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オレ、つかれました。  作者: みかぐらはやと
第二部
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第四章 少女の想い(1)

 午前中の授業が終わり昼休みに入ると、ひかるといつきはあらかじめ呼び出しを受けていたらしく、そそくさと職員室のほうへと向かってしまった。

 …なんでアイツらが生徒会に入らないんだろう。


「ジル様ジル様! いよいよ昼食なのですね! 誰にも邪魔されずにジル様とふたりだけのお食事……、ナハトはこの時を切に望んでいました!」


 オレの席の後ろの後ろ、教室の最後尾の席を陣取った赤髪サイドポニーが、前の席に座っているジルに嬉しそうに話しかけていた。

 犬のしっぽがビュンビュン空を切っているのが目に見えそうな喜びようだ。


「そ、そうね。わたしもナハトと一緒にいられてしあわせよ」


 対するジルは少し押され気味というか、若干無理をしているように見えた。

 しかも周りにひとが少なくなっているからか、口調も戻っている。

 しかしナハトはそんなこと微塵も感じていないらしく、ジルの言葉に狂喜乱舞した。


「も、勿体ないお言葉ですジル様! そんなことを仰られてはナハトは幸せで死んでしまいます! さぁ、ナハトが死んでしまう前にふたりきりでお食事できるところを探しましょう!」

「それならいつもルイと昼食を食べている中庭があるわ。そこに行きましょう、ルイと一緒に」

「……………え? ジ、ジル様、今なんと仰いましたか…?」


 ジルの言葉に衝撃を受けたナハトが、恐る恐る訊き返す。


「…いつも昼食を食べている中庭があるから、そこで食べましょうって言ったのよ?」

「それはもちろん、私とジル様のふたりで、ということですよね?」

「ルイも一緒って言ったじゃない」

「そんな!!」


 ガーンと効果音が聞こえてきそうな表情で絶望を訴えるナハト。

 しかしジルは頑なだった。


「それができないというならあなたはひとりで食べなさい、ナハト。わたしは魔力回復のために、少しでも長くルイと一緒にいなきゃいけないんだから」


 そう言えばそんな設定があったな。

 一瞬、ジルがオレとの昼食を楽しみにしているのかと勘違いしそうになった。


「ま、魔力回復などせずとも、ジル様の御身はナハトがお護りいたします! それに星見ルイと行動を共にすればジル様も敵の標的にされてしまいます!」

「わたしと同じくらい無力になったナハトに何ができるの? 魔王の力をもったルイの近くにいるほうが安全だと思うわ」

「それはこの人間が私の魔力と魔剣を奪ったからです!」

「奪ったわけではないわ。あなたがルイのことを少しでも認めていれば、魔剣も、それに付随する魔力も返ってくるはずよ」

「〜〜〜〜ッ!! …………。……わかりました。……ご一緒させてください………」


 ナハトは観念し、その両肩、関節が外れてるんじゃないかと疑ってしまうくらい肩を落としてそう答えた。


「そう。じゃあ行きましょうか。貴重な昼休みがなくなってしまわないうちに。ルイ、準備はできた?」

「いや、ご一緒できるかわかんなかったから、まだ」

「早くしなさい。昼休みは待ってくれないのよ」

「はいはい」


 そうしてジルに急かされながらオレは素早くサヤちゃんお手製愛妹弁当を準備し、オレに向けて呪い殺すかのような視線を向け続けるナハトと少々気疲れしている風なジルとともに、いつもの中庭へ向かった。




 十五分後、中庭にある四人掛けの丸テーブルでは、オレへの恨みなど宇宙の彼方に忘れ去ってしまったかのような恍惚の表情を浮かべるナハトの姿があった。


「……はぁ、やはりサヤ様のお作りになるお料理は格別です。ナハトは舌がとろけて死んでしまうかもしれません」


 おまえ今日一日で死にそうになりすぎだろ。

 …てか、サヤちゃんって様付けで呼ばれてるんだ…。

 我が妹ながら末恐ろしい。

 どんな猛獣も胃袋さえつかんでしまえばこっちのものだってことだな。


「そうね。人数が増えてお弁当をつくる手間だって増えたはずなのに、味はいつも以上に洗練されている気すらするわ。ほんと、サヤには頭が上がらないわね」


 ジルも満足そうにナハトの言葉に同調する。

 サヤちゃんの料理は偉大だな。

 …オレもサヤ様と呼んだほうがいいのかもしれない。


 オレが妹の待遇について思案していると、オレの隣の席から胃袋の嘆きが聞こえてきた。

 オレはジルを非難がましく見つめる。


「ジル、おまえな…」


 オレの二倍はある弁当を食べた直後に腹の虫なんて鳴らすなよ。

 仮にもおまえ、お姫様だろ。


「い、今のはわたしじゃないわよ! ナハトよね!」

「わ、私だって違います! 星見ルイ! 女性に罪を着せるとは最低のクズですね! 死んだほうがいいです!」

「いや、オレなワケないだろ!」


 あれ?

 じゃあ一体だれの腹の音だったんだ?


 三人が怪訝そうに沈黙する中、申し訳なさそうに声を出したの意外なヤツだった。



「…ワリー、オレ様だ…」


 オレの隣の空いた席から、かなり久しぶりな気がするガイコツが溶け出すように現れた。


「ガイコツ…おまえだったのか…。てか、おまえどうやって腹の音鳴らしたんだ」

「オレ様だって、腹が減りゃー腹の虫が黙ってねーのよ。ズイブンとうまそーなメシだったから、ついな」


 ガイコツはそう言って少し憂鬱そうだった。

 まぁ、コイツは家でも何か食べてるトコ見たことないしな。

 ジルいわく大食いらしいし、このご馳走を前にして何も食べられなかったのは素直にかわいそうである。


「だったら言えばよかったじゃねーか。今日はひかるたちだっていないんだしさ」

「我慢できると思ったんだが、ケケ、やっぱ無理はよくねーよな!」


 そうだな、無理はよくない。


「決めたぜ! オレ様は今からメシを食う!」


 なにかがふっ切れたのか、ガイコツはいつもの調子で高らかにそう宣言した。


「食べるって言っても、もうわたしたちのお弁当はすべて空になってるわよ」

「ソコに売店ってモンがあるんだろ? ソコで色々食いモンを売ってるって聞いたぜ」

「たしかに売店には何かしら売ってあると思うけど、おまえが買いにいったら食堂がパニックになるぞ」


 いきなり空に浮かぶドクロが『ヤキソバパンひとつ』とか言ってきたら、オレだったら失禁する。


「ダイジョーブだっての! ナハト、オレ様の代わりにメシ買ってくれよ!」

「え? 私がですか?」

「おー、さすがに四人でゾロゾロ行くのもアレだしな」

「せ、せめてジル様を…!」

「…オメー、オレ様にお嬢をパシリに使えってのかよ?」

「そ、そういう訳では! …では星見ルイを使えばよろしいかと…」

「…オメー、オレ様のパシリはしたくねーってのかよ?」

「…うぅ……そんなこと言ってないですぅ…」


 言ってることは滅茶苦茶だが、ナハトがたじたじになってる。

 ガイコツってそういえばこんなヤツだったよな。


「わ、わかりました! ですができるだけ早く選んでくださいね!」

「おーよ! オレ様をだれだと思ってやがんだバカヤロー!」


 ナハトは少し捨て鉢になりつつ席を立ち、食堂へ疾風のように駆けていく。

 ガイコツもノリノリでそれについていってるけど、周りの人間にはナハトが盛大に独言しながら疾走してるだけに見えてるんだろうな。


「…いきなり出てきたと思ったら騒がしいヤツだなぁ、ガイコツのヤツ」

「…そうね。ディアがあんなワガママを言うのも珍しいわ」


 そうかな?

 たしかに最近はオレたちの話が脱線しないようにする常識人っぽいことをしてくれてるけど、基本的には好き勝手やってないか? アイツ。



「………………………ふぅ……」


 ナハトとガイコツの姿が見えなくなったころ、ジルはテーブルに両肘をつけて重い溜息をついた。


「…………。…なんだかつかれてるみたいだな」

「大丈夫よ。慣れないことをしてるから、少し気疲れしただけ」


 ジルはそう言って笑ってみせるが、それが空元気だと、確かめるまでもないほど明らかだった。


「慣れないことってのは、ナハトのことか?」

「…………」


 …肯定ってことだよな。


「昨日から思ってたけど、ジル、無理してないか?」

「…してないわ。わたしは、わたしの望んだことをやっているだけよ」

「…じゃあなんでそんなに辛そうなんだ」

「あなたには、そう見えるだけよ」

「オレはそうは思わない。ひかるやいつきだってそう感じてたはずだぞ」

「…幼なじみはいいわね。言葉を介さずにわかりあえて。あなたたちっていつからそんな関係なの?」

「話をそらすな」


 オレはしっかりとジルを見据え、言い放つ。

 ジルは居心地悪そうに口をつぐんだが、オレの剣幕に観念したのか、やがてポツポツと話を始めた。



「…あなたにとっての月宮光(つきみやひかる)日立齋(ひたちいつき)が、わたしにとってはディアやナハトなのよ」

「…………」

「そんなひとたちと一緒にいたいと思うことが、そんなにいけないことなの?」

「いけないなんて言ってない。でも、そのためにジルが無理するのは間違ってる」

「…………」


 ジルはまた押し黙る。

 そんな彼女にオレはひとつの質問をした。


「なぁジル、キミは本当のところ、どうしたいんだ?」


 オレとジルは一週間の付き合いしかない。

 その短い中で、オレはジルとそれなりの信頼関係を築けたと思ってる。

 でも、ジルが何を望んでいるか、きちんと彼女の口から聞いたことはほとんどなかった。


「…昨日、言ったじゃない。わたしは、あなたとナハトに仲良くしてもらいたいわ」

「でも、それは理由を他人に求めてるだろ? 大事なのは、キミがどうしたいかなんだよ」

「…………。そんな都合のいいこと、言えないわ」

「都合なんか気にしなくていいよ」

「………すごく、ワガママなことを言うわよ…?」

「かまわないよ」

「…………」


 ジルは暫しの逡巡のあと、おもむろに、こう切り出した。


「…わたしは、ナハトと一緒にいたい。でも、この一週間で築いたものは壊したくない。…両方とも手放したくないの」

「…………。…なんだ、全然ワガママじゃないじゃん」


 オレが拍子抜けしたように溜息をつくと、ジルは抗議するように身を乗り出した。


「ウソよ! だって、ナハトはわたしに魔王に相応しい振る舞いをしてほしいと思ってる! でも、わたしが人界に来て得たものはそれと真逆のことばかりじゃない! きっとナハトは失望するし、あなただってナハトを煙たがってる! このふたつが両立するなんて、あるわけないじゃない!」

「…たしかにオレはナハトに対して色々思うところはあるよ。でも、オレが知り合う前のジルのことを近くで支えてきたヤツなんだろうなってことも感じてる。だから、多少滅茶苦茶なことをやったって大目に見て、とりあえずアイツを知ろうと思ったんだよ」

「……あなたはそう思っていても、ナハトは許してくれないわ…」

「もしアイツが、人界でのキミの生活を目の当たりにして失望するようなら、好きなようにさせればいいさ。アイツがキミに押しつけてる理想像に、キミが無理してはまろうとしなくてもいいんじゃないか」

「…でも、それでも、わたしは……」


 ジルの言葉は次第にか細くなっていって、


「…………………ナハトに嫌われたくないの……」


「…………」


 その言葉は、今にも消えてなくなりそうだった。



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