第三章 学長と会長(4)
「…………」
真木名先生に連れられて辿り着いた場所は職員室ではなかった。
扉には仰々しい字体で『学長室』と書かれたプレートがはめ込まれている。
「…先生…」
「なんでしょうか?」
「オレ、退学にでもなるんですか?」
「どうでしょうね。連れて来いと言われただけなのでワタシにもわかりません」
そんなバカな。
てっきりまた職員室で先生に説教されるのかと思ってたのに、学長直々の呼び出しなんて。
オレってそんなに問題あることばっかやってたっけ?
この学校に入学してまだ一週間だよ?
「オレ、そんなに問題児なんですか?」
「その質問は肯定するほかないですが、おそらく退学や停学の話をされる訳ではないと思いますよ」
「じゃ、じゃあなんでオレなんかが学長に呼び出しを受けるんですか?」
「それはワタシにもわかりません。学長から直に訊いてください」
「…わかりました」
「では、ワタシはこれで失礼します」
そう言って踵を返そうとする真木名先生をオレは慌てて呼び止める。
「えっ? ちょっと先生! オレひとりでこの中に入らなきゃいけないんですか?!」
「そうですよ、ワタシも暇人ではないので。…それとも星見くんは先生がいないと何もできないのですか?」
「できません!」
「………。ではこれからできるようになってください、これは最初の一歩ですよ」
先生はオレの返答に若干冷めた目になりつつも、オレを優しく突き放して職員室のほうへ戻っていった。
…………。
本当にひとりになってしまった。
どうしよう、やっぱり色々と説教されてしまうんだろうか。
というか、入学一週間で学長室に呼び出されるなんてかなり異常なことじゃないか?
もう既に何人かの生徒に見られているし、オレの上靴や校章の色から新入生だってこともバレてるだろう。
そしたら『この間もう学長室に呼び出しくらってる一年がいた』みたいな噂が出回り、オレの姿を見かける度に陰で『あ、学長室だ』みたいなことを囁かれるかもしれない。
それだけならまだいい。
もし、もしこのことがうちのサヤちゃんの耳にでも入ろうものなら………。
そ、想像するだけで恐ろしい!
「くそ! これも学長が空気読まずにオレを呼び出したりするからだ! もっとほかにやることあるだろバカヤロー!!」
ガチャリ。
「「…………」」
オレが学長への恨みを叫んだ瞬間、学長室の高そうな扉が開き、中にいた人物と目が合った。
学長室にいた人物は面食らったように黙っていたが、オレが誰であるかを確認するようにオレの体全体に視線を動かした後、こう切り出した。
「それで、ほかにやることというのは、例えばお主を退学にすることかの?」
そう言葉を発したのは、誰あろう、学長そのひとだった。
「……いや、これは、その……なんというか、冗談みたいな…ですね…」
めちゃくちゃ気まずい。
なんであそこでドア開けるんだバカ学長!
「ワシの頼りない記憶では、お主を呼び出したつもりだったのじゃが…お主が直談判しにくる、の間違いじゃったかの」
「そ、そうかもしれませんね」
「………お主、中々剛胆じゃの」
学長が若干ひいている。
あれ?
テンパって返答を間違ったかな?
オレがあまりの気まずさに困惑していると、思わぬところから助け舟が入った。
「まぁまぁおじーちゃん、新入生をいじめるのもその位にしてあげたら?」
詠うような心地良い声音でそう言ったのは、学長室の見るからに座り心地の良さそうな来客用のソファに腰掛けた、ひとりの少女…いや、美少女だった。
美少女はおかしいのをこらえるように口元とお腹に手をあててこちらを見ている。
セミロングの金髪とパッチリとした碧眼の整った顔立ちをしていて、活発でどこか人懐っこそうな印象を受けた。
オレがポカンとアホのように口を開けて見つめていると、その視線に気づいた美少女が自己紹介をしてくれた。
「あぁ、自己紹介がまだだったわね。わたしは天座ミカ。二年生で、ここの生徒会長をやってるわ」
なんと。
どこかで見たことがあると思ったら生徒会長だったのか。
オレの美少女フォルダは最近調子悪いのかな。
こんなキュートな先輩をすぐに思い出せないなんてオレの沽券に関わる。
…おっと、そんなことより先輩に名乗らせてオレが名乗らないのはまずいか。
「あ、えと、一年三組の…」
「星見ルイくんでしょ?」
「え? なんで知ってるんですか?」
「真木名先生がよくグチってるから。『あんなに手がかかる生徒は初めてです』ってさ」
マジすか。
よもやそんなところからオレの悪名が。
「ワシもそれ聞いた」
どんだけグチってるんですか真木名先生。
てか学長なんか馴れ馴れしくないか?
「きっと面白いコなんだろうな〜、って思ってたんだけど、想像以上だわ。ねぇキミ、生徒会に入ってみない? いい役員が見つかんなくて困ってるのよ」
「へ? オレがですか?」
「ほかに誰がいるのよ? もしかして学長?」
「ワシ、ミカちゃんの部下になれるならぜひ入りたいぞい」
「おじーちゃんふざけない」
「叱られてしまったわい、てへ」
学長はそういって舌をペロっと突き出し自分の頭を小突いてみせた。
気持ち悪い。
「と、まぁ冗談はさておき、生徒会の勧誘はまたの機会にしてくれんかの、ミカちゃん。今日はこの星見少年と話があるでな」
「あぁ、そうだったわね。じゃあ星見くん、また近いうちに。失礼しましたー」
天座先輩はそう言って風のように颯爽と退出していった。
なんだか劇的なひとだな。
どこがどうとは言えないけど、ひとを惹きつけるカリスマのようなものを持ってる気がする。
そんなことを思いながら、オレは我らが美少女生徒会長を見送った。