第六章 手に入れたもの(1)
第五章で収めるつもりが思いのほか文量の多いものになってしまったので、分割して第六章にしました。
各話の文量は少ないですが(7)まであります。
四苦八苦した末にどうにか異空間の脱出方法を見つけ出したオレとナハトは、かなり久しぶりな気がする艶桜学院の敷地内に戻ってきた。
すぐに周囲を見渡し、転送された当初の場所にそのまま戻ったかどうかを確認する。
「………。……出てくる場所を間違えたわけじゃないよな?」
「父上やあの女の残り香があります。私たちが転送された場所に間違いありません」
「…そっか。てっきり天界に来ちゃったのかと思ったよ」
オレがそんな冗談を言うのも、さっき転送されたときと、状況が少し違っていたからだ。
激しい戦いを繰り広げていたアヌビスやミカエルがいないのはまだわかるが、オレたちが見上げる空に未確認飛行物体がびゅんびゅん飛び交っているのはどういうことだ。
「虫が増えただけです。うろたえることは何もありません」
ナハトはなんでもないかのように振る舞うが、あまりの量にさすがに顔をしかめている。
簡潔に言うと、下っ端天使たちがアホみたいに増えていた。
「いたぞ!! 魔王とその配下の女だ!!」
人海戦術で捜索でもしていたんだろうか、ひとりの天使がオレたちを見つけるなり大声を上げた。
その声を聞きつけて、天使たちが雲霞のごとく集まってくる。
…うわ、ホントに虫みたいだ。
あっと言う間すらなく、オレたちは完全包囲されてしまった。
「全隊! 弓を構えよ!!」
先程オレたちをさんざん苦しめた金の弓矢が、先程とは比べ物にならない数でこちらに向けられる。
「…星見ルイ、ここは私に任せてもらえますか?」
「ひとりで大丈夫なのか?」
「敵の数が足りないくらいです。先程の屈辱を早く精算しておきたいんです」
「…そっか。じゃあ任せる」
「放てーーーーぃッ!!」
オレたちのやりとりを待っていたわけではないだろうが、ひとりの天使の号令で一斉に矢が射出される。
そしてバカみたいな数量のそれを、自称賢いナハトが一本残らずたたき落とした。
「な………!!?」
天使たちがどよめき、一気に浮き足立つ。
かわいそうに。
何が起こったかわからなかったのだろう。
オレだってわからなかった。
「魔力が戻ったとはいえ、少々手応えがなさすぎますね」
どうやらナハトはあの矢をすべて剣で弾いたらしい。
バケモンかコイツは、と思ったが、たしかにバケモンだった。
「さて、すでに戦意を喪失した腰抜けもいるようですが、私に攻撃をしかけておいて只で済むと思っている蒙昧はいないでしょうね」
「………ひぃぃィッ!!!」
ナハトの殺気に、天使たちは戦々恐々と悲鳴を上げるだけになった。
そりゃあ怖いだろう、オレだって怖い。
「ほどほどにしてあげろよ」
「そうはいきません。伝承にあるケルベロスの頭が何故三つあるか知っていますか? 受けた屈辱を三倍にして返すためですよ」
いや、違うと思う。
しかし、天使たちに殺されかけたのはオレも同じなので、オレはそれ以上何も言わなかった。
そしてナハトは有言実行とばかりに天使の大軍をひとりで蹴散らしていく。
…すげー。
「…星見ルイ、何をのんびり見ているんですか。貴方は父上たちを捜してください」
オレがナハトの勇姿を眺めていると、天使たちを相手取る合間にオレの隣に近づいてきたナハトが口を尖らせる。
「え? …あ、あぁ、たしかにそうなんだろうけど…。オレがいっても足手まといになりそうな気がしてな…。それに、この包囲網を自力で突破できるかすら、微妙なところだと思うし」
非常にもどかしいことだが、魔剣を継承したことでパワーアップしたナハトとは違い、オレは下っ端天使たちから逃げ回っていたときと戦闘能力は変わっていない。
ただしぶといだけの人間のままなのだ。
「…? 何を言ってるんですか? 貴方の中にある《大魔王の英魂》は、もう覚醒しているでしょう?」
「…へ?」
「…え?」
ナハトが当然みたいな口ぶりですごいことを言ったので呆然として訊き返すと、ナハトも同じ調子で訊き返してきた。
「まさか、気づいてなかったんですか?」
「え? いや、気づくも何も……え? マジなの?」
「………呆れましたね。魔力に関する知覚が鈍すぎます。もっとしっかりしてください」
「ご、ごめん…」
「もういいですよ。…そうですね、試しにあの学長の銅像にデコピンをしてみてください」
「わかった」
どこかで聞いたようなやりとりのあと、オレは学長の銅像に向かってデコピンしてみた。
魔力の程度の確かめ方ってデコピンで統一されてるんだろうか。
「…おお!」
言われるがままにオレがジジイの銅像にデコピンをお見舞いすると、ジジイの顔面が派手に爆散した。
あわれジジイ。
サヤちゃんの下着を所望した罰だ。
次は本人に直で叩き込んでやる。
「これでわかったでしょう。貴方のチカラが戻っていることが」
「あ、あぁ………でも、なんで…」
「私の継承が完了したと同時に、魔王としてのチカラが覚醒したのでしょう。私が魔剣を貴方に預けたときには、既に魔力は漲っていましたよ」
「だったらそのときに言ってくれよ」
「まさかそれだけの魔力に、本人が無自覚だとは思わなかったんです」
悪かったな。
魔力うんぬんのことなんて、一般人のオレがわかるわけないじゃないか。
「ともあれ、これで貴方も戦力に数えることができます。さぁ、はやく行ってください」
ナハトはオレの返答を待つことなく、話の間に隊を整えようとしていた天使たちへと再び突っ込んでいく。
「わかった。大丈夫だとは思うけど、おまえも気をつけろよ!」
遥か上空まで一足飛びに上昇していったナハトの背中に声をかけつつ、オレはアヌビスたちを捜すためにその場を後にした。