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Soul Cry  作者: 水無月ナツキ
第一章 出会い、日常、そして……
10/15

チャプター8:兄妹

 

 ――✝――





 諸星聖也が目を開けると、最愛の妹の顔があった。


「ひか、り……?」

「あ、お兄ちゃん。目が覚めたんだね。よかった」


 どうやら聖也はヒカリに膝枕をされていたらしく、後頭部に人肌の温もりを感じる。


「ここ、は?」

「病院の屋上だよ」

「え? なんで俺」

「なんでって、約束したでしょ?」

「約束?」

「そう。木星と金星のランデヴーを一緒に見るって、そう約束したよね」


 そういえばそうだったと、聖也は思い出す

 どうしてそんな大切な約束を忘れていたのだろう。


「ほら、見て」


 起き上がり、ヒカリが指差す先を見る。夜空に二つの大きな星が浮かんでいた。

 木星と金星のランデヴー。十六年ぶりのその現象はあの時と同じように、静かに二人を見下ろしていた。


「ねえ、憶えてる?」


 隣のヒカリが静かに言った。


「十六年前に約束したこと」

「……、」

「ずっと仲の良い兄妹でいようって、そう約束したよね」

「……ああ、憶えてる」

「お父さんとお母さんが死んじゃった時、二人で精一杯生きていこうって約束したよね」

「……ああ」

「私が大学合格した時も、それぞれの夢を叶えようって……叶えようって約束したよね」


 ヒカリが言葉の途中で涙を流したことを聖也は気がついていた。その顔を見られなかったのは。何の言葉もかけてあげられなかったのは、彼自身もまた静かに泣いていたから。


「ごめん、ね。約束、守れなくなっちゃって。……ごめんね」

「……なんでだよ。なんで謝るんだよ。お前は何も悪くないだろ!」

「でも、約束が……」

「そんなのどうだっていい! 俺は! 俺はお前に生きてほしい」

「それは」

「わかってる! お前にも、俺にもどうすることもできないって、わかってる。でも! ……こんなのってねえよ」

「……お兄ちゃん」

「お前が何をしたっていうんだ。なんでお前なんだよ……」


 聖也は強く拳を握りしめる。


「こればっかりはどうしようもないよ」


 ヒカリがポツリと言った。

 思わず、聖也は彼女の顔を見る。

 相変わらず声が震えていたけれど、彼女は聖也に微笑みを見せた。涙が流れた痕を顔に残しながら、それでも彼女は笑っていた。まるで、自分の死を受け入れているかのようだった。


「私だって死ぬは嫌だよ。だって、お兄ちゃんに恩返し、何もできてないから」

「そんなこと」

「私のためにいろいろしてくれたよね。自分のことは我慢して、私のことばっかり……」

「……違う」

「私がいなければ、お兄ちゃんだって本当はもっと幸せになれたかもしれない。好きなことしていられたのに。……わがままばっかり言って、ごめんね。……ありがとう」

「違う! ごめんだとか、ありがとうとか……そんなのどうでもいいんだよ!」


 謝罪やお礼など、聖也はいらなかった。ヒカリはわがままなんて一度も言わなかった。いつだってごめんねと、ありがとうとしか言わなくて。……けれど、そんなものはいらなかった。聖也はただ、ただヒカリに――。


「俺はな、お前にわがままを言って欲しかったんだ。……お前がわがままを言った? 違うだろ。お前はわがままなんて一度も口にしなかった。いつも俺ばっかりに気を使って、自分のことは二の次で……。俺の方こそお前には好きなことをしていて欲しかった。幸せになって欲しかった……ッ!」

「……お兄ちゃん」

「兄貴ってのはな、妹のわがままに応えるもんなんだ!」

「……ありがとう」


 再び、ヒカリの頬に涙が流れていた。嗚咽を漏らしながら、彼女は手で顔を覆って俯いてしまう。


「ありがとう……お兄ちゃん」


 聖也は思わず妹に抱きつく。


「いいんだよ……お礼なんて、いらないってッ、そう言っただろ」


 聖也の涙も後から後から溢れ出してきて、それを拭うことすらできなくて。

 二人の嗚咽が屋上に響く。


「ねえ、お兄ちゃん。だったらさ、だったら。一つだけ、わがまま言ってもいい?」

「……ああ、あたりまえだ」

「あのね、私……お兄ちゃんと一緒にいたい」

「え」

「最期の最期まで、お兄ちゃんといたい。それでね、いっぱい……いっぱい思い出を作るの」

「……、」

「二人で笑って、二人で泣いて……そうやって最期までいたい」

「最期なんて……」

「このまま未来に絶望してたって、後悔しか残らないよ。そんなの……そんなの嫌だよ。ねえ、私のわがまま聞いてくれる?」

「……、」


聖也は頷きたかった。妹の願いを叶えてあげたかった。妹の初めてのわがままを、聞いてあげたかった。

けれど、答えてしまったら。口に出してしまったら、このままヒカリが消えてしまうような気がして。頷くことができなかった、答えてあげることができなかった。


「お願い、お兄ちゃん」

「俺は」

「お兄ちゃん。私の最期のわがままを聞いて、お願い」

「でも」

「お兄ちゃん」


このままではヒカリは後悔を残してしまう。いや、彼女だけだろうか。後悔を残してしまうのは、ヒカリだけなのだろうか。

聖也は自分の心に問いかける。自分はどうなんだ、と。

自分は後悔しないだろうか。このまま悲しみにばかり見を浸からせて、絶望に打ちひしがれて。ヒカリに最期の瞬間まで悲しい顔をさせるつもりなのか? それで自分は後悔しないだろうか。……いや、絶対に後悔する。そんなの決まっていた。

だから、聖也は勇気を振り絞る。弱い自分に負けないように、言葉を口にした。


「あ、ああ……わかった」

「……ありがとう」

「その代わり、最高の思い出を作ろうな」

「……うん、作ろう」


兄と妹は再び空を見上げる。そんな二人を、二つの星が見下ろしていた。

 

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