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オレ、つかれました。  作者: みかぐらはやと
第二部
35/45

第五章 魔剣の継承(4)

出血、暴力的なシーンの描写があります。

苦手な方はご注意ください。

「………。その執念、恐れ入るわ…」


 そう呟くのは大天使ミカエル。

 彼女の《鞘から抜かれた(つるぎ)》はソイツの体を容易く貫き、血液がポタポタとその輝く刀身を伝って地に落ちていた。

 ミカエルはその男の名を呼ぶ。


「…アヌビス=カーシモラル=ケルベロス」


 ナハトとミカエルの間に、ナハトと同じ赤い髪をしたひとりの男が立ちはだかっていた。

 年齢は十代前半くらいで、想像していたよりかなり若いが、オレはその男こそ先程のチワワが変身を解いた姿だとすぐに理解できた。


「…ち、……父…う……え…?」

「…グ……ッ!!」


 ナハトの問いかけに答えたわけではないだろうが、男の口から多量の血液が溢れ、向き合っていたミカエルの顔に血しぶきが飛ぶ。


 剣が引き抜かれ、男は力なくくずおれる。


 それを見て、ナハトの中で何かが崩壊したようだった。



「…ぃやぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁァァアァァァァァッッッ!!!」



「父上ッ! 父上ッ!! 父上ーッ!!」


 ナハトは我を忘れて父へと駆け寄り、呼び戻すように叫び続ける。


 それを見つめるミカエル。

 彼女の剣が輝き、付着していた血液が消滅する。


「!!!」


 ミカエルの追撃を察知した男がすばやく起き上がり、ナハトを突き飛ばした。

 男の手に黒い剣が出現し、ミカエルの剣を受け止める。


「まだそれだけの余力があるのね! 敵ながらあっぱれだわアヌビス!」


 満面の笑みを浮かべる大天使と向き合いながら、男はオレの名を呼んだ。


「星見ルイ!! お前らを異空間に飛ばす! ナハトとともにおれから距離を取れ!」

「!! 嫌です!! 父上も一緒に!」

「異空間に侵入する余裕をミカエルに与えれば終わりだ! 言うことを聞けナハト!!」


 どうにかナハトに聞き分けてほしいと、アヌビスは一度娘のほうに視線を動かした。

 そして、それが仇となる。


「………ガァッ…!!!」

「よそ見とは余裕ね、アヌビス。転送なんかする前に死んじゃうわよ?」

「父上!!」

「…待てナハト!」


 ナハトがまた駆け寄ろうとするのを、オレは力尽(ちからずく)で制止する。


「…! 星見ルイ!! 放してください! 父上が!!」

「おまえがワガママ言ってたらアイツが本当に死んじまうだろーが!!」

「………! でも、私は…!」


 ナハトはオレの言葉にかなり動揺し、抵抗する力も弱くなった。

 好機ととらえ、ナハトを無理矢理引きずりながら、オレはアヌビスに呼びかける。


「アヌビス! 結構下がったぞ、どこまで下がればいいんだ!」

「グ…! そこでいい! 術はもう発動させた! 転送されるまで絶対にそこを動くな!」


 アヌビスが叫び、オレとナハトの周りに輝く魔法陣が展開しはじめる。


「嫌です! 父上ッ!!」

「おい動くなって! 転送に失敗したらどうすんだ!」

「放せ! 父上がッ!!」

「おまえの父親を信じろ! おまえをおいて死んだりなんかするか!」

「そんな保証どこにあるんですか!!」

「オレが保証してやる! おまえの親父は死なない! だから今は逃げるんだ!!」

「…! 無責任な事を言わないでください!!」


 意地でも父の元へ向かおうとするナハトと言いあっているうちに、魔法陣は球をつくるようにオレたちを取り囲んでいた。

 やがて魔法陣はその輝きを強め、とうとうオレたちは異空間へと転送される…。


 その直前。


「「!!!」」


 オレたちが見つめる前で、ミカエルの手によってアヌビスの腕が斬り落とされた。


 激痛に表情を歪める男。


 父の窮地に痛切な悲鳴を上げる少女。


 それでもなお、無邪気に剣を振るう大天使。



 三者三様の反応を、どこか時が止まった世界で眺めているような感覚に陥りながら、オレは異空間へと飛ばされた。







 目が覚めると、オレは暗闇の中にいた。


「………?」


 どこを見回しても紫がかった黒い空間が続いていて、地に足をつけている感覚すらない。

 夢の中で漂っているような気分だ。


「…ここが、異空間…か…?」


 起き上がろうとすると、体にいつも以上の重みを感じた。

 不思議に思って確認すると、赤髪の少女がオレの体の上で目を閉じて横たわっていた。


「…ナハト…? おい、大丈夫か?」

「…………」


 ナハトに返事はない。

 まさか転送する際になにか不具合でも生じたのだろうか。

 オレが不安になりはじめた矢先、少女は静かにその目を開けた。


「ナハト…! よかった、無事だったんだな」

「………無事なんかじゃ、ないです…」

「…?」

「…きっともう、向こうでは父上があの女に殺されています。……私は……。……わたしは………ッ!」


 言葉の途中でナハトは感極まってしまったのか、嗚咽を漏らし始めた。


「私は何もできなかった…! 私には剣しか、なかったのに…! 肝心なときに…私は、誰も守れなかった…!!」


 ナハトの赤い瞳から、ぽろぽろと暖かい雫が零れ出す。


「わたしは………! …………ナハトは………ッ!」


 その雫がオレの制服を濡らす。

 暖かみを帯びたそれは、すぐにぬくもりをなくし冷たくなっていく。


「……ナハトは………、……ひとりぼっちになってしまいました………ッ……!!」


 とうとうナハトはオレの胸に顔を押しつけ、激しく泣きじゃくり始めた。


 何もない空間に少女の嗚咽だけが響くなか、オレはおもむろに口を開く。


「……おまえはひとりぼっちなんかじゃ、ないだろ」

「…ぅ……ひとりぼっち…です…! 父上はあの女に殺されました…!!」

「まだ死んだって決まったわけじゃない。…それにおまえには、ジルだっているじゃないか」

「……。……ジル様は、貴方が奪ったじゃないですか…」

「…なんだって?」


 訊き返すオレに、ナハトは顔を上げ泣きはらした瞳で強い視線を送ってきた。


「貴方が、私からジル様を奪ったんです…!」

「……どういうことだよ」

「…………」


 ナハトは視線を落し、(いぶか)るオレに、悲哀をはらんだ声音で静かに語りはじめた。




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