中学一年生篇3
駅を二つ越えただけなのに、いつもと様相の違う街並みに心が躍る。
二人を知る人など一人もいないみたいで、ここから新しい自分が確立されるのかと思うと非常に楽しみだった。不安もないわけではないが、周りと自分は違うのだと、直樹は胸に秘める。
二人は、取り敢えず駅の中にあるお店を見て周ることにした。
最寄りの駅と似た並びでお店があり、店数も同じくらい。本屋やお菓子屋なんかも軒を連ねる中、直樹は雑貨屋の前で足を止めた。
ディスプレイされていた可愛らしいバレッタに目が奪われる。
茜も足を止めて、店を覗く。
明るいパステルカラーを基調とした店内は、文房具や日用雑貨が所狭しと棚に並ぶ。
お手軽な値段のアクセサリーもあり、同じくらいの年齢の女の子たちが、談笑しながら品物を手にとってみたり、実際に合わせてみたりと忙しそうだ。
茜が好みそうな店ではないことがわかっていたので、直樹はグッと我慢して先を行こうとしたとき。
「入らないの?」
茜が後ろから声をかけた。
踏み出そうとした一歩を制され、直樹は恨めしそうに茜を見やる。
「だって、茜ちゃん嫌でしょ?ほかのとこにしよう」
自分が楽しむばかりでは忍びない。
このお出かけをプランニングしてくれたのは茜で、ただついてきた自分ばかりがいい思いをするのは、お門違いというやつだ。
直樹は彼女の制服の裾を引っ張るが、逆に腕を引かれてしまう。
胸に飛び込んでしまいそうになるのを、つま先立ちで堪える。危ないじゃないかと言う前に、茜の柔らかな声が鼓膜を震わせる。
「ナオが見たいなら、いいよ」
完璧なスマイルと共に紡がれた言葉に、直樹の胸がキュンと縮んだ。
色々と持っているものが違う友人といるのは、いくら寿命が長くても早死にしてしまいそうだ。
「茜ちゃん、彼氏みたいなこと言う」
「そう?自分の為なら話は別だけど、人が選ぶのを見るのは好きだよ」
ほら、と背中を押され、女の子の中に仲間入りする。直樹は茜の影に隠れるようにしながら、アクセサリーを眺めた。
母のしているものよりは子どもらしくて可愛いものが多いが、どれも遜色ないように思える。
ネックレスだけでも、小さな地球儀がついたものや、薄い金属が小鳥やリボンを象ったもの、小ぶりな石を散りばめたものなど、種類が豊富だ。
そのネックレスに合わせて作った、ブレスレットやアンクレットまである。
イヤリングは、さすがにまだ早いだろうと、直樹は手近にあったブレスレットを手にとった。
ブルーを中心とした小さな石が等間隔で並び、爽やかな雰囲気が、これからの夏にピッタリだ。
「かわいい」
思わず呟けば、茜も同調する。
「うん、かわいい。このネックレスと同じじゃない?」
差し出されたネックレスは、なるほど、同じ石が使用されていて同じような感覚で並ぶ。
一緒につけたら可愛いかな、と直樹は微笑む。
彼の表情が柔らかくなったのを見て、茜も嬉しくなる。他にも似合うものがあるのではと視線を走らせると、すぐ隣の頭上から声が降ってきた。
「ねぇ彼女たち、見ない制服だね」
茜が横を見ると、年上と思しき男子生徒が二人、ニヤついた笑顔で立っていた。直樹も驚いたようで、ブレスレットを握って固まっている。
先ほどまではいなかったのに、いつの間にこんな近くに来たのだろうか。
茜は直樹を守るように盾になり、もし彼に何か言おうものならぶん殴ってやろう、と物騒なことを考えながら笑顔で答えた。
「ここらの生徒じゃないので」
へえ、と声をかけた男子生徒が笑う。
「どこから?」
「秘密です」
「冷たいなー。ね、暇じゃない?一緒に遊ぼうよ。そっちの彼女も一緒にさ」
直樹の体が揺れるのが茜にも伝わった。顔を近づけようとする男子生徒の前に立ちはだかり、茜は直樹の手を掴む。
「悪いけど、もっと違う子を選んだほうがいいよ。こんな上玉、勿体無くてあげらんない」
そう言い捨て、アクセサリー売り場から離れて日用雑貨コーナーへ避難する。男子生徒たちが、悪態をつきつつも店から離れていくのを確認して、茜はため息をついた。
されるがままだった直樹は、胸に手を当てて呼吸を整える。
「ビックリした……こんなこと、あるんだ」
「ったく、こんなの全然嬉しくないよ。電車の男の子のほうがいい」
肩をすくめた茜に、直樹はクスクスと笑った。
ふと、棚に視線をやると、マグカップがズラリと佇んでいる。その中、茜の近い場所にあったマグカップの一つに目を奪われた。
二つで一つのマグカップらしく、カップの取っ手が印象的。S字を描く持ち手を二つくっ付けると、ハートの形が浮かび上がる。
二つを手にして持ち手を付き合わせてみると、ちゃんとハートの形になった。直樹は目を輝かせて茜に向き、「見て!」と体を寄せた。
距離を詰める直樹に、どうしたのかと茜も顔を寄せ、マグカップを見る。
「わあ!ハート!」
「ね!かわいい!」
装飾品を見ていたときより大はしゃぎの直樹に、茜は提案する。
「買っちゃおうか」
「本当!?いいの?」
「うん。そこまで値段も高くないし、お揃いで可愛いじゃない」
直樹の手から、一つマグカップを預かり、底に貼ってあるシールと、棚の奥にある箱の番号とを見比べて商品を探す。直樹も、持っているカップを探し出す。
お小遣いの残高を計算しながら、思う。お揃いで可愛いものを買おうと茜が言ってくれたことが、直樹は嬉しかった。ほくほくとした気持ちで、彼女とレジに向かう。
財布を出そうとポケットに手をかけたとき、茜が「いいよ」と口を挟む。
「今日はアタシが声かけたんだし、プレゼントするよ」
「え!悪いよ!」
「いいから、いいから」
直樹が財布を取り出す前に、茜がお札をレジのお姉さんに渡してしまう。
ああ……と意気消沈する直樹の姿に耐えられなくなったのか、レジを打つお姉さんの顔が綻ぶ。笑われていると気がついたときには遅く、お姉さんは口元を隠して「ごめんなさい」とお釣りを差し出した。
「可愛らしい子たちだなと思って。女の子同士で、カップルみたいね」
ありがとうございます、とマグカップの入った袋を手渡され、二人は顔を見合わせて笑った。