がジャンクフードから遠ざかることはないだろう。


「あ、そうだ。新作のカップラーメン食べました? 極赤大魔王デラックスっていうやつです」

「あー、CMでやってたな。業界史上初の辛さとか言ってる」

「そうです!」

「パッケージの写真見て食べる気失せた」

「え!? 食べてないんですか!?」

「……そこまで驚くことかよ。あんな原色みたいな赤色の液体のもん、食べたいと思えるかよ」

「もしかして、辛いの苦手なんですか?」

「そういう次元じゃないだろあの色は」

「そうですか? すっごく美味しいですよ」

「バケモノかよ」


 ちょうどいい辛さだと思うけどな、呟く明日香。すると何故か篝にため息をつかれた。明日香には理由がまったくわからなかった。






 数十分後。明日香はカップラーメンを食べ終わっていた。空になった容器を洗い、コンビニの袋に再びしまった。ゴミを家に持って帰るためだ。

 それが終わると、彼女はソファに座って一息つく。そして何ともなしに部屋中を見渡す。


「汚いです」

「は?」

「この部屋、汚いです」

「そうか?」

「はい。だいたいは掃除されていますけど、あまりみない隅の方とかに埃があります」

「……目立たないからいいだろ」

「よくないですよ。掃除します」


 というわけで、明日香は掃除を始めることに。

 書斎デスクの側にあるロッカーから塵取りと箒を取り出す。そして掃除に取り掛かった。


「そういえば聞きました?」


 部屋の角に溜まった埃を掃き出しつつ、彼女は何気なく篝に会話を振る。


「なにを」

「師匠のことですよ」

「橘? ……あ、ドイツに行くって話か」

「はい。忙しそうですよね、師匠って」

「まあな。……なんでも、ドイツの方で魔術師による犯罪があったらしい」

「そうなんですか?」

「詳しくは知らないがな。なんでそんな話を」

「橘さんに義兄からの手紙をもらったんです。まあ橘さん本人じゃなくて悟くんに渡されたんですけど。ほら急にドイツ行くことになったからって」

「なるほどな」

「……篝さんは、最近義兄に会いました?」

「先月にちょっとな」

「あの、その」


 続きの言葉を言うべきかどうか、明日香は迷う。

 はたして自分がそんなことを聞いていいのだろうか。時雨とは訳あって会うことはできない。電話をすることも、直接手紙のやり取りをすることも。明日香自身が原因でそんなことになってしまった。だから気にしてしまう。自分が時雨のことを気にする権利などあるのだろうかと。


「何だ?」

「いえ、その……義兄は、元気そうでしたか?」


 本当はもっといろいろと聞きたかった。けれど、迷いの末に出せた言葉はそれだけだった。


「……ああ。相変わらず、ヘラヘラとしてやがったよ」

「そう、ですか……よかったです、本当に」


 時雨のにこにこ顔が明日香の頭に浮かぶ。そのにこにこ顔が彼女の心を和らげてくれた。それすらも許されていないとも思ったが、安心することを止められはしなかった。


「……、」

「どうか、しましたか?」


 気が付くと、篝が何か言いたげな表情を浮かべていた。


「いや……何でもない」


 けれど何も言ってはこなかった。明日香に気を使ったのか、あるいはただ単に思い直したのか。どちらにせよ、明日香にはありがたいことだったのかもしれない。彼女自身にもそれはわからない。けれど心の何処かで安心している彼女もいた。


「……そうですか」


 ふと空を見る。窓の外の雨は朝よりも強くなっていて、重い雨雲は空いっぱいに広がっていた。まだまだ止みそうにない。

 悟は球技大会がどうとか言っていたが、この雨では明日もどうなるか わかったものではない。行くにしろ行かないにしろ、どちらにせよ明日の球技大会は中止になりそうだった。そう思うほどの雨模様だった。


「雨、強くなってきましたね」

「そうだな」

「雨の強い日って、気が付くと心がどんよりしちゃっていますよね」

「そういう日もあるかもな。……雨は嫌いか?」

「どうでしょう。好きではないかもですね」

「……そう、か」


 明日香の頭に浮かぶのはあの日の光景。路上で見上げた雨空と、傘を差してくれた篝の顔。いつもの無愛想な表情を浮かべながらも彼は明日香を雨から庇ってくれた。きっと、その日の光景は一生忘れないだろう。それと同時に同じ日に起こった事件も、忘れることはないだろう。


「止むと、いいですね」

「そうだな」


 明日香はしばらく雨空を見続けた。相変わらずザアザアと騒がしく、雨は降り続いていた。



激辛ラーメンはとある激辛鍋から思いつきました。

というわけで、お読みくださりありがとうございます。次も読んでくださると幸いです。

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