第六章 手に入れたもの(3)
出血、暴力的なシーンの描写があります。
苦手な方はご注意ください。
「………ナハト……ちゃ…ん…!」
背中から激しく出血し、吐血しながら自分を睨むミカエルに、ナハトは無表情で応える。
「闘いに卑怯も何もないのでしょう。その言葉の意味を噛み締めてください」
そう言ってナハトは体勢を地面に対して平行に変え、渾身の回し蹴りをミカエルの背中に叩き込んだ。
「…………ッ!!」
逆の『く』の字に折れ曲がって地面に墜落するミカエル。
ナハトが叫ぶ。
「星見ルイ! とどめを!」
「…! …わかった!」
このチャンスを逃がすわけにはいかない。
俺は先程使えるようになったばかりの衝撃波を飛ばして追い打ちをかける。
「まだまだァ!!」
一度ではおそらく足りないだろうと思って、次の攻撃に移ろうと魔剣を構え直したときだった。
「…どこ見てるの♪」
「………!!?」
急に隣から聞こえた声に振り向けば、至近距離に大天使の美貌があった。
「…………ッッッ!!」
直後、灼けるような激痛を感じて原因を確認すると、ミカエルの輝く剣が、俺の腹部を貫いていた。
思い出したかのように、俺の口から大量の血液が吐き出される。
「わたしを楽しませてくれたご褒美よ。返却は受け付けないわ」
そう言って俺の隣で笑うミカエルは、オレを突き刺したまま《鞘から抜かれた剣》を一閃させる。
俺の脇腹は四方に飛散し、肉体の支えを失った俺の体は妙なくずおれ方をして地に転がった。
「星見ルイ!!?」
ナハトが驚愕の声を上げたときには、ミカエルはもう俺の隣に存在していなかった。
「ナハトちゃんにもプレゼントっ!」
「な………!」
ミカエルはナハトの背後から急襲し、先程ナハトに受けた攻撃を忠実に再現してみせた。
「………かは………ッ!!」
背中に強烈な蹴りを浴びたナハトは、血反吐を吐きながら地面に叩き付けられた。
その後、赤髪の少女は微動だにしなくなる。
「……ナ、ハ……ト……!」
俺も何か妙なチカラに治癒能力を阻害されているらしく、全く身動きが取れなくなっていた。
「…ふぅ。残念だったわね、ルイくん、ナハトちゃん。まだまだわたしには手も足も出なかったみたい」
圧倒的な力のもとに俺たちをねじ伏せたミカエルは無邪気に笑う。
先程ナハトから受けた傷はほぼ完治しており、よく見ると、彼女の翼が一対増えていた。
まさか、翼の数に比例して戦闘力が上がるのだろうか。
今まではチカラを抑制していた…?
「まぁ、わたしに翼を増やさせた実力は賞賛してあげるわ。…なので、わたしのとっておきで始末してあげる」
ミカエルはそう言って、《鞘から抜かれた剣》を天に掲げた。
「剣光輝きて、天の威光を示せ。幾千の煌めきは邪悪を清める聖剣を成す。幾億の輝きは災殃を滅する雨と成る。来れ、烈日の意思よ」
魔術の詠唱とでも言うのだろうか、小難しい単語を延々と並べたミカエルの言葉が終わり、彼女の背後に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
先程使っていた技の上位に位置するものだろう。
まるで後光が差しているかのような神々しさだ。
巨大な魔法陣からは次々と、光り輝く剣が生み出される。
「…きれいでしょ? キミたちを断罪するのに相応しい、華やかな奥義よ。感謝してよね♪」
「だれ……が……ッ!」
俺の怨嗟の言葉も、身動きがとれない今となってはただの遠吠えだ。
「…さようなら、世界のイレギュラー、《人界の魔王》。キミの尊い犠牲は、無駄にしないわ」
白々しいことを笑顔で語りつつ、ミカエルは空中に浮かばせた聖剣たちの矛先を、俺に向けさせる。
「…………ッ」
もはやこれまで。
そう覚悟した俺の視界を、金色のレーザー光線が埋め尽くす。
「……………なッ!!?」
驚駭の声を上げるのは、大天使ミカエル。
同じ光景を目にした俺よりも、その驚きは大きかった。
無理もないだろう。
そのレーザー光線の雨が、彼女の生み出した聖剣をひとつ残らず消し去ってしまったのだから。
「………この攻撃…………! ………あのコね………」
ミカエルの白い頬に、初めて冷や汗が伝う。
「………いっ…たい、な…にが……?」
「…………」
横たわったまま状況を把握できず、苦し紛れに声を上げる俺を、ミカエルが見下ろす。
「……はぁ〜あ……。ここで時間切れかぁ。……命拾いしたね、ルイくん」
そして意味深な言葉ともに盛大に溜息をついた。
「……いのち……びろ…い…?」
「厄介なコに見つかっちゃったから、わたしは帰るわ。ナハトちゃんやジルちゃんによろしくね」
そう言うミカエルは、はやくも笑顔に戻っていた。
相変わらず邪気のない微笑みだ。
「ま、…まて……!」
「ふふ、ダーリン、わたしを捕まえてみて! って言えばいいの?」
「………ちがう……ッ!」
だれがそんな桃色な感じで引き止めた。
「…説明……しろッ…! なにが…起きてる…」
「…時間がないの。説明はまた今度ね」
「ふざ……けん…なッ!」
俺は意地だけで、なんとかミカエルに食いつこうとする。
そんな俺を見て、ミカエルは困ったように笑った。
「わたしが面倒な連中に捕まるまでの時間も、キミが意識を失っちゃうまでの時間も、両方足りないの。…安心して。近い内にまた会えるから」
「おまえなんか……二度と……………」
そこで、俺は言葉を紡げなくなってしまう。
ろれつが回らず、視界がかすむ。
思考もどんどん鈍くなる。
そんな中、俺が最後に見たのは、光となって消え去る大天使の姿だった。