第四章 少女の想い(5)
「!!!」
「…ぃで!!」
異変を察知したナハトは、持っていたオレを咄嗟に投げ飛ばし、自身もその場から飛び退いた。
そこに窓ガラスを割って何かが飛び込んでくる。
それは幾条もの光…いや、金色に輝く矢の雨だった。
「…これは……まさか!?」
次々と放たれた矢の雨を前にして、ナハトが驚愕に目を見開く。
オレも矢が発射された方向を目で追って、自らの目を疑った。
「…なんだ…、あれ…?」
教室の外、空中に、白い翼を生やした人型のなにかが浮かんでいた。
それも集団で。
それぞれ顔立ちは微妙に違うが、白い肌に、古代ローマ人が来てそうな白い服を着て金の弓をもっている。
白い翼も異質だが、それと負けないくらい、頭上に浮かぶ光の輪がそいつらの異常さを物語っていた。
…コイツら、どっからどう見てもアレだよな…。
「…天使…!! なんて間の悪い!」
ナハトの悪態で、空中に浮いてるヤツらの正体が判明した。
悪魔がいるんだから天使もいるだろうとは思ってたけど、コッチは随分イメージに忠実というか、わかりやすくて助かるな。
ただ、どうにもオレの知ってる天使より攻撃的だ。
…まぁ、ナハトは悪魔でオレに至っては暫定的とはいえ魔王だからな。
そりゃ攻撃的にもなるか。
「…悪しき魂に、裁きの光を!」
なんてのんきなことを考えていたら、天使たちはそう宣言して第二射を放ってきた。
「………チッ!」
ナハトが舌打ちをし、窓から距離をとるため反対側の廊下へと退避する。
驚いたことに、オレを連れて。
襟首をつかまれたからすごく苦しかったけど。
「…おまえが助けてくれるなんて、感激だな」
「勘違いしないでください。敵の狙いは十中八九貴方の中の《大魔王の英魂》です。あんな連中に渡したくないだけです。これが終わったらすぐに殺します」
「もうちょっとツンデレっぽく頼む」
「…? なんですかそれは?」
なんだ、知らないのか。
魔界で流行ってるわけではないんだな。
「それより、はやく私の魔剣を返してください。あんなザコに手間取るなんて不愉快です」
「返せるならとっくにやってるよ。ついでに魔王の位もおまえに渡してる」
「…つくづく使えない人間ですね。せめて自分の足で逃げられるくらいには回復してください」
「無茶言うな。こうやって会話できるようになっただけでも奇跡的なのに、立って歩くなんてそんな…………ちょっと待てよ」
ナハトと会話している間に体中の痛みが無くなっていることに気づいたオレは、恐る恐る立ち上がってみる。
すると、多少は節々が痛んだけど普通に立ち上がることができた。
「ごめん、できたわ」
「…………」
ナハトが冷たい視線を送ってくる。
しょうがないだろ、こんな体質になってまだ一週間なんだから。
どうやらやっぱり《大魔王の英魂》がオレの治癒力を超人的なものに変えているらしかった。
「そんなことより、どうするんだよ。あんな飛び道具相手じゃ、逃げ切れないよな」
こうしている間も、天使たちの射る矢が校舎の外壁を破壊している音が断続的に聞こえてきていた。
校舎の外になんて出てしまったらそれこそいいマトだ。
立て篭っても状況は好転しないだろうし…。
「…話し合いとかムリかな?」
「絶対に無理ですね、天使は融通が効きませんから。大体、問答無用ですでに二回殺されかけてるんですよ。馬鹿なんですか?」
「おまえにも二回殺されかけたけどな」
オレの皮肉にナハトは鼻を鳴らしただけだった。
「「!」」
直後、オレたちが隠れていた場所が音を立てて崩落する。
「…天使のほうが一回多くなりましたね」
「なんで嬉しそうなんだこのバカ」
辛うじて難を脱したオレたちは軽口を叩くが、さっきから状況は悪くなる一方だ。
そんな中、ナハトは服についた砂埃をはたきながら、さも当然のようにこんなことを言った。
「…とは言え、これ以上天使に好き勝手をされるのは耐えられませんね。…実に不愉快ですが、《大魔王》の力でさっさと片付けてくれませんか」
「……さっきも言ったけど、そんなことできるならとっくにやってる…」
「……え…?」
オレの告白にナハトは目を点にさせた。
また天使による集中砲火を浴びて、オレたちは走って場所を移しながら言葉を交わす。
「…悪い冗談です。私に殺されかけたから怒ってるんですか?」
「いや、たしかにそれに関してはすげー怒ってるけど。…そんなコト抜きにして、オレは《大魔王の英魂》のちゃんとした使い方なんて知らないんだよ」
「…………嘘です…」
「オレもそう言ってやりたかったけどな」
オレがちょっとニヒルにそんなことを言ってみると、現状の深刻さが理解できたナハトが喚きだした。
「…どうするんですかこの状況!?」
「だからそれを話し合ってただろ!」
「最悪です! 私の魔剣も魔力も奪っておいて、その本人がロクに闘えないなんて!! 使えないどころかとんだ足手まといじゃないですか!!」
「悪かったな! おまえだって似たようなもんだろーが! それに魔剣のことも魔力のことも大魔導士がやったことだ!」
そう返して、オレは天啓をひらめく。
「そうだ! 大魔導士ならこの状況をどうにかできるんじゃないか?!」
「う…。腹立たしいですが、一理はありますね。ですが、どうやって大魔導士に助けを請うのですか?」
「えっと、アイツ携帯とか持ってないよな…。いや待てよ、ジルなら…!」
幸い、ジルの携帯番号は以前交換していたので知っている。
大魔導士に直接つながるわけじゃないが、ジルからどうにかして伝えてもらうことはできるはずだ。
しかし、事はそう簡単には運ばなかった。
「…くそ、圏外だ!」
オレは焦りながらも一縷の望みを託して近くの窓まで寄って、空に向けて携帯をかざしてみる。
「…何をやっているんですか? 気でも触れたんですか?」
「ほっとけ! 今助けが来るよう祈ってる最中だ! 邪魔すんな!」
とか言っていると、オレが携帯をかざしていた空から、天使の集団が降臨してきた。
オレたちがいた場所にまたも殺意に満ちた雨が降る。
「…祈りが通じてよかったですね。そのまま天まで連れていってもらえばよかったんじゃないですか?」
「言うな! これでも落ち込んでるんだよ!」
「おそらく、天使たちが結界か何かを張って、外部との連絡を取れないようにしているんでしょうね。まぁ、常套手段ですし、想定していないほうが馬鹿ですね」
「じゃあ先に言ってくれよ!!」
「いえ、貴方があまりにも滑稽だったので、つい。…思わず写メを撮ってしまいました。見ますか?」
「おまえも携帯持ってんのかよ?!」
てか撮んなよ!!
そんなやりとりをしながらもオレたちは、天使たちの猛攻をギリギリのところで回避して逃げ回る。
なんだかわざと手加減されてるような違和感を覚え始めた頃、オレたちが逃げ込んだ部屋に、思いもかけない先客が居座っていた。