第五章 魔剣の継承(6)
オレが大きく息をはいて脱力すると、ようやく落ち着いたらしいナハトが上からオレの顔を覗きこんできた。
「……星見ルイ。貴方に訊いておく事があります」
「………手短に頼むよ」
「貴方はジル様のことを友達だと思っていると言いましたね」
「……あぁ、言った気がする」
「……では、ナハトの事はどう思っているのですか?」
「はぁ?」
突然変なことを訊いてきたナハトを不可解に思い顔を上げると、ナハトは割と真剣なまなざしでこっちを見ていた。
これは真面目に答えたほうが良さそうだ。
「……そうだな…。正直、すごくめんどくさいヤツだと思ってる」
「………そうですか…」
ナハトの無表情が残念そうに見えるのは、オレがそう思いたいからだろうか。
とりあえず、オレはこう付け加える。
「……オレの少ない交友関係の中でもとびきりだ」
「…え…?」
「質問したクセに聞いてなかったのかよ。…おまえはとびきりめんどくさい、オレの友達だ。……オレはそう思ってるよ」
なんだか今更になって少し恥ずかしくなったので、セリフの後半はナハトから顔を背けたまま言った。
「…………」
ナハトがそれを受けてどう思ったのかは知らないが、少ししてナハトがこう返してきた。
「…そうですか。では、もうひとつ訊いてもいいですか?」
「まだあるのか」
「はい、今のは本当に訊きたいことの前座のようなものです」
ナハトはちょっと得意げにそう言うと、オレの了承も待たずにこんなことを訊いてきた。
「貴方の言う友達とは、どのような存在なのですか?」
「…そんなことでいいのか?」
「重要な事です」
ナハトが頑なにそう言うので、オレはちょっと考えてから言葉を紡いだ。
「…困ったことがあったら頼りあう、面白いことがあったら笑いあう、悲しいことがあったら慰めあうし、許せないことがあったら一緒になって怒る。そして、何があっても信じあう。オレの考える友達ってのは、そういうもんだ。…そうありたいっていう、理想論でもあるけどな」
「……ナハトも、そうなのですか?」
「え? 当たり前だろ。友達だって言ったんだから」
コイツは急に何を言い出すんだ、話をちゃんと聞いてたのか。
妙に恥ずかしい思いまでしたのに。
「そう、ですか。……では、ナハトにとっての貴方も、そうなのでしょうね」
「ん…? どういうことだ?」
「貴方が私を友達だと思っている以上、私もその思いに応えないとおかしいでしょう?」
「それはまぁ、そうだな…」
「…それに、ジル様とも約束しましたから」
ナハトはそう言うと、おもむろに立ち上がって、オレに手を差し伸べた。
「…私は今後、貴方と友好的に接します。よろしくお願いしますね、星見ルイ」
そのとき、オレはナハトの晴れやかな笑顔を初めて目にした気がした。
「…………。…そうだな、あらためてよろしく、ナハト」
オレも晴れ晴れとした気分で、立ち上がってナハトの手を握る。
オレと握りあった手をナハトはまじまじと見つめ、ぼそぼそとこんなことを言った。
「…勘違いしないでくださいね。ジル様との約束だから仲良くするんです。貴方から言われた事なんて、特に何も関係してないんですからね」
「………。…なんだ、できるじゃないか、ツンデレ」
ごちそうさまです。
「…そういう、ナハトにわからない言葉を使うのをやめ…」
ちょっとほんわかしてしまったオレに、早速ナハトが文句を言おうとすると、オレとナハトが繋いでいた手が突然輝きだした。
「「………な!!」」
不意の出来事に驚きの声を上げるオレたち。
「ま、まさかこれは…!」
「何か心当たりがあるのか?!」
問いかけるオレを、ナハトはキッと睨んできた。
「先程の『ツンデレ』という言葉、さては人界の滅びの呪文ですね!?」
「ちげーよ!!」
オレの脳内に、『ツンデレ』という言葉とともに放たれた光で目にダメージを受ける大佐の姿が思い浮かんだ。
いや、シュール過ぎるだろ。
大体肝心の石がない。
てか、ツンデレは知らないのにそっちは知ってるのか。
「嘘つかないでください! でないとこんなに強大な魔力が………! ………………あ…」
なおも抗議しようとするナハトが、何かに思い至ったように間の抜けた声を出した。
「…なんだよ。今度こそまともなことを思いついたんだろうな?」
「この感覚………! 間違いありません! 魔剣の波動です!!」
「なんだって!?」
驚愕するオレに、ナハトは興奮した様子で言葉を続けた。
「成功したんですよ!! 魔剣の継承に! 信じられません!! 貴方なんかと成立するなんて!!」
「テンション上げながらナチュラルにひとを貶めるな。普段より傷つくから」
「早速具現化させてみますね!!」
聞いてないし。
もはや何を言っても無駄そうだったので、オレはナハトとは対照的にすごく冷静なまま、オレから少し距離をとった少女が魔剣を具現させる過程を見守った。
「…我が手に宿すは真なる忠節。艱難を断ち切る刃となりて王の敵を討つ。在れ!」
ナハトの言葉に呼応するように、少女の掌中にあった光が輝きを強めた。
…目ーがー。
やがて輝きが収まったころ、少女の手には一対の双剣が握り締めてあった。
ナハトはその剣を感慨深そうに見つめている。
「……これが、魔剣グリムグラム……」
「すごいな。二刀流ってヤツか?」
ナハトが持つ魔剣は、黒を基調として、紫色の装飾が施された剣だった。
一方は赤紫がかっていて、もう一方は青紫に近い色になっている。
オレ個人の感想だけど、中々カッコイイ。
中学生のころを想起させる代物だ。
「…………こちらは貴方に」
「え?」
オレがうらやましそうに見ていたからなのか、ナハトは魔剣の青みがかったほうをオレにつき出してきた。
「いいのか? せっかくの二刀流が」
「私は二振りも剣を使いません。あっても邪魔ですし、貴方が持っていたほうが何かと便利なはずです」
と言って、ナハトは青紫のほうを投げてきた。
「うぉあッ!? あぶねーだろ!」
「星見ルイ、雌伏のときは終わりですよ。切り替えてください」
「…え?」
ナハトがいつのまにか真剣な顔つきに戻っている。
オレは一瞬不可解に思ったが、すぐに原因を思いつく。
「…………あぁ、わかった…」
…そうだった。
ナハトとジルの件に解決の兆しが見られたことで安堵していたが、今は対処すべき問題がまだ残っていた。
「…ナハト……。おまえの親父さんは……」
「…父上は生きていますよ」
オレの言葉を遮って、ナハトは微笑む。
どこかぎこちない、強がったような微笑みだった。
「父上は死なないと、貴方が言いました。何があっても信じあうのが、貴方の言う友達なのでしょう?」
「…! ………そうだな。わかってるじゃないか、ナハト」
「当たり前です。ナハトは賢いですからね」
「そりゃ頼もしいな。…じゃあいっちょ、アヌビスを迎えにいきますか!」
「ついでにあのいけ好かない女を叩きのめします」
こうして、新たな信頼で結ばれたオレたちは、今までの借りを返すため、反撃に打って出た。
「…それにしても、この異空間からどうやって出るんだ?」
「…………」
オレたちの反撃はこれからだ!
ご愛読ありがとうございました。
みかぐらはやとの次回作にご期待ください(明日からも普通に続きます)。