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中学一年生篇4




いくつかの店を見て回っただけでも、いい時間になる。

直樹は、来るときよりも幾分楽な気持ちで電車に乗り、トイレに駆け込んだ。


着替えを終え、マグカップぶん重くなったカバンを肩にかけ直して、直樹はトイレから出る。

茜の待つ横顔が見え、相変わらずのしゃんとした立ち姿に格好よさを感じた。


「お待たせ」


小走りに近づいてカバンを交換すると、なぜか微妙な顔で直樹を頭のてっぺんから足先までを眺める。

くすぐったくて首を傾げると、ぐっと顔が寄った。


「えっと、えー……」


なんと言えばいいのか、むしろなにも言わないほうがいいのか。

直樹が視線を逸せずにいると、への字に曲がった茜の口が動いた。


「なんか、変な感じ。しっくりこない」


そういうことかと、直樹は胸を撫で下ろす。気がつかないうちに制服を汚していた、などという取り返しのつかないことであれば、大変なことだ。


お返しとばかりに直樹も茜をじっくりと見つめ、顎に指を当てて口を曲げる。


「茜ちゃんこそ、詰襟似合うんじゃない?」


「無理無理!アタシは私服で十分だよ!それに、また親に怒られる」


母の雷が落ちる(さま)を思い出し、茜は自分の体を抱きしめてブルリと震えた。

帰りが遅くなっても怒られることには変わりないので、早く帰ろうと茜が急かす。二人は駅構内を出て、夕闇の下に並んで歩き出した。


小学校時代とほとんど変わらない帰り道は、直樹たちを懐かしい気持ちにさせる。


舜は、中学にあがってからというもの、直樹の家に入り浸ることはなくなった。遊びに行くことはあるが、中学になってまで一人で留守番ができないわけはない。

母親も安心できる歳になったのだろう。


比較的、家の近い彼ら三人で遊ぶことは頻繁にあった。毎日のように一緒にいた頃が懐かしい。

最近は、男女分かれてのグループ構成が、薄い膜のように邪魔をしているように感じる。三人が学校で時間を共にすることは減っていった。


それが大人になるということなら、このままでいたいと直樹は思う。

男の子とも、女の子とも、同じ輪の中に入っていたい。そう思うのは、おかしいのだろうかと頭を悩ませる。


グループを作ろうと言い出したわけでもないのに、いつの間にか出来上がってしまっていて、直樹は置いてけぼりをくらいそうだ。


小学校と中学校の違いを、茜とぽつぽつ話していると、ふと思い出したように彼女が尋ねた。


「そういえば、プールはどうするの?」


「……忘れてたのに」


嫌な現実を突きつけられ、直樹は首をすくめた。


今までなんとか切り抜けてきたプールの授業は、たった今から振り出しに戻ってしまった。

再び言い訳を繰り返す日々が始まるのかと思うと、ズンと圧力がかかってくる。


人前で、自分の体をひけらかさないといけない事実。

隠したいのに、そうはできない。小学生時の担任の笑った顔が、ずっと心の中で渦を巻いている。


「いっそ、男女とも水着の形を一緒にしちゃえばいいのにね」


暗い顔になった直樹を励まそうと、茜が「名案だわ」と手を打った。

面白い考えに、直樹も笑顔で話しに乗っかる。


「みんな一律、上下付きの水着で?」


「いいね。それか服のままでいいよ。どっかでは服のまま泳ぐらしいよ?」


「え!?海外とか?」


「ううん、日本」


水着論争は日本の水着から、海外のプール事情にまで手が伸び、外国はプールの授業があるのか、はたまた男女の関係はどうなのかと盛り上がった。


他愛ない話はいつまでも続くが、帰り道と時間は無限ではない。

十字路まで来ると、茜が一歩前に出て肩にかかるカバンを揺らした。


「コップ、大切に使うから」


ニッと笑う彼女に、直樹は頬を染めて大きく頷いた。


二人は小学生のように手を高く挙げて振り、別れる。

どんどん小さくなっていく茜の後ろ姿を見送り、直樹も自身の家に向けて歩を進めた。

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