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ウェストミンスターアリス  作者: サキ(原著) 着地した鶏(翻訳)
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訳者のあとがき

 短編の名手として知られる英国の小説家、サキ。

 本書「ウェストミンスターアリス(The Westminster Alice)」は、そういった短編で有名な作家が書いた数少ない長編作品であり、またその数少ない邦訳の一つである。本作の特徴を一言で述べるならば、暴論になるかもしれないが、『知ってる人は知ってるが、知らない人は興味すらも持ってくれない』作品である。そう言っても過言ではないだろう。

 実際、翻訳者である私自身、この邦訳をWeb公開した当初は、一部のサキ愛好家(の中でも特にマニアックな層)ぐらいしか読むことはないだろうと高をくくっていた。しかし、驚いたことに、いざ公開してみると『本書で初めてサキに触れる』という意見が、電子の海の随所でチラホラと散見されたわけである。その数は決して多くは無いものの、『いや、これは失態だった』と、思うに至った。なにしろ、この翻訳にはサキについての説明は一切無く、唐突に「不思議の国のアリス」を模した異国の政治諷刺が始ままったかと思えば、後に続くのはよく分からぬ歴史的註釈の羅列という有様。これでは、あまりに玄人くろうと向けすぎはしないだろうか、と初訳公開から数年経って初めて気が付いたわけである。きっと、本書はサキ初読者に対してこれ以上ないくらいに不親切な読み物だったに違いない。これは不味まずい、と焦りを感じ、補足のような「あとがき」をしたためようと、急ぎ(とは言ってもしばらくの熟考と居眠りと忘却を経て)筆を取るに至ったわけである。


 さて、冒頭でも述べたが「The Westminster Alice」は、短編を得意とするサキには珍しい長編である。しかし、私の知るかぎり、この洋書の邦訳本が出版されたという話は聞いたことがない。国内のサキ愛好家(の一部)には認知されている作品だと思われるが、それが話題に上がることは近年稀であった。(それこそ、2009年に英紙「ガーディアン」が選んだ『死ぬまでに読むべき1000冊』に取り上げられるまでは、この原著は名前も耳にすることはなかっただろう。)

 おそらく『100年以上も前の海外の政治諷刺』という点が障壁となり、多くの翻訳家や出版社が「The Westminster Alice」の完訳を成せずにいた……のではないだろうか、と私は推察している。その上、インターネットなどで世の読書人の声を聴いてみるに、日本に限らず海外の書評サイトでさえも『20世紀初頭の、それも英国の政治諷刺を現代の人間が容易く理解するなど全く以て難しい』といった不評が殆どを占めているのである。こういった状況では、とてもではないが「The Westminster Alice」の邦訳が、世に出されるなど夢のまた夢であろう。

 そんな中、政治にも歴史に疎く文学も知らず語学的素養も破綻しているような全くの素人が、上記の意見を無視し、真っ向から翻訳に取り組んだのが本書「ウェストミンスターアリス」というわけである。

 本稿「訳者のあとがき」では、短編作家サキについての簡単な解説に加えて、原著「The Westminster Alice」の書籍情報や本文中に書ききれなかった補足事項などについて気の向くままに書き連ねようと思う。針の縫い目のようにこと細かな、一見すればチンプンカンプンな文字の羅列になるかもしれないが、多少なりとも興味があれば今しばらくお付き合い頂ければ幸いである。(もちろん、読み飛ばしてもらっても一向にかまわない)




第一稿『短編小説家サキと新聞記者ジャーナリストヘクター・H・マンロー』


 サキ(Saki)ことヘクター・ヒュー・マンロー(Hector Hugh Munro)は、1870年12月18日、大英帝国に統治されていたインド帝国のビルマ(現在のミャンマー)に生まれた。インド帝国警察の長官であるチャールズ・オーガスタス・マンローを父に持ち、海軍少佐の娘メアリー・フランシス・マーサーを母に持つ、スコットランド系英国人である。幼い頃に母親と死に別れ、英国本土で暮らす祖母と叔母のもとへ兄や姉たちと一緒に預けられる。この厳格な叔母たちに躾けられたことが、サキの作風に大きな影響を与えたと言われているが、本書「The Westminster Alice」にはあまり関係の無いことである。

 成人した後、父チャールズと同じくインド帝国警察に勤めるが、病気のために退職することになる。警官を辞め、英国本土に帰還したサキは新聞記者に転身した。これが1895年のことである。サキはウェストミンスターガゼット誌を始めとし、デイリーエクスプレスやモーニングポストなどの新聞に記事を連ね、1902年からはモーニングポストの海外特派員として東欧を巡り回った。サキの作品の登場人物には非英国的な名前が多いが、これはインドや東欧での経験が糧になったのかもしれない。


 さて、今でこそ短編作家として有名なサキであるが、彼が最初に出版したのは1900年の「The Rise of Russian Empire」という歴史書である。これは最初の短編集「Reginald」が出版されるよりも4年も前のことで、かの有名な「スレドニ・ヴァシュタール(Sredni Vashtar)」や「開いた窓(The Open Window)」が世に出るには、もう10年近く待たなければならない。一方、「The Westminster Alice」が刊行されたのは1902年のことあり、読者を魅了してやまないクローヴィス・サングレールはおろか、我らがレジナルドさえも存在しなかった。つまり、「The Westminster Alice」はサキの最初期の作品ということになる。だからこそ、この「The Westminster Alice」を読むときは、『短編作家サキ』のことを頭の片隅に追いやった方が良い。「クマのプーさん」のA・A・ミルンや「ジーヴス」のP・G・ウッドハウスなどの大作家たちを魅了した小説家『サキ』ではなく、まだ短編作家として名を成していない一介のジャーナリスト『ヘクター・H・マンロー』の作品として捉えるべきなのだ。

 もちろん「The Westminster Alice」にも、小説家『サキ』の筆跡が見て取れる。当時の政治情勢を鋭く諷刺する冷笑的な視点は、まさに『サキ』のそれであり、毒のある落とし方は粗削りではあるものの『サキ』そのものである。また、ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」や「鏡の国のアリス」を緻密に模した精巧なパロデとしても成立しており、他の短編たちと比べても決して見劣りするものではない。100年前の英国政治というのが壁になるとは言うものの、そんなことは関係なしに、紙面の上では政治家たちが生き生きと動き、慌てふためきながら、踊り回っているのだ。


 諷刺漫画家カリカチュアリストのフランシス・カラザース・グールドの挿絵もまた、この作品に独特ないろを添えている。キャロルの「不思議の国のアリス」ではジョン・テニエルが挿絵を描いたが、グールドはテニエルの筆を模し新聞の政治欄に載せる小さな挿絵を何枚も描いた。その小さな画の中では、アーサー・バルフォア卿が海烏の格好で泥まみれのまま困惑顔を浮かべ、鼻面の高いジョセフ・チェンバレン大臣は帽子屋の姿で高らかに声を上げている。老練で老獪なソールズベリー首相は玉座の上で居眠りをかまし、対抗馬のローズベリー伯は負け犬のごとき悲哀を顔に浮かべて一人立ち尽くしている。F・C・グールドの筆は、H・H・マンローの容赦ない毒舌に負けず劣らずの辛辣さを描き、「The Westminster Alice」をアリス・パロディとして不動のものにしたと言っても過言ではないだろう。

 ウェストミンスターガゼット誌のジョン・アルフレッド・スペンダー編集長の話によると、当時、無名だった『サキ』記者を編集部に紹介したのは、他ならぬこのF・C・グールドだったという。画家は「The Westminster Alice」の青写真を広げ、記者は時折、鋭い毒を吐く。その様子を眺める編集長。ロンドンの編集部の一室で三人が顔を合わせ、洗練された政治パロディ「The Westminster Alice」の骨子を組み上げていった。さても、路傍の片隅から悪魔の如き玉石を見出したF・C・グールドの慧眼には感服せざるを得ない。




第ニ稿『The Westminster Aliceを巡って』


 F・C・グールドが、ロンドンはテューダー通りのウェストミンスターガゼット社にサキを連れて来たのは、1900年のことである。それから、同年7月に「Alice in Downing Street」と題した掌編がウェストミンスターガゼット誌上に掲載され、1902年1月の「Spades in Wonderland」の掲載まで、サキは不定期に政治諷刺を続けた。


 ここで、当時の大英帝国を取り巻く政治情勢について簡単に述べてみる。ヴィクトリア朝末期、海外領土の拡大で帝国は栄華を極めていた。だが、栄光が長く続くはずもなく、小さな綻びがいくつも姿を顕し始めた。アフリカ大陸における帝国植民地の一つ南アフリカでは、英国政府とオランダ系移民(アフリカーナー、もしくはボーア人と呼ばれる)が統治権や金鉱、ダイヤモンド鉱の採掘権を巡り大きく衝突していた。この南アフリカ植民地で起こった政府と移民の戦いが、いわゆるボーア戦争である。近代的な軍制を敷いていた英国軍と農民然としたボーア軍の戦争は、一見すれば勝負するまでもないように思えるが、大英帝国はこの戦争で黒歴史とまで言えるほどの泥沼の戦局を作り上げてしまった。

 近代化された大英帝国陸軍の真っ赤な軍服は恰好の的となり、農民兵の銃弾に撃ち抜かれ、軍服をさらに紅く染める。また、英国兵は慣れぬ土地で籠城を決め込むも、ボーア人は地の利を生かし機動力で以て英国軍を包囲した。まさに戦局は泥沼で、その上、英国政府の政局も混沌の様相を見せていた。与党政府が選挙票と海外領地を稼ごうと盛んに戦争を続ける最中、総理大臣が病床に臥し、閣僚たちは右往左往の勝手気ままに立ち振る舞う。一方、対する野党も一枚岩というわけにはいかず、帝国主義を巡る三派へと大分裂をしてみせた。

 そして、再び戦場に目を向ければ、紆余曲折はあったものの1900年に英国軍は敵国の首都プレトリアを陥落せしめた。だが、それにも関わらず戦争は続く。ゲリラ攻撃、鳴りやまぬ銃声。何処から来るとも分からぬ敵を前に、英国軍はボーア人を片っ端から強制収容所に収監していった。けれども、依然として戦争は一向に終わる気配を見せない。

 このような政情と戦局を目の当たりにした英国市民たちの国民感情を、リアルタイムに描いてみせたのが、笑いと皮肉に溢れた本書「The Westminster Alice」である。そして、この泥沼でナンセンスな戦争には、L・キャロルの「アリス」が驚くほど上手くハマっている。これも「The Westminster Alice」の完成度が高い一つの理由なのだろう。

  余談になるが「シャーロック・ホームズ」で知られるコナン・ドイルも医師として、このボーア戦争に従軍し、帰国後「The Great Boer War」を執筆し、当時、英国に留学していた夏目漱石も日記でボーア戦争下のロンドンについて言及している(さらに余談、この戦争についてドイルはウェストミンスターガゼット誌に数編の寄稿をしている)。


 さて、この「The Westminster Alice」には大別して二つの版が存在する。

 一つはボーア戦争が終結した1902年に出版された『初版』である。この『初版』には脚注は一切無く、F・C・グールドの挿絵を手掛かりにして読み進めなければならないため、読破するにはいささか難易度が高い。

 一方で、ウェストミンスターガゼット誌の元・編集長J・A・スペンダーの手によって再編され、サキの没後である1927年に出版された『再編版』がある。この『再編版』にはJ・A・スペンダーの書いた序文と脚注が添えられていて、『初版』に比べると諷刺モデルや時代背景などが汲み取りやすくなっている。ペンギンブックスから刊行されている「The Complete Saki」やエヴァータイプ社から出版された「The Westminster Alice -A political parody based on Lewis Carroll’s Wonderland」に収録されているのは、この『再編版』の方である。

 今回の翻訳では『初版』を底本としつつ、適宜『再編版』の脚注を参考にして「訳者の解釈」なる簡単な解説を書いた。なお、『初版』と『再編版』ではそれぞれ短篇の収載順が異なる。どちらもアリスが登場する11篇とアリスが登場しない2篇で話を分けているが、『初版』が順不同に話が並んでいるのに対し『再編版』では雑誌掲載順になっている。参考までに『再編版』の収載順を下記に書き並べてみる。


  「巻頭歌」(Introduction)

  「ダウニング街のアリス」(Alice in Downing Street)

  「パルメル街の出会い」(Alice in Pall Mall)

  「アリスと自由党」(Alice and the Liberal Party)

  「ランベス宮殿の台所」(Alice at Lambeth)

  「聖ステファノ倶楽部にて」(Alice at St. Stephen’s)

  「少女は困り果てて」(Alice in Difficulties)

  「ダウニング街のどこかで」(Alice Anywhere but in Downing Street)

  「ウェストミンスターの昼食会」(Alice Lunches at Westminster)

  「途方に暮れる霧の中」(Alice in a Fog)

  「お茶会はホテルセシルで」(Alice Has Tea at the Hotel Cecil)

  「チェスターフィールドへ行きましょう」(Alice Goes to Chesterfield)

  「年寄り爺さん」(The Aged Man)

  「不思議の国のスペード兵士」(Spades in Wonderland)




第三稿『翻訳とその他もろもろに関する言い訳』


 先に述べたように、本翻訳では1902年に刊行された初版「The Westminster Alice」を底本とし、それに加えて1927年に刊行された再編版の脚註を添えた。

 本翻訳ははじめ「ザ・ウェストミンスター・アリス」という題で、2012年7月より活動報告上での公開を始めた次第である。粗削りな訳文とちょっとした解説を不定期にネットに上げ、同年12月に全編の翻訳が完了した。この時点で翻訳作品として大まか形は出来ていたのだが、如何せん政治諷刺であるため時代背景の理解には困難を極め、実に読みにくい翻訳文が出来上がっていた。そこで、読みやすいように訳文の大幅な改稿を行おうとしたわけだ。その改稿版が2012年11月から2013年2月にかけて「小説家になろう」に連載した「ウェストミンスターアリス」である。

 しかしながら、この改稿というのが曲者である。文章を逐一別の言葉に換言し修正したとしても、百年という歴史の壁はそうそう打ち破れるわけは無く内容理解には至らない。かといって莫大な分量の脚註を書いたとしても目を通すことすらままならないだろう。そういった翻訳スタイルは学術的には正しいのかもしれないが「娯楽小説」では決してない。一層とっつきにくくなるだけである。そこで、原著「The Westminster Alice」を読んだ時の滑稽さと諷刺の鋭さを殺さぬために、翻訳の方法としては極めて邪道であるが「本文中に存在しない言葉をいくつか付け加える」という悪手を打ったわけである。

 例えば「パルメル街の出会い(Alice in Pall Mall)」では白騎士扮するランズダウン侯の台詞に次のようなものがある。


 “「オホン。先日、とある本を読みましてね。そこには『近代的な軍事技術の下では従来の戦争などは不可能である』と書かれていたのです。お嬢さん、想像してみてごらんなさい。新式の武器や兵器が跋扈するような戦況では、昔ながらの騎兵や歩兵の銃剣突撃なんて、まったく意味を成さなくなるのです。ええ、今まで通りの戦場風景が滅茶苦茶に掻き乱されてしまうのですよ。そうなると我が兵はどれだけ心を掻き乱すことでしょうか? きっと多くの兵士が、みんな全てを投げ出して、そのまま祖国に帰ろうとするでしょうな。しかし、それでも私はそのような状況に頭を悩まし、心を砕いてきたので御座いますよ。もっとも、お嬢さんには私がしていたことなど決して分かりはしないのでしょうが……」”


 実を言えば、この訳文のうち「新式の武器や兵器が跋扈するような戦況では――(中略)――戦場風景が滅茶苦茶に掻き乱されてしまうのですよ。」の箇所は原文中には一切登場せず、作中で言及されているイヴァン・ブロッホの「戦争は不可能なるや?(Is War Now Impossible?)」という評論を踏まえた上で、理解の助けのために私が勝手に付け足した言葉である。いやしかし、何の意図も無く言葉を付け加えたわけではないことをここで弁明させてもらいたい。この白騎士の台詞は、戦略研究家のイヴァン・ブロッホの論説を知らなければ上手く意味が通らない。当時の英国民の読者らはこのような時事的な事柄を当然知っていただろうから、特に大きな注釈は要らない。一方で、我々、現代日本人はそのような論説など知る由も無い。なので、本翻訳を娯楽小説としてサクサクと読み進めるためには、このブロッホの説について触れておかねばならかったのだ。

 また「パルメル街の出会い」の中では「リクグン・ショー」や「ガイム・ショー」なる名前の馬が登場するが、この名前も本文中には出てこず、F・C・グールドの挿絵の中にのみ登場する名前である。さらに「不思議の国のスペード兵士(Spades in Wonderland)」に至っては、赤の王様扮するローズベリー伯の台詞以外は全て後から訳者が付け足したものである。

 このように本翻訳では、原文と訳文が必ずしも一対一に対応しない。もはや「翻訳」とさえ言えないかもしれない。「超訳」……いや「悪訳」と呼ばれても無理はないと思っているし、歴史書でも無ければ、文学書にも成りきれぬ半端な代物であろう。しかしながら、これは原文が持つ鮮烈さをそのまま再現しようとした結果であり、難解な政治諷刺の古典をもっと敷居の低い「娯楽作品」にしたかったためである。何卒、ご理解いただけたら幸いである。また、いつの日か本訳を叩き台にして有志や知識人の方々が『完全版』の訳本を作りあげてくれることを祈っている。


 さて、本文中に何を付け足し、訳出が困難な言葉をどのような単語に置き換えたかについては、各話ごとに詳細な補足事項を書き足す必要があると思うが、これはまた別の機会に語ることにしたい(どうしても気になる、腐れ翻訳者を糾弾したい、という方は各自で原文と訳文を並べて見比べていただきたい)。


第四稿『おわりに』


 あらすじにて、本翻訳「ウェストミンスターアリス」を『本邦初完訳』としているが、これはあくまでも『初めての完訳』であって、『初めての邦訳ではない』ことに注意してほしい。

 では、「The Westminster Alice」を初めて訳したのは誰か、と問われれば、私も知る由は無い。ただ、部分訳であれば、三糸ひかり氏が2011年秋の文学フリマで「Alice Anywhere but in Downing Street」や「Alice has Tea at the Hotel Cecil」の邦訳を発表している。それに、冒頭の「Introduction」は、小鳥遊良子(高梨吉胤)氏が 氏のサイト「CAFE DU CHAT VERT」にて、「題詩」として公開している。

 これらの理由から、私は拙訳を『本邦初訳』ではなく『本邦初完訳』と表記したわけである。もちろん先程も述べたように、本書は査読や校正などの無い私家版ではあるので『本邦初完訳』というのは言い過ぎであったな、と今更ながらに思う。これも先人に敬意を払った上での表記として捉えていただければ幸いである。


 また、本翻訳の公開当初は挿絵も無く、J・A・スペンダーの脚註も無かったが、両者の著作権保護期間の満了に伴い、サキの死後100年目という節目の年である2016年にF・C・グールドの挿絵と脚註、そして序文をを公開するに至った。

 下訳の公開時に、様々な意見交換をしたユーザーの方々には深く感謝の念を抱き、拙い文章をここまで読み進めてきた読者諸氏には本当に頭が下がる思いである。この場を借りて、感謝の意を申し上げたいと思う。また、感想欄は公に開いているので、誤訳や歴史解釈の間違いなどがあった場合は、ご連絡いただければ幸いである。



2016年5月19日 着地した鶏 (2016年9月18日 一部改稿)

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