第六章 手に入れたもの(5)
真木名先生はオレを星見家の近くまで送ると、そのままご自宅に帰られてしまった。
どうそ家に上がってくださいとは言ってみたんだけど、一週間前に色々ともてなしてもらったので今回は遠慮しておく、とのこと。
まぁ、真木名先生も他人の家では落ち着かないだろうし、オレも無理強いはせずに礼を述べて真木名先生を見送った。
「……ん?」
我が家が目前に迫った道路で、門扉の前に佇むひとりの少女を見つける。
少女はオレの姿を確認すると、安堵するように小さく溜息をついた。
「…体調のほうはどうですか? 星見ルイ」
少女はその赤い瞳でオレを見つめ、心配する言葉をはいた。
「ナハト…。待っててくれたのか?」
「そんなことしません。貴方のニオイを感じたので出てきただけです」
「…そっか。出迎えてくれてありがとうな。体調のほうは問題ないよ」
「そうですか。《大魔王の英魂》もまた眠りについたようですね」
「え? あ、ホントだ」
そう言えば体が元に戻っている。
以前、魔力の大量消費に肉体がついていかないみたいなことを大魔導士から聞いた気がするが、急に意識が遠のいたのは、《大魔王》のチカラを制御していられる限界を超えたからなのだろうか。
ナハトはそんなオレを見て呆れたように肩を落とす。
「…本当に鈍感ですね。それでよくミカエルを退けられたものです」
「? いや、ミカエルには負けたよ」
「え? ですが、貴方以外に誰が…」
「それがオレにもよくわからないんだよ。ミカエルのヤツ、たくさんのレーザー光線みたいなものを目にしてから急に帰るなんて言い出してさ」
「…………。レーザー光線…」
「何か知ってるのか?」
考え込むナハトに訊ねると、少女はしばらく黙考した後に首を横に振った。
「…いえ。私が知っている範囲では、そんな能力を持っている者は聞いた事がありません。ただ、あのミカエルに退却を選ばせる以上、大天使級の実力者と見ていいでしょう」
「…味方、なのか?」
「わかりません。《大魔王の英魂》を狙う別の勢力が、天界に渡したくなかっただけかもしれません」
結局、わかったことはあの正体不明の攻撃によって、最悪の事態は避けられた、ということだけみたいだな。
「…ま、生きるが勝ちだ。そのへんのことは飯食ってから、ジルたちも交えて考えようぜ」
「…そうですね。私もいい加減、お腹が空きました」
そう言葉を交わして、オレたちは玄関へと向かう。
家の中に入ると、我が最愛の妹、サヤちゃんが神妙な面持ちで出迎えてくれた。
「…ただいま、サヤちゃん」
「おかえり、兄さん。…保健室で寝てたって聞いたけど、大丈夫…?」
「大丈夫だよ、ほらこの通り」
オレは貧相な体でボディビルダーのポージングをまねてみる。
すると、非常にTPOをわきまえた胃袋が、小気味よく唸りを上げた。
「…唯一万全じゃないのは、空腹だってことくらいさ」
オレの照れ隠しを聞いて、サヤちゃんはクスリと笑う。
「わかった。もうほとんど準備はできてるから、リビングで待ってて」
「そうする」
「ナハトさんも。お待たせしましたから、よりおいしいものを作りますね」
「か、感激です!」
サヤちゃんが声をかけると、ナハトは若干の興奮状態に陥りながら返答した。
口元からはすでによだれが溢れそうになっている。
…と、そこでオレはあることを思い出す。
「…サヤちゃん、ナハトのおかずだけひとつ多くしてあげてくれないか? 今日はちょっと助けられたからさ」
「…? べつにいいけど、なんでわたしの料理がお礼代わりなの?」
「細かいことは気にしないでくれ」
「………わかった。ナハトさん、キッチンまで来てくれますか? 有り合わせで作れるものを決めてください」
「いいのですか!? さ、早速!」
ナハトはもう狂乱している。
まぁ、そういう約束をしたからな。
危うく忘れるところだったけど。
オレはサヤちゃんに言われた通りにリビングに向かい、ソファに座るジルと大魔導士を見つけた。
向こうもすぐにオレに気づいたらしく、声をかけてきた。
「ルイ! 無事だったのね?」
ジルが駆け寄ってきて、どこか異常がないかオレの姿を注視する。
「大丈夫だって。ナハトから聞いてないのか?」
「…無事そうだとは聞いていたけど、あのミカエルと闘って聞いたら、無事でいることのほうが信じられないんだもの」
「まぁ、たしかにボコボコにされたんだけど、変な割り込みもあってどうにか無事だよ」
「割り込み?」
「まぁ…、あとで話すよ」
オレが近くにサヤちゃんがいることを目で合図すると、ジルはオレの考えを汲み取って疑問を飲み込んでくれた。
オレたちの会話が済むのを待っていたのか、今度は大魔導士が話しかけてくる。
「やールイ殿ー。ご無事そうでなによりだねー。まーお話したいことはおたがいたくさんあるだろーけど、まずはお腹を満たしてからってことかなー?」
「わかってるな、大魔導士ちゃん」
「ふふー、ただ食い意地が汚いだけなのさー」
ニヤリと笑うオレに、大魔導士もニヤリと返してくる。
そんなアホなことをやっている内にサヤちゃんの絶品手料理が完成し、オレたちはいつも以上の舌鼓をうつことになった。