第五章 魔剣の継承(2)
出血、暴力的なシーンの描写があります。
苦手な方はご注意ください。
戦端が開かれた瞬間、ミカエルはアホみたいな速度でオレの至近距離に迫っていた。
「!!?」
「遅い」
オレは背後へ距離を取ろうとして、《鞘から抜かれた剣》の一撃を受ける。
右肩から左の脇腹にかけて大きな裂傷が生まれ、過剰な演出だとツッコみたくなるような血が噴き出す。
「…〜〜〜ッ!!」
痛すぎて言葉にならない。
ちくしょう、なんでオレがこんな目に!
「らァッ!!」
怒りに任せて、ミカエルに向けて拳を繰り出すが、ヤツは体勢を傾けて楽々とそれを回避する。
行きがけの駄賃で突き出した腕を斬り落とされた。
「…〜〜ぅゥウゥッッ!!」
肩から先が無くなってバランスが取りにくくなった。
自分の腕が床を転がっていくのも妙な気持ちだ。
ここまで来ると、痛さなんて感じる暇もない。
ミカエルの剣がオレの首を狙っていた。
殴ろうとした勢いに任せて床を転がり、なんとか剣をやり過ごす。
ついでに切断された腕を拾ってどうにかくっつけようと傷口に押しつける。
「…………ッ!!」
痛いってより熱い感じがした。
思わずその場にうずくまってしまう。
「…………なんのつもりなの? ルイくん。…魔王化なしでわたしに勝てるはずないじゃない」
そう言ってゆっくりと近づいてくるミカエルは、なんだか不満そうだ。
オレが弱すぎてフラストレーションが溜まってるんだろう。
勝手に襲いかかってきといてふざけんなと言ってやりたい。
「…勝手に襲いかかってきといてふざけんな…!」
言いたかったので言ってやった。
ちょっとスッキリすると思ったけど傷が痛くてそれどころじゃない。
「まさか魔王化できないとか言わないよね? 一週間前はちゃんとできてたじゃない」
「…あいにく、覚えが悪いんだ…。…あんたが、教えてくれるなら…魔王化なんていくらでもやってやるよ…」
「そうしてやりたいのは山々だけど、わたしじゃ無理ね。サタンにでも訊いてみたら?」
「…じゃあ、ソイツのトコまで送ってくれ…!」
「いいわよ。でも、キミはそんな状態だし、アイツをキミのところへ送ったほうが手っ取り早いわよね?」
親切に提案してくれる天使に、オレはイヤな予感を覚えた。
「…ちなみに、その『キミのところ』ってのは、どこ…?」
「あら、察しがいいのね。ご想像通り、あの世ってヤツよ」
やっぱりかこの野郎。
「ご厚意に甘えたいけど、まだソコに行く気はないね!」
どうにか腕をくっつけ終えたオレは、側にあったイスをミカエル目掛けて投げつける。
どうせ剣でバラバラにされるんだろうと予想していたので、ミカエルがとった行動に驚かされた。
「…うわっ! ちょっと勘弁してよね。生徒会室の備品だってタダじゃないんだから」
「…………」
ミカエルは投げられたイスが壊れないよう優しく受け止めやがった。
オレはその反応を見て邪悪な笑みを浮かべる。
「…そうだよな。備品は大切に扱わないとな生徒会長さん!!」
イヤミを込めて言い放ち、オレは周りにある備品という備品を手当り次第に天使へ投げつける。
「えげつないことしてくれるじゃない…。だったらこっちにも手があるわ!」
「…!! んな…?!」
オレが繰り出す備品アタックに業をにやしたミカエルは、剣を持ってないほうの手から眩い光を発生させる。
その光を浴びたオレの弾幕たちは一瞬にして速度を落とし、無重力空間に漂う衛星みたいな状態になってしまった。
「さ、次はどんなことをしてくれるの?」
ミカエルは得意げにそう微笑んでまたこちらへと近づいてくる。
おのれ。
大魔導士なみになんでもアリだなこの女。
まともに闘っても勝ち目がないことはわかったし、正直打つ手はあれしか残ってない。
そう、三十六計に勝る最高の一手だ。
「逃げる!!!」
全速力で扉へ駆け出す。
…が、
「遅いってば」
あと一歩のところで先回りしてきたミカエルに蹴り飛ばされた。
業界のご褒美も度を超すと痛いだけだ。
豪快に床を転がされたが、オレだってただでは起き上がらない。
「あ!」
ミカエルが何かに気づいたらしく声を上げるが、もう遅い。
オレは転がった勢いに任せて反対側の窓へ突撃していた。
アクション映画の見よう見まねで窓にダイブし、生徒会室から脱出する。
「………げ!」
どうにかミカエルの虚をついて脱出には成功したが、よくよく考えるとここは三階だった。
オレは廊下とは反対側の窓を突き破って出てきたので、空中に投げ出される形になってしまうのは当然の帰結だった。
「おわぁぁぁぁぁあぁァァァァッッ!!!」
そして空中に投げ出されたオレが地上に向かって猛スピードで落下するのも、やっぱり当然だった。
ニュートン先生は偉大だな。
「……ぃでぇッ!!!」
ただし地面と激突したオレは、見るも無惨な姿になることはなかった。
さっきから人外の治癒能力が発揮されていたので死にはしないと思ってたけど、すごく痛かったとはいえまさか外傷なしとは。
つまりオレを瀕死にしてくれたナハトやミカエルの攻撃は、三階から突き落とされるより危険ってことか。
もうやだアイツらと闘うの。
「…アレ? そういえばナハトはどこだ?」
ミカエルから目を離すと殺されそうだったので構う余裕がなかったが、生徒会室にはナハトもまだいたはずだ。
アイツだってまだ満足に闘えるワケじゃないし、さすがにマズいんじゃないか?
「くそ、せっかく脱出したのに逆戻りかよ…!」
とか思って生徒会室のほうを睨んでいたら、オレが脱出したときに割った窓のすぐ隣の窓が割れ、赤い髪の少女が降ってきた。
…親方! 空から女のコが!
とかちょっと言いたくなったけど自重し、オレは降ってきた少女を紳士的に受け止める。
あのセリフだって受け止めたあとに言ってるしな。
「…!? おい、ナハト! おまえケガしてるじゃないか!!」
ナハトは元から髪が赤いので遠目からは気づかなかったが、オレが抱きとめたナハトは頭から血を流していて、よく見ると体にも多くの打身や裂傷があった。
「…ぅ……、星見…ルイ…。…情けない…話です、魔剣も魔力もない状態では、あの女のチカラにあてられて…動く事すらままなりません…」
「………!」
そこまで格が違うものなのか。
じゃあオレは存分に動き回れてただけまだマシだと。
どうすんだよあんなヤツ。