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中学一年生篇5

ただいまと声をかけると、リビングから返事が返る。

靴を脱ぎ、自分の部屋へ行く前にリビングへと直行する。母は、カバンも持ったままの直樹に驚いて、どうしたのと目を瞬かせた。


直樹は何かを言う前にカバンから袋を取り出し、更に袋から箱を取り出す。


「なに。新手のマトリョーシカみたい」


息子の突然の行動に、母も興味津々といったように顔を寄せる。

蓋に手をかけ、もったいぶってゆっくりと取り去ると、母の顔がより近づいた。


箱の中にあるのは、先ほどの店で見たカップ。側面は真っ白だが、カップの底は綺麗な赤色。持ち手はハート形になるよう、形は少し歪だ。

箱の中からそっと取り出して、直樹は母に見せた。彼女は大事にそれを受け取り、しげしげと眺める。

小さめではあるが、しっかりしていてズッシリくる。シンプルで可愛らしいデザインだ。


母はニヤリと笑って、直樹の肩を肘でつつく。


「どこ行ってたのかと思ったら、ナオもこういうの買うようになったのかー。つい最近まではオモチャとかお菓子とか、欲しい欲しい!って言ってたのにねえ」


「それ、もっと小さいときだよ」


「お母さんからしたら、いつまでも小さいの!」


額を小突かれる。

頭をグラリと傾けさせれば、母は「あはは」と笑ってマグカップを返した。


直樹は手を洗うのと一緒にマグカップも水に潜らせ、丁寧に拭く。

早速、使ってみようとティーポットにお湯を入れた。真新しいカップには紅茶のパック。袋を開けると、優しいニルギリの香りが漂った。


「お母さんにも」というリクエストにお答えして、ポットにお湯を足し、カップを用意する。

夕飯の準備に追われる彼女の後ろで、紅茶の匂いが一段と強くなった。お湯を注ぐと、すぐに茶葉が開いて甘い香りを部屋中に撒き散らす。


胸いっぱいにその香りを吸い込みながらティーパックを取り出し、直樹は自分の分にミルクを足す。そして、一口。


いつもよりも美味しく感じるのは、気のせいではないだろう。まるで魔法にでもかかったようだ。

ほっと吐息を吐き出すと、包丁を持ったまま近づいてくる母が見え、慌てて飛び退いた。


「お母さん!危ないってば!」


「え?ああ、ごめんねー。だって、美味しそうに飲むんだもんよ」


持っていた包丁をテーブルに置き、熱い紅茶を冷ましながら口を湿らせる。


人が作ってくれるものほど美味しいものはないわ!と、適当なことをのたまわり、椅子に座って本格的にくつろぎ始めてしまった。

そのとき、玄関の開く音がして、すぐに閉まった。この時間に帰るのはたぶん


「ただいま!」


顔を出したのは、思った通り沙也加だ。

茜と同じジャンパースカートだというのに、何がこんなにも違うのだろう。使い込んでいる制服のせいだろうか。


直樹は、茜の制服姿と自分の姉とを見比べてみるが、血の繋がりがあるだけに魅力的に映らないことを知った。

沙也加の性格を知っているので、外見に魅力があったとしても、かき消されてしまっている。

きっとそうだと断定して、「おかえり」と出迎えた。


もう一口紅茶を飲んで、二階に荷物を置いてこようとしたとき、目ざとい沙也加は気が付いた。


「あ、なにそれ。新しいコップじゃん」


食卓横にあるラグにカバンを放り投げ、直樹の手にするマグカップを見つめ、近づく。

彼女には自慢しようという気が起こらず、簡素な受け答えで流す。


母は沙也加の物欲センサーが働く前に、直樹が自分で買ったことを話し、釘を刺しておく。

弟が日用品を買うことが珍しいのか、沙也加は関心したように彼の手からカップを奪い取った。


あっと言う間もなく、まるで大人がビールを飲むようにグビリと飲む。ミルクを入れたので、そこまで熱くはないことが、今は恨めしかった。

返ってきたカップには、もう半分もない。


恨みがましく沙也加を見る直樹だが、当の彼女は気にしていない。真っ白でつるりとしたマグカップを示し、直樹に尋ねた。


「取っ手のところ、変わってるね。持ちやすいから困らないけど」


「それ、お母さんも思ってた」


そうそうと、隣で頷く母。

直樹は、あくまでも母に向けて、少し誇らしげにカップを両手で掲げ、背を伸ばした。


「茜ちゃんとお揃いなんだ。取っ手を合わせると、ハートの形になるの」


言って、片割れの持ち手を二人の顔に近づける。

言われてみればと、母は嬉しそうに

笑った。


「茜ちゃんと、仲がいいのね」


言うと、沙也加も同調する。


「ほんと、中学になっても二人で出かけるなんて。ナオ、茜ちゃんと付き合ってんじゃないの?」


滅多なことを言うものじゃないと言ってやりたかったが、ここで騒いでしまっては彼女の思うツボだ。

似た者同士な女性軍に、直樹は澄まして答える。


「茜ちゃんは、仲良しのお友達だよ。お姉ちゃんこそ、彼氏いないの?」


「そうだよ、沙也加はいないの?」


コロコロと仲間を変える母に対し、沙也加はウッと言葉を詰まらせ、こちらはコロコロと話題を変える。


「お母さん、なんでテーブルに包丁が乗ってるの?」


「あ、いっけない!」


沙也加の指摘に、母は夕飯の途中だったことを思い出し、時計を確認して立ち上がった。父が帰るまで、あと少しだ。

その間、何かを言われる前にと、沙也加はカバンを持って自室に避難する。


直樹は小さく笑い、自分の荷物が邪魔にならないようにと、沙也加に続いて階段をのぼった。


部屋に入ると沙也加が着替えている最中で、彼女のためにも、そろそろ一人部屋が欲しい頃だなと思う。同じ家族だとしても、肌を晒すのにいい気はしないだろう。

もちろん、それ以外にも理由はあるが。


一応、謝罪をしながら、対面した角にある自分のクローゼットに向かう。

早く着替えて出てしまおうとした矢先、沙也加から声がかかった。


「私、ちょっと心配してたんだ」


突然始まった告白に、面倒なことを言われるのだろうかと身構えたが、そんなことはなく。

ちらりと沙也加に視線をやると、自分に似た横顔が見える。表情は見えにくいが、少し安心したような、肩の荷が下りたような雰囲気だ。


なんのことかわからずに無言でいると、スカートの下からズボンを履いて、沙也加が言う。


「アンタ、前に私の服着てたじゃない。そのまま外に出て行っちゃってさ……覚えてる?」


覚えているもなにも、今では沙也加の服など借りなくても、自分のクローゼットで事足りる。

などと、まさか言えたことではないが。


「……覚えてるよ」


「そっか……。アレがあってからさ、ナオはオカマになるんだって思って心配だった。よかったよ、普通に戻って」


心配して損したと、制服をハンガーにかけ、携帯を手にサッサと部屋を出て行く沙也加。

中学三年になって買ってもらった新品の携帯は、友達との情報交換で忙しく作動している。扱いも慣れたもので、指が別の生き物のように動くのだ。


バタンと扉が閉まり、直樹は詰襟を抱きしめたままその場に立ち尽くす。

だが、シワになってしまうといけないので、ゆっくりと制服をハンガーにぶら下げ、ゆっくりと部屋着に袖を通した。

クローゼットに向き合う際、茜から貰った服を、袋のまま奥にしまう。

そこには、今まで貰った服が同じように袋に入って、ズラリと並んでいた。着る機会はあまりないので、見つからないように貰ったときのままだ。


床に膝をついて、クローゼットの中をじっと見つめた。


見かけは男物ばかりなここも、全部を曝け出せば自分と同じ。秘密のお城状態と化していた。

沙也加に言われた言葉が頭の中をグルグルとまわり、モチベーションが下がっていくのを感じる。

廊下から聞こえるテレビの声が、現実と切り離されたようだった。自分の心がついてきていないと、やっとわかった。


小学生のときの戯言だと思われているのだろう。大きくなれば、考えが変わると思われているのだろう。

あれから大きな失敗はしていないだけに、もう終わったことだと思われているのだろう。


直樹は放心して、床にお尻をつけたままクローゼットの扉を閉めた。

心を閉ざして、奥に本音をしまいこむ。


いつしか、女の子の格好をするのは普通じゃないと自分でも感じてしまっていた。

どれだけ口では、好きな服を着てもいいんだと言ったとしても、結局のところ自分がしていることは周囲には認められないことなのだと知ってしまう。

そして、いけないことをしているとわかってはいても、やめられないことは十分わかっている。


女の子の格好をしているときが、一番自分でいられて、一番しっくりきている。

それなのに。


直樹は膝を立てて蹲り、今日の茜の笑顔を思い出していた。

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