第六章 手に入れたもの(2)
校舎が破壊されている箇所をたどりながら走っていると、前方に眩く光る物体を見つけた。
「あれは……ミカエル…だよな…」
あの神々しい光を目にするだけで冷や汗が流れる。
自分の腕を斬り落とした相手だ。
本能で拒否してしまうのは当たり前か。
「…だけど、もう逃げられねーよな…!」
俺は斬られた腕を触って確認しながら己を奮起させ、覚悟を決めて光源へと足を速めた。
数秒ほどでその光の正体が少女だと確認できる位置まで近づく。
少女がその碧眼をこちらに向けた。
「…やほー、ルイくん。《大魔王》のチカラが覚醒したみたいだね」
俺がやって来ることをあらかじめ感知していたのか、ミカエルは驚いた様子もなくにこやかに応対してきた。
「おかげさまでね。…アヌビスは?」
「殺してないから安心してよ。その辺に転がってるんじゃない?」
「意外だな。殺す余裕があったのにそうしなかったのか?」
俺はアヌビスを目で捜しながら会話を続ける。
「天使っていうのは慈悲深いものなのよ、……っていうのは冗談で。ちょうど決着がついた辺りでキミたちが帰ってきたのがわかったから、ヘタなことせずに待ってたのよ。アヌビスの死で逆上するならまだしも、戦意喪失なんかされたら興ざめだもん」
「……この戦闘狂め」
「ぶー。面白いことが好きなだけなの」
拗ねるように言うミカエルを尻目に、俺はようやく血まみれで横たわるアヌビスを見つける。
チラリとミカエルのほうを見やると、どうぞと言うようにアイコンタクトを送ってきた。
その厚意に甘えさせてもらう。
「………アヌビス。無事か?」
俺が駆け寄ると、仰向けになったアヌビスは今にも死にそうな体でありながら、口元に笑みをつくった。
「…うはは。この状態のおれに無事かどうか訊ねるとは、魔王は中々ひとが悪いな」
「腕がないままだな。くっつけないのか?」
「治癒術なしにそれが可能なのは魔王くらいのものだぞ」
そうなのか。
てっきり悪魔なら常識なのかと思ってた。
「なに、魔界に帰れば治る、心配要らん。それよりも、どうやらうまくやってくれたみたいだな」
「どうにかな。ナハトは今下っ端たちを相手に暴れてるぜ」
「そのようだな。ニオイでわかった。ときにその剣は、まさか魔剣か?」
「まさかってなんだ。うまくやったって言ったばかりだろ」
「……二振り錬成されたのか?」
「え? あぁ、そうだけど」
「…そうか、わかった。…おれのことはもう大丈夫だ。魔王はミカエルのことに集中しろ」
「…? あぁ、そうさせてもらう」
多少意味深なことを言う上に満身創痍ではあるが、アヌビスは割と元気そうだった。
おそらく自然治癒力も普通の人間を遥かに上回っているのだろうし、本人が大丈夫と言っているなら心配ないだろう。
俺はミカエルの近くに歩いていき、白い翼を生やした金髪美少女と対峙する。
「待たせたな」
「…ホント、随分待ったわ。今度はまともに闘えるのよね?」
「当たり前だ。覚悟しやがれ」
「頼もしい言葉。魔王化すると若干気性が荒くなるっていうのも、報告通りね」
「…その報告ってのは、誰がやってんだ」
「…無駄話は終わり。……ほら、せっかく盛り上がってきたんだから、楽しもうよ…!」
言うがはやいか、ミカエルは瞬時にオレの正面に現れ、《鞘から抜かれた剣》を袈裟懸けに振るう。
驚異的な速度だったが、今の俺にとっては反応できないほどではなかった。
せっかくだしナハトから預かった魔剣を使ってみる。
「……おらぁッ!!」
「!!!」
手に持った魔剣で彼女の斬撃を受け止めると、ミカエルは驚きに目を見開いた。
…隙あり。
「…………フッ!!」
「………ぐッッッ!!」
魔剣で剣を受け止めたまま、もう片方の腕をミカエルの腹にめり込ませる。
そのまま目一杯踏ん張りを利かせて、天高く殴り飛ばした。
「…………ッ!!」
ミカエルは空中で器用に一回転し、そのまま滞空する。
「…やるわね。さすがは魔王化ってところ…」
「ぅらぁッ!」
無駄口を叩くミカエル目掛けて、俺は魔剣を振るう。
明らかに魔剣の間合いの外だったが、魔剣から魔力でできた衝撃波が生まれミカエルに向かって飛んでいく。
初めての試みだったが、なんとなくできる気がしたのでやってみたら本当にできた。
「…わお! 中々ステキな攻撃ね!」
俺の奥の手でもあった攻撃を、似たような斬撃で軽く相殺するミカエル。
さすがに一筋縄ではいかないか。
「お返しよ!」
嬉々として叫ぶミカエルが、剣を天に掲げる。
すると天空に輝く魔法陣が出現し、そこから次々と光り輝く剣が現れた。
「……まさか」
こういうときの、俺のイヤな予感は的中する……いや、的中した。
宙に浮かぶ光の剣が、俺を目標に続々と発射される。
「くそ……!」
一振り目の剣を魔剣で弾くが、想像以上に一撃が重い。
迎え撃つのは早々に見切りをつけて、俺は回避に専念した。
「ほらほら! 逃げてるばっかりじゃ勝てないよ!」
「ありきたりなこと言いやがって! これでもくらえ!」
ミカエルの挑発に乗って、俺は近くに突き刺さった光の剣を投げ返す。
「熱ッ!!」
投げ返すことには成功したが、光の剣を握り締めた手が焼けただれた。
「あはははは! 魔王が聖剣なんて触るからだよ! 相変わらず面白いなーキミは!」
ミカエルはオレが投げた聖剣を容易く弾き、俺をせせら笑った。
…くそ、踏んだり蹴ったりとはこのことか。
「おい! せめて降りてきやがれ! 卑怯だろ!」
「闘いに卑怯も何もないでしょ? 悔しかったらここまでおいで♪」
「……至極ごもっともな意見ですね」
「!!?」
一方的に俺を攻め立てて調子に乗るミカエルの背後に、天使たちを掃討し終えたのだろう赤髪の少女が現れる。
驚愕するミカエルをよそに、ナハトは彼女の背を深々と斬りつけた。