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オレ、つかれました。  作者: みかぐらはやと
第二部
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第二部 エピローグ

文量多くなりました。

分割できそうなところがなかったので一本で上げています。




 激動の一日が終わり、翌朝からはオレの平凡な日常が再開した。


「…惰眠を(むさぼ)る怠惰なる愚者に、狂気と強欲の洗礼を! 《貪婪なる鷙鳥の宴(ピックラッシュアワー)》!」


 早朝、オレは顔面に激痛を感じて目を覚ます。


「いだだだだだだァ…ッッ!!?」


 慌てて飛び起きると、目の前にはジルの美貌が。

 その後ろにはナハトも控えていた。

 …大量の洗濯バサミを抱えて。


「………………おい」


 そして案の定、オレの頬にはひとつの洗濯バサミが装着されている。


「………意外と早く起きるのね。ナハトにたくさん持たせた意味がなかったわ」


 左手に洗濯バサミを構えて残念そうな表情を浮かべるジル。


「………オレはそれより洗濯バサミで起こした意味を知りたいよ」

「特に意味はありません。強いて言えば面白そうだったからです」


 オレの質問に背後に控えたナハトが答える。

 …もう怒鳴る気力すらない。


「そうかい。で、面白かったか?」

「期待はずれでした」

「じゃあやるなよ!!」


 怒鳴る気力がないオレに怒鳴らせる悪魔たち。

 そこが悪魔たる所以なのかもしれない。


「…ふぁー…。…朝から賑やかだなー。もう少し安らかに眠らせてほしーよー…」


 実に眠たげな声で大魔導士が目を覚まし、オレの隣で体を起こす。

 …オレの隣で…?


「あれ…? なんでオレ、ベッドで寝てるんだ…? たしか昨日は床で…」


 そんなのんきなことを言っている場合ではなかったのだが、なにぶん寝ぼけているので仕方ないと思ってもらいたい。


「……あ、あなた、また大魔導士を寝所に連れ込んで…!」

「……不潔ですね。消毒のために熱湯の中に身投げしたほうがいいと思います」


 オレが状況を把握するよりもはやく、激しい拒否反応を示す少女たち。


「……待ってくれ。いつも言ってる気がするけど誤解だ。…オレは…」


 眠い目をこすりつつ、オレは半ば恒例となってしまった起き抜けの騒動の収拾を図る。



 以前と変化が起きたのは、オレを起こす役がひとり増えたことと、騒動の原因がひとり増えたことくらいか。

 …ホントにカンベンしてほしい。



 オレの日常が悪化の一途をたどるのは、何も家庭でのことだけではなかった。






「…………」

「……そんな怖い顔しないでよ、ルイくん。昨日のことなら謝るからさー」


 オレは今、生徒会室なる悪夢の空間に立っている。

 朝の騒動をどうにか鎮圧して無事登校できたと思ったら、校内放送で名指しで呼び出されたのだ。

 目の前には、昨日さんざんオレを痛めつけてくれた美少女が困ったように笑っていた。


「昨日はわたしもちょっとハメを外し過ぎちゃったなーって反省してるのよ。…ほら、これがその証」


 そう言って、大天使は制服のポケットから生徒手帳を取り出してみせた。


「これがなんなんだよ」

「見た目は普通の生徒手帳なんだけど、これ、四界すべての技術を凝縮した封印式なの」

「封印式?」

「そうよ。要はわたしのチカラを極端に制限するリミッターね。四界の長ふたり以上の許可が下りないと解除できないようになってるの」

「………。…これが反省の証になんの?」

「わたしがこれからも人界で生活する条件として、三界から出されたのがこれだったのよ」

「…………?」


 オレは大天使の考えが読めずに首を傾げる。

 少女はそれを見て力なく微笑んだ。


「…正直、キミたちを監視するだけなら天界からでも充分に可能なの。むしろラクなくらい。でも、わたしは結構、この人界での生活が好きなのよね。人間たちはそれぞれいろんな考えを持ちながら日々を生きている。争ったり、助け合ったりしてね。わたしはもう少し彼らのことを見ていたい…彼らの側で。そしてなにより、人間でも悪魔でもあるキミ、《人界の魔王》がこの世界に何をもたらすのか…。それを間近で見てみたいと思ったの。だから、この封印式の条件を飲んで、ここにいるのよ」

「…………」

「まぁでも、キミがわたしを信じられないって言うんだったら、素直に天界に帰るわ。ヘタにキミを刺激したら、もう勝てるかどうかわからないしね」


 大天使は両手を上げて抵抗の意思がないことを表す。だがコイツがしたことは、その程度で許されることじゃないはずだ。


「おまえはオレの《大魔王(ルシファー)の英魂》が目当てなんだろ? そんな今考えたみたいな理由を信じられると思うのか?」

「…そうね。天界はキミの《大魔王の英魂》を狙ってる。またとないチャンスであることは変わらないから」

「それに、おまえは闘いを拒むオレを殺そうとしたし、ナハトやアヌビスだって死にかけた」

「ナハトちゃんとアヌビスに関しては、謝罪できないわ。彼ら悪魔もわたしたちの仲間を殺してる。お互い様よ」


 納得はできないが、たしかにナハトもアヌビスも、天使に殺されかけたことを恨んでいる節はなかった。


「キミに関しては、……そうね。少し冷静さを欠いていたみたい。キミは半分魔王でも、半分人間だった。争いを避けようとするキミに対して、余りにも浅薄な行動を取ったと思ってるわ。……本当にごめんなさい」


 意外にも大天使は、殊勝な態度で深々と頭を下げてきた。


「許さないならそれで構わないわ。わたしはここを退く。……ただ、わかってほしいのは、今ここで話していることはすべて本心なの。都合のいいことを言うけど、……信じてほしい」

「…………」


 なんだかここまでされると、オレが悪者みたいに思えてくるのはどうしてだろうか。

 でも、居心地が悪いからといって態度を軟化させるわけにもいかない。


「……あんたの言い分はわかった。オレのことに関しては、オレも自分で首をつっこんだ延長の出来事だろうし、許すよ。…でも、信用はできない」

「………そっか。無理もないわね」

「だからあんたには……先輩には、この学校の生徒会長でいてもらいます」

「………?」


 予想していない流れだったのか、先輩は(いぶか)るように眉を(ひそ)めた。


「ヘタに天界に帰られて何を企んでるかわからなくなるくらいなら、側にいてもらったほうがマシです。幸い昨日みたいなチカラはもう出せないみたいだし、今度ハメを外したらオレがぶっ飛ばしますからね。覚悟してください」


 オレはビシッと会長を指差し、脅しをかける。

 決していたたまれなくなったからやさしくしたわけではないぞ。

 私情を抜きにして合理的に考えた結果だ。


「………ルイくん……」

「…なんですか、先輩」

「……ルイくん……」

「………なんですか、…会長」

「…ルイくーーーーん!!!」

「うおぉあぁぁぁぁぁっっっ!!?」


 いきなり発狂した会長が、猛然とオレに向かって体当たりしてきた。



「ルイくんルイくんルイくーーん!!」

「ちょっ、会長! やめ…やめてくださいっ!!」


 オレに抱きついて胸に頬ずりする会長。


「うわーんよかったーー! キミに許してもらえなかったらあの辛気くさい天界に強制送還だったんだよー!」

「そ、そうだったんですね…。とりあえず離れてください」


 会長の決して小さくはない魅惑のふくらみが押しつけられていて、オレも気が気ではない。


「これでまたうるさいお目付役にも文句を言われずに好き放題面白いことができるわ! ありがとうルイくん! 大好き!」

「あんたもう帰れよ!!」


 (わず)かばかりも同情してしまったオレがバカだったよ!!




「…大丈夫だって。キミがホントに嫌がることは大体わかったつもりだから」

「そうですか。じゃあまずどいてください」

「イヤなの?」

「嫌…ではないですけど、恥ずかしいです」

「ふふ、調子に乗ったら罰してくれるんでしょ? ホントにイヤならお仕置きしてよ」

「……お、お仕置き…?」

「…わかってるクセに」


 そう言って会長はオレに抱きついたまま、どんどんその美貌を近づけてくる。


「ちょ……会長……!」

「ほら、はやくお仕置きしてくれないと、くっついちゃうよ…」

「…か、かいちょ…」



 ガラリ。



「うおぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉォォォォッッッッッッ!!!!」

「………きゃっ!」


 生徒会室の扉が開け放たれ、オレは全力で会長を押しのける。

 …なんなんだこのデジャヴはァッ!!


 解放された扉のほうを見やると、案の定というべきか、そこには我らが担任、真木名こころ先生が突っ立っておられた。


「真木名先生!」

「………星見くん、朝からお盛んで何よりです。キミの成績を上げるには、まずその股間についているモノを取り去ることから始めたほうがいいのでしょうか」

「すごく怖いことをサラッと言わないでください! あと誤解です!!」

「そうでしょうか。見ていた限り、ワタシが割って入らなければ、キミはそのまま流されていたように感じましたが」

「だから見てたならもっとはやく登場してくださいよ!!」

「それはお約束ですから」


 あなたはお約束に忠実すぎるわ!


「…先生、見てたんですね。わたしとルイくんが仲良くしているところ」

「そうですね。度が過ぎなければ、同じ生徒会役員同士、仲睦まじいのは歓迎すべきことだと思いますよ、天座(あまくら)さん」


 そう言えば、オレは生徒会に入ることになってたんだっけ。

 すっかり忘れていた。そんなことを考えているのを表情から読まれたのか、会長がオレに説明をしてくれる。


「ルイくんには生徒会の庶務をやってもらうわ。まぁ他の役員が優秀だし、基本的にルイくんには自習に集中してもらうようにするから安心して。他の役員たちは今は色々忙しくしてて全員が揃うことはあまりないだろうけど、彼らについても追々紹介するわ」

「…はぁ…」


 さりげなくオレは優秀じゃないことを明言されたな。

 自習のために生徒会に入れられる時点で優秀じゃないのは自明の理だが。


「…生徒会についての話をするのも結構ですが、そろそろホームルームが始まります。星見くんははやく教室に向かったほうがよろしいのではないですか?」

「うわ、もうこんな時間か。そうですね、そうします。じゃあ会長、もう帰ってもいいですか?」

「そうね。時間をとらせちゃってゴメンね。…続きはまた今度♡」


 …生徒会の話の続きですよね?


「…じゃ、じゃあ失礼しました」


 オレはちょっとどぎまぎしながら教室へと向かう。

 教室へ戻ると、生徒会室に呼び出されたことと、ナハトから『気に入らないニオイがします』と断言されたことから、ジルとナハトに色々と怪しまれた。

 大天使と魔王として話をつけただけだと言ってどうにか納得してもらい、その後のホームルームも滞りなく終わった。






 中休みになって学校の中庭のほうに出向いてみると、そこで赤い犬にでくわした。

 腕はきれいに治っているようだ。

 そしてチワワではなくシベリアンハスキーになっていたが、普通に目立っている。

 その赤い毛をなんとかしろって言ってんだよ。


「…どうしたんだ、こんなトコで」

「おお、魔王。待っていたぞ」


 待っていたならいつどこで待っているかを知らせてほしい。

 おまえを見つけたときちょっと腰抜かしそうだったぞ。


「ここにいれば会えると思ってな」

「あんたは悪魔の力で姿を消すことできないのか? わざわざ犬にならなくても」

「あれは人間の目をくらますことはできるが、逆に常時魔力を展開するため天使や退魔士に見つかりやすいのだ」


 そうなのか。

 逆に人間に注目されたらどうせバレると思うんだけど。


「で、オレになにか用なのか?」

「おお、そうだった、お前にひとつ礼を言っておこうと思ってな。……正直、ナハトがお前を主として認めるとは思わなんだ。その器を示してくれたこと、嬉しく思う。これでナハトも魔界で鼻つまみ者にされずに済む」

「…………」

「…どうしたのだ?」


 沈黙するオレに、アヌビスが疑問を投げかける。

 オレは、校舎のほうを指差した。


「…なぁ、あそこに何が見える?」

「む? あれはお前たちの教室だろう?」

「……ナハトとジルが、笑ってるのが見えるか?」


 オレの指差す先では、人間に対して攻撃的ではなくなったナハトにクラスの連中が群がり、あたふたしながらも笑顔を浮かべる少女の姿があった。

 それを見て安心するように微笑むジルの姿も。


「………うむ、見える。…ナハトのあのような顔を見るのは、実に久しぶりだな」

「……オレはあの顔が見たかっただけだ。礼を言いたいんだったら、代わりにひとつ聞いてくれ」

「………なんだ?」

「…アイツのことをもっと見てやってくれ。アイツはジルがいなくなったら、ひとりぼっちになるって泣いてたぞ。自分の娘に、そんな思いをさせんなよな」

「……………肝に銘じよう…」


 赤いシベリアンハスキーは、オレの隣で神妙に頷く。

 その赤い瞳は、同じ目をした少女を、とても愛おしそうに見つめていた。


「……お前が魔王でよかった」

「…………」


 アヌビスの言葉に、オレは無言で応える。

 それをどう受け取ったのか、アヌビスはこんなことを言ってきた。


「ナハトを嫁に迎える気はないか?」

「ぶふぅッッ!!」


 思わず吹いてしまった。

 せっかくのいい雰囲気に何を言い出すんだコイツは!



「おまえなぁ…、なんでそんな話になるんだよ」

「うはは、何も冗談で言っているわけではないぞ。ナハトが異性に好意的に接するのは初めてだ。それに魔剣のこともある。適任だと思うのだがな。お前だってナハトを毛嫌いしているわけではないだろう? あんなにかわいいのだぞ」

「いや、たしかにナハトがかわいいのも嫌いじゃないのも認めるけど、それとこれとは話が別だ」


 てかコイツ、実はかなりの親バカか?


「なぜ別なのだ? ……む、…うはは、そうか。おまえはジル姫のことを好いているのだな」

「ばッッッッ………! なななに言ってんだこの親バカ犬!! そんなわけねーだろ!!?」

「ならば何も問題ないだろう。それに魔王は一夫多妻が許されているのだぞ。人界の道徳に縛られることもない」

「一夫多妻だと……! じゃあハーレムがつくれるってコトか!!」


 魔王ってすげー!!


「む、その反応。お前、中々好きなようだな」

「い、いや待て! オレはそんな紳士としてあるまじき行いをするわけにはいかない。それに、そういうのはナハトの気持ちが大事だろ。本人がいないトコで進めていい話じゃないさ」

「うむ、それもそうだな。よし、ナハトを呼んでこよう」

「ちょっと待て!」


 フットワークが軽過ぎる親バカ犬を制止し、オレは犬の説得を試みる。


「いいかアヌビス。オレはもっとナハトを見てやれと言っただろ? あれは、もっとナハトの意思を尊重してやれ、という意味でもあったんだ。つまり、おまえが色々と動いて、それにナハトが流されるようじゃ、今までと同じようなことが起きちまう。ナハトが自分で考えて、行動を決めることが大切なんだよ。おまえが本当にナハトのことを案じていることはわかったから、それならおまえの娘を信じてやってくれ。多少もどかしくても、今はガマンするときなんだよ」

「………う、うむ。お前がそう言うのであれば、そうしよう…」


 アヌビスはどうにか頷いてくれたが、途中から頭に湯気が出始めていたので、オレの言ったことを理解してくれているかは微妙なところだ。

 まぁ、考え直してくれたのでよしとする。


「…では、おれはそろそろ行かねば。今日のところは退いておくが、婚儀のことは諦めていないからな」


 そう言い残して、親バカ犬はトコトコと中庭を出ていった。



 …ったく。

 あんなコトを言えば『よっしゃー! 親公認だぜぐへへへへ!』とかオレが喜ぶとでも思ったのかアイツは。

 簡単に諦めそうにもないし、また面倒が増えるな…。

 悪魔やら天使やら、どれだけの面倒事を持ち込んできたら気が済むんだ。

 オレを過労死させるつもりか。


 心の奥でグチをこぼしながら、オレは深い溜息をつく。


 しかし、



「…………」


 ふと中庭から自分の教室を眺めると、視線の先には少女たちの笑顔があった。


「……持ち込んでくるのは、面倒事だけじゃない………かな」


 オレは無意識の内に笑顔になって、また小さく溜息をついた。


 問題は山積みだが、なにも難しいことはない。

 あの笑顔を見るために、必死こいてかけずり回ればいいだけなんだ。


 みんなでいっしょに。



「……大丈夫だよな。……ひとりじゃないし」



 オレの独白は、春の空に消えていく。






 その日は、オレの心を映したかのような、清々しい晴れの日だった。







第二部が終わったので連日投稿は一旦停止します。

書き溜めているものが全く無いので次回の更新がいつになるかはわかりません。

続きが書け次第、ちょこちょこと更新させていただきます。

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