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ウェストミンスターアリス  作者: サキ(原著) 着地した鶏(翻訳)
7/16

少女は困り果てて

 塀の上に寝そべるチェシャ猫と見上げるアリス。

「調子はどうだい、お嬢さん」とチェシャ猫が尋ねます。

 すると返ってきたのは「最ッ悪!」の一言だけ。もちろん、この言葉には嘘偽うそいつわりなど少しもありませんでした。


挿絵(By みてみん)


 つい先ほどまで、アリスはクロッケーの試合に勤しんでおったのです。そうです、トテモ最ッ悪なクロッケー大会に、狼狽うろたえ腹を立てながら参加していたのです。

 詳細を語りますと、他の参加者はみんなクロッケーのド素人だったのです。何をどうすれば良いかも知らないらしく、ほとんどみんな何もしておりませんでした。アリス自身、このフープにボールを通すだけの簡単なゲームで今まで何度も涙を飲んできたのですが――そんなアリスでも『勝てる見込みは十分……かも』と思えたのです。


 ですが、そんなアリスを困らせたのは競技場でありました。地面は畝だらけのデコボコで、穴が三つもある三脚フープもあるではないですか。どの穴に通せば良いのか、これでは切り抜けるのも一苦労。その上、ボールは活きの良いハリネズミの球でありました。この頑固で意地っ張りなハリネズミたちをジッとさせるのがとにかく大変で、一匹につき一分が限界でした。それから木槌マレットにはフラミンゴを使わなければならなかったのです。不屈の思いを抱いたそのフラミンゴはずっとカチコチに固まったままでして、『機嫌を直してくださいな』と、絶えずなだめておかねばなりません。


「あ、こっちのフラミンゴさんは今なら何とかなりそう。だって鳥籠もあげたし、フラミンゴさんの好きにさせてあげてるんだから……ほら、とってもご機嫌になってきたわ」

 すると、アリスは残念そうな声で言いました。

「でも、もう一羽の……最初に使ってたフラミンゴさんは、どこか畝の中に迷い込んでしまったみたいなの。最後に見た時には……トンネルを掘ろうとしていたわ」


挿絵(By みてみん)


「トンネルだって? フラミンゴがトンネルを掘っていたのかい?」とチェシャ猫が訊きました。

「ええ、海に潜るみたいにして畝に頭を突っ込んでいたわ」

「なるほどね。きっと、そのフラミンゴは身を隠したかったのさ。逆向流ぎゃくりゅうみたいに文句を言ってくる連中からね、逃げたかったのさね」

 そんな冗談を飛ばすチェシャ猫にはニヤニヤ笑顔が張り付いておりました。そんなニヤニヤ笑いを見ても、アリスは何も言いません。そして猫の笑いが収まってから、こう続けるのです――


「このボール……いいえ、この二匹のハリネズミもね、木槌フラミンゴさんがそんな感じだから、やることが無くてチクチクと怒り出しちゃったの。それからこの子たちってとっても目が悪いでしょ。二匹とも見ている所がてんでバラバラだから、二匹とも別々の方向に走り出しちゃうの。さっきからずっとそう。たまたま同じ方を向いてくれないとちゃんと進んでくれないの。それにこの子たち同じフープを一緒にくぐろうとするのよ。あれが無かったら、最後のフープもクリア出来たのに……」

「二匹とも? クロッケーは一つしかボールを使わないんじゃなかったっけ?」

「ええ、そうよ。私は一匹しか使わないで、もう一匹はのけておいたわ。そしたら、競技場のあちこちで色んなハリネズミたちが大声で鳴き始めたのね。そしたらもうどの子が自分のボールなのか、全然分からなくなっちゃって……」


 アリスは憂鬱そうに言いました。

「本ッ当に、がっかりなクロッケーパーティだわ。今までやった中でも飛びきり最悪よ。こんなパーティを続けてたら、今にもパーティなんか無くなっちゃうでしょうね」

「ほらほら、そんなに背中を丸めなさんな。ねえ、そんな汚い言葉なんて使いなさんなよ。そんなことしても無為なことさね」とチェシャ猫はアリスに同情を寄せました(もちろんアリスは背も丸めてなければ、汚い言葉も使っていなかったのですが……)


「そうそう、我慢なさいな。ほら、フラミンゴもちゃんと抱えておいてね」

「ねえ、クロッケー大会はもうこれで終わりなのかしら」

「いいや、まだだね。お嬢さんには『正しいボール』でゲームを続けてもらうよ」


 そのとき、チェシャ猫とアリスの目に映ったのは競技場に転がるハリネズミたちの姿でした。

「正しいボールって……ねえ、どれなの?」

 アリスが尋ねると、チェシャ猫はそっと姿をくらましました。


【脚注】

アリスが困り果てているのは、1901年の自由党における様々な出来事のせいである。まず、最初に登場したフラミンゴはエドワード・グレイ卿で、二番目のフラミンゴはローズベリー伯を表わしている。

「畝」だらけのデコボコな地面は、ローズベリー伯が行った演説(1901年7月)の中の「私は私一人でも自分の畝を掘り進まなければならない」という言葉を揶揄している。「逆向流ぎゃくりゅう」のように文句を言う連中と書かれているが、この「逆向流」とは、大抵の場合、自由党内の意見の食い違いを表わすために使われる言葉である。

 また、挿絵を見るに、二匹のハリネズミのうち、一方には「ラティガン」と書かれ、もう一方は頭に「I.L.P.(独立労働党)」、尻に「L.I.(自由党帝国主義派)」と書かれている。これは1901年9月の北東ラナーク地区の補欠選挙を諷刺したものである。この補欠選挙ではセシル・ハームスワース卿が自由党の帝国主義派として立ち、R・スマイリー氏が独立労働党として立候補した。そのため、進歩派リベラル急進派ラディカルが票を奪い合い、その様子を後目しりめに自由統一党のW・H・ラティガン卿が首尾よく議席を勝ち取ったのである。

(※ Westminster Gazette誌の編集長J. A. Spender (1862~1942) による注釈)


【備考】

原題:『Alice in Difficulties』

初出:Westminster Gazette 1901/10/9

ルイス・キャロル『Alice's Adventures in Wonderland』(The Queen's Croquet-Ground)のパロディ

挿絵は諷刺画家 Francis Carruthers Gould (1844-1925)の作品(Public domain)


【訳者の解釈】

ボーア戦争を巡り、野党たる自由党は見事に二分された。しかしながら、積極的な戦争論を唱えていた帝国主義派の連中も戦況が劣勢になるにつれ次第に力を失っていく。パーティの終焉はもう間近であるように思えた。

自由党の帝国主義者の代表格にエドワード・グレイ卿がいた。自由党が大敗を喫したカーキ選挙においても『不戦勝』を飾り自己の議席を保持し続けたグレイ卿であったが、野党に置いては政治力を十分に振るうこともままならない。そして、もう一人の帝国主義者であるローズベリー伯爵はグレイ卿以上の苦境に陥っていた。かつては自由党の党首として、かつては英国の首相として権威を振りかざしていたローズベリー伯。しかし、時勢の流れは薔薇の老木から全てを奪い去ってしまった。南アフリカでの戦況悪化を前にしても帝国主義的な持論を固持するローズベリー伯を待ち構えていたのは孤独な孤立である。哀しき孤独の苦しみを味わうローズベリー伯は声を大にして「私はたった一人でも前に進む、たった一人でも土を掘るのだ」と叫ぶ。しかし、その叫び声はリベラルクラブの壁に虚しく吸い込まれていくのであった。


また、次のような話もある。スコットランドの選挙区に北東ラナークという地区があるのだが、当選するのはいつも自由党の候補者であった。自由党が大敗した1900年のカーキ選挙のときですら、北東ラナークでは自由党員が勝利したのである。しかし、1901年の補欠選挙のときは違った。立候補者は三人、自由党帝国主義派のセシル・B・ハームスワースと独立労働党のロバート・スマイリー、そして自由統一党のウィリアム・H・ラティガン。そして、議席は一つ。三人はその一つの議席を巡って争うのであったが、結果はラティガン氏の大勝に終わった。その票差は千票近く、自由党にとっては大敗であった。

『自由党』好きの選挙区が『自由党』をアッサリと裏切る――これは『自由党』の落ち目を端的に表す一件であろう。

そう、『パーティ』の終焉はもう目の前であった。


【風刺モデル】

〇フラミンゴ(The Framingoes)

 自由党の帝国主義者、二人。

 自由党:ファラドン準男爵エドワード・グレイ

 自由党:ローズベリー伯アーチボルト・P・プリムローズ

〇ハリネズミ(Hedgehogs)

 北東ラナーク選挙区での1901年9月の補欠選挙の立候補者。

 自由党:セシル・B・ハームスワース

 独立労働党:ロバート・スマイリー

 自由統一党:ウィリアム・H・ラティガン

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