中学一年生篇
真新しい制服は袖がだぼつき、お尻が隠れてしまいそうなほど裾も長い。椅子の隙間に制服が引っかかってしまうほどに。
そのうちピッタリになるからと直樹の母は言ったが、スカートのようで悪くないという気もしている。このまま成長が止まってしまえばいいと、直樹は思う。
黒の詰襟は首元が息苦しいように感じる。喉元を引っ張りながら、学校指定のカバンに教科書を詰めていった。
直樹は、茜や舜と同じ中学校にあがった。茜とはクラスが離れてしまったが、仲の良さは変わらない。
部活見学に行くという舜は、健二と一緒に教室を出て行った。結局、あれから健二は何もなかったような顔をして、舜と友達を続けている。舜も特に何を言うでもなく甘んじて受け止めていた。
大事にならなくて良かったと思う反面、やはりあのとき少しでも言い返せていたらと、直樹には後悔の念がある。過ぎたことを言っても、もうどうしようもないのだけれど。
教科書が入って重くなったカバンを肩にかけ、直樹は隣のクラスに向かった。
作りは同じ教室内だというのに、雰囲気がまるで違う。ドキドキしながら顔を覗かせると、前方の黒板に近い席に座って、お喋りをしている茜がいた。もう新しい友達ができている。
直樹は尻込みしつつ、クラス前方の扉に移動して茜に声をかけた。
「茜ちゃん」
「ナオ!あ、じゃあアタシ帰るね」
一緒にいた友達に別れを告げ、茜はカバンを持って直樹の隣にならんだ。
「もうお友達ができちゃったんだね、凄いなー」
振り返ると、三つ編みにした髪を左右に垂らした可愛らしい女の子が、手を振っていた。
茜も彼女に返し、転ばぬように前を向いた。
「席が近かっただけだよ。まだ直樹と舜くらいしかいないって」
小学校のときよりもさらに短い、ベリーショートに近い髪を指でかき混ぜる。顔が整っている彼女だからこそできることだと、直樹は彼女の横顔に見惚れる。目尻に並ぶ、二つのホクロが色っぽい。
直樹も伸びた前髪を手ではらってみるが、長髪が似合うようには思えない。
ちょっとした男女の格差を感じつつ、下駄箱に向かう。
「そうだ、また洋服貰ったからさ、あとであげる」
靴を踏み潰して履き、大きな学生カバンを直樹に傾ける。洋服屋のビニール袋がちらりと覗く。
直樹は頬を緩め、ありがとうとお礼を言った。
ここ最近、直樹は女性物の洋服を貰う。茜の従姉妹が、お下がりを彼女に持ってくるのだ。茜の母は、男の子の格好をする娘を良く見ておらず、従姉妹にいらない服が欲しいと連絡をしたのだという。しかし茜は女の子然とした服を着る気持ちにはなれない。
何にしろ着ないのはもったいないと、彼女からの流通が始まるのはすぐだった。
小学校の一件以来から、二年目を迎えようとする今までそれは続き、直樹のクローゼットには女の子の洋服が重なってきた。
両親や姉には秘密にしてある。女の子の服を頂いて着ていますだなどと、口が裂けても言えない。あのとき言われた母の言葉を思い出し、腕を擦る。小学生のときでも恐怖したというのに、今は大人の階段上る中学生である。まだシンデレラだとしても、魔法が切れる時間は、そう多くない。
俯きそうになる直樹の腕を茜が引っ張り、学校から近いショッピングモールに入っていく。
二人が目指すのは、かわいい洋服やアクセサリーが並ぶ洋服・雑貨売り場ではなく、また、学生らしい寄り道の定番であるゲームコーナーでもない。
隅にある、男女兼用の小さなトイレ。体の不自由な人以外の男女兼用はここだけ。数も二つだけで利用する人は少ない。
直樹は茜とカバンを交換して、迷いなくトイレに入った。
無言で交わされる視線だけの会話だったが、やることは一つ。
しばらく、自分から発する衣擦れの音を聞いていたが、次第に心臓が早まってくる。
重い詰襟を脱ぎ、ズボンを脱ぐ。そして、茜から受け取ったジャンパースカートを取り出した。姉と同じものだが、今日はいつもと違って見える。
緊張も露に、直樹はそっとスカートに足を入れ、腕を通す。収まった体は小さくて、ヒラヒラと舞う夏用スカートのプリーツ部分が、足全体を覆ってしまいそうだ。
直樹は茜に言われたとおり、ベルトでスカートの長さを調節し、しっかりととめる。少しプリーツが歪になってしまったが、さして気になるようでもない。
履いていたズボンはカバンにしまい、そっとトイレの扉を開いた。
すぐ目の前に茜の姿がある。直樹のカバンを持って立つ姿は凛々しく、思わず首が引っ込む。
彼女と並んで歩くことなど、本当にできるのかと不安になった。
だが、こんなところで愚図ついて待たせることはできない。直樹は決心して、一歩外へ出た。
「わ……ナオ、かわいい」
第一声がこれ。直樹は真っ赤になってお礼を言う。
「ありがとう。でも、茜ちゃんには負けちゃう」
「何言ってんの。私なんかより、百倍かわいいよ」
にこりと笑って歯が浮くような台詞を述べる。目元のホクロが一段とセクシーに映った。
跳ねる心臓を押さえ込み、直樹は上着もカバンの中へ押し込んだ。春の陽気は暖かく、上着がなくとも十分。
直樹は髪を手ぐしで整え、興奮気味に茜に近づいた。
「なんだか、凄いことしてるみたいな気がする!」
「実際してるよ。ナオが着たい服を着て、こうして外へ出てる」
顔を見合わせ、手を取り合ってふふっと笑う。いけないことをしているようで気分は高揚し続けているが、直樹は充足感に包まれていた。
初めての試みに、怖くて膝が笑う。もしも誰かにバレてしまったらと思うと、より焦燥が高まるが、茜と二人でいることが直樹を強くさせた。
「行こ」
直樹のカバンを背負いなおし、茜が前を行く。