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ウェストミンスターアリス  作者: サキ(原著) 着地した鶏(翻訳)
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アリスと自由党

 通りを歩くアリスが目にしたのは、ひどく騒がしい大集団の大行進でした。ですが『行進』と言うほどの凄みはございません。誰も号令を掛けませんし指揮する者もいないようなので、みんな三々五々のバラバラに歩いておりましたから。


 その人の群れを眺めていると、アリスはあることに気が付きました。服や帽子のような目立つところには何やら文字が縫い付けられていたのです。『I.L』という二文字の刺繍をしている者もいれば、単に大きな『L』とだけ縫いつけている人もおりました。中には小さな『e』をやたら縫い付けている者もいたのです。(『みんな、パンツにも同じような模様を描いているのかしら』と、そんな妄想がアリスの頭をよぎりました)

 みな人は互いに押し合い圧し合いで、先を争って小さな山へと駆けて行きました。ですが既に山頂に腰を下ろしている人を見ても、お尻の辺りはお世辞にも安定とは言えませんでした。

『あの人たち、今にも落っこちちゃいそう。上手く転がらないと、もう何処にも行けないような怪我をしちゃうでしょうね』

 アリスは心の中で呟きました。


 さて次の瞬間、気付けばもう人の波は何処かへ行ってしまいました。雑踏を抜けたその場所は広々とした集会場です。ゴタゴタした喧騒から逃げ出すことが出来て、アリスはホッと胸を撫で下ろすのでありました。

 ふと集会場の隅の方を見ますと、大理石で出来た大きな階段に誰かが腰を下ろしておりました。その人は不安を浮かべた白の王様(ホワイト・キング)。重い王冠を頭に載せた白の王様でした。尋常ならざるバランスで王冠を被っているのですから、その苦しそうな顔を浮かべるのも無理はありません。

 アリスに気が付くと、白の王様はこう尋ねてきました。

「ちょっといいかね、お嬢さん。そこらで喧嘩ばかりしている連中を見なかったかね?」

「ええ、ついさっき見ましたわ。とっても沢山……二百人くらい?……いいえ、三百人はいたかしら」

「おかしいの、みんな合わせても二百人は多すぎるんだが……」

 王様は手帳を開きながらそう呟きます。

「それじゃあ、本当は何人いるの?」

「ふむむ……実はまだ正確な人数を知らされて無くてな。外で騒いどる連中も何も知らんのだろう。まあ、これには深い事情があっての……」

 神経質そうな声で王様は続けます。

「ちょうど今、伝令官が一人も居らんのだよ。普段はそこらに何人か居るのだが、どういうわけだか近頃は姿も見せんのだ。連絡を取ろうにも捕まらんし、それに音信不通ときた。お嬢さんや、伝令官みたいなのと擦れ違ったりしてないかね? 音信不通の伝令官と所在不定の伝令官だ。バークレイ街の方から来た人を見てないかね?」

 王様が執拗に詰め寄りますが、アリスは首を横に振るしかありませんでした。しばらく考え込んでから王様はまた口を開きます。

「ふむむ……例えば、そのバークレイという街には或る伝令官がおってな。プリムローズ特使という伝令官だ。その特使殿は自由貿易や協調外交のことを良く御存知での、ワシは伝令官の中でも一番の信頼を寄せておる。そんな特使殿のおかげで我が陣営も相当に助かっておるのだ。だがの……特使殿は帝国主義がお好きでな。高圧的な態度を崩そうとせぬから、貿易屋や外交屋の連中は特使殿をひどく怖がっておるのだ。来て欲しいと言ったときにだけ特使殿が来てくれるならのう…………もしそうなら、特使殿がそこらを兎みたいに跳ね廻っていても、いちいち気を揉んだりしないで済むのだがね」


 そこでアリスは同情気味に尋ねました。

「それじゃあ、貴方の言葉を伝えてくれる人は誰もいないの?」

「いや、他にも一人おるよ。アン・カーキ伝令官というのがな」

 手帳を開きながら、白の王様は伝令官の名前を言いました。

「アンカ……ごめんなさい、今、何ておっしゃったの?」

「お嬢さん、カーキが何かというのは知っておるだろう?」

「えっと、色のことでしょ? 土埃みたいな色よ」

 アリスはすぐ答えました。

「その通り! そなたは良く存じておるな。だが、その男はお嬢さんとは違ってカーキが何であるかを知らんのだ。だからアンカーキ伝令官と呼んでいるのだよ」

 王様の返事を聞いて、『これ以上質問を続けても無駄みたいね』とアリスは悟りました。王様の話はまだまだ続きます。

「アン・カーキ伝令官殿は丁寧で親切な男なんだがね、とにかく驚くほど時間を守らないのだ。半世紀も早くやって来たかと思えば、今度は半世紀も遅れて来る。そうやっていつも人を困らせる」

「半世紀ですって!? ひどい話ね」

「奴のせいで、もうワシらはまるまる六年も頭を抱えておるのだよ」

 王様は哀しげな声を上げました。

「誰も奴のあの癖は治せまい。そら、そのうち奴は無残に散った理想とやらを捜して裏通りや砂漠を彷徨い始めるのだろうな。小川を越えねばならんとなると、川に両足を突っ込んで流れに逆らいながら歩く――奴はそんな男だ。アン・カーキ伝令官という男はいつも道から外れてしまうのだよ。今頃、奴は遥かスコットランドのグランピアン山でも登っておるのだろう。そうやって自分の居場所を捜しているのだよ」

「ああ、分かったわ。ねえ、『音信不通の伝令官』っていうのはその人のことでしょ? それじゃあ、もう一人の特使殿は……ええと……」

「『所在不定の伝令官』かね? ああ、全くその通りだよ」

「それじゃあ、お次は……」

「『お次』というのは何の事だね?」

 王様は不機嫌そうにアリスの言葉を遮りました。


「次など在りはせぬ! 二人の伝令官、それで終わりだ。その二人以外に伝令官がおらんから、ワシは此処でじっと待っているのではないか!」

 興奮した面持ちで白の王様は地団太を踏み、出し抜けに大声で吼え上がりました。

「ええい、余計なことはしてくれるなよ!」

「な、何のことですか、余計なことって?」

 かなり驚きながらもアリスは尋ねました。

「分からぬなら教えてやろう。ああ、忠告だよ! ワシには分かるのだよ、お嬢さんはそのうち『忠告』だと言って色々と口を出す。連中も皆そうだったからの。つい最近も六週間ずっと、連中はワシに意見ばかり申すのだ。証拠に……そら、これがその忠告書だ!」

「私、王様に忠告するつもりなんてありませんわ」

 腹を立てながらアリスは言いました。

「それに、忠告の手紙なんてもう十分すぎるくらい多いじゃない。私が口を出したって何も変わらないわよ」

「ほれ見ろ、今のそれが『忠告』というのだよ、お嬢さん!」

 王様も腹立てて言いました。

「もういいわ、さようなら!」

 引き際だと感じたアリスは出口の方に向かって歩き出しました。すると、先程とは打って変わった優しい口調で、アリスを呼び止める声が聞こえてきました。


「ああ……も、もし万が一、誰かに会ったら……バークレイ街の方からやって来る人に出会ったら……あの……」

 そんな白の王様の声が後ろの方から聞こえてきたのでした。


挿絵(By みてみん)

【脚注】

白の王様……ヘンリー・キャンベル=バナマン卿。

バークレイ街……ローズベリー伯爵の邸宅(バークレイ街38番街)

プリムローズ特使……自由党帝国主義派の主導者であったローズベリー伯爵。

アン・カーキ伝令官……反帝国主義の活動家のジョン・モーレイ氏(後に子爵に叙せられる)。モーレイ氏は昨今オリヴァー・クロムウェルに関する本を著している。一方でローズベリー伯も、セントヘレナ島でのナポレオンを題材にした「ナポレオン、その最期」というタイトルの本を出版している。1896年、ローズベリー伯は自由党の党首を辞任し、そしてモーレイ氏も1898年に「党内評議会」を去ることになった。しかしながら、後に二人とも表舞台に返り咲くこととなる。本稿の風刺譚は、転落と復興を繰り返すこの二人の人物に対して困惑を見せるヘンリー・キャンベル=バナマン卿の姿を描いている。

(※ Westminster Gazette誌の編集長J. A. Spender (1862~1942) による注釈)


【備考】

原題:『Alice and the Liberal Party』

初出:Westminster Gazette 1900/11/30

ルイス・キャロル『Through the Looking-Glass, and What Alice Found There』(The Lion and the Unicorn)のパロディ

挿絵は諷刺画家 Francis Carruthers Gould (1844-1925)の作品(Public domain)


【訳者の解釈】

政治とは統一と分裂と対立の繰り返しである。ここで、1900年当時の英国政治について述べておく必要があるだろう。ヴィクトリア朝末期、大英帝国の政治を担っていたのは保守党と自由統一党の連立政権であった。つまり『ダウニング街のアリス』の登場人物たちが政権を握っていたのである。彼らは南アフリカでの植民地戦争を推し進め、1900年の南アフリカの首都陥落を期に、英国本土での総選挙で大勝利を勝ち得た。戦勝ムードの中で行われたこの総選挙のことを『カーキ選挙』と言うのだが、この選挙の敗者とやらは一体どのような人々だったのだろうか。


世界史の教科書を紐解くに、大英帝国の二大政党とはトーリー党の流れを汲む保守党とホイッグ党の流れを汲む自由党である。英国政治史というのはこの保守党と自由党の政権奪取の歴史であるのだが、この1900年という時代は保守党が与党、自由党が野党という図式が成り立っていた。さて、望遠レンズでこの野党様を覗いて見れば、そこには大混乱が見えてくるはずである。党首が頭を悩ませるほどの大騒動、あちらこちらで対立、分裂、大波乱――それが19世紀末の自由党であった。いわゆる『自由党の分裂』であるが、これは簡単に言うと自由党が『戦争賛成派』と『戦争反対派』に二分していたのである。『戦争賛成派』には帝国主義的な領土拡大・資源獲得政策を支持するプリムローズ伯やグレイ卿がいた。一方、『戦争反対派』は少々雑多である。戦費や帝国維持費の増大による英国本土の疲弊を懸念した小イギリス主義(Little Englandism)に代表される反帝国主義者のハーコート卿やジョン・モーレイ。他にも南アフリカ諸国の独立そのものを支援する親ボーア派(Pro-Boer)のロイド・ジョージも『戦争反対派』に含めよう。


つまり自由党は、自由帝国主義(I.L)と小イギリス主義(e)、他の自由党員(L)のように多岐に分裂していたわけである。『戦争賛成派』と『戦争反対派』の間で大きく揺れ動く『自由党』という王冠をどうにかして一つに纏めようとするバナマン党首であったが、『賛成派』のプリムローズ伯や『反対派』のジョン・モーレイはもはや彼の手には負えない。党内分裂は進むが、党内統一は進まず。

かくして大分裂した自由党は1900年のカーキ選挙で保守党に大敗したのであった。


【風刺モデル】

〇白の王様(The White King)

 野党党首: ヘンリー・キャンベル=バナマン。自由党、反帝国主義。

〇プリムローズ特使(The Primrose Courier)

 戦争賛成派:ローズベリー伯アーチボルト・P・プリムローズ。自由党、自由帝国主義(Liberal Imperialist)。

〇アン・カーキ伝令官(The Unkahki Messenger)

 戦争反対派:ジョン・モーレイ。自由党、反帝国主義、小イギリス主義(Littel Englander)。

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