第三章 学長と会長(6)
その後も己の欲望をひとしきり叫んでそのすべてをオレに却下されたジジイは、ようやく大人しくなった。
「…………………ダメか…」
「いや、当たり前だろ。なにちょっとカッコよく見せようとしてんだよ」
ジジイは机に肘をつき、指先だけを組んでそこに額をのせるという、ちょっと様になる悩みかたをしてつぶやく。
…腹立つ。
ジジイはその体勢から少しだけ顔を上げオレを見据えた。
「…………………ダメか?」
「…むしろその言い方でなんでイケると思ったんだ」
諦め悪過ぎるだろこのジジイ。
どんだけ煩悩に塗れてるんだよ。
「…………………はぁ……。………冗談はさておき、お主にやってもらいたいこととはな…」
「…ものすごく重い溜息が聞こえたぞ。絶対本気だっただろ」
「…実はお主に生徒会に入ってもらいたいんじゃー」
「しゃべり方すごい軽くなったんだけど。もう心ここにあらずじゃねーか」
しかも生徒会って。
さっきの天座先輩といい、なんでオレに生徒会を勧めたがるのか。
「実はの、生徒会の顧問をやっておるのはこころちゃんでな」
「真木名先生が? もしかして先生がオレを推薦してくれたとか?」
「そんなワケないじゃろーが馬鹿者。こころちゃんがお主の補習を監督しながら生徒会の顧問もやっていたのでは、こころちゃんの負担が増えすぎるのじゃ。じゃからお主には生徒会に身を置いて、そこで勉強してもらう」
「それだけのために生徒会入るのかオレ!?」
未だかつてここまで不名誉な役員決定があっただろうか。
「お主の補習は別の者に担当させようとしたんじゃが、珍しくこころちゃんが拒否してのぅ。ワシの生徒会にお主のようなしょーもないのが名を連ねるのは業腹じゃが、こころちゃんのためには仕方なかろう」
なんだかさっきジジイのお願いを一蹴したころから、オレへの風当たりが強くなってる気がする。
なんなんだこの野郎。
「で、どうなんじゃ? 生徒会に入るのか、それともカオリちゃんのおパンツをもってくるのか、どっちなんじゃ」
「まだ諦めてなかったのかお前! …まぁ、あんまり面倒なことはやりたくないんだけど、基本自習してるだけなんだろ? それに、ナハトのことで融通を利かせてくれたのは助かってるし、姉さんの顔も立てなきゃだろうし。…わかった、生徒会に入るよ」
「そうか、生徒会に入るのか………」
「なんで残念そうなんだ! この期に及んでオレがもう片方を選ぶ可能性があると思ってたのか?!」
「諦めたらそこで試合終了なんじゃよ」
「名ゼリフを悪用して貶めるんじゃねぇ! 安◯先生に謝れ!」
そうして、己を野望をオレに阻止されくずおれるジジイを置いて、オレは学長室を後にした。こんな所二度と来るか。
オレがバカ学長との対話を終えた頃には二限目も終了間近であり、教室に戻ったオレはクラスの連中から不審な視線を投げられた。
この一週間ようやく真面目に授業を受けてサボリの印象を薄れさせてきたのに、また最初からやり直しだ。
中休みになって幼なじみふたりがオレの席に寄ってきた。
「よう、どうだったこころちゃんの説教は。今日はなんて言われたんだ?」
「真木名先生には特に何も言われてない。というか、今日は説教されてない」
面白がって訊いてくるいつきにそう応えると、いつきはさも驚いたように目を見張らせた。
「じゃあ一体今まで何してたんだよ」
「学長室で学長としゃべってた」
「学長室? お前、とうとう退学すんのか?」
「とうとうってなんだ! しねーよ! …なんというか、まぁ、色々な。オレの父さんと知り合いだって言うし」
「三蔵学長は交友関係が広いひとだからね。ぼくの母さんも親しくさせてもらってるよ」
そう言ったのは隣にいたひかる。
あのじーさんミクラって名前なのか。
「それで? 結局どうなったんだい?」
「は? 結局って?」
「いくら学長が話好きのひとだっていっても、用も無いのにルイを呼び出したりしないだろう?」
…ぐ、鋭いな。
さすがはひかるといったところか。
あんまり話したくないんだけど。
「あぁ、なんか、生徒会に入ることになったっぽい」
「「生徒会!?」」
幼なじみふたりが揃って驚愕の表情をつくる。
『お前が?!』みたいな感情が込められてる気がするのはオレの被害妄想だろうか。
「そりゃまたなんでそんなことになったんだ?」
「あー、オレが真木名先生と自習することになっただろ? 真木名先生は生徒会の顧問もやってて、オレの自習監督もやってたら首が回らないらしくてさ、それでオレが生徒会に入ることになった」
「はぁ? 要は、お前は真木名先生に勉強見てもらうために、生徒会に入るってことか?」
「………………そうなる、かも」
オレが気まずそうにそう返答すると、いつきはしばし呆然としたあと、プルプルと震え出し、とうとう大口を開けて笑い始めた。
「ハァーハッハッハ!! お前、それはちょっと傑作過ぎるだろ! 生徒会って勉強部屋のことだったのか! こりゃあいい! 俺も今度から利用してみるぜ!」
「いつき、ルイに悪いよ…っ…」
そう言うひかるも腹を押さえ、身をよじらせていた。
「星見くん、それはあまりにも恥知らずですわ。生徒会をなんだとおもってらっしゃる………くふっ」
「貴方に相応しい醜態ですね」
いつの間にか側で聞き耳を立てていた悪魔ふたりも加勢していた。
「だ、だから言いたくなかったんだ! おまえらにオレの気持ちがわかってたまるか! うわーん!!」
あまりの恥ずかしさに幼児退行してしまったオレはそのまま教室を飛び出し、三限目の授業が始まるまでトイレの個室にこもってひとり泣き濡れていた。
そうしていると、『今ここに駆け込んだヤツが泣いてる』『どんだけデカい便と闘ってんだ…』みたいなことをヒソヒソと囁かれ、オレは見事に恥の上塗りに成功したのだった。
…これもすべてあのクソジジイのせいだちくしょー!
三限目、教室に戻ると、オレの傷つきっぷりに罪悪感を感じたのか、イケメンふたりとジルが神妙な面持ちで謝ってきた。
トイレにこもって若干落ち着いたオレは三人を寛大に許し、唯一微妙な態度で結局謝らなかったナハトへの恨みを心に刻みこんでおく。
ちょっとしたいざこざはあったけど、その後の午前中の授業は何事もなく受けることができた。
…そして、なんとなく何かが起こりそうな気がする昼休みがやってくる。