表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オレ、つかれました。  作者: みかぐらはやと
第二部
32/45

第五章 魔剣の継承(1)



 放課後の生徒会室。

 オレの眼前には天界最強を自負する大天使、ミカエルが不敵な笑みをたたえて立っていた。


「安心してよ。下っ端連中には手出しさせないからさ」

「…………」

「…さぁ、そっちが来ないなら、こっちからいくわよ?」

「ちょっと待ってくれ」

「………どうしたの?」


 闘う気満々だったミカエルを制し、オレはひとつの提案をする。


「とりあえず話し合わないか?」

「………はぁ?」


 オレの申し出が想定外だったのか、ミカエルはその整った顔を怪訝そうに歪めてみせた。

 そんな天使にオレは不満を口にする。


「大体、なんで闘わなくちゃならないんだ? 外の天使たちだってほとんど何も言わずに襲ってくるし、あんたもそうだ。あんたたちはオレにどうしてほしいんだ? それがわからない以上、闘うことに納得できないし、それがわかったとしてもオレはなるべく闘いたくない」

「…………」


 オレの愚痴ともとれる発言に、ミカエルは呆然として言葉を発さなかった。

 それはオレの隣でへたっているナハトも同様だ。


「………オレ、なんかおかしいこと言った…?」


 自分では結構正当な言い分だと思っていたけど、悪魔や天使からするとお門違いもいいところなのかも知れない。

 ちょっと恥ずかしくなってきたオレをよそに、目の前の美少女天使はプルプルと肩を震わせ始め、


「……ふふ、く…くくっ、…あーはっはっはっはっ!! もうダメ、我慢できないや…! ふふ、あははは……」


 そして腹を抱えて哄笑(こうしょう)しはじめた。

 馬鹿にされている気がしないでもないが、不思議と癪に触らない無邪気な笑いかただ。

 ミカエルはその碧い瞳の端に溜めた涙を指で拭いながら、ようやく話を元に戻す。


「…ふふ、笑ったわー…。まさか、仮にも《大魔王(ルシファー)》のチカラを継承した存在が、大天使ミカエルを前にして『なるべく闘いたくない』なんて…。そこは積年の恨みを晴らすべく問答無用で襲いかかってくるところでしょうよ。わかってないなー」


 いや、わかんねーよ!

 そもそもオレ個人に積年の恨みなんてねーし!


「まぁ、そこが半分人間であるが故の思想ってとこなんでしょうね。《人界(じんかい)の魔王》、中々面白みがあるじゃない」


 いつの間にかカッコイイ二つ名みたいなのつけられてるな、オレ。

 てか半分人間って、もう半分は悪魔ってことかよ、笑えないぞ。

 実はもう半分はやさしさでできてたりとかしないのか。


「とりあえず、闘えないっていうなら仕方ないわね。わたしたちがキミを狙う理由を教えてあげる。ズバリ、《大魔王(ルシファー)の英魂》が目当てよ」


 …ナハトの予想的中か。


「想像通りすぎて肩すかしだった?」

「いや、まぁ…。…仮に《大魔王の英魂》を手に入れたとして、そのあとどうするつもりなんだ?」

「そうね、まだ決めてないけど…封印でもしようかしら?」

「決めてないのかよ! じゃあ狙うなよ! オレの命がかかってるんだぞ!」


 オレが憤慨すると、ミカエルはクスクスと笑う。

 だから笑いごとじゃないってば。


「そんなに怒らないでよ。わたしたちだって、今まで気が滅入るくらいに厳重な守りを固められてた《大魔王の英魂》が、わたしたちの目の前に転がり込んでくるなんて思わなかったんだから。正直、扱いに困ってるわけ。魔王に接触することすら難しかったのに、その魔王を倒して《大魔王の英魂》をどうしようかなんて考えてないわよ。元々相容れぬ存在で、効果的な利用法なんてないだろーしさ」


 そこは考えとけよ、アホ天使ども!

 じゃあおまえら特になんの目的もなく争ってたのか!


「まぁでも、この好機を逃すつもりはないわ。《大魔王の英魂》を封印できれば、魔界に対して優位に立てるのは間違いないしね。キミには悪いけど、悪魔が大人しくなれば人界の被害も少なくなるわけだしさ、世界のためだと思ったら?」

「無茶言うな、オレが死んだあとの世界なんて知ったことか。……そう言えば、おまえに訊くのもおかしな話かも知れないけど、悪魔って具体的に、オレたちの世界にどんな悪さをしてるんだ?」


 オレは悪魔のごく一部としか面識がない。

 そのほとんどが暴力的とはいえ基本無害なヤツらだ。

 …ミミズ野郎はどうだったか。

 でもアイツだって魔界の権力争いに夢中で、人界でどういう悪さするとか言ってなかったしな。


「魔界はスキあらば人界を乗っ取ろうとしてる連中よ。キミはその勢力に加担してるわけ。そんなことも知らなかったの?」

「…馬鹿な事を言わないでください。恩着せがましく人界を抱き込もうとしているのは天界のほうでしょう」


 ミカエルの言葉に、しばらく大人しかったナハトが食ってかかった。

 オレはナハトのほうを振り向く。


「そうなのか?」

「星見ルイ、貴方は知っておくべきです」


 そう言って、ナハトはオレに天界がいかに姑息な連中かを説明してくれた。


「天使は人間の信仰心などを自らのチカラの拠りどころとしています。天界の天使どもは何の迷いもない人間どもの前に突然現れ、ありもしない妄言を吐いて人々を恐怖に陥れます。まぁ、そのときに言ったことは後に自分たちで引き起こすんですけどね。そうやって自分たちで起こした災害から見込みのありそうな人間だけを救い出し、恩を着せるのです。人間どもは天使によって救われたと勘違いし有り難がり、すすんで自分たちのチカラを天界に捧げるんですよ。それを繰り返して、天使どもは人界を食い物にしようとしているんです」


 マジか。

 とんだ鬼畜野郎どもだな。

 あと、そんなラブコメでよくありそうな、気になる女のコを自分に惚れさせるための自作自演作戦みたいなやり口で天界は生計保ってんのかと思うとちょっと幻滅だ。


「随分と辛辣ね、ナハトちゃん。でも、魔界のほうがえげつないことやるじゃない」


 そう言って反論するミカエル。彼女の言い分はこうだ。


「魔界の悪魔たちも、人間からチカラを奪って生きているでしょ。それも、信仰心なんてものじゃなく、人間の血肉を直接食らってね。悪魔によってはただの遊興として殺戮を行う屑だっているわ。わたしたちは悪魔を撃退することで被害を減らし、その代償として信仰を得ているだけよ」

「…おいナハト、これは分が悪いんじゃないか?」


 話を聞く限りじゃ悪魔のほうが数倍酷いぞ。


「待ってください。悪魔が人間を襲うのはごく稀です。人界には退魔士どもがいますからね。悪魔だって大き過ぎるリスクは回避します。ほとんどの悪魔は、人間と同じように食事をして魔力を補っています。己の快楽のために人間を殺す輩もいないことはないですが、それは天使だって同じ事です」


 まぁたしかに。

 現にジルやナハトはサヤちゃんの手料理を食って生活している。

 天使も自分で起こした災害でごく一部の人間しか救わないのなら、やっていることはタチの悪い悪魔と同じだ。


「どうなんだミカエル。おまえらだって相当タチが悪いみたいじゃねーか」

「あのね、ルイくん。わたしたちが災厄を起こしたことなんて、人間の歴史をひもといたって、ほんの数回よ。それに人間の数が多くなった最近はまったくやってないわ。加えて、災厄で救わない人間っていうのは、文字通り救いがない人間だけ。悪魔の言葉を真に受けてると痛い目見るわよ」

「…フン、痛い目見させるの間違いでしょう、性悪天使」

「…この数分でたいした口を聞けるようになったじゃないナハトちゃん。ルイくんに庇ってもらって気が大きくなったのかしら?」

「冗談はやめてください。天界の頂点、大天使ミカエルがノコノコと人界まで降りてきていたことに驚いただけです。命を狙われているのは貴方だって同じ事ですよ」

「面白いじゃない。弱くても威勢のいいコは大好きよ」

「…ふたりとも落ち着いてくれ」


 なんだかまた闘う流れになってるじゃないか。

 放置するとすぐこれだな。


「ルイくん、いくら慈悲深いわたしでも、露骨な時間稼ぎなんて付き合ってられないわよ。わたしの目的は話したんだし、そろそろきちんと闘いましょうよ」


 …ちっ、バレてたか。

 天使と悪魔の水掛け論でどうにか事態が動くまで時間を潰そうと思ったんだけどな。

 てか、予想以上に天使も悪魔も人界にとって危険すぎないか?

 退魔士とやらにもうちょっとがんばってほしいもんだ。


「要するに、あんたは魔界に対して優位に立ちたいんだろ? オレが何もしなきゃ《大魔王の英魂》を封印してるのと変わらないんじゃないか?」

「ダメよそれじゃ。キミが他の勢力の手に落ちたら、妙なイレギュラーが発生しちゃうでしょ」

「落ちないように努力するから」

「だったらわたしの手に落ちないように今努力すればいいでしょ?」


 ぐぬぬ。

 大天使はどうやら口も達者らしい。


「天使って人間を守ってくれるイメージあるんだけど」

「そうね。信仰されれば守るわよ?」

「じゃあ信仰するから守ってくれ」


 宗教なんてものには関わりあいになりたくないけど、命に関わるなら話は別だ。


「じゃあ、信仰の証として《大魔王の英魂》を渡しなさい」

「…………」


 大天使のムチャぶりにオレは思わず閉口してしまう。

 …口ではどうにも勝てそうにないな。



「…どうしても闘わなくちゃならないのかよ」

「闘うかどうかはキミの自由よ。抵抗しなければ殺すだけだけど」

「天使は無抵抗の人間殺すのか」

「わたしが今から殺すのは半分魔王の化物よ。それに、キミが抵抗しないはずないでしょ」

「…なんでそう思うんだ?」

「こんなトコで死んでたまるかって、顔に書いてあるわよ」


 ぐぬ。

 とことん見透かされてて腹立ってくるな。


「お話はもうおしまい。闘う前に、もうひとつだけわたしたちが闘う理由を教えてあげるわ」

「……それは?」

「わたしが天使で、キミが魔王だってこと。…闘わない理由こそ、最初からないのよ」


 ミカエルはそう言って、オレたちに向け続けていた殺気を更に鋭くする。


「……勉強になったよ」


 …とりあえず、今のやりとりの間に、ナハトから受けた傷は完治した。


 勝てる気なんて全然しないけど、簡単にやられるつもりも毛頭ない。



 やれるだけやってやる。

 ご都合主義のチカラをなめるんじゃねーぞ天使野郎。



 気持ちばかりの問答を終えた大天使と魔王。

 両者の存在を賭けた戦いが、今幕を切る。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ