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オレ、つかれました。  作者: みかぐらはやと
第一部
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第4章 嵐の前の昼食

   


     第四章   嵐の前の昼食




 やぁ諸兄、オレオレ、星見ルイだ。

 あのあと、午前中の授業はわが敬愛する真木名(まきな)こころ先生の熱心なご指導のおかげですべて欠席という形になってしまったけど、先生のありがたいお言葉をたまわることができたんだからむしろよかったと言うべきだよねセンセーカワイイ、センセーステキ、イッショウセンセーニサカライマセン。


「? どうしたんだいルイ? 目が死んでいる」

「イエナンデモアリマ……いや、なんでもない」

「なにかあったようにしか見えないけど…。深く聞かないほうがいいのかい?」

「ぜひそうしてくれ。言葉で説明すれば陳腐になる……恐怖が」


 ひかるはなおも心配そうにしていたけど、やがて小さく溜め息をついた。


「そうしよう。キミに関して知らないことがあるのは業腹(ごうはら)だけど、まぁボクもキミに、なかなかに重大なことを隠しているしね」

「なんだそれ!? 初耳だ!」

「当然だろう、隠していると言ったばかりじゃないか」

「…わかった! …実は、女子なんだろ…?」

「バカかおめぇは…」


 オレがけっこう自信満々で問いただすと、ひかるの隣にいたいつきがオレの推測を蹴散らした。



 ちなみに今の時刻は昼。

 ひかるといつきが昼飯を用意してなかったから、オレたちは連れ立って売店に向かっている途中だった。


「うるせーな、いつき。まだひかるから答えを聞いてないだろ。で、どうなんだよ、ひかる」

「…そうだな、その件に関しては……ふふ、ヒミツだ」

「や、やっぱりそれだったのか…!」

「んなわけねぇだろ。隠してんのはもっと別のことだ」

「え? いつきも知ってんの?」


 さらに初耳だ。

 なんだよ、さっきのホネといいコイツらといい、そんなにオレをかやの外に置きたいのか。

 蚊にさされちゃうだろ。


「まぁな。だが、そろそろ話す。その必要が出てきた」

「? どういうことだ?」

「そんときになりゃわかる。今は忘れろ」


 オレはかやの中への侵入を試みたけど、とりつく島もなくいつきに閉め出された。

 蚊の耳障りな羽音でも聞こえてきそうだな。



「それよりもよぉ、せっかくゲストを連れてんだ、野郎だけでだべるなんてもったいねぇことはやめようぜ。なぁ、ジルちゃん」


 蚊取り線香を探しはじめた季節先取りなオレをよそに、いつきがにやついた顔でオレの隣にいた美少女に話をふった。


「まぁ、ゲストだなんて…お上手ですわね、いつきさん」


 どうやらさっき狩ってきた猫の生皮をまだ大事に持ってたみたいだな。

 オレ以外がいるときはこの獣くさいスタイルでいくっぽい。


「いきなり名前で呼んでもらえるなんて光栄だぜ、ジルちゃん。当然こっちも名前で呼んでいいんだよな?」

「もう呼んでるじゃねぇかよ。しかも、ジ…マオウさんがおまえを名前で呼んだのは、単にフルネーム知らないからだろ?」

「チッ…俺とジルちゃんの仲に水を差すんじゃねぇよルイ。つーか、なんで俺とジルちゃんの間におめぇがいんだよ」

「ボクもいるけどね」

「あぁそうだな、それも含めて俺が端っこってのが気にくわねぇ」

「そんなもの、キミの危険性を知らない真皇(まおう)さんが、被害を受けないようにするため以外にないじゃないか」

「あと、悪友が道を誤らないためだな」


 そして悪友が魔王に殺されないためでもある。

 しかし友達思いなオレのやさしさをまったく理解しないプレイボーイは、その整った顔に不機嫌な色をにじませた。


「ったく、余計なお世話なんだよおめぇらは。中学のときもおめぇらが手ぇ組んで俺の邪魔をしやがるせいで、俺がどれだけの乙女を喰い損ねたと思ってんだ」

「ざっと数えて三十人はくだらないだろうね」

「五段ピラミッドがふたつもつくれるな」


 あらためて考えるとどんだけサカってんだよこの色情魔。

 もしかしてこいつも悪魔のたぐいなんじゃないかとオレが疑念を抱きはじめたところで、会話から遠ざけられていたジルが不思議そうに割り込んできた。


「みなさん何の話をなさってるんですか? なにかを食べ損ねたって、聞こえましたけど」

「そりゃあなジルちゃん、禁断の果実についてさ」

「禁断の果実?」

「こいつんち農家なんだよマオウさん」


 と、オレが親切にウソをついてやると、いつきがジルにバレないようにオレの背中をつねってきやがった。


(…とことん邪魔してぇらしいなルイ…!)

(…し、心外だなぁ、どっちかっていうとおまえのためなんだぜ…!)


 ジルに聞こえない音量で言い合いつつ、オレもひかるの背後から手をまわし、野郎の背中をつねり返した。


(…俺のためを思うなら邪魔するんじゃねぇよ…!)

(…どうだか。すべてを知ったらおまえはオレに泣いて感謝するだろうぜ…!)

(…じゃあそのすべてをおしえてみやがれ…!)

(…だが断る…!)


 『実はここにいるジルは悪魔ってか魔王でそんなのに手ぇ出そうもんなら逆におまえがジルに殺されちゃうぜ?』なんて言ったら、まずオレの精神を疑われるからね!


(…ほら見ろなにもねーんじゃねぇか! 自分がモテねぇからってリア充にやつあたりするんじゃねぇよ童貞野郎…!)

(…ハ? ハ? いやべつにそんなんじゃねーしぃ?! ってか、ハ? いやマジ意味わかんねーんだけどおまえ! ハ?)

(…思いっきり図星じゃねーか! 負け犬は家に帰ってさくらんぼでも食ってろよ…!)

(…うっせーバーカバーカ! ヤリ◯ン! 性病かかれ! カリフラワーみたいになって恥ずかしくて誰にも相談できなくなれ!)

(…ならねーよバーカ! 非リアと違っていつもゴム携帯してんだよ! どーせ使い方すら知らねーんだろバーカ!)

(…知ってるっつーのバーカ! 今持ってるゴムもこれから買うゴムも全部つけた瞬間びっくりするくらい破れろバーカ!)

(…破れるかバーカ! このバーカ!)

(…バーカ! バカバカバーカ!)


「…お、おふたりとも…? なせそんなににらみあっているんですか…?」

「あぁ、気にしなくていいよ真皇さん。ふたりにとってはいつものことさ。それよりルイも言っていたけど、そう言えばボクたちの自己紹介をしていなかったね」


 オレといつきの罵詈雑言が飛び交う中間にいたにも関わらず、ひかるはやわらかな笑みを崩さずに話をもとに戻す。


「…と、だけどその前に。ボクといつきは昼食を買ってきてもいいかな」


 ひかるの言葉で、いつの間にか売店付近まで歩いてきていたことに気づき、オレといつきの下世話な論争は停戦を迎えた。


「はい、ではわたしと星見くんはあちらの中庭で待っていますね♪」

「了解。先に食べていてくれてかまわないよ」

「いーよ、待ってるから。ゆっくり選んできてくれ」

「ふたりきりになるからって、ジルちゃんに変なことしたら殺すからな」

「しねーよ色情狂! おまえこそ女日照りでひかるとマチガイ起こすなよ!」

「起こさねーよバーカ!」

「うっせーバーカ!」

「……ふたりとも、程度の低い論争をTPOすら弁えずに繰り広げるのは、中学生で卒業してほしかったな……」


 溜息をつくひかるにいつきが引っ張られていく形で、オレたちは一旦別れを告げた。




「…あ、そういえばジル、ちょっといいか?」

「なにかしら? 変なことしたら殺すわよ」

「しねーよ!」


 イケメンたちが見えなくなったのを確認してジルに声をかけると、猫の皮を華麗に脱ぎ捨てた魔王がさっそく暴言をはいた。


「ならどうしたというの?」

「いや、確認したいことがあってさ。わざわざキミが転校してきて、オレとも初対面っていう設定にしたってことは、オレといっしょに暮らしてることとか、魔界のこととかは、この学校では隠しておくってことだよね?」

「そうよ。魔界については話してもどうせ信じる人間は少ないでしょうけど、同居については確たる証拠もあるし。そういうことが明るみになると、色々と面倒なのでしょう? この世界では」

「まぁたしかにね。オレとしてもそっちの方が助かるよ」

「…あら、じゃあ隠すのはやめようかしら」

「なんで?!」

「あなたが平穏無事なのはなんだか虫酸が走るのよね」

「どんだけ性格悪いんだよおまえ! …だいたいそんなことしたら少なからずジルも面倒に巻き込まれるぜ?」

「心配ないわ。人界でのわたしの活動に支障が出るようなら、殺し…もとい口を封じてもかまわないと魔界から言われているから」

「ひどっ! ってかそれを先に言えよ! ぜったいバレちゃいけねーじゃねーかソレ!」

「そうなの?」

「そーだよ!」


 オレとジルの関係がバレて面倒が起きたらだれか死ぬって、めちゃくちゃ後味悪いだろーが!


「そう。じゃあせいぜい努力なさい」

「おまえもがんばれよ?!」

「わかっているわよ。でも、わたしがそんなドジを踏むと思って?」

「…………」

「…なんとか言いなさいよ」


 じゃあ遠慮なく。


「…え? おまえが言う?」

「………あとで殺すわ」


 珍しくジルがその場で暴力に訴えなかったのは、売店からイケメンふたりが帰ってきたから。

 あとが怖いけど、とりあえず今は怪しまれないよう自然体を演じなきゃな。


「あ、案外早かったな」

「そうかい? まぁ少しは急いだからね。じゃあそこの席にでも座ろうか」


 ひかるはそう言って近くにあったテーブルへとオレたちを誘う。


「さて、ボクたちの昼食も用意できたことだし、長らく待たせた自己紹介でもはじめようかな」


 中庭にいくつも配置されている、四人がけのシャレた丸テーブルに腰掛けたひかるが話題を復活させる。

 ちなみにこの中庭は売店の隣に位置する食事用の中庭で、さっきオレがジルから殺されそうになってた中等部校舎寄りの中庭とは別の場所だ。

 てっきりほかの学生でごった返しているものかと予想してたけど、そういえば二・三年の先輩方は午前中で放課らしいというのをひかるから聞かされていたのを思い出して納得した。



「では、わたしからあらためて自己紹介させてもらいますね。一年三組三十番、真皇ジルです。このせか…学校については知らないことばかりなので色々とおしえていただけると助かりますわ。どうかよろしくお願いします」


 ジルはすらすらと心にもないことを口に出しながら、座ったまま優雅に一礼してみせた。


 …やっぱ絵になるのが複雑なかんじだ…。


「じゃあ次はボクかな。一年三組二十四番、月宮光(つきみやひかる)、ルイといつきとは小学校以前からの付き合いになるね。まぁボクたちもこの学校については知らないことの方が多いだろうけど、この町に越してきたばかりの真皇さんよりはなにかと勝手知ったることもあるだろうから、わからないことがあったら遠慮なく聞いてくれていいよ。どうぞよろしく」


 ひかるはそう言って花が咲くように微笑んだ。

 ステキ女子たちが花粉症になるから控えてほしいぜ。


「俺の番だな。一の三、二十八番の日立斎(ひたちいつき)だ。わからないことは全部この俺に聞いてくれ。ひかるならまだしも、こっちのルイなんて自信満々に間違いをおしえかねねぇからな。この町に来たばかりなら、まだどこにどんな店があるかも知らねぇだろ? だったら今日の放課後にでも町を散策しようぜ。もちろんふたりき…」

「一年三組二十九番、星見誄(ほしみるい)! よろしく!」

「……おい…」


 オレを恨めしそうににらむナンパ野郎を無視して、オレは強引に話を変える。


「あーおなかすいたなー! ひかるはどんなの買ったんだ?」

「ふふ、あぁ、学食にしようかとも思ったんだけど、時間がかかりそうだったから今日はパンを買ってみたよ」

「あら、菓子パンばかりですね」

「うん、ボクは根っからの甘党だからね。そうだ、いつきじゃないけど、スイーツに関するお店が知りたかったらボクに聞いてよ。人気の有名店から知る人ぞ知る穴場まで、大抵は網羅しているから」

「まぁ! それはステキですわ!」


 魔王様、ひかるの提案に大喜び。

 どこまでも食い意地の汚いお方である。


「お気に召したようでなにより。真皇さんの都合がよければ、さっそく放課後にでもどこか寄ろうか? もちろん、ボクら四人でさ」

「ぜひお願いいたします!」


 即答かよ。

 金色の瞳をキラキラさせてまぁ。


「チッ…。ストレートにスイーツで攻めればよかったか…」

「いや、どっちにしろふたりきりなら行かないだろ」

「時期尚早ってことか。まずは友好を深める方向にシフトしなきゃな」

「…もう好きにしろよ…」


 こいつなら口封じされるくらいがちょうどいい気がしてきた気もしないでもない。


「スイーツもいいけど、まず昼飯にしようぜ。オレ、いい加減腹が減っちゃったよ」

「だね。そう言えば真皇さんは、自分でお弁当をつくったりするの?」


 ひかるの質問に、ジルは不意をつかれたようにハッとした。



「へっ? いえこれはサ、いやいっ、妹が!」

「お、おい! ジ…マオウさん!」


 あせって余計な家族設定をつくるんじゃねぇ!

 とツッコもうかと思ったけどふたりの前で言えるわけもなく。

 当のイケメンたちはと言うと、


「ジ、ジルちゃんに妹だと…! や、やべぇどんだけレベル高い姉妹丼なんだよ…! ぐっ!? いかん鼻血が…!」


 と、ひとりはなんかバカみたいな反応を示し、


「へぇ、真皇さん妹がいるんだね。名前はなんて言うの?」


 と、ひとりはごもっともな返事をした。


「な、名前…ですか? え、え〜と…なんだったかしら…」


 でも応えた方はバカだった。

 スルーできないくらい不自然なことを言ってる自覚あんのかな?

 間違ってもサヤなんて言うなよ…!

 いいか、ぜったいだぞ!

 …フリじゃねぇからな!


「あぁ! 思い出しました。……サ…」

「ちょっと待ったぁっ!!」


 フリじゃねぇって言ってんだろ!

 こっちの立場が危うくなるボケをかますんじゃねぇ!

 天然なのが余計始末に悪いわ!


「…どうしたんだいルイ? キミは中学時代に増しておかしな行動をするようになったね」

「あ、いや悪い、なんでもないんだひかる。ごめんマオウさん、話をさえぎって。…落ち着いて、ゆっくり、よく考えてから、続けてよ」

「え、えぇわかっているわよ…星見くん。わたしの妹の名前ですわよね。えっ…と…………サラ?」

「なんで疑問形なんだよぉぉぉッ!! こっちが知るわけないだろーが! しかもそんだけ考えて一字違いってどういうこと?!」

「お、落ち着いてよルイ! なんで真皇さんの妹の名前でキミが激昂するんだい?!」

「……ハッ!」


 ま、まずい。

 あまりにもあんまりな魔王の天然ボケのせいでツッコミ魂に火がついてしまった。

 お、落ち着け星見ルイ。

 カタカナっぽい名前が出てきただけ良しとしようじゃないか。


「た、たびたび悪いな。もう大丈夫だ」

「ならいいけど。じゃあ真皇さん、そのサラさんがつくってくれたお弁当、見てもいいかな?」

「あ、はい。それくらいなら全然…」


 …うん。

 つくったのはサヤだし、ここからまずい方向にいくことはないだろ。


 オレは一安心して自分の弁当箱を持ち出しながら、友人がわが妹の料理テクをどう褒めたたえるのかが気になって、ジルが弁当のふたを開ける挙動を静かに見守っていた。


 しかしそうして解き放たれた弁当には、だれも予想しえなかった大惨事が起こっていて、油断していたオレは事態の把握にかなりの時間を要することになった。


 …パカッ。



   『兄』



 おもむろに封を解かれた弁当にしきつめられた白ご飯の上には、女子中学生がつくったとは思えない殺伐とした海苔文字で一言、同じ親から生まれた年上の男を指す一字が重々しく乗っかっていた。


「…………」


 だれもかれもが言葉につまった。


 オレもジルもひかるもいつきも、そろって頭上に『?』を浮かべる。


「………兄?」

「姉…じゃなくて?」

「しかもなんか渋いな…」

「重厚だよね…」


 イケメンふたりが率直な感想を口にしている間に、ジルはともかくオレはなにが起こったかを理解した。

 そして全身からいやな汗が滝のように噴き出し流れ落ちるのを感じながら、まさにおそるおそる、といったかんじで、自分の弁当箱を解放した。


 …パカッ。



   『ジルさん♡』



 …カパッ。


 オレはすぐにふたを閉めた。

 なんかすごいツッコみたいことがあったけどすぐにふたを閉めた。

 マジですぐ閉めた。

 そして弁当箱を袋に戻し終わると、なんだか泣けてきた。

 思わず泣けてきた。

 …明日もがんばろう。


「ねぇ、ルイもどう思う? このお弁当………なんで泣いてるんだい? ルイ…」

「…え? いや、べつになんでこんなに扱い違うんだろうとかそんなこと思ってないよ? アイツのはチャーハン、からあげ、ハンバーグと豪勢なメニューでありながら野菜料理も充実していておいしさ、栄養、ボリュームの三要素全てで満足できる上にハムでハート型までこしらえられたことにより愛情すらも満点であることが証明されてしまったわけだけど、それに比べてオレのは白ご飯をこれでもかと敷き詰めた上から海苔文字だけでおかずはおろか梅干しすら添えられていないってどういうことなんでしょうか? 一緒につくったくせにここまで格差つけるのは逆に手間かかるんじゃないの? なんでついでに一人前ずつ量増やしてくれなかったの? チャーハンとか特にさぁ! ………とかは髪の毛一本ほども思ってないよ…!」


「そ、そうかい? 髪の毛どころか骨の髄からしみだすような想いを感じるんだけど、気のせいなのかな…」


 ひかるはオレからにじみだす怨嗟(えんさ)の念から目をそらし、話を戻す。


「それよりもルイ、真皇さんのお弁当、キミはどう思う?」

「え? 弁当?」

「ほら、白ご飯をこれでもかと敷き詰めた上から海苔文字だけでおかずはおろか梅干しすら添えられていないことには目をつむるとして、さすがに『兄』という文字は変じゃないかな?」

「あ、あぁそのこと?!」


 やっべぇ!

 弁当格差に気をとられて『兄』弁当に対するフォローをまだ考えてなかった!


「い、いやぁー、でもオレにはなにがおかしいのかさっぱり…」

「ルイは納得したのかい? だってほら……あっ! 真皇さんもう食べはじめちゃってる!」

「ご、ごめんあそばせ。わたし大変おなかが空いていたのでつい…。わたしのお弁当になにか不可解なことでも?」

「いやだって真皇さんのお弁当、『兄』って書かれてたじゃないか!」

「あら、そ、そうでしたか? 星見くん」

「おおおオレはそんなの見てないなぁ!」


 オレとジルは、とっさに『ムリあるけどシラをきってみる作戦』を実行した。

 だけど当然ひかるは納得しない。


「そんなはずないでしょっ!? いつきは見たよね?」

「あぁ、たしかに『兄』って書かれてたぜ」


 いつきの証言で、オレたちの作戦はいきなり失敗の瀬戸際に立たされた。


「俺も少し気にはなるな。ジルちゃんには兄貴でもいんのか?」

「そっ、そうなんです! 実は…」

「いなぁぁぁぁぁいッ!! 兄貴なんかいない! 断じて無し!」

「な、なんでおめぇが知ってんだよ…」

「いないったらいないんだよ! もう無だよ無! 無の境地! だよね、マオウさん!」

「え、えぇそうでした。わたしに兄なんかいません。無の境地でした」

「…無の境地ってなんだよ…」


 よし!

 いつきが若干ひいてるけど、架空の親族が増える二次被害は防止できた。


「でもそしたらますます『兄』の文字が…」

「だっ、だからそれはひかるの見間違いかなんかだって! アレじゃね? ほら、『只』って書いてあったとかじゃね?」

「ただ!? いやルイ、さすがにそれはないだろう…」


 我ながら苦しすぎるいいわけだ。

 てか、もはや妄言の域に達してるよな。

 …だけどここは勢いを信じて押し切るしかない…!


「いやきっとそうだって! だよねマオウさん!」

「え、えぇ、『只』とならか、書いてありましたわね」

「ホントに?! 『兄』でも充分不可解なのに『只』?!」

「…なんの意図で『只』なんてメッセージを弁当に残すんだ…?」

「そ、そりゃおまえ、…た、『只、前進あるのみ』だろ……普通…」


 なにが普通なのかもう自分でもわからなくなってきた。


「いや、なんで高校生の姉をもつ妹が、そんな気前のいい武人みたいなメッセージを弁当に書くんだよ…」


 と、めずらしくまともな意見を出すいつきに対して、オレは勢いだけで反論する。


「見損なったぞいつき! おまえは会ったこともない女のコの嗜好を否定するようなヤツだったのか!」

「…まぁ、そうなんだが………しかしな…」

「しかしもかかしもねぇ! マオウさんの妹は渋い趣味もってんだよきっと! なぁマオウさん!」

「えぇ、そうですわね。うちのサラは『いぶし銀』を()でいくゲキシブ女子中学生ですから。いつも甲冑を着てキセル片手に将棋盤と向き合い渋柿を食べていますよ。好きな本は孫子の兵法書で、口癖は『(ほふ)る』です」

「……マジか…」

「す、すごいんだね…」

「な、なぁ? ゲキシブだったろ…?」


 オレはそんなことを言いつつ、そんな女子中学生すげーやだとか思ってた。

 ナイスミドルどころじゃねぇよ、周辺諸国に一目置かれる大名なみの風格ただよってるよ。


「……んー、まぁジルちゃんの妹が渋いことはわかったが、よくあの弁当見ただけでそこまでわかったなルイ」


 若干納得いってないような表情のいつきが、理解のよすぎたオレに質問をぶつけてくる。

 痛いところをつかれたかんじだけど、実はその対処法はすでに考えてあるんだよ!


「ま、まぁオレもサヤによく弁当つくってもらってるから、妹をもつ者どうし、通じ合うものがあったんじゃないか…?」


 どうだこの非のうちどころのない返答!

 …と思いきや、


「そういえばそうだね。じゃあルイもお弁当を見せてくれないかい? この春休みでサヤちゃんがどこまで腕をあげたのか見たいしさ」

「えっ! そそ、それはダメだ!!」


 普通に墓穴でした。

 このふたりにあの『ジルさん♡』弁当を見せるわけにはいかない。


「なんでダメなんだい? 減るものでもないだろう?」

「しょ、食欲がなくてさ! その、オレはあとでひとりで食べようと思ってるんだ…」

「なんだよ、それなら俺が食ってやるからよこせ」

「それは普通にダメに決まってんだろ! たとえ腐ってもおまえにはやらねぇよ!」

「…いや、腐ってたらいらねぇけど…」

「なんだと!? それはそれで許せねぇ!」

「…おめぇは妹がカラむとウザさがやばいな」

「なにぃ〜っ!?」


 この野郎、オレの妹愛をウザいの一言で片付けやがって!

 とっちめてやる!


 …と思ったところで、オレの隣から魔王が猫をかぶったまま話しかけてきた。


「まぁ♪ 星見くん、食欲がないのでしたらわたしがもらいましょうか? そのお弁当」

「はぁ? だから今ダメだって言ったばか…」

「…もらいましょうか、そのお、べ、ん、と、う♪」


 にこっ。


 と、天使の微笑みをうかべる悪魔。

 いつきは「おお…!」とか感動してるけど、オレはそれどころじゃなかった。

 魔王がその言葉とともにテーブルの下で差し出してきた手のひらには、


『わたしの弁当を返さないと殺す』


 と、どストレートに殺害予告が書いてあったからだ。

 …おまえの食い意地は怖すぎるんだよ!

 しかもオレの弁当もう食べちゃってるじゃん!

 交換じゃねぇのかよ!


 と心中でツッコみつつも、当然オレの答えは決まってる。


「…うん。じゃ、じゃあオレの弁当も食べちゃってよマオウさん」

「あら、本当によろしいんですか!」

「ちょっと待てルイ。 なんで俺は却下でジルちゃんはオッケーなんだよ?」

「そんなの言わずもがなだろーが! いつきとマオウさんじゃ、ちがいすぎるんだよ!」

「なっ、やっぱおめぇも男ってことか…。道理でさっきから俺の邪魔ばっかしやがると思ったぜ…!」

「そーじゃないけどもうそれでいーよ!」


 なんかいつきが勝手に変なカンちがいしてるけど、『断ったら死ぬかどうかのちがいだよ!』なんて言えるわけもない。


「ウフフ、星見くんって、とてもユニークな方ですね♪」

「…あはは、マオウさんだってユニークだよ。…怖いくらい」

「………。まぁ、よしとしましょう。お弁当に免じて」


 一瞬、オレとジルの間に、不穏な空気が流れる。

 オレにとっては精一杯の反抗だ。

 何度でも言うぜ、食の恨みは怖いってな…!


「ふふ、どうやら真皇さんといちはやく仲良くなれそうなのはルイみたいだね。というより、もう仲良くなって……おっと」


 ひかるの話をさえぎって、校内放送の鉄琴の音が響いた。

 オレたちを含めた周囲の生徒が放送を聞くために静まる。


『…生徒の呼び出しをします。一年三組の月宮光くん、日立斎くんの二名は大至急、職員室まで来てください。繰り返します…』



「…………」

「…ご指名みたいだね、いつき」

「おめぇもだろ、ひかる」

「そうみたいだね。しかも大至急だってさ」

「…面倒ったらねぇな」


 ふたりでそんなやりとりをしてから、ひかるはオレたちのほうを向いて肩をすくめてみせた。


「そういうわけだから、楽しいランチタイムはここまでみたいだね」

「あれ? 昼飯も持ってくのか? オレたちは待ってるから、帰ってきてからまた食べようぜ」

「うれしい申し出だけど、なんだか昼休みじゃ終わりそうにない予感がしてね。遠慮しておくよ」

「てか、いつきが呼び出しくらうのはわかるけど、なんでひかるまで?」

「ルイおめぇ…」


 眉をしかめるいつきをよそに、ひかるは柔和な笑みを浮かべた。


「ほら、ボクは一応、中学で生徒会長の経験があるからね。そっち方面の話じゃないかな」

「あぁ、なるほど」


 ひかるの推測にオレは素直に納得する。

 中学の頃、生徒会長に就任したひかるが初スピーチをしたら、全校のステキ女子たちの半数以上が卒倒してしまい、あらゆる行事から生徒会長の挨拶がなくなったのは、今となってもいい思い出じゃない。


「じゃあ、また午後の授業で」


 そう言ってひかるといつきは中庭をあとにし、丸テーブルにはオレとジルのふたりが残された。



「…よし、行ったわね。あなた、はやくお弁当を出しなさいよ。おなかが空いたわ」


 ふたりきりになった途端それですかあんたは。

 一応まわりにひとがいるんですけどね。


「はいはい。ほら、キミの弁当」

「これよこれ。……まぁ! あなた用のとちがって素晴らしい出来だわ! さすがサヤね!」

「…そりゃどうも」


 そういえばあのふたりがいなくなったんだから、オレがその弁当を食べても大丈夫なはずだと気づいたけど、こんなに瞳をキラキラさせてるジルを前にするとそんなこと言おうとも思わなくなるな。

 …まぁ言っても、くれないだろうけど。


「てか、よくそんなに食べられるね。オレの弁当だって結構な量だったでしょ」

「だっておいしいんだもの。人界の料理は絶品ばかりと聞いたことはあったけれど、まさかここまでとは思わなかったわ」

「じゃあ魔界じゃ小食だったの?」

「小食というほどでもないけれど…。食事を楽しみにしたことなんてなかったわね」

「…ふーん」


 なんかイヤだな、そういうの。

 オレなんかサヤの料理を食べることがなかば生き甲斐みたいなもんなのに。


「けれど、わたしのまわりには大食らいが多かったわね。ディアなんてわたしの三倍は食べるわよ?」

「三倍!? ホネのくせに食べる必要あんの!?」

「…聞き捨てならねーなールイ。ホネなだけに肉が欲しくなるってモンだろ?」

「うぉわっ! いたのかよおまえ!」

「オレ様は基本ずっとお嬢についてるからなー。いねーフリして会話に混ざらねーのはけっこーツラいぜ」

「…なにげに空気読むんだな、ガイコツ」

「ケケケ、お嬢とルイよりかはマシってくらいだ」

「退屈させて悪いわね、ディア。お弁当分けてあげましょうか?」


 おぉ、あのジルが他人様に食べ物を分け与えようだなんて、明日は槍でも降ってくるかもしれない。

 だけどガイコツは首を横に振る。

 …首ないけど。


「食いモンは多少なりとも魔力のカテになる。オレ様にやるくらいならお嬢が食っちまえよ」

「そう? じゃあ遠慮なくいただくわ」


 そう言うとジルはあっさりパクパク食べ始めた。

 やっぱりそんなにやる気はなかったみたいだ。


「…………」


 だけどホントおいしそうに食べるよな。

 なんだかジルの様子を見てるだけのこっちまで満たされていくような。

 カレーライスのCMとか適役なんじゃないかな。


 そうやってオレはジルが食べ終わるまで、一口ごとに幸せスマイルを咲かせる少女を眺めることだけに終始した。



「…ごちそうさまでした♪」


 いやー、こちらこそごちそうさまです。


 ジルは満足そうに伸びをしてから、中庭の時計を確認した。


「あら、もうこんな時間ね。教室に戻らないと」

「あ、ホントだ。結局ふたりとも帰ってこなかったな」

「あの日立とやらも生徒会関係の話なの?」

「まさか。アイツは普通に怒られてるだけだよ」


 確信があるので断定してみる。


「説教されるとしたら真木名先生にかしら。…気の毒な話ね」

「ハイ、ホントウニソ…う…だよね」


 オレたちは午前中の悲劇を思い出して身震いする。

 …いつきのサボリ癖も、もはや過去のものになりそうだな。


 と、そんなことを考えていたら、当の大先生のお声で校内放送が流れた。


『…一年生に連絡です。午後からの授業は各クラスの教室で行われることになっていましたが、予定を変更して体育館にて合同で行われることになりました。一年生は全員、至急体育館に集合してください。繰り返します…』



「…だってさ、ジル。そういやオレまだ体育館いったことないや。どこにあるかわかる……って、ジル?」


 オレがジルのほうを見ると、少女は妙に真剣な顔になっていた。

 さっきまでゴキゲンな表情をしていたからか、余計に違和感がある。


「……なにかしら」

「なに…って、だからオレ体育館の場所知らないから、キミなら知ってるかなーって思って訊いたんだけど」

「そんなもの自分で調べなさい。わたしはいくところができたから、またあとで会いましょう」

「えっ? いや今の放送聞いてたでしょ? 一年生は体育館に集合だって…」

「どこにいくかをレディーに言わせるつもり? 殿方としてどうかと思うわよ」

「……あ、トイレか」

「…………」


 うわ、なんかすごい冷めた目で見られてるんですけど。

 目がないはずのガイコツからも同じ視線を感じた。


「ディア、下衆は放っておいていくわよ」

「おー、りょーかい」

「え、いや、ごめんって! 謝るから! そーいう反応いちばんキツいんだって!」

「あーもう、うっとうしい。さっさと体育館にいきなさいよ」

「だからそーいうこと言わないでってばぁ!」

「ケケケ! 安心しろよルイ、お嬢は言うほど怒ってねーからよ。つーか、ついてこられるほうがお嬢はイヤなんじゃねーか?」

「そういうことよ。わかったらはやく体育館にいきなさい」

「あ、あぁ、そうなのか…。わかった……けど…」

「なに? まだなにかあるの?」

「いや……とくにない…よ。うん、じゃあ先に体育館いってるから」


 オレはそのまま踵を返し、ジルとは反対方向に歩き出す。


 …歩き出す…んだけど、なんか、妙なかんじが…。

 なんだろう、なにかを忘れてる…というか、とりあえずイヤなかんじがぬぐえない。

 なんとなく不安になって背後を振り返ると、そこにはもう、少女の姿はなかった。


「杞憂…だよな…。まずいまずい、せっかく今から高校での初授業だっていうのに、なに辛気くさくなってんだオレは」


 オレは心中にわだかまる違和感を払拭するように頭を振り、とりあえず、体育館の場所を探すことにした。




     「…連れてかなくてよかったのかよ? お嬢」

     「…かまわないわ。彼は、巻き込まれただけなんだから…」

     「そーゆーところが、オレ様はよー…」

     「なによ」

     「いや。まーお嬢の気持ちもわかるし。オレ様も加害者だからな」




 当然、そんな会話をオレが聞くことはなかった。







 オレは無事に体育館を見つけだし、一年三組が並んでいる列に入ることができた。

 どうやらひかるといつきもまだ到着していないらしく、恥ずかしながら中学のころから友達の少ないオレは、軽くぼっちになってしまった。

 てか、それだけならまだいいんだけど、なんか周囲からおびえられてる気がするんだよね…。

 そんな怖がられるようなことしたかな?

 したとしたらどれだ?

 昨日の入学式を半分以上すっぽかしたことか?

 はたまた今朝の真木名先生への態度か?

 それとも午前中の授業に出なかったことなのか?


 …うん、ぜんぶだな。

 なんかオレ、ヤンキーみたい。


「…む。星見くんではないですか。キミが時間どおりに授業に出るなんて目覚ましいほどの変化ですね。ワタシも指導した甲斐があったというものです」


 落ち込むオレに声をかけてくださったのは、われらが一年三組のプリティー担任、真木名こころ先生だった。


「先生…オレだってちゃんと授業くらい出ますよ。…あれ、そういえば先生はいつき…日立を説教してたんじゃないんですか?」

「…? 彼の素行不良は関知していますが、別に説教などしていませんよ」

「えっ!? じゃあなんでアイツ呼び出されたんですか!? てかなんで叱らないんですか!!」

「いえ、まぁヒトにはそれぞれ事情というものがありますし…これ以上は守秘義務に抵触するので言えませんが。…彼を呼び出したのはまた別の理由です」


 じゃあオレの事情も考慮してほしかったです先生。

 オレのほうも守秘義務っぽいのがありますけど。

 デスペナルティーつきの。


「別の理由ってなんなんですか? なんかひか…月宮も帰ってきてないみたいですし」

「まぁ、ちょっとした校務の手伝いのようなものだと聞いています。キミが心配するほどでもないですよ」

「そうですか…」


 心配っていうより、はやく知ってるひとが来てほしいだけなんだけども。


「それよりも、ワタシは真皇さんがいないのが気になりますね。キミとずいぶん仲良くしていたようですが」

「あぁ、マオウさんはトイレにいくって言ってましたよ。もしかしたら遅れるかもしれないですね」

「…………」

「…先生?」

「わかりました。報告ありがとうございます、星見くん」

「…? いえ、そんなべつに…」

「今から受ける授業は退出しないようにしてくださいね。…次は命に関わりますよ…?」

「ハッ、ハイィィィッッ!!」


 おれはビシィッ!

 と、気を付けをして周囲の生徒がひくくらい、声高に返事をする。

 真木名先生は、感心してるのか呆れてるのかわからない無表情のまま先生たちが集まっている場所まで歩いていった。


 オレが額の汗をぬぐいながら溜息をついていると、比較的年配の学年主任っぽい先生が壇上に立ち、じつにあたりさわりのない話をしはじめた。





 それからは正直ヒマだった。

 もともと教室で各クラスそれぞれのことをやる予定だったからなのか、どうも必要性を感じない話ばかりをいろんな先生たちが講話している。

 学長なんてもう壇上にあがるの三回目だぞ、どうなってんだ。

 生徒もほとんど寝てるし。

 くそ、校務の手伝いとやらで席を外してるひかるたちがマジでうらやましい。

 オレも生徒会だったのになんでいつきが呼ばれるんだよ。

 まぁ役員じゃなくて会員なだけだったから仕方ないけど。



 ………ズズ…ン…。



「………ん?」


 今、なんか地響きみたいなのが聞こえた気が…。

 いや〜、さすがに気のせいだろ。

 先生たちも生徒もみんな普通にしてるし。



 ……ズン…ゴゴゴ……。



「…空耳空耳…」



 …ドガーン!!



「さすがにまずいだろぉぉぉっ!!」


 おかしい!

 今のだけはぜったいおかしいぃっ!!

 爆発音だったもん!

 確実に校舎が破壊されてる音だったもん!

 工事現場以外で聞くことはまれなタイプの轟音だったもん!!


 オレはみんなが体育座りで学長の話を静聴している中、ひとりだけ立ち上がる。

 大体みんな寝てるし、起きてるやつも『なにやってんだコイツ?』と訝しむ程度で、オレをとがめるような人間はいない。

 講話してる学長でさえ、オレと目が合った瞬間、ニヤリと笑うだけだった。


 …なんで笑われたかはわかんないけど、とりあえずイヤな予感がする。

 オレはオレの隣であっけにとられてるモブキャラ男子に話しかけた。


「なぁ、おまえ、耳いいか?」

「え? おれ? …あ、あぁ、二キロメートル先の葉っぱが落ちる音を聞き分けるくらいには…」


 どこのびっくり人間だよおまえ。

 すげぇやつ隣に座ってたよ。


「じゃあ訊くけど、さっきのドガーンって音、聞こえたよな?」

「ドガーン? いや……五人ほど前に座ってる木原が寝ながらすかしっ屁した音なら聞こえたけど。ズバーンって…」


 道理でさっきからくせぇと思ったよ。

 てかおまえの耳はすかしっ屁すらズバーンって聞こえるのかよ。

 すかせてねぇだろそれ。

 モロに炸裂してるじゃねぇかよ。


「……つまり、ドガーンって音は聞こえなかったんだよな?」

「まぁ、そうなるかな」

「オーケー。それだけわかれば充分だ」


 オレは木原に一発蹴りを入れてから、人ごみを縫って体育館の入り口に向かう。


 どうやらイヤな予感が的中しちゃったみたいだ。

 あれだけ耳のいいやつが聞こえなかったなんて明らかにおかしい。

 んでもって残念ながらオレには、オレだけにしか聞こえない音を聞いた経験がある。



―― ふーん……わたしのこと見える上に、会話まで通じるのね ――


 出会ったとき、ジルが言っていた言葉。

 そう、さっきの音は、おそらく悪魔のしわざだ。

 そしておそらくそこには…。



―― お嬢はさっき、《大魔王(ルシファー)の英魂》持ちのルイは、これからいろんな勢力にねらわれるだろうから充分気をつけろ、って言おーとしてたんだよ ――


 …そこには。



「……なにがトイレだあのバカ…! オレの言ったことを、なにひとつ聞いてねーじゃねーか…!」



 そこには、ジルがいる。




―― わたしはもう、あなたにすら戦闘能力で劣るのよ。魔王に求められる力を、全てなくしたんだから ――


「…だったらなんで、オレに言わないんだ…! 弱音でもなんでも言えって、言っただろ…!」



 衝動のまま体育館を飛びだしたオレには、そんなオレを見とがめて声をかけようとした真木名先生や、それを制した学長の姿なんて見えてなかった。




 そしてなにより、オレ自身があんなコトになってしまうなんて………予想できるはずないだろ!




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