第六章 手に入れたもの(6)
夕食をきれいに食べ終え、それぞれが湯船につかり終えたところで、サヤちゃん以外をオレの部屋に集めて今日起きたことの説明を行った。
オレが曖昧に覚えていたところをナハトに補足してもらったり、逆にナハトの言い分をオレが正したりしながら、いきなり天使たちに襲われたこと、生徒会長が大天使ミカエルだったこと、全く歯が立たなかったこと、アヌビスが助太刀にきたこと、逃げた先の異空間で魔剣の継承に成功したこと、戻って天使たちを一掃したこと、でもやっぱりミカエルには適わなかったこと、謎のレーザー光線に助けられたこと…、洗いざらいすべての話を終えた。
「…なるほど。じゃあ、ルイとナハトの傷が治っていたのも、そのレーザー光線を放った者たちの仕業と思っていいのかしらね」
「状況からスイサツするに、それでまちがいないと思うなー。そしてそれはおそらく、退魔士たちだと思うよ」
黙って説明を聞いていたふたりの少女が、それぞれの考えを述べる。
「…退魔士って人間の異能者たちの集団なんだよな? だったら味方と考えていいのか?」
オレの言葉に、大魔導士は困ったような笑みを浮かべた。
「退魔士は人界を守る存在だよ。人間にとっては味方かもしれないけど、今のルイ殿の立ち位置はどっちかってゆーと魔界よりだからねー。一度助けてもらったからって、安直に味方だと決めつけるのは、危ないと思うなー」
「加えて、わたしたち純粋な悪魔にとってはただの敵よ」
ジルにだめ押しをくらって、オレの希望的観測は取り下げざるをえなくなった。
「くそ…、やっぱりどこも敵だらけかよ…」
天界はもちろん、人界も敵。
味方であるはずの魔界だって一枚岩じゃない。
なんだか気が滅入ってきた。
オレの心境をみんな察したのか、オレの部屋に重たい空気が流れる。
「…大丈夫です」
そんな空気をあえて読まなかったのは、赤髪の少女だった。
「…ナハト?」
オレとジルは怪訝そうに少女を見やる。
ナハトは透き通った眼差しで、こう語った。
「敵は多いですが、味方だってちゃんといます。今ここにいる私たちは、皆仲間です。…友達です。私たちが力を合わせれば、どんな強大な敵にだって、立ち向かえるはずなんです…!」
「「「…………」」」
ナハト以外、その場にいる全員が息をのんだ。
…それはそれで失礼な反応かもしれないが。
「…皆さん、どうしたのですか? わ、私、もしかしてとても見当ちが…」
「さすがだわナハト!!」
何も反応が返ってこないことに焦りを見せ始めたナハトに、感極まったジルが思いきり抱きついた。
「ジジジジジジジル様?!! いい一体…?!」
「魔剣を継承しただけじゃなく、そんなことまで考えてくれていたなんて! …あなたはわたしの誇りよ、ナハト…!」
「………ッ!」
感極まるのは、今度はナハトの番だった。
「……そんな、勿体ないお言葉です…ジル様…! わたしは、わた…しは、ジル様にそのように思っていただく資格など…」
涙を禁じ得ないナハトに、ジルも最初はびっくりしたようだったが、すぐに慈愛に満ちた笑顔を浮かべる。
「…ナハト。わたしね、考えたの。聞いてくれるかしら?」
「……? ……はい……」
「今回、あなたがミカエルと闘ったと聞いて、なす術もなくやられたと聞いて、いつかこんな日が来るのかもしれないと思っていたわ」
「……………面目次第もございません……」
謝るナハトに、ジルは首を横に振って彼女の意思を示した。
「…責めているわけじゃないわ。わたしが言いたかったのは、いつかナハトが、急にわたしの元からいなくなってしまうことだってあるんだと今回の件で実感させられた、ということなの。わたし、あなたに正直になれないまま、お別れしなくちゃいけなくなるかと思うと、とても怖いと思ったのよ」
「私に……正直に…?」
「そうよ。今までわたしは、あなたに本当のことを言えずにいたの。それは、…あなたがわたしに失望するんじゃないかって、怖かったから」
「…………」
伏し目がちに語るジルを、ナハトは複雑そうな表情で見つめていた。
「……わたしはね、ナハト。人界での暮らしが大好きよ。ここの人々はわたしのことを、魔界の王女としてではなく、ただのひととして扱ってくれる、そしてそのままを認めてくれる。王位継承のことをないがしろにするつもりはないけれど、わたしは、この生活を捨てたくないわ。……だからナハト、あなたが望むことに、わたしは応えてあげられない…。…わたしはまだ、ここにいたいの…」
「………ジル……様………」
ナハトはジルの痛切な言葉を受け取って、そして自らも、その心の内を語り出した。
「……私はジル様が大好きです。ジル様のお力になれることが、ナハトの一番の誇りでした。…ですから、人界でのジル様を見ると、胸が痛んだのです。ジル様が望むものに、ナハトは必要とされないんじゃないかと…不安で、堪りませんでした。どうにか、魔界で暮らしていたころのジル様に戻ってほしかったのです。…ですが、ナハトがそう望むことでジル様が、御心を痛めておられることに気づきました…。それは全く、私の本懐とするものではありません。…ですからジル様、私の本当の願いを、聞いていただけますか…?」
「………ナハト…。…わかったわ、…聞かせてちょうだい……」
ジルの許しを得て、ナハトは手をついて頭を下げる。
「…私は……ジル様のお側にいたいです…。ジル様が本当の笑顔でいられる場所に、ナハトも共にありたいのです。…それがどんな場所だって構いません。どうかナハトを、お側において頂けないでしょうか…?」
「…………ッ」
ナハトの願いをジルは聞き届ける。
その琥珀の瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。
頭を下げ続けるナハトの顔を上げさせ、ジルは改めて、赤髪の少女をやさしく抱きしめた。
「……願ってもないことよ……ナハト…。……あなたがわたしの側にいてくれる…、こんなに心強いことは、こんなにうれしいことはないわ…」
ジルは一旦ナハトを引き離し、涙ぐむナハトを見つめる。
「…わたしからも、お願いするわ。…ナハト、これから何が起こっても、わたしの側にいてくれる? 主従としての関係がなくなったって、ずっとわたしの…友達で、いてくれるかしら…?」
「…………ッ! ジル、様…ッ! 私、わた…し…!」
とうとうナハトの涙腺が決壊し、涙でぐしゃぐしゃになりながらジルに抱きつく。
それにつられたジルも、金の瞳を真っ赤にして泣きじゃくる少女を抱きしめていた。