第5章 決意と決定
第五章 決意と決定
「…なん、だ…これ…」
体育館を出て、とりあえず校舎のほうへ向かったオレは、予想外の状況に顔をしかめることになった。
オレの眼前で、もそもそと不気味にうごめく大量のヌラテカした太長い生物たち。
「なんでこんなトコに…ミミズが…」
オレが目にしたのは、新設された校舎の廊下を埋め尽くすほど大量のミミズ。
しかも一匹一匹がやけにデカい。
長さがオレの身長くらいある。
明らかな異常事態だ。
さすがに誰かが気づいてなにかしらの反応をすると思うんだけど、やっぱり見えてないのかな?
てかホントになんでミミズ?
「…ってことは、コイツらもぜんぶ悪魔かよ…」
てっきり悪魔っていうのはみんな人型なのかと思ったけどちがうみたいだ。
てかガイコツの時点で人型じゃないか。
会話も通じないみたいだし、おそるおそる蹴っ飛ばしてみたけどなんの反応もない。
マジでただのデカいミミズだ。
「って、そんなことよりジルだ。アイツ、いったいどこにいったんだ?」
おそらくはこのミミズまみれになった校舎のどこかにいるんだろうけど、範囲が広すぎる。
さっきみたいな爆発音があればまだ探しやすいのかもと思ってはみたものの、そう都合よくはいかないみたいだ。
「…爆発音がしたってことは……やっぱ戦ってんのか…」
オレは《大魔王の英魂》に立ち向かってケガをしたジルの姿を思い出す。
あんな姿、もう二度と見たくない。
もし今、魔力を失った状態で戦っているのだとしたら、今度はケガだけじゃ済まないかもしれない。
一刻もはやく、ジルを見つける必要がある。
「あーもう、とりあえずシラミつぶしに捜すしかないよな…!」
オレが意を決してミミズ絨毯を駆け抜けようとしたとき、前方から飛来する白い物体が目に映った。
「ルイ! なんかデケー魔力が現れたと思ったらおめーだったのか! たいーくかんってトコにいったんじゃねーのか?!」
「ガイコツ! ちょうどいいところに!」
「は? ちょーどいいってなにが…」
「ジルはどこだ!? アイツに用がある!」
「うぉっ、……お嬢は、トイレにいくって言ってたじゃねーか…」
「…おい、今さらとぼけんなよな。さっきのデカい物音も、ここに転がってるミミズも、悪魔の仕業なんだろうが」
「…………」
黙り込むガイコツ。
そんな態度にオレは少し腹が立った。
「オレだけのけ者かよ。このミミズたちは、オレの中にある《大魔王の英魂》をねらってきてるんじゃないのか?」
「…バレバレみてーだな。たしかに、このミミズどもの親玉は、おめーをねらってきてる…」
「じゃあなんでオレにおしえてくれないんだよ」
「オレ様たちは、関係ねールイを巻き込んじまったからな。その責任くらい、とらせてくれねーか?」
「…言ったはずだろ、オレはオレの意思で、首をつっこんだんだ。謝罪とか責任とか、そんなこと言われても全然うれしくねーよ」
「……だけどよ…」
「だけども火傷もねぇ! たしかにオレは頼りねーかもしれねーけど、それでもオレはオレなりに、おまえらといっしょに魔界の問題に対処していこうと覚悟してたんだよ! おまえらだけが責任しょいこんで、当のオレがなにも知らねーなんてナシだろ?!」
「…ルイ……」
「………あー、…悪い…感情的になっちまった…」
オレは深呼吸して、心を落ち着かせる。
オレの目的は、ガイコツを怒鳴りつけることじゃない。
「…ジルのところに連れてってくれ。…場所は知ってんだろ?」
「…お嬢はおめーをねらってきた悪魔と対峙してる。…おめーが出ていったら、お嬢の覚悟は水の泡だ。それに悪魔のほうも、真っ先におめーを殺そーとするかもしれねー。…それでもいーのかよ?」
「大魔王でもオレを殺せなかったんだ。そこらへんの悪魔に殺されてたまるか」
「ケケケ…。おめーはやっぱ魔王の器だぜ、惚れちまいそーだ」
ガイコツは満足そうにけたけた笑う。
「オーケー、ルイ。お望みどーり連れてってやるぜ。デケーこと言ったオトシマエ、つけてくれんだよな?」
「ごたくはいいから、さっさと連れ…」
てけ…と、言おうとしたところで、オレの言葉はかき消される。
ガイコツが言葉を被せてきたわけじゃなく、オレをさえぎった音は、校舎を破壊する轟音だった。
「なっ! なんだ今のバカデカい音!」
「あー、親玉の使い魔だ。そこの曲がり角から、こっちに来るぜ…!」
「つ、使い魔? い、いったいどんなヤツなんだよ…!?」
オレはガイコツが示した廊下の先を注視する。
そして、ソイツは現れた。
…のそっ、と。
「…………」
思わず絶句するオレ。
…オレが目にしたソイツを一言で言ってしまえば、バカデカいミミズだ。
ただ、そのバカデカさが尋常じゃない。
太さが自動車くらいある。
廊下の壁や天井スレスレだ。
のそのそとこっちに進んできているその長さは、とりあえず見えてる範囲で教室みっつくらいはくだらない。
ソイツが進むたびにあえなくつぶされていくさっきのミミズたちが、マジでひじきくらいに見える。
…これはちょっと、アウトじゃね?
「おい、ルイ。めでてー初陣だぜ。さっき言ってたみてーにパパッとやっちまってくれよ」
「…へ? あれ、倒せんの? 無理ゲーじゃね? でくわしたら逃走するしかないかんじの敵でしょ、あれ」
「なーに言ってんだ、《大魔王の英魂》に比べたらザコもいいとこじゃねーかよ?」
「へ、へー、ザコもいいとこなんだ…。じゃ、じゃあ逆にオレが手を下すまでもないかんじだよね…?」
「まー、そーとも言えるけどよー、オレ様には倒せねーぜ? 今ほとんど魔力ねーし」
いきなり詰んだな。
オレは操作方法がわかんないままいきなりボス戦に突入したクソゲーを思い出した。
「じゃ、じゃあもう逃げよーぜ? 相手にしてる時間がほら、アレじゃん」
「えー。オレ様、ルイがかっけートコ見せてくれると期待してたのによー。出しおしみすんなよなー」
あいにくオレは出しおしみするようなもんなんて最初から持ち合わせてないんだよ!
「バッカ! ホネ、三十六計逃げるに如かずって言うだろ? とりあえず逃げるんだよ! それにオレはジルを捜してるんだ、ミミズを倒すのが目的じゃない!」
オレは苦しめないいわけをしつつ、ガイコツに案内をうながす。
言ってることは本当だしいいよね。
「わーったよ、お嬢は屋上だ、ついてきな」
ガイコツは残念そうにしながらも了承し、のっそのっそとこちらに這ってくるデカミミズを無視して階段を上りはじめた。
…逃げると決めた手前、口には出しづらいけど、アレほっといて大丈夫なんだろうか…?
「まー簡単に状況を説明すっとだなー…」
オレは屋上までの道のりを、廊下を埋め尽くすほどのミミズをかきわけて進みながら、ガイコツにことの経緯を説明してもらう。
「お嬢が昼飯を食い終わったときくらいから、このガッコーにオレ様たちとは別の魔力を感知してよ。うまくルイをまけたまではよかったんだけど…そんな顔すんなよ…まーオレ様もお嬢もロクに魔力を持ってねーから、力押しで相手を黙らせるよーなコトもできねーし、とりあえずソイツと話をしてみよーぜってなったわけだ」
よかった、じゃあまだ戦いなんて始まってないってことか。
…さっきの爆音はあのデカミミズの仕業だったのかな?
「あぁ、…それで?」
「魔王に逆らうつもりのねーヤツがオレ様たちの様子を見に来ただけとかなら助かったんだけどよ、ふつーに英魂ねらいの賊だったぜ」
「ダメじゃねーかソレ!」
「おーよ、でも向こうは魔王になりてーってより、権力が欲しーってかんじのヤツでよ。じゃーそれなりの位を与えてやれば英魂は諦めんのか、ってお嬢が訊いたら、その位にもよるみてーなコトを言いだしてな。そのほかにも金とかなんやらかんやらを要求してきてて、そこらへんの話を詰めてる途中に、おめーがたいーくかんの結界を破って出てきたから、オレ様が迎えにきたってかんじだ」
「そう…だったのか」
オレは少し拍子抜けになる。
悪魔っていうからには問答無用で襲いかかってくるような想像をしてたんだけど、話し合いとかで解決するもんなのか。
「まー、《大魔王の英魂》をそこらへんのヤツがどーこーできるはずもねーし、けっこー頭のまわるヤツなのかもな」
「なるほど…」
オレは納得したように返事をする。
だけど、なにかおかしいとも思ってた。
なんだろ、このしっくりこないかんじ。
その悪魔の対応が変なんだよな、まるで急に手のひらを返したみたいな……。
あ、そっか、それだよ。
「おいガイコツ。けどそれっておかしいよな?」
「んー? どこがだよ? おめーは知らねーかもだけど、《大魔王の英魂》は魔界最強を誇るジルの親父に、やすやす深手を負わせるよーなヤツなんだぜ。ふつーびびるだろ」
「いや、そこじゃなくて。なんでジルと平和的に話し合ってるヤツが、あんな使い魔を野放しにしたまんまなんだよ?」
「お、そりゃーたしかに…」
「てかどっちかというと、ジルと話し合ってるほうがおかしいんだよ。《大魔王の英魂》に用があるヤツが、魔力をなくしたジル相手におとなしくしてるだけなんて、やっぱ変だ」
「んー、そりゃー考えすぎな気もするけどな…お嬢も一応王族だしよ。いくらチカラがねーからって、むやみに襲わねーと思うぞ」
「いつでも最悪を考えて行動しなきゃいけないんだぜ、ガイコツ。もしオレの言ったとおりだったら、そんなヤツとジルをふたりきりにさせてるなんて今の状況は、かなりヤバイ…!」
オレの頭からは、まだイヤなかんじがぬぐえてなかった。
もしその正体が賊なんだとしたら、こんなとこでチンタラしてられない。
オレはミミズたちの妙な汁でギトギトになってる階段を一足飛びに駆け上がった…!
でろんっ。
「うぉあぁっ!!」
そして三歩目でミミズに足を取られ、顔面からミミズ絨毯につっこんでしまった。
「ぎゃあああぁぁぁぁ!! 変な汁が! 汁がぁっ! デロデロのヌラギトがあぁぁあぁぁぁ!!」
「…おめーって、マジでカッコつかねーよな……」
「どわぁぁぁぁっ!? ガイコツがぁっ! 生首がぁっ!」
「…オレ様だっつの……」
「…ジルッ!!」
オレはデロヌラビチャテカ状態のまま階段を駆け上がり、屋上へのドアを勢いよく開け放ちながら、少女の名を呼んだ。
屋上にはふたつの人影があり、片方の影が驚いたようにこちらを振り返った。
「…あなた…!」
「ジル!」
オレは驚愕を隠せない様子の少女を見つけて駆け寄る。
「ケガとかしてないか!? …よし、大丈夫そうだな…。…気分は? 気持ち悪かったりしないか?」
「べ、べつにどこも…。強いて言うならあなたが気持ちわる……じゃなくて! なぜここにいるのよ!? 危ないでしょう!?」
「このバカ!!」
「え…!?」
ジルは怒ろうとした自分が逆に怒鳴られたことに驚いて、目を白黒させた。
「どれだけ心配したと思ってんだ! なんでも言えって、さっき言ったばっかりだろ!? 魔力もなにもない状態なのにひとりで悪魔に立ち向かって、いきなり手ぇ出されたらどうするつもりだったんだ! そんなことでケガしたら、いや、もっとひどいことになってたかもしれない! そうなってたらどうするつもりだったんだ!」
「ちょ、ちょっとあな…」
「言っとくけど! そういうのはオレがいちばん嫌いなことなんだからな! つぎやったら許さねーぞ!」
「ご……ごめんなさい…」
「わかればいい! もう二度とやるなよ! つぎからはちゃんとオレにも話せよ!」
「わ、わかりました…」
少女はあっけにとられたような顔をしてオレの要求を飲んだ。
それを見てオレもやっと安堵する。
「…ふぅ、まぁ、元気そうでよかったよ…。…で、こっちのひとは?」
オレはジルといっしょにいた男を見る。
ひとの良さそうな好青年ってかんじのイケメンだ。
なんだか特撮とかで悪役が着てそうな貴族っぽくてトゲトゲしたかんじの服を身にまとっている。
「…あなたの中にある《大魔王の英魂》をねらってきた賊よ」
「あーね、賊のひとね、えっと…オレをねらってきたんだっけ?」
「はい、そうですね」
と、好青年。
「そーいやそーいう設定だったね。そーか賊か、賊………………って賊ぅぅぅっ?!!」
「まぁ、はい」
「ああーッ!! そうだった! そういう話だったよそういえばぁっ!!」
どうしよう!
ジルの無事を確かめるのに夢中で忘れてたよ自分の生命の危機!
やばくねコレ?!
「…すこし落ち着きなさいよあなた、みっともない。さっき無礼にもわたしを怒鳴りつけた気概はどこへいったの?」
イヤな汗が間欠泉のように噴き出すオレを、いつもの状態に戻った魔王がたしなめる。
「安心しなさい。この男はあなたを殺す気なんてないわ。爵位を与えることで手をうったの」
「え!? そうなの!?」
驚嘆するオレの前で、好青年がにっこりと微笑み、オレに一礼した。
「お初にお目にかかります、星見ルイ殿。私はルンブルクス=ルベルスと申す者です」
「あ、あぁ……はじめまして…」
なんか、けっこう常識人っぽいじゃん。
ちょっと安心した。
「爵位を与えたあとはルベルス子爵ね」
「子爵……」
でもどのくらい偉いのかはよくわかんない。
「いやはや、噂にきいたときは我が耳を疑いましたが、星見殿は本当に人間なのですね」
「ウワサって、オレ様たちのことはまだ魔界の上層部くらいしか知らねーハズなんだけどな」
感心したように言うルン……ミミズ男を、オレといっしょに屋上へやってきたガイコツが問いただす。
「あぁ、私の唯一の取り柄が、使い魔を各地に放つことで可能になる情報収集能力なんですよ」
「唯一?」
今度はオレが疑問を口にすると、ルン……ミミズ男はバツが悪そうに苦笑した。
「えぇ、まぁ。恥ずかしながら、私は戦闘があまり得意ではないんですよ。戦功を上げることも難しいので、なかなか実りのある暮らしをすることができず…。妻子を養う身として、今回、一世一代の賭けに出た次第です」
「それがオレ様たちを脅すってことか」
「まぁ、ありていに言えば、そうなります…」
ル…ミミズ男は申しわけなさそうに目を伏せた。
「べつに恥じることじゃねーよ。魔界は実力主義、おめーの情報収集能力がオレ様たちの実力より上だったってことだ」
「ディア様にそう言っていただけるのなら、心が楽になります」
「ディア様ぁ!?」
オレは自分の耳を三度ほど疑った。
でも確かにこのホネ、様なんてつけられてたぞ…。
「…? もしや星見殿は、ディア=レイス=ファントム様をご存知でないと?」
「いや、存じてますけど…。アレだよね、ジルの趣味悪いマスコットだよね?」
「な! なんと無礼な! ディア様は代々魔界の元帥をつとめる、ファントム公爵家の跡取りであらせられるお方ですよ!?」
「そうなの? てか、それってすごいの?」
なんかミミズ男が水戸黄門の脇にいるひとみたいなこと言ってるけど、元帥とか公爵とかいわれてもピンとこないんだよね。
「すごすぎですよ! 実質、魔界のナンバーツーになる予定のお方ですよ!?」
「げぇっ!! そうなの?!」
こんなんが?!
とか言ったらミミズさん発狂しそうなので自粛しよう。
「まー今のオレ様はなんの位ももってねーし、ヘンに堅苦しくされるのはスキじゃねーんだけどな。だからルイにもなにも言ってねーし」
「そ、そうだったのですか…」
「つーかオレ様の話なんていーんだよ。もーお嬢とおめーの話はまとまったのか?」
「それなら大丈夫よ、ディア。ちょうどこのベトヌラギトグチョ男が屋上に来る前に話はついたわ」
「はい、先ほどジル王女がおっしゃられたとおり、子爵の位と、多少の領地、金銭をいただくことになりました」
「…………」
オレは悪魔たちのやりとりを眺めつつ、どうにも腑におちない気持ちでいた。
…なんか思った以上に平和的に解決するんだな、この《大魔王の英魂》の問題って。
いや、単にこのひとの野望が小さいものだったからなのか?
「言っておくけれど、爵位を与えたあとは、あなたには関わらないわよ。もらったものを守り通すのは、あなたの仕事なんだから」
「…は。承知の上でございます」
「そう。じゃあ交渉成立ね、はやくこの学校から使い魔を退かせなさい。さすがに天界や仙界にけどられるわ」
…オレだったら、というか、普通だったらもっと…高望みするもんなんじゃないか?
こっちは魔王候補と次席候補、っつっても、どっちも使い魔にすら勝てないくらい弱ってて、おまけに目当ての《大魔王の英魂》は人間であるオレの中。
オレたちがどう転んでも自分に勝てるわけないんだから、わざわざケチな交渉をする必要がない。
たとえジルに味方する勢力が仮にあったとしても、オレにとりついた《大魔王の英魂》を使えば文句なしに魔王として君臨できるわけで…。
「……考えすぎ、かな…」
やめだやめ。
バカの考えは休んでるのと変わんないんだし、オレがどうこうしようもない。
現にミミズさんは公務員とかやってそうなくらい好青年なんだし、妻子だってあるらしいし、なんかリア充っぽいし、大丈夫だろ。
オレは頭をゆっくりと振って、悪魔たちの話の輪に入ろうとした。
…だけど、
「……今、なんと言ったのかしら……」
「…ジル?」
さっきまで和んでいた空気に、妙な気配が流れた。
「…おや、聞こえませんでしたか、ジル王女…」
ジルに問われたミミズ男が、妖しく笑んだ。
「…使い魔を退かせるのは、断ると言ったのだ!」
「な…ん…ですって…?」
「お嬢!! あぶねーっ!!!」
それは一瞬。
屋上の床を破って出てきた例の巨大ミミズが、背後から少女を襲った。
少女は振り返ることしかできず、呆然と立ち尽くす。
その少女をはねのけたのが、宙に浮かぶドクロ。
少女は突き飛ばされ、ミミズの軌道から外れる。
代わりに、ドクロがその場に残され、そして…。
ミミズに、飲まれた。
「……え……?」
オレは無様に、立ち尽くしていた。
目の前で起きたことが信じられなかった。
「……チッ、ねらいを外したか…。まぁいい、順番が替わっただけだ」
さっきまで好青年だった男が、悪役のような悪態をつく。
「おい、メガスコリデス。さっさとあの女も食ってしまえ」
巨大ミミズはゆっくりと鎌首を持ち上げ、ただただ、呆然と座り込む少女を目標として定めた。
オレの真っ白な脳内に、『まずい』と、警鐘が鳴る。
無意識の内、オレは声を発していた。
「え…ミミズ…さん…? あの…なに…してんですか? それ、ジルですよ? さっきのもガイコツだし…」
「…なにが言いたい? 人間」
オレは自分でも無茶苦茶なことを言ってる自信があった。
でも、なにかしなきゃ、なにか言わなきゃ、ダメだ。
漠然とした義務感だけが、今のオレを動かしていた。
「だって、さっき話してたじゃないすか…平和的な…。てか、はやくガイコツ出してやってくださいよ…いくらアイツでも、死んじゃいますって…」
「…まさか、まだ状況が理解できていないのか? フハ、そこな女といい、ディア=レイス=ファントム以外はまともな判断力もないようだな」
わかってる。
さっきオレが考えたとおりの状況になってるだけだ。
なのに、いざその場にいあわせたオレは、その現実を受け入れられないでいる。
―― なにをしている ――
警鐘は、遠く――。
「ハハ、変な冗談はやめてくださいってば…」
―― それは、敵だ ――
「…フン、所詮は人間だな。少しそこで大人しくしていろ。あの女を食ったあと、貴様の《大魔王の英魂》を引きずり出してやる」
ミミズ男はオレから興味を失ったように、座り込むジルへと向き直った。
―― 敵は ――
「…そのコに手ぇ出すなッッ!!」
―― 敵は ――
「…ッ!!」
無我のまま叫んだオレの脇腹を、重い衝撃が襲う。
それはムチのようにしなった、人間の胴くらい太い別のミミズ。
打たれるがまま飛ばされ横たわるオレを、ミミズ男が憤怒の形相でにらんだ。
「…人間風情が…この私に命令するか…。…いいだろう、先に貴様を殺してやるッ!!」
デカミミズがまた方向を変え、急激にオレへと迫る。
逃げなきゃ、死ぬ…!
―― 敵は、殺せ…! ――
「ぐぅッ…??!!」
回避しようと体を起き上がらせたオレを、今度は激しい頭痛が襲った。
…なんで、こんなときに…!
迫りくる巨大ミミズ。
まずい、食われる…!
「…だめぇぇっ!!!」
「!!」
オレとミミズの間に割って入ってきたのは、金の瞳に涙を浮かべた少女だった。
少女はミミズを止めるでもなく、オレを押しのけるでもなく、ただやさしく、ひざますくオレを抱き込んだ。
オレを抱きしめる少女の体から紫の光が溢れ出し、オレと少女を包む球体となる。
そしてそれとほぼ同時、オレたちはミミズに飲み込まれた。
…。
……。
…………。
「…………」
オレはまぶたを持ち上げる。
いきなりピンク色の肉壁が写り、相当焦りながら体を起こした。
「よー。起きたか」
体を起こしたオレに、聞き覚えのある声がかけられた。
声のしたほうを見ると、そこにはあの白い物体が。
「ガイコツ! おまえ生きてたのか!」
「勝手に殺すんじゃねーよ。つっても、死んだのとたいして変わんねー状況だけどな」
「…! そういやココどこだ? たしかオレ…」
「デカミミズの腹ん中だ。オレ様とお嬢が張った結界で、最悪の結果だけは避けたかんじだな」
「そうだった、オレ、あのミミズに食われて………そうだ! ジルは!?」
「奥にいる。声かけてやってくれ……って、言うまでもねーか」
すぐに歩き出したオレを見て苦笑するガイコツを通り過ぎ、オレは薄暗い全面ピンク色の空洞を奥(?)へ向かって歩いた。
すると、十秒もしないうちに、紫の髪を背中に流した後ろ姿を発見する。
「……ジル…」
少女は体育座りをして、うずくまっていた。
「ケガとかしてない? …ってこの状況で気にしても仕方ないかもだけど…」
「……ごめんなさい……」
「…え?」
少女のつぶやきに、不意をつかれる。
「…あなただけは、なにがあっても守りたかった。魔力を失ったって、要はやりかた次第だと思って、アイツに交渉を持ちかけたの。うまくいったと思った。油断してた、…いえ、最初から、考えが甘かったのよね…。なんのチカラもないわたしが、賊を退けられるはずがなかったの。結局、わたしだけならともかく、ディアも……あなたも、巻き込んじゃった」
「…………」
「怒ってる、わよね。許されないことをしたんだって、わかってるわ。今更わたしが謝ったって、なんの慰めにもならない…」
「…そうだね、すげー怒ってるよ。正直、ここまで怒ったことないぐらい、キレそうだ」
「…………」
オレは静かに少女を見据える。
きっとオレの本心は、少女に正しく伝わっていない。
「オレの言ったこと、覚えてる?」
「………?」
少女が顔を上げた。
そのきれいな瞳は、赤く充血していた。
オレの中で、なにかドス黒いものがゆらめく。
「そういうのはいちばんキライなことだ、つぎやったら許さないって」
「…え、えぇ…」
「具体的に言わなかったけど、そういうのってのは、キミが自分ひとりで抱え込んで、無茶して、傷つくこと。オレは、キミの助けになりたいとも言ったし、弱音でもなんでも言ってくれとも言った」
「…………」
「そういうことをを言った上で、キミが『わたしだけならともかく』なんて言ったことに、オレはすごく怒ってる」
「…………」
少女は黙ってオレの言葉に耳を傾ける。
「ガイコツには言ったけど、《大魔王の英魂》のことは、オレが自分で首をつっこんだことだよ。謝罪なんていらないし、巻き込んでしまったなんて思われたくもない」
「……あなた……」
オレを見つめる少女を、オレはしっかりと見据える。
「ひとりで傷ついて泣くくらいなら、もっとオレを頼ってくれ、ジル。キミの泣き顔なんて見たくない。《大魔王の英魂》に関しても、ふたりでいっしょに解決していこう。キミは魔王でも惨めでもなんでもない。ジルっていう、ひとりの女のコなんだ。…オレはその、ジルっていうコを支えたい。ジルっていうコと、いっしょにいたい」
「………!」
呆然とオレを見つめるだけだった少女が、目を見開く。
その琥珀の瞳から、大粒の涙がぽろぽろと溢れ出した。
「…! あれ…? …なんで…わたし、泣いてるの…? うそ…やだ、とまんない……」
せきを切ったように溢れる涙をどうすることもできずあたふたする少女を見て、オレは思わず微笑んでしまう。
「ハハ、前言撤回。こういう泣き顔なら、見たいかも」
「なっ! なに見てるのよバカ! あっちいきなさいよぉっ!!」
「ごめんごめん、ジルがなんかかわいかったからさ」
「〜〜〜〜っ!?」
ぼんっ!
っていう効果音とともに、ジルがショートした。
うわー、なにこれ超かわいいんですけどこのいきもの。
「………おめーら、ここがミミズん中って忘れてねーか…?」
「「!!!」」
急に後ろから声をかけられ、マジ死ぬかと思うくらい焦ったオレ、とジル。
振り返るとなんか少し呆れてるかんじのガイコツさんが。
「おぉおおぉぉガイコツじゃぁん! えーなに奇遇! こんなトコで会うなんて超奇遇じゃん!」
「いや、むしろオレ様が先客だしな。さっき思いっきりルイとしゃべったからな」
「あぁぁあぁらディアじゃない! なにどうしたのなんでこんなところにいるのかしら! もーびっくりよわたし! びっくりドン◯ー!」
「いやお嬢ともしゃべってたからなオレ様。あとびっくりついでに店名言うのやめような?」
ガイコツは珍しくツッコミ役をこなしたあと、ちょっと溜息をついてからこう切り出した。
「そろそろオレ様の魔力が切れるぜ。ちちくりあうのはココを出てからにしてくれねーか?」
「ちーちちちちくりあってなんか! な、なぁジル!?」
「そ、そそそうよ! べ、べつにちちくりあってなんかいないし、う、うっかりと、ときめいたりもしてないんだから!!」
「……だれもソコまで言ってねーぞ、お嬢……」
「こ、言葉のあやよ! あ、あなたもこっち見ないでぇ!」
ばっち〜ん!
「ぶぅっ!!」
そこでなんでオレにくるんだよ!?
おまえが勝手に墓穴掘ったんだろ!
「ケケケ! まーいつもどーりに戻ったトコで、マジメな話、どーするよ?」
「そ、それが問題よね……」
「……そんなの、決まってる」
オレは張られた頬をさすりながら言う。
「ココを出て、ミミズ男を、ブン殴る」
「……川柳?」
「ちげーよ!!」
話の腰折んなよな魔王!
「ココを出るっつっても、具体的にどーすんだよルイ。今張ってる結界でオレ様たちの魔力はカラだし、その結界ももーもたねーぞ?」
「オレがなんとかする」
「なんとか、って簡単に言うけれど、人間のチカラでどうにかできるものじゃないわよ」
「…人間のチカラじゃないなら?」
「は? あなたなにを………まさか…」
小首をかしげたジルがなにか思い当たることがあったらしく、驚きの表情でオレを見る。
「そう、そのまさか。……《大魔王の英魂》をつかう」
「……無茶よ、人間が扱える代物じゃないわ」
「でも、継承は成功してるんだろ? だったら、つかえない道理はないじゃん」
「あれは運がよかっただけよ。つぎもうまくいくかなんて…!」
「うまくいく。てか、いかせる」
「だから! なんで根拠もないのにそんな…」
「そういうのはどうでもいいんだ」
オレは抗議するジルをさえぎり、言葉を続ける。
「オレは怒ってる。キミをだまして、蔑んで、挙句に泣かせたクソ野郎をブン殴ってやりたい」
「……!」
オレをいさめようとしていた少女が、ハッとして動かなくなる。
オレはそんな少女に、微笑みかける。
「思春期まっさかりの健康優良児の体を貸してやってるんだ、そのくらいのワガママ、大魔王だろうがきいてもらう」
「おー、ルイかっけー…」
動かなくなった少女の隣で、ガイコツが感心したように呟いた。
オレはそのまま、自分の内にあるソイツに、語りかける。
「聞こえてんだろ、《大魔王》。家賃の取り立てだ」
「「………?」」
ジルとガイコツのふたりがそろって不思議そうな反応をした。
はたから見ればただのイタイひとだけど、オレはソイツに届いてる自信があった。
さっきオレの頭に呼びかけてきたのは、ぜったいコイツだ。
『…………』
オレの中で、なにかがゆらめく感覚があった。
今にもオレを八つ裂きにして暴れ出しそうなソイツに、オレは精一杯の強気でこう言い放った。
「あのミミズ男をブン殴れるだけのチカラを! オレによこしやがれぇッッッ!!!」
『……ヴヴォアァァァァァァァァァァアァァァアァァァァァァァッッッッ!!!!』
「!!!」
剛毅かつ邪悪な咆哮が、ミミズの体内を揺るがす。
直後に、オレの体が苛烈な紫色の煌めきを放った。
「うぐぅぅぅぅッッ! ぐぐぐぎぎぎぎ……!!」
オレの体が破裂しそうなほど内側からふくれあがり、あまりの激痛にまともな叫びすらあげられない。
「ルイ!!」
悪魔ふたりがオレに駆け寄ろうとするけど、強烈な魔力の波動で弾き返される。
「ッッざけんなッ……! こんにゃろッッ……!!」
マジでやばいぞコレ。
ヘタしたらミミズ男を殴るまえにこっちが死ぬかも…!!
…と、オレが死を覚悟した瞬間、紫の光がさらに輝きを増し、オレの視界をおおいつくした。
「…………!!!」
「…………」
まぶたごとつらぬくような光がおさまり、オレはおそるおそる目を開く。
「……ど、どうなったんだ…コレ…」
オレは自分の体を眺め回し、なにか変わったところがないか調べた。
だけどなにも変わったところなんてない。
さっきまでの激痛とかさえ、かけらほども残ってない。
…え? もしかして失敗…?
「いやいやいやいや! そんなオチないでしょ!? え!? あの流れからこんなグダグダなかんじにすんの?!」
オレ、超焦る。
あんな大見得きっといて失敗とか、笑えなさすぎ…っていうか今それやると死亡フラグなんですけど!!
「……あなた……」
「……ルイ、おめー……」
焦るオレに、悪魔ふたりが声をかける。
なんかすっごい失望しているような視線を感じる!
「いや! ちょっとまってよふたりとも! こ、これはなにかの間違いで……」
「……なんて、デタラメな魔力なの…!」
「……え?」
「おー! すげーぜルイ! お嬢の親父とまではいかねーが、並の悪魔なんざ敵じゃねーぞ!」
「……え? …え?」
オレを見て度肝を抜かれたような反応をするふたりに、オレは戸惑う。
「え? どういうこと? オレ、失敗したんじゃないの?」
「なんだルイ、おめー自分の魔力がわかんねーのか!?」
「え、だってたいして見た目変わってないし……まぁ言われてみればなんだか体が軽いような気も…」
「…魔力に目覚めたばかりで、そういう感覚がまだ鈍いのね、きっと」
「そういうもんなの?」
分析するジルに、オレが不思議そうに尋ねると、ジルはあきれたように溜息をついた。
「百聞より一見ね。試しにそこの肉壁、デコピンしてみなさい。理解の遅いあなたの脳みそでもわかりやすい結果になるわよ」
「わかった…けど」
いくら強くなったって、デコピンの威力がすごいことになるとかあるわけないし、こんなのでなにがわかるんだと心中でぼやきつつ、オレはジルの言うとおりに、気色悪くうごめく肉壁にデコピンをお見舞いした。
「…よっ」
ズバァァァァァンッ!!
「…………」
オレは絶句する。
イヤな汗が額から頬を伝う。
オレの眼前には直径一メートルくらいの半球状の穴が、肉壁を大きくえぐって形成されていた。
…えぇ〜〜…。
なにこれぇ…。
なんか木原のすかしっ屁みたいな音したんですけど。
あまりの威力に返り血っていうか返り肉すげー浴びちゃったんですけど。
超シャワー浴びたいんですけど。
「ていうか、ホントになんなんだ、この威力……」
「どう? 自分がどれだけ強力な悪魔になったかわかったでしょ?」
「強力すぎだろ! もうこれチートじゃん! こんなんであのミミズ野郎ブン殴ったらアイツ首吹っ飛ぶだろ!」
「いいじゃない吹っ飛ばせば」
「イヤだよ! 後味悪くなっちゃうだろ!」
どんなに許せないことをしたヤツなんだとしても、命までは奪いたくないぞ、オレ。
「ケケ、じゃあ残った体のほうも消し飛ばせばスッキリするんじゃねーか?」
「しねーよ! 別に中途半端な結果で後味悪いなー、とかじゃねぇよ! そんな徹底的にやったら後悔が大きくなるわ!」
「…お、そろそろオレ様の魔力切れだな。脱出しよーぜ」
「無視かよ!?」
オレの猛抗議を華麗にスルーして、ガイコツが平然とした態度で大ピンチを告げた。
「そう、じゃあ気持ち切り替えて本番いきましょうか。ほら、あなたもスタンバイして」
そしてジルは手をパンパンたたきながらなんか仕切りだした。
なんだよこの撮影現場みたいなノリ。
「はい、じゃああなたがミミズの腹を体内から消し飛ばすところからいきます。加減目にパンチしてくれたらいいから」
「おそろしいことサラッと言うなよ…」
もうツッコみきれない。
時間もないみたいだし、オレもちょっとは戦いに集中しないとな。
「…よし、覚悟しやがれ、ミミズ野郎。オレを怒らせたこと…」
「はいはいそういうのはいいから。もう文量が予定より多くなっちゃってるから巻きでおねがい」
「なんだよもう! せっかく役に入ってたのに!」
もうこうなりゃヤケだ! 無理矢理にでもテンション上げなきゃやってらんねー!
「くらえ必殺! 食あたりパーンチ!」
オレはひどいネーミングセンスの拳を肉壁へと繰り出す。
オレの腕は勝手に紫の光を放ち、肉壁に触れた瞬間に爆発した。
「………!」
なにやら強烈な衝撃音とともに一気に視界が開けた。
なんだかめちゃくちゃ久しぶりな気がする大空を見上げ、新鮮な空気を肺に供給する。
「…なんかわりとあっけなく脱出できたな…。さすがチートというべきか…」
オレたちはさっきまでいた学院の屋上に帰還していた。
…すげー、マジで肉壁全部消し飛ばしちゃったよ、オレ。
「な、何事だ…!」
屋上にはまだミミズ野郎が残っていて、急に轟いた破壊音に振り返って、しとめたハズのオレたちを見とがめ驚愕の表情をつくる。
「な…! なぜ貴様等が! 私のメガスコリデスはどうした!? まさか…!」
かなり焦ってる様子のミミズ野郎に、オレは余裕ある含み笑いをたたえて大物感を出してみた。
「よぉ、また会ったな、ル…ルンク……ルクセンブルクだっけ?」
さっき聞いた名前を思い出せないうっかりさんなオレに、ガイコツが助言する。
「ちげーよルイ。たしか……ブルマトランクスだろ」
「衣類になっちゃてるじゃん。あ、あれじゃね、ブンブンクルクルじゃね?」
「あー、それだそれ」
「ルンブルクス=ルベルスだ!!」
物忘れがひどいオレたちに、ミミズ野郎が親切に自己紹介をしなおしてくれた。
「そうだった、ル……このミミズ野郎」
「覚える気ないだろう貴様!」
だって『ル』多すぎだろおまえの名前。
ミミズ野郎は相当気分を害したらしく、額に青筋を浮かべて叫ぶ。
「えぇいふざけおって! 私の使い魔から逃れた程度でいきがるなよ人間! すぐに殺してやる!」
「おいおいそりゃー無理だぜ? おめーもいっぱしの悪魔ならわかってんだろ、ル……このブルマ野郎」
「ただの体操着泥棒になっちゃってるぞ」
「まちがえた、えーっと、ル……ブルマクンクン」
「盗んだ目的までわかっちゃったな」
「ルンブルクスだァッ!!」
自分の名前を大声で叫ぶというちょっと恥ずかしいことをしながら、ミミズ野郎はさっきのデカミミズとまではいかないけど充分巨大なミミズたちを召還し、オレたちにけしかけた。
「ルイ!」
「わかってる。いまさらこんなヤツらにびびるかよ…!」
オレは自分に食らいつこうとしたミミズをアッパーで消し飛ばし、ムチのようにオレをたたきのめそうとしたミミズを受け止め、つぎに襲いかかってきたヤツにたたきつける。
なんだか動体視力や判断力まで常識はずれに強化されてるらしく、十をこえるミミズたちの動きが遅すぎて退屈になるくらいだった。
チートやべー。
ものの三十秒もしないうちに、ミミズ野郎が召還した使い魔たちはオレに全滅させられた。
「な………そん…な…バカ…な……」
当のミミズ野郎は、目の前で起きたことが信じられないらしく、情けなく腰を抜かした。
「なんだ、もう終わりかよ、ルンルンブス」
「ブルマクンクンな」
それもちがうけどねガイコツ。
「な……な…」
どうやらミミズ野郎には訂正する余裕もないらしい。
「な…なぜだ…! 貴様はただの人間だったハズだ! なぜ…そんな魔力を持っている!」
「おまえだってわかってんだろ? 《大魔王の英魂》に協力してもらったんだよ」
「ふ、ふざけるな! 人間風情に《大魔王》が使役されてなるものか! 私は認めないぞ! こんなバカげたこと…!」
「…………」
オレは静かに嘆息する。
なんだかすごい小物くさいヤツだな…。
オレの背後にいた少女もそう思ったのか、うろたえるミミズ野郎に声をかけた。
「…いいかげん、みっともないわよルンブルクス=ルベルス。もうあなたの負けは決定的。この人間はあなたの命まで奪うつもりはないようだし、潔く負けを認め、退きなさい」
「ぐっ……ジル=ハデス=バアルゼブル…!」
ミミズ野郎はジルを悔しげににらむ。
「…わたしを殺そうとしたことをとやかく言うつもりはないわ。魔界の掟は弱肉強食。この場のルールは、この人間が決める。わたしの言葉は、一介の悪魔からの助言ととらえてもらえばいいわ」
「…ふざけるな………この私に、人間ごときの情けを受けろと言うつもりか…!」
「ならば彼に挑んでも結構よ。すでに魔王級の魔力を手にした、この人間にね」
「…………ッ!」
ミミズ野郎が悔しさのあまり歯ぎしりする音が、オレの耳にまで届いた。
「まー、わりーこた言わねーよ。チカラつけてまた来な」
「ディア=レイス=ファントム…! 貴様まで、そこな人間にこびるつもりか!!」
「オレ様もお嬢も、べつにルイにこびてるワケじゃねーよ。おめーは今のルイよりよえー、とーぜんのコト言ってるだけだ」
「えぇい! 黙れ黙れ黙れ!!」
腰を抜かしたままだったミミズ野郎はやっと立ち上がり、声を大にして叫んだ。
「貴様等のようなふぬけが上から魔界を腐らせているのだ!! 自分たちで王位継承に失敗しておいて、その継承権を運良く手に入れた人間風情に従えだと? フハ! 笑わせるなこの出来損ないめが!!」
「……!!」
男の言葉に、ジルが明らかな動揺を見せた。
それを確認し、男は邪悪な笑みを浮かべる。
「フハ! 下層の悪魔にまで届いているぞ、貴様の悪評は! 魔王の直系でありながらその魔力は傍系の跡取りどもに劣り、父親の情けのみで王位を継承することになった魔界の恥とな! 見よ! 貴様がおかした魔界最大の失態の顛末を! よもや人間風情に魔界の至宝を奪われるとは! わかっているのか! 貴様が目先の権力に目をくらませて分不相応の位を望んだせいで、力を失った魔界はこれから天界や人界から侵略を受けることになるだろう! 売女め、貴様が魔界を滅亡に導くことになるのだ!」
「……ちがう…! わたしは、王位を望んでなんか…!」
「貴様等のいいわけなど聞くはずがないだろう! 魔界の上層が腐敗したことはわかった。やはり魔界の王には、私のような者こそふさわしい! 私の仲間とともに、すぐに貴様等を奈落に突き落としてくれる! 覚悟しておくが…?」
男の言葉がそこでとまる。
ふたりの間にオレが割って入ったからだ。
今にも泣き出しそうな少女をかばうように、オレはミミズ野郎の前に立ちはだかる。
「……なんだ? 人間。貴様には関係のない話だろう。そこを退くがいい」
「…………」
オレは無言でミミズ野郎をにらむ。
実際、頭に血が上っててなに言えばいいかわかんなくなってたんだけど。
そんなオレの状態を察する洞察力なんてこのクソ野郎にあるわけもなく、オレがなにも言わなかったことに気をよくしたのか、クソはさらに饒舌になった。
「フハハハッ!! なにも言えぬではないか人間! 案ずるな、貴様もわたしの仲間とともに惨めに殺してくれりゅッ?!!」
「………だったら……」
「むぐぐぐぐ………!!」
オレはミミズ野郎のほっぺたを片手ではさみつつ、怒りで真っ白になった頭に浮かぶ言葉を、ゆっくりと吐き出した。
…後日談だけど、このときのオレはその怒りで、《大魔王の英魂》の影響をモロに受けてたらしい。
「てめーの仲間、全員ここに連れてこいよ…」
ギロリ。と無意識のうちに魔力がこもったにらみをきかせる俺。
至近距離で魔王にガンつけられたミミズ野郎は、一気に青ざめていく。
「てめー、たしか情報収集得意なんだよな? じゃあ情報をバラまくことだってできるんだろ?」
…こくこく。
「だったら俺に文句あるヤツは全員相手してやるから出てこいって、てめーの広められる範囲の二倍の規模で広めろ。今すぐ」
…こくこくこくこく。
「あと、天界と人界だったか? それが魔界に攻めてくるようなことがあったら俺に言え。全部追い返す。これで文句ねーよな」
…こくこくこくこく!
「よし、わかったら消えろ。はやく消えろすぐ消えろ今消えろなにまだ俺の視界に入ってんだァッ!!」
「ひいいいぃぃぃぃぃぃッッ!!! ももも申しわけありませェェんッッ!!」
ミミズ野郎は半泣きになりながら地面にめりこむほど土下座し、その勢いのまま校舎を縦につらぬいて地面へと消えていった。
「……おい、ジル」
「…え、あ、はい! …な、なにかしら…」
惚けたようにオレを見ていたジルが我に返り、あわてて返事をする。
「さっきのクソミミズの言葉なんて気にすんなよ。負け犬の遠吠えだからな」
「わ、わかってるわ。反体制派がいることくらいは、知っていたから」
「そっか。まぁ、あんなふざけたヤツが他にいるなら、全部俺が黙らせるけど」
「おー、なんかルイが頼もしーコト言ってるぜ。ケケ、すこし性格変わったんじゃねーか?」
「…言ってろ」
ひやかすガイコツを軽くあしらい、俺はミミズ野郎がいなくなった屋上を見回す。
使い魔たちの残骸も、きれいに消失していた。
これでとりあえずは一件落着だ、と安堵した瞬間、強烈な眠気が俺を襲う。
「…ぐ……。…まぁ、こんなもんか」
俺は小さく溜息をつき、そろそろオレへと意識を委ねようとしていた。
…そのとき。
『…やー、実に魔王らしい振る舞い、おみそれいたしたよー』
「…あぁ?」
突如として頭上から、ずいぶんのんきな声がかかる。
見上げると、そこには緑色に輝く光の玉が浮かんでいた。
どうやらさっきの声はこの光の玉から響いてきたらしい。
「この声…! まさか、大魔導士!?」
『やや、姫様に覚えられてるなんて光栄だね。そう、なにをかくそう魔界きっての大魔導士さー』
「なんだこのふざけたヤツ…」
また面倒そうなのが出てきた、と俺は心中で毒づく。
『やっと人界の姫様たちと連絡をとれてよかったよ。《大魔王の英魂》が人間にとり憑いちゃうなんてこっちのだれも予想してなかったから、そこのルイ殿が現れてからこっちも会議会議でドタバタさー』
「会議…? あなたがこうして連絡を取れているということは、その会議とやらは終わったのよね? いったいなにが決まったの?」
『それを今からお伝えするよー。まず、姫様のお父上、サタン様がまた事実上のトップとして動くことになったよ。本人は結構グチってたけどねー。それから人界と魔界の不戦協定が結ばれることになったよ。なんだか人界もコトをあららげたくないみたいだねー。あと念のため姫様の護衛も増やそうかー、みたいな話もあがったかな』
「……そう…。わたしの処分はどうなったの?」
「おい、処分ってなんだよ?」
ふたりのやりとりに割って入る俺。
ジルはこちらを見て、淡々と説明した。
「さすがにわたしは失態が過ぎたわ。それなりの責任を取らないと、下が納得しないのよ。ルンブルクスほどの反体制派じゃなくてもね」
『そういうことだね。でも安心しなよルイ殿。ぼくが思うに、そんなひどい目にはあわないはずさー』
「…? おまえは処分の内容を知ってんだろ? なんで推測なんだよ」
『ふふー、実はその処分の内容がねー…』
大魔導士は妙にうれしそうな声音で、続きを口にする。
『姫様が継承に成功するまで、人界で《大魔王の英魂》を守り通すこと、なんだよ』
「な、なんですって!?」
『つまりー、ルイ殿が今みたいに協力すれば、ずいぶん楽できるってことさー』
「…なるほど」
冷静にうなずく俺を、隣のジルがとがめる。
「な、なるほどじゃないわよあなた! こんなの、わたしの処分っていうより、あなたの処分みたいなものじゃない!」
「…でもなぁ、もともと俺はジルといっしょに魔界について対処していくつもりだったし、ちょうどいいだろ?」
「た、たしかにそう言ったけれど………なんだかあなたがこんなに冷静に受け入れるなんて、すこし調子が狂うわ…」
「そうか。…じゃあそろそろ俺は眠るぜ…。実際、限界だしな…」
「え?」
「なんでもねぇよ……」
そこで、俺の意識は暗転する。意識を失ったオレの体は容易く後ろに倒れていった。
「!? ちょっと! ルイ?!」
…あ、今、ルイ…って……。
ぼんやりとそんなことを考えながら、地面に倒れたオレは、重いまぶたを下ろしていく。
あわてふためく少女の声も、だんだん遠くなっていった。
「ルイ! ルイってば! どうしたのよ!?」
『ふむ、魔力の大量消費に、人間の体がついていけてないんだね』
「そんな! ど、どうしたら…!?」
『一眠りすれば大丈夫だよ。ただ疲れただけさ』
「そ、そうなの? ホントにそれで大丈夫なんでしょうね!?」
「…お嬢……落ちつこーぜ……」
「…ん……んぅ…」
オレは薄暗い部屋の中で目を覚まし、鈍く痛む後頭部をおさえながら体を起こした。
「……ここ…は…」
オレは見覚えのある部屋を見回す。
間違いない、オレの家のオレの部屋だ。
だけど、なんで今、自分の部屋にいるのか思い出せない。
なにしてたんだっけ?
「…えっ…と……たしか高校に行って、悪魔にでくわして、で、《大魔王の英魂》の力を借りて……で、どうしたんだっけ…?」
そのあたりからどうも記憶が曖昧だ。
なんか大それたことを言っちゃったような気がしないでもないような…。
オレがどうにかして記憶をたどろうとしていると、部屋のドアが無造作に開かれた。
「…あれ? 兄さん、目が覚めたの?」
「サヤちゃん? なんでサヤちゃんがいんの?」
「なんで、って…。兄さんが学校で倒れたって聞いて、部活を休んで帰ってきたんだけど」
妹は若干不満そうに唇をとがらせ、部屋の明かりをつける。
「倒れた? オレが?」
「覚えてないの? ジルさんからは授業中に貧血で倒れた、って聞いたんだけど。ていうか、ジルさん艶桜だったんだね」
「あ、あぁ、オレもそれはびっくりした…。そうか、授業中に貧血…」
授業中……。
まぁ悪魔のことをおおっぴらにはできないし、そこはジルがとっさに考えた嘘だろう。
じゃあオレは、あのミミズ男と一悶着あったあと気絶したってことか…?
「そのあとすぐにわたしの中学に連絡があって、家に帰ってきたらジルさんと兄さんの担任の先生がリビングにいたんだよね。なんだかあとは体を休ませるだけだから、それなら自宅のほうがいいだろうって、ここまで送ってくれたみたいだよ」
「そっか、真木名先生が…」
明日会ったらお礼を言っとかなきゃな。
「さっきまでひかる先輩といつき先輩もいたんだけど、急用ができたらしくて帰っちゃった。ルイによろしくって」
「あー、ふたりにも心配かけちゃったかな…」
そういえばあのふたりは巻き込まれずに済んだんだろうか?
どこにいたかは知らないけど。
「じゃあわたしはジルさん呼んでくるね。夕飯の準備もしなきゃいけないし」
「え?! もうそんな時間?!」
オレはベッドの横にある時計を確認する。
うわ、もうゴールデン入ってるじゃん!
「…その……兄さんが貧血で倒れたのは…多分わたしのせいだし……今日はちゃんとつくるから……」
サヤちゃんは貧血っていう嘘を真に受け、申しわけなさそうに言いながら部屋を出ていった。
…うわ、なんかこっちの方が申しわけない。
オレがぬぐえない罪悪感と戦っていると、ドタドタと階段を駆け上がる音がし、ドアが乱暴に開け放たれた。
…オレの部屋のドアはいまだにノックされた試しがない気がする。
「…え〜っと、よぉ、ジル…」
「…………」
つぎなる訪問者はやはりというか次期魔王様そのひとで、ドアを開けた体勢のまま硬直していらっしゃった。
「……あの〜、ジルさ〜ん?」
「…!」
ばたーん!
「あれ?! おいジル!」
なにを血迷ったかジルは我に返った途端、勢いよく開け放ったドアをさらなる勢いをもって閉め切った。
ドア壊れるだろうが!
オレが不憫なドアを心配してると、そのドアをやさしくノックする音が。
「…コホン。…あー、入るわよ?」
「……どうぞ……」
なんだこの意味ないやりとり。
「…その……体の具合はどうかしら?」
なにごともなかったかのようにしゃべり始めるジル。
「あぁ、おかげさまで全快だよ。そっちこそケガとかしてない?」
「していないわ。おかげさまで」
「そっか…」
会話終了。
なんだか気まずいぞ…。
「…そ、そういえばさ、オレよく覚えてないんだけど、ミミズ男とかどうなったの?」
「逃げたわよ。覚えていないの? あれだけ脅していたくせに」
「脅し?! え!? オレそんなことしてたの?!」
「文句あるヤツ全員相手してやるとか、天界も人界も追い返してやるとか、はやく視界から消えろとか…。それはもう、さながら魔王のような振る舞いだったわよ?」
「おー、オレ様もコーフンしちまったぜ」
「ガイコツまで!? う、嘘だろ? オレがそんなコト、言えるはず…ないじゃん…?」
で、でもたしかに妙なコトを口走ってしまった感触はある…から、強く否定できないオレ。
「わたしもそう思うけれど、たしかに言っていたわよ。ホラ、わたしのケータイに録音もされてるわ」
「おまえ悪魔のクセになにちゃっかり文明の利器使いこなしてんの!?」
しかしてジルのケータイからは、オレのドス黒い脅迫音声が流れる。
…うわ怖っ!
オレの言ってることもだけど、それを忘れてる自分自身がすげー怖い!
狼狽しまくるオレを見て、ジルが深い溜息を漏らす。
「…はぁ、……こんなていたらくじゃ、わたしにいろいろ言ったことも覚えてなさそうね…」
「え?」
「なんでもないわ。…それより、あなたもう少し泰然自若とした態度を心がけたらどうかしら?」
「…た、たいぜん…?」
「…あきれるほど無知ね、あなた」
「ゆったり平常心でいろってこった」
オレの見識の狭さに失望する少女の隣で、意外にもガイコツが意味をおしえてくれた。
「あ、そうなんだ…。でもなんで?」
「今後、そーゆー振る舞いが必要になるってことだな。まー、オレ様は今のままでもいーと思うんだけどよー」
「…ど、どういうこと…?」
話が一向に見えてこないぞ…?
なんでオレにそんなものが求められるっていうんだ?
「あー、ルイはまだ聞いてねーのか。ケケ、実はよー…」
『やや、ディア殿、そのセリフをとっちゃうのはいただけないなー』
「うぉわぁっ!? だ、だれだ?!」
突然響いた第三の声に、オレは度肝を抜かれる。
ガイコツのさらに隣に、緑に光る玉が浮いていた。
『…ふむ、ルイ殿は《大魔王》状態の記憶があやふやになるみたいだねー。じゃあ改めて自己紹介をばー。ごきげんよー、言わずと知れた大魔導士とはぼくのコトだよ、よろしくー』
「…いや知らねぇよ!」
『や、手厳しいなー。まぁこまけぇこたぁ置いといて、ルイ殿に大事な大事な報告が残ってるんだよ』
「だ、大事な報告……?」
やだすごくイヤな予感しかしない。
この緑の光、どっかのイルミネーションに添えて最初から見なかったことにできないかな?
『ふふふー、じゃあ報告させてもらおうかな』
なにやら楽しそうな大魔導士はもったいぶりながら、『ぱんぱかぱ〜ん』と微妙に盛り下がる効果音を発したあと、こんなことを言ってのけた。
『星見ルイ殿が《大魔王の英魂》をつかいこなしたことを魔界大議会が確認したためー、議会の満場一致で、このたびー、めでたく星見ルイ殿が、魔界の王位に就かれることが暫定的に決まりましたー』
「………え…?」
…オレなんか耳悪くなったかな?
今変な言葉聞こえたもん。
なんかオレのあずかり知らぬところで大変なことになってるかんじの空耳が聞こえちゃったもん。
いや、ないない。
んなこたーない。
オレが自分の耳を七度疑ったのちにまた疑おうとしていると、反応の薄いオレが要点を聞き逃したと思ったのか、大魔導士が頼んでもないのにいちばん聞きたくない箇所を繰り返した。
『だーかーらー、星見ルイ殿が魔界の王位に就かれました。つまり暫定魔王になりましたー』
「ぎゃあああああぁあぁぁぁぁぁっ!! やだやだやだやだ聞きたくない聞きたくない聞きたくなぁいっ!!」
オレは泣き叫びながらすばやく布団にくるまり、外界からのあらゆる情報をシャットアウトしようと試みた。
「…うわー、ルイかっこわりー、だせー……」
「ホントね。こんなのがわたしを差し置いて魔王だなんて、やっぱり納得できないわ」
でも失望したふたりの声はふつうにお布団の中まで聞こえてきた。
オレはがばりと布団から顔を出す。
「じゃあ変わってくれよ!? どっちでもいいからさぁ!!」
「いやー、オレ様はもともと賛成だし。お嬢もさっきこのコト知らされたとき、『し、仕方ないわよね…! 彼が《大魔王の英魂》を継承しちゃったのは事実だし、わ、わたしが支えてあげればいいんだから…』って言ってたぜ?」
「ちょ、ちょっとディアァァァッ!?」
『やー、ディア殿はモノマネが巧みだなー。まさしくそのとおりだったよー』
「だ、大魔導士まで! ああああなた帰ったら処刑よ! 断頭台で正座して待ってなさい!」
『や、怖いなー』
「声が笑ってるじゃない!!」
顔を目一杯上気させたジルとそれをからかう未確認飛行物体ふたつ。
でもそんな異常事態よりオレの境遇のほうが非常事態だ。
「なんでもいいからだれかオレと代わってくれぇぇぇっ!!」
「なっ、なんでもいいってなによぉぉぉっ!!」
バッチーン!!
「ぶるぅぅぅぅっ!!」
結局こうなるのかよチクショーッ!!
オレが頬をぶたれた勢いでベッドにつっぷしたとき、オレの部屋のドアがまたノックされないまま乱暴に開けられた。
「ちょっと! 病み上がりなんだから安静にしてください兄さん! ……って…」
鬼の形相で怒鳴るサヤちゃんがオレの部屋の惨状を目にして固まる。
そのオレの部屋の惨状っていうのは、
一、 宙に浮かぶドクロ。サヤちゃんには見えない。
二、 宙に浮かぶ緑の光。サヤちゃんには見えないっぽい。
三、 興奮して衣服の乱れた半泣きのジル。サヤちゃんにはバッチリ見える。
四、 ジルにビンタされた形跡のあるオレ。もちろんサヤちゃんにはバッチリ見える。
「……ま、待ってくれ、誤解だ」
オレはとっさにそんなことを口にしてしまった。
五、 『待ってくれ、誤解だ』という言葉。サヤちゃんはバッチリ誤解する。
「…………」
サヤちゃんはおのれの内からわき上がる度し難い感情にその華奢な体躯をわなわなと震わせ、万感の思いを込めてこう叫んだ。
「…兄さんやっぱり夕飯抜きッッッ!!!」
「えええええぇぇぇぇええぇぇぇええぇぇぇええッッッ!!??」
この世のあらゆる無常をたった一文字の平仮名に託したオレの叫びは、ご近所さんがたの楽しげな食卓の声にまぎれて消えていった。
どうやらオレ、星見ルイは、なんか相当厄介なものに取り憑かれるどころじゃない事態に陥っちゃったようで…。
果たして、オレの思い描いた理想の高校生活はどうなってしまうんだろうか。
もう、脱線どころか横転してるよね。
復帰ムリだよねどう考えてもさぁ!
とりあえずだれかごはん食べさせてよ!
同情するなら飯くれよォッ!!