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ウェストミンスターアリス  作者: サキ(原著) 着地した鶏(翻訳)
11/16

お茶会はホテルセシルで

 打ち捨てられたようなテーブルに三月兎とヤマネと帽子屋。その三人が腰を下ろしておりました。三人とも、どうにもこうにも頭を悩ませている様子で……。居眠りしているヤマネでさえも、その尻尾には疑問の書き並べられた手帳が結わえてあったのです。


挿絵(By みてみん)


 さて、アリスが部屋に入ると突き刺さるのは三人の視線。間髪入れず、彼らの口から怒号が飛び出しました。

「満席ですよ、満席満員! もう余裕なんて無いんですから!」

「余裕ならまだ十分あるじゃない。もっと上手くやりくりすればいいでしょ」

 アリスは空いてる席に腰を下ろして、そう答えました。


 最初に話し掛けて来たのは三月兎、それに帽子屋が続きます。

「お嬢さん、お暇ですか。お暇でしょ。お暇に決まってますよ」

「そうともさ。本当に用事でもあるんなら、こんなとこに居るわきゃねえからな。なあ、お嬢ちゃん」


「勘違いしてもらっちゃ困るから先に言っとくがね。この集まりはな、何も仕事の話をしようってんじゃねえんだ。わかったか、お嬢ちゃん。さてさて、それじゃ何を食うかね?」

 そう言って帽子屋はアリスにメニューを渡しました。アリスが長い長いメニューに目を通してみると、その長い長いメニューには美味しそうな名前がずらりと並んでおりました。けれど、その文字のほとんどは今にも消えてしまいそうなぐらいかすれていたのです。

「それを印刷したのは確か七年ぐらい前のことでしてね。ええ、ですから、ご覧の有様ありさまですよ」

 そう教えてくれたのは隣の席の三月兎でした。

「だがまあ、しかし、そんくらいは我慢できるだろ? お嬢ちゃんが我慢してくれりゃ、俺たちゃお休み出来るっつう寸法さ」

 帽子屋はそう言いながら、たっぷり休息おやすみをとるみたいに椅子にもたれかかりました。


「ところでお嬢さんは物腰や態度、それに言葉遣い、その他もろもろが欠けておりますね。そういうのはちゃんと直さないといけませんよ」

 三月兎は突然そんなことを言い出しました。

「そんなこと無いわ!」とアリスがプンプンと腹を立てながら答えると、今度は帽子屋が文句を言ってきました。

「口ごたえするなんざ実に品がねえな。失礼極まりねえってやつだ。おいお嬢ちゃん、ちょいと俺の話を聞きな」

 今度はアリスも何の文句も言いませんでした。反論しても馬鹿を見るだけ、と思ったのです。

 すると帽子屋は何やら『キラキラ星』の替え歌を唄い始めました。



   縮まる 縮まる 小さな戦争あらそい

   おめえ一体いってえどこまで縮む

   アフリカ草原そうげん ねながら

   本当に 本当に いついつ止まる


挿絵(By みてみん)


「『止まる』と言えば、私の時計、止まっちゃいそうでしてね。でも機械の仕組みなんてさっぱりで、もうお手上げですよ……」

 不安混じりの声で三月兎が口を挟んできました。ポケットから大きくて複雑な精密時計を取り出して、哀しげな瞳でそれを見つめる三月兎。すると兎は「ものは試し」という風に時計をブンブンと振り始めるのです。

「この時計、ひどく遅れていましてね。正しいところに歯車を戻す自信なんてありませんから、分解バラしてバラバラにも出来ないのですよ」

「どこが悪いのかしら?」とアリスが尋ねると、三月兎はこう答えました。

「きっと歯車が固まってしまってるんですよ。アイルランド産のバターをたっぷり塗っておるものですから」


「いいかい、お嬢ちゃん。芝居で言うんなら、此処はオンボロ劇団なのさ。場数は多いが役者は少ない、ってな」

 すると話を戻すように帽子屋が再び語り始めました。

「するってぇと、どうだ、俺たちにゃ、その日の仕事を終わらす時間もねえときた。勝手に腰掛け、朝飯を喰う……なんつう平穏な時間もねえときた。暇を見つけちゃ教育政策のためだのなんだのってね。俺たちゃ自分の出来ることをやってんのさ。だがね、社会の責務とやらでお暇を貰う前に、俺たちゃ老いぼれてくたばっちまう」

「でも、そんな調子でお仕事してるとそのうち色々と失くしちゃうわよ」

 アリスは言いました。

「まあ、全部の仕事を私たちが引き受けてるわけではありませんよ。この国ではありませんがね、私たちに出来ないことは委任委員会にやってもらっているのです」

 そう告げるのは三月兎です。


「そら、ヤマネよ。おめえさんも何か話しな」

 帽子屋がそう言って隣のヤマネをキュッとつねりますと、ヤマネはハッと目を覚ましました。そうすると、『今までずっと起きていた』とでも言うように話を始めるのです。

「ああ、るところに老婆ばあさんがおってな、靴の中に暮らしておったのじゃ――」

「そのお話は知ってるわ、マザーグースね。『お婆さんには子供が沢山 何していいか分からない』でしょ」

「全然違うわい。小娘よ、お前さんには想像力が欠けておるな。いいか、老婆は子供をお役所に預けたのじゃ。大蔵省や外務省、商務省に……他にも見込みの無さそうなところに子供を次々と叩き込んでいったのじゃよ。そこなら子供は色々と学ぶことができたからの」

「子供たちはそこで何を教わったの?」

「ふむ、まずは美術じゃ。燃えるように赤いインクを片手に赤字を描き並べるんじゃよ。それから予算削減の計算や消耗数学。それに専門用語学(これはいつまでも知ったかぶりでいるための学問)も教えてもらえる。それから反復法(要は同じことを繰り返すこと)に……あとは書道じゃのう」

「書道って、何をするの?」

「給与明細を書くんじゃよ。それから外国語の授業もあったのう。そうそう、外国語の授業があったのにのう!」

(このとき三月兎と帽子屋は目を閉じて、カップのお茶を一気に飲み干しました)

「ワシが思うに、誰も外国語の授業には出席してなかったんじゃないかのう!」

 そう言うと、ヤマネは話を止めてクスクスと笑い始めました。ですが、その笑い声もやがていびきに変わりました。誰もヤマネを起こそうとしないので、アリスはもう帰る頃合ころあいだと感じました。


 出口に向かう途中でふと後ろを振り向くと、帽子屋と三月兎がヤマネの身体を抱え上げておりました。まるで獅子がにらむような、そんな格好をヤマネにさせたかったのでしょう。

「でも、ヤマネですものね。それ以外の何物でもないわ。居眠りしてるヤマネさん、それだけよ」

 そうアリスはひとつぶやきました。


挿絵(By みてみん)

【脚注】

ソールズベリー侯ロバート・ガスコイン=セシル内閣のことを、人々冗談まじりに「ホテル・セシル」と呼んでいた。これは閣僚をセシル一家になぞらえ、その支配力を揶揄したものである。三月兎のモデルはバルフォア氏であり、気狂きちがい帽子屋のモデルはチェンバレン氏である。そして、ヤマネはソールズベリー侯をモデルにしている。当初、ボーア戦争は、1900年の9月には終わるものと考えられていた。だがしかし、戦争はまだ続いているのだ。さらに、アイルランド問題が再び政府の悩みの種になるのであった。

(※ Westminster Gazette誌の編集長J. A. Spender (1862~1942) による注釈)


【備考】

原題:『Alice Has Tea at the Hotel Cecil』

初出:Westminster Gazette 1901/11/29

ルイス・キャロル『Alice's Adventures in Wonderland』(A Mad Tea-Party)

のパロディ

挿絵は諷刺画家 Francis Carruthers Gould (1844-1925)の作品(Public domain)


【訳者の解釈】

19世紀初頭、ボーア戦争は未だ終わらず。南アフリカより遠く離れたブリテン島にて、チェスの駒を動かすように机上の戦争を画策していたのはウェストミンスターの英国政府に相違いないのだろうが、そこは混乱を極めていた。

その混乱の一つは外交問題であろう。病床の老ガスコイン=セシル首相の代わりにロシアや南アフリカの外交問題に扱っていたのは、甥のバルフォアであったが、その傍らでアイルランド統治の問題が再浮上し、もはや外交はバルフォアの手には負えぬ状況となった。一方、南アフリカでの戦争の資金繰りのために年金制度の導入や教育改革を進めようとしていた植民地相のチェンバレンであったが、なかなか議案は通らない。政府はもろとも空回り。結局のところ、疲労困憊のバルフォアとチェンバレンが首相に泣きついても老いたセシル首相はただただ眠り続けるだけ。

戦争が疲弊させたのは国だけではなかったのだった。


【風刺モデル】

〇三月兎(March Hare)

 第一大蔵卿:アーサー・J・バルフォア。保守党。

〇帽子屋(Hatter)

 植民地大臣:ジョセフ・チェンバレン。自由統一党。

〇ヤマネ(Dormouse)

 首相:ソールズベリー侯ロバート・A・T・ガスコイン=セシル。保守党。


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