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オレ、つかれました。  作者: みかぐらはやと
第一部
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第2章 星見家騒動



     第二章   星見家騒動



 オレと次期魔王の不毛な争いは、そのあと一時間くらい続いた。

 悪魔と言っても魔力を失ってしまったジルは騒ぐだけで、惚れこんだおもちゃを買ってもらえず、だだをこねた挙句に座りこみを決意した直後の幼児みたいな厄介さだった。

 抗議活動の現場がオレの自宅なだけあってそのメンドくささは、置いていこうとすれば渋々ついてくる幼児の比じゃないけどね。


「…うぅ……グスッ、…もうヤダ…なんでわたしがこんな目に遭うのよぉ……」

「奇遇だね、オレもズバリ一時間前からそう思ってたとこだよ」


 暴れ疲れた少女は、三人がけのソファにつっぷしてこの世の不条理を嘆いていた。

 魔王の証なんて妙なもんに取り憑かれたオレも十分かわいそうだけど、こうして見るとジルのほうが圧倒的にかわいそうに見える不思議。

 『かわいいは正義』という格言がオレの脳内に響いた。


「ていうか、そろそろオレの妹が学校から帰ってくるから。話は明日以降にしない?」

「なんでよ…。まさかあなた、わたしを帰らせたあとに夜逃げする気…?」

「逃げないよ…。なんでオレの言うこと全部疑ってかかるの……。ちがうって、オレの妹がこの状況を見たら何事かと思うでしょ。まさか、オレの妹にも魔王がどうとか説明するつもり?」


 はっきり言ってそうなると大いに困るのはオレのほうだ。

 はたから見れば、魔界だなんだとわめく半べそ美少女をオレが家まで引っぱりこんだようにしか見えないもんね。


 どこに嫁に出しても恥ずかしくない、良識あるオレの妹がオレをおまわりさんにつき出すのはなかばわかりきっていることで、かわいいは正義の名の下にオレが濡れ衣を着せられるであろうこともまた、自明の理だ。

 そんな厄介な事態を回避する方法は驚くほど簡単。

 まぁ、単にサヤとジルを会わせなきゃいいだけってね。


 かわいいは正義、単純は最善なのさ。


「…そんなもの、わざわざ心配するほどのことではないわ。…わたしとディアは、普通の人間には見えないもの」

「えっ! そうなの!?」

「ま、そりゃーな。悪魔がポンポン見つかってちゃ、魔界となんも変わんねーだろ」


 たっ、たしかに…!

 ガイコツが珍しく鋭いこと言いやがった。


「えっ、ちょっと待ってよ。じゃあなんでオレには見えてんの…?」

「さぁ? フツーじゃねーからだろ?」


 暗にオレが変態だって言っただろ今!

 いや、考えすぎかな、オレ。


「どうでもいいわよそんなこと。それよりも、今はあなたが死んで《大魔王(ルシファー)の英魂》をわたしに受け渡すという話だったでしょう」

「ハナからしてねぇよそんな破滅的な話! ていうか、なんでさっきからその《大魔王(ルシファー)の英魂》ってやつにこだわんの? いくら王の証だっていっても、一番大事なのは血筋とか、教養とか、なんかそこらへんじゃないの?」


 さっき一時間もかけてジルと論争したことで、オレに取り憑いた《大魔王(ルシファー)の英魂》は、オレが死なないとオレから解放されないということはわかっていた。

 さすがに死ぬのは全力で避けたいオレは少女の説得を試みる。


「甘すぎるわ、あなた。わたしがさっき試食したこの砂糖菓子よりも甘いわね」

「だからそれもオレのじゃねぇか! どんだけ食いあさってんだおまえ!」


 魔界のお姫様のくせに食い意地悪すぎるだろ。

 ポテチーの怨念もようやく帰るべき場所を思い出したみたいだ。


「そもそも、魔王というのは、教養や血統なんてそれほど重視されないの。魔族たちが王に求めるもの、それはいかなる困難も、有無を言わせずにたたきのめし、ねじふせる圧倒的な力なのよ。その力は《大魔王(ルシファー)の英魂》として、歴代の魔王に脈々と受け継がれてきた。つまり、どんなに王としての条件を満たしていても、《大魔王(ルシファー)の英魂》を手にすることができなれば、それはただの優秀な悪魔でしかない。お世辞にも魔王とは、呼べないわ」

「そんな…」

「逆を言えば《大魔王(ルシファー)の英魂》を手に入れりゃ誰だって魔王になれるってことだけどな。どうだルイ、おまえ魔王になってみねーか?」

「オレが魔王…? そりゃ、殺されるよりかはぜんぜ………オレがまおおぉ〜〜〜〜〜っ??!!」


 オレは無自覚にノリツッコミしてしまう。

 しまった、先にお茶を口に含んでおくんだった。


「い、いきなりなに言い出すのよディア! そんなの認められるわけないでしょ!」


 次期魔王も声をあららげる。

 しかし当のガイコツはいたって平気な顔。…顔?


「いやーだってルイは死にたくねーって言ってるし、オレ様も、もうルイを気に入っちゃったしなー。ルイが魔王になってお嬢が妃になりゃー、ぜんぶ丸くおさまるだろ」

「きっ、きさきになんて…! ……は、始めからそのつもりだったのねこの変態っ!!」


 ばっち〜ん。


「ぶぅっ! な、なんでオレ!?」


 オレは理不尽に張られた頬をおさえて抗議の目。

 明らかにハタくべきはそこのホネ。

 てか、まずハタかないでおこうね。


「許せないわ、やっぱりあなた早く死になさいよ! あなたが死んだら万事解決じゃない!」

「また極論に戻ってんじゃん!」


 どうやらこの少女はなにがなんでもオレを亡き者にしたいらしい。


 いいだろう、そっちがその気ならこっちにだって考えがある。


「だいたい、おまえがその《大魔王(ルシファー)の英魂》ってやつを手に入れられなかったから、そいつがオレたちの世界まで来て、オレに取り憑いちゃったんだろ! オレを殺してそれを出したとして、また逃がすだけじゃないのか?」

「……っ! それは…!」


 ふっ、図星だな。

 ジルは思いっきり『しまった!』って顔をした。

 悔しげに歯を食いしばり、反論する。


「こ、今度はきっと大丈夫だもの! あんなヘマ二度としないわ!」

「オレが見てただけですでに二回してるんです! もうなにその自信!? …それに、今は魔力だってなくなっちゃったんだろ? 余計に心配だね」

「だ、大丈夫って言ってるじゃない! じゃあ試しに死んでみなさいよ!」

「試しで死ねるかっ!」


 なにおみくじ引く気軽さで人に死を薦めてんだ!

 ぜったい大凶しか出ねぇからなそのくじ!


「…ちっ…」

「あっ! 今舌打ちしたよな! ひっかかると思ってたのか!?」


 オレはそんなに浅はかな男だと思われてるのか。

 心外だぞ。


「とにかく! そんな信用できないコに《大魔王(ルシファー)の英魂》は渡せません! これはおかあさんが預かっておきますからね!」


 オレは小学生なら八割が諦めるであろう決めゼリフを放つ。

 おまえも諦めて宿題でもしてな。

 計算ドリルくらいなら貸してやるぜ。


「意味不明っ!」

「ぐぇぇぇっ!?」


 ジルは諦めるどころか暴力に訴えやがった。

 みぞおちを襲われうずくまるオレ。

 その郷にはその郷のルールがあるんだぞ!

 おかあさんが預かったら試合終了だろ普通!

 おまえは諦めの悪いバスケ部か!


「…オレ様はルイに賛成だなー。妃うんぬんは冗談だとしても、《大魔王(ルシファー)の英魂》が暴れずにおさまってるってのは、魔界にとっちゃ都合がいいし、お嬢もルイの近くで生活してりゃ、そのうち魔力も元通りだろ。そんときに再戦ってことでいーんじゃね?」

「……それは…そう…だけど…。…まぁ確かに、そうなれば無理に急ぐ必要も……」


 なんだかぶつぶつ言い始めた次期魔王。

 ガイコツの言葉で、なんとか納得してくれるかな…?

 まぁ、ガイコツの言い分だと再戦のときにオレ死んじゃうけどね。

 …猶予ができるだけよしとしよう。


「…わかったわ。今日のところは引き上げてあげる」

「そうか、そりゃよかった」


 オレは内心すごいホッとしていた。

 もういつサヤが帰ってきてもおかしくない時間だったのだ。

 胸を撫でおろしながら、オレはある疑問を抱く。


 …このコら、どこに帰るんだろ?

 彼女の性格からして、魔界に帰ることはないだろうし…。

 ホテルとか?

 こっちの世界の金とか持ってるんだろうか。


 オレが尽きない疑問を処理しようとするのをよそに、少女はとてとて、ガイコツはふわふわリビングをあとにする。



「じゃあ、また明日にでも訪ねるわ」

「はい、ストーップ」


 ガシッ、とオレは少女の両肩をつかむ。


「なによ、放してちょうだい。帰れないでしょう?」

「お、おかしいな……そっち、二階に上がる階段しかないよ? 玄関、こっち。オーケー?」

「そのくらい知っているわよ。あなたが学院にいる間にこの家の構造は覚えたの。二階に使われていない個室があることも、当然知っているわ」

「まさか! そこに住むなんて言うんじゃないだろうな!?」

「言うわよ。というより、ディアが近くで生活すればって、先に言っていたじゃない」

「近すぎるだろっ!? なにホームステイしてんだよ! 魔界からの留学生のつもりか!」

「うまくないわよ?」

「くっ!」


 別にうまくツッコむ必要なんてないのに、うまいこと言わないと説得力がなくなる空気になっている!


「どうせあなた以外には見えないんだから、大して影響はないでしょう? わかったら放してちょうだい。今日はもう寝たいわ」

「いやっ! だからってさすがに同居は認められないぞ!」


 オレは、今度は娘の交際をかたくなに認めないおとうさんみたいになった。


「なんでよ! あなた、こんな美少女が路頭に迷ってもいいの?」

「そりゃよくないけど…ってなんだ美少女って! 自分で言うと評価下がるんだぞ!」

「とにかく、わたしはここに住むの! 早く放しなさいよ!」

「うわっ、ちょっとそんなに暴れない……うわぁぁっ!」


 ばった〜ん。


 取っ組み合いになったオレたちは、どちらからとも言わず絡まるようにして廊下に倒れこんだ。


「…いててて…ったく、大丈夫? 頭はかばったつもりだけど」

「〜〜っ。…もう、なにするのよ…わたしがケガでもしたらどうす…」

「………?」


 急にかたまる少女。

 なんだろ、変なところでも打ったのかな。


「な、なななっなにしてるのよっ! あ、あなたね、同じ家に住むからって、そっ、そういうことを許したわけじゃないわ!」

「わっ! なんだよ! ちょっ、いたい! 暴力はやめて!」


 急にオレの下で暴れ始めたジルを、オレは必死でなだめようとする。

 さっきから情緒不安定じゃないか? このコ。


 …そして、もう何度目かもわからないオレたちのいさかいに、待ったをかけるやつがいた。


 …ガチャッ。



「ただいまー」



 そいつは、オレたちが倒れている場所から、わずか数歩ほど離れた玄関のドアを開け放ってあらわれた。



「…………」



 玄関から居間へ通じる廊下でよこたわるオレを、無言で見下ろす少女。

 肩に届かないくらいで短く切られた外にはねる黒髪、血がつながってるのが疑わしくなる端正な顔立ち、いつもどこか冷めた、オレを見透かすような瞳…。


 誰あろう、この家の主と呼んでなんら差しつかえないオレの自慢の妹、星見清(ほしみさや)その人であった。


「や、やぁ。おかえり、サヤ…」


 オレはひきつった笑顔を浮かべながら妹を出迎えた。

 見えないって言われても、やっぱ緊張するよな。

 だって、オレの下にはジルというかなりの美少女が組みふせられている。

 ジルの姿が見えていれば即通報だ。


 …あ、ジルが急に暴れ出したのってこの体勢だからなのか。

 納得。

 ようやく合点がいったオレの下で、さしものジルも少し不安そうにサヤを見つめておとなしくしていた。


「…………」


 そのサヤはというと、まだ玄関に立ち尽くして沈黙を守っていた。

 おかしいな、いつものサヤならそろそろ辛辣なツッコミが飛んでくるころなんだけど…。


 …まさかね?

 だって本人たちいわく、変態にしか見えないんだぜ?


「…………」


 妹は無言のまま行動を起こした。

 その手には、携帯電話。…いや落ち着け。

 急に受信状況を確認したくなっただけかもしれない。

 ほら、たまにあるじゃん。

 え、ない?


 カチ、カチカチカチ…。


 どうやらサヤはどこかに電話をかけようとしているようだった。

 はて、家に上がる時間さえおしいほどに、急ぎの用なのだろうか。

 はっは〜ん。

 よほど電話先の相手と早く連絡を取りたいんだな。

 うんうん、妹もいい友人に恵まれたみたいでオレは安心だ。


「もしもし? 警察でしょうか」

「ってぜったいそうだと思ったけどねぇぇぇっ??!! サヤちゃんストップ! ストォーーーーップゥッ!!」


 そしてジル!

 おまえ話が全然ちがうじゃねぇか!


 オレはビーチフラッグで記録が残せそうなほどの好スタートを決め、全力で妹の電話を奪いにかかる。

 すると、オレが電話に触れるよりも早く、サヤが携帯をパタンと閉じた。


「冗談だって。いくら兄さんが性犯罪に手を染めようとしたからって、話も聞かずに通報するわけないでしょ」

「サヤちゃん! なんていじらしいことするんだ、もう!」


 オレちょっと安心。

 信じてたよ? うん。


「ちゃんと被害者の話を聞いて、わたしが相応の罰を与えたあとに通報するから」

「さらにひどいだけだよそれ!」


 オレだいぶ傷心。

 …信じてたのに…ぐすっ。


「それで、そちらのかたは?」


 サヤは華麗にオレを無視して、奥で立ち上がっていたジルに視線を向ける。

 いや、マジで普通に見えてんじゃん。

 悪魔目撃されすぎだろ。

 当のジルはサヤを静かに見据え、開口した。


「……まさかあなたも、わたしが見えるなんてね。血筋かしら」

「……見える?」

「こちらの話よ。わたしはジル、そしてこちらのガイコツがディアよ」

「よろしくな、嬢ちゃん」

「っていきなりガイコツは難易度高すぎだろっ! なに開き直って全部ゲロッちゃってんの!」

「仕方ないでしょう、あなたの妹が見える側の人間なら、いずればれることよ」

「いや、でも!」

「…兄さん…?」


 論争になりそうだったオレたちの間に、怪訝(けげん)な様子のサヤが割って入ってきた。


「…さっきから、ガイコツってなんのこと? それに見えるとかどうとか…」

「え…?」


 妹の発言に、オレは間の抜けた声を漏らす。

 まさか。


「サヤ…これ、見えないの?」

「これって言うなよルイ。傷つくぜ」


 オレはなんか言ってるガイコツを両手でつかみ、サヤの眼前にもってくる。


「…? これってなにもないけど…。…兄さん、わたしのことからかってるの?」


 ちょっと不機嫌そうなサヤちゃん。

 あれ?

 ジルは見えてディアは見えない?

 どういうこと?


「あーこりゃもしかして」


 無限疑問符発生機と化したオレに歯止めをかけたのは、掌中のドクロ。


「てかもしかしなくても、オレ様にはまだ宙に浮いたりするだけの魔力が残ってるが、マジですっからかんのお嬢は、フツーの人間たちにも感知できるようになってんだろーな」

「やっぱりおまえのミスかよ、ジル!」


 もう悪魔でもなんでもないだろそれ!


「わ、わたしだって今知ったんだからミ、ミスじゃないわよ!」

「なんだよそのいいわけ! おまえのミスのボーダー高すぎるだろ!」 「……ちょっと、兄さん…」

「う、うるさいわね! あなたが速やかにわたしを部屋に帰していれば、この女にも見つからずに済んでいたのよ!」

「あーでたでた、逆ギレ。魔王がそんな器小さくていーんですかー? んー?」

「〜〜〜っ!」


 ばっち〜ん。


「いったぁっ!? おまえ、そのすぐ手ぇ上げるクセやめろよ!」 「……兄さんってば……」

「うるさいっ! 無礼よあなた!」

「おまえが横暴すぎんの! 大体――」

「兄さんっ!!」

「はいぃっ! なんでしょうかぁっ!」


 しびれを切らせたサヤの一喝で、オレは震え上がりながら返事をする。

 おそるおそる妹を見遣れば、案の定その華奢(きゃしゃ)な体からは、怒りの炎がそれはもうメラメラ立ちのぼっていた。


 …目玉焼きくらいならつくれそうだな。


「兄さんと、…ジルさんでしたか。お二人はどういった関係なんでしょうか? それに、部屋がどうのと聞こえたんですが…?」

「いや、そのあたりは非常に複雑な事情があって…ね…?」

「へぇ、複雑な事情?」

「そう、すごい複雑で、怪奇な感じの…」


 オレはどこかの悪魔みたいな小細工で、いいわけまでの時間を稼いでいた。

 さて、どうしたものかな…。


「…………」


 うわぁ、すごいにらまてるんですけど。

 関係と聞かれても、『魔力を失ったなんちゃって悪魔とその被害者です』と正直に答えて、果たしてどこのだれが得するだろうか。

 かといってこのできすぎた妹を納得させるだけの嘘なんて、そんな絵に描いたモチを即興で思いつけるやつがいるならここまで出てきてほしい。

 そして黙考するオレの耳元でやさしくささやいてくれ。


 そんな万事休すなオレをしばらくにらんでいたサヤは、なにかにあきれたみたいに溜息をついた。


「…はぁ。……兄さん、ごめんなさい…」

「…へ?」

「話を聞きたいのはやまやまなんだけど、わたし、制服を着替えなきゃいけないから自分の部屋にいくね。…十五分くらいしたら下まで戻ってくる」

「え? いきなりなん………あ…」

「…十五分だよ?」


 サヤは鋭い一瞥(いちべつ)をくれ、静かに階段を上がっていった。


 …さすがに気づかないオレじゃないぞ。


「…その時間で話を整理しておけ、ということでしょうね。あなたの妹というわりに、機転がきく娘じゃない。いいわけ次第では、この家に住むことを許可してくれるのかしら」

「…きっとそうだと思うよ…。あのサヤがわざわざ猶予をくれたんだ」


 サヤがこの状況を見逃してくれたことは、正直意外だった。

 たぶん本能的なところで、オレたちののっぴきならない事情を察してくれたんだろう。

 あいつがそこまで譲歩をしてくれるってことは、ある程度の無理はきくつもりだっていう意思表示。


「……はぁ……」


 オレは深めの溜息をひとつ。

 正直、ジルの同居に反対した一番の理由は、あの妹にうしろめたい感じがしたからだった。

 だけど今、そのサヤ本人から情けをかけられてしまった。

 こうなったら、こっちもそれなりの誠意が必要だよな。


「おいジル。サヤがあそこまで容赦してくれた手前、オレはおまえがこの家に住めるように精一杯バックアップするけど、サヤから許可がおりなかったらもう諦めろよ? オレはサヤの決定に逆らえないからな」

「あなたの威厳が大陸プレートに穴をうがつほどに失墜していることには目をつむるとして、あの娘の賛同を得られないようならここに住めないだろうことは了解したわ。じゃあ、あの娘が納得するようないいわけを考えましょうか」

「いちいち毒を吐き出さないとしゃべれないのかよ、おまえ…」


 オレは内心ちょっと傷つきつつ、サヤが納得してくれそうな作り話を考え始めた。






「…姉さんの紹介…?」


 きっちり十五分後に下りてきた妹に、オレたちはインスタント作り話を語って聞かせた。

 前文のかぎかっこは、その途中でサヤがいぶかしみながら口にした言葉だ。

 まぁ、想定内の反応。


「そうなんだ。ジルはもともと孤児院で暮らしてたんだけど、その孤児院じゃ学費の都合上高校には進学できなくてさ。ジルは奨学金も取れそうになかったから、泣く泣く進学を諦めてたんだけど、そこに自分探し中の姉さんが偶然訪問してきて、なんか運命を感じたとかなんとか騒ぎ出してジルの身柄を引き取っちゃったんだってさ。オレも今日初めて聞かされて戸惑ってるんだけど、いかにも姉さんがやりそうなことだと思わないか?」


 『そんな無茶苦茶な話が通じるとしたら、あなたのお姉様はよほどステキな思考回路をお持ちのようね』とは、打ち合わせ時のジルさんの言葉。


「…まぁ、たしかにあの姉さんならやりかねないけど、それにしたってわたしたちになんの連絡もないなんて…」


 そしてその話は当たり前みたいに通じちゃうのさ。

 オレたちの姉さんの奇抜さをなめるなよ。

 …威張れねぇ…。


「ジルが言うには、姉さんはオレたちを驚かせたかったみたいなんだ。迷惑な話だよな」

「ごめんなさい…。急に押しかけてしまって……やっぱり迷惑ですよね、こんな得体の知れない女……ぐすっ」


 打ち合わせ通りに話を進めるオレの隣で、魔王が余計なアドリブをはさんできやがった。

 初心者が思いつきで料理に妙な味付けをすると、たいてい食えたもんじゃないしろものが完成するんだぞ。


 ほら見ろ、オレが不必要にサヤちゃんににらまれてるじゃないか。


「そんな、たしかに驚きはしましたけど、迷惑というほどのことじゃないです。だからジルさんも気にしないでください」

「ありがとうございます、サヤさん。サヤさんは、どこぞの殿方とちがって、おやさしいのですね…」


 なにを血迷ったか料理に火薬をぶちこむ魔王。

 ピロリロリン♪

 料理に殺傷能力がそなわった!


「…兄さんは、あとで話があります」

「オレはなにもしてないからね? ぜんぶこのコのでっちあげだからね? サヤちゃんは信じてくれるよね?」

「ジルさんの言い分を疑い始めると、姉さんのくだりも疑わざるをえなくなるけど…?」

「ぐっ…」

「それにその件に関しては現場も押さえてる」

「しまった!」


 そういやさっき、なんの申し開きもできない状況を目撃されてしまっていた!

 いやまてオレ、『しまった!』って犯人のセリフじゃないか!

 どさくさにまぎれて犯行を認めてしまった!


「…まぁ、兄さんはしかるのちに警察に引き渡すとして、問題はジルさんですね。正直、ジルさんの話は信憑性に欠けます。姉さんの紹介ということはおろか、孤児院にいたということすら、証明できるものがなにもないなんて、怪しすぎます」

「「…………」」


 サヤの鋭い指摘に、反論できないオレとジル。

 もっともな意見だよな。

 押し黙るオレたちに、サヤは言葉を重ねる。


「兄さんは知っていると思いますが、わたしがもっとも嫌いなことは、嘘をつくことです。嘘をつくのも、つかれるのも、とても気分が悪い。ジルさん、あなたの話に、嘘はないんですか?」

「…それは…」

「…………」


 サヤの静かな迫力に、たじろいでしまうジル。

 …ったく。

 次期魔王がそんなんでどうするんだよ。



「ないよ」



「…! ……あなた…」


 断言するオレをジルが見遣る。

 その瞳は、驚きに見開かれていた。

 オレは妹を見据える。


「ジルが話したことはぜんぶ、嘘偽りない事実だよ。ジルは、嘘なんかついてない。信じていいよ、サヤ」

「…兄さん、そこまでこのひとの肩を持つんだ」

「おかしいな。肩を持つもなにも、オレは本当のことを言ってるだけだよ」

「…………」


 サヤがオレをにらむ。

 先ほどまでとは一線を(かく)す、敵意のまなざし。

 星見家の居間が、息のつまる緊張に包まれた。

 そして、



 ぐぅ〜〜ぎゅるるる〜。



 オレの内蔵の絶叫で、緊張が一気に霧散した。

 短かったな、シリアス展開。


「…………」


 オレはキメ顔のまま、硬直する。


 …弁解をさせてくれ。


 今日は入学式だった。

 それだけならよかったのに、妙なイレギュラーが怒濤のごとく押し寄せてきた日でもあった。

 そんなめまぐるしく移り変わる状況の中で、オレは昼食をとることをすっかり失念していた。

 そして、今はもう、多くの家庭で今日三度目の『いただきます』が聞こえてきて不思議じゃない時間なんだ。

 健全な男子高校生であるところのオレの胃袋が、空腹に悲鳴をあげたってしかたないってもんだろ?

 ねぇ、世の男子諸君。


「…………ぷっ」


 気まずい沈黙を破ったのは、オレの目の前に座ってる妹だった。


「ふふ……あはははっ……あははははははっ」


 サヤには意外な、年相応の無邪気な笑いかた。

 妹はかわいらしくおなかを抱えて一通り笑ったあと、目の端に浮かんだ水滴をぬぐいながらオレを見た。


「も〜〜、兄さんったら、なんでいつもそうなのかなぁ。…かっこわるすぎ。ピリピリしてたこっちがバカみたい」

「う、うるさいな。けっこう恥ずかしかったんだぜ」

「そんな兄さんを持ったこっちのほうが恥ずかしいってば。あ〜…笑ったな〜」


 サヤは笑顔で深呼吸して次はジルのほうを見た。

 ジルが少し身構える。


「そんなに緊張しないでください、ジルさん。少し、意地悪がすぎました。いいですよ、こんな家でよければ、ぜひ帰る場所として使ってください。料理くらいは、振る舞わせてもらいます」

「ほ、本当ですか!?」


 今度はジルの表情が明るくなる番だった。

 そんな少女に、サヤはほほえみかける。


「はい、嘘は嫌いですから。姉さんの部屋を、好きに使ってくださいね」

「あ、ありがとうございます! じゃあさっそく、部屋を整理してきますね!」


 ジルは少し興奮気味に、二階へ駆け上がっていった。

 ところどころこどもっぽいところがあるんだよな。



「…ねぇ、兄さん…」


 オレが小学生の保護者参観にやってきた父兄みたいな心情を味わっていると、少しトーンを落とした妹の声が聞こえた。

 サヤを見ると、なにか思いつめた表情。

 …なるほどね。


「…わたしは、嘘が嫌い」

「…知ってるよ」

「兄さんに嘘をつかれるのは、一番いや」

「…それは知らなかったな」

「でも、兄さんはわたしのいやがることを、なにも考えずにやるようなひとじゃない」

「…………」


 サヤは、ずっと目をふせている。

 オレはそんな妹を、じっと見つめていた。


「嘘が、ひとを貶めるためだけにあるわけじゃないってことも、わかってるつもり」

「うん」

「でも、やっぱりいやだよ…」


 オレの妹は、ひとにも、自分にも、きびしい。

 そうあろうとするサヤのやさしさを、オレは知っている。


 …やさしい人間は、その分傷つく。

 オレのついた嘘は、嘘と知ってなお受け入れたやさしい彼女を、傷つけた。


「…じゃあ、オレを信じててくれ」


 でも、だからって謝るわけにはいかない。

 サヤは嘘かどうかを、確かめようとはしていないから。

 オレから嘘だったと認めるようなことは、ぜったいできない。


「今日話したことは、ぜんぶ本当のことだよ。サヤが傷つくようなこと、オレがさせない。だれにも……オレにだって」


 もうついてしまった嘘は戻らない。

 だったら、その嘘をつき通すだけだ。

 なんなら、本当になっちゃうくらいにね。

 家族のためなら、そんくらい安いもんだろ。

 おつりで一生遊んで暮らせるぜ。


「…ふふ……うん……信じてる」


 サヤはそう言って、さっきまでの笑顔を取り戻す。


「さてと、ジルさんの引っ越し記念に、今日は豪勢な夕飯にしようかな。だれかさんのおなかも限界みたいだしね」

「あぁ、そうしてくれるとうれしいな。今日は昼飯も食ってないんだよ」

「そうなんだ。学食とかなかったの? ひかるさんといつきさんも一緒だったよね、たしか」

「ひかるはなんか用事があるとかですぐ帰っちゃったし、いつきはオレが着いたころにはもう帰ってた……あ」


 そこまで言って地雷を踏んだことに気づいたオレ。

 夕飯の支度をしていた妹の手が止まる。

 …やべ。


「オレが着いたころには帰ってた…? まさか、兄さん……あれほど言って聞かせたのに…」

「ち、違うんだよ? まぁ結果としては遅刻という事実が残っただけではあるけど、これには色々と不可抗力ってやつがね…?」


 しどろもどろになりながらも苦しめないいわけを吐き出すオレ。

 サヤはそんなオレに冷めた視線をくれて、こう言い放った。



「…兄さん、夕飯抜き」



 かくしてオレは昼飯に続いて夕飯も食すことが叶わないのだった。






 サヤの手がけたジル歓迎ディナーは、それはもうすばらしいの一言に尽きるものだった。

 『こんな食材ウチの冷蔵庫に入ってた?』って言いたくなる豪勢な料理が次々と食卓に並べられ、そんな料理が一皿また一皿と増えていくたびに、飯抜きなオレのテンションはどん底を突き破って絶望の新境地を開拓していくという、デフレスパイラル顔負けの悪循環が生まれるほどだった。

 空腹を耐え、涙をこらえるオレの隣でジルが『無様ね』とあざけったのが、今でも網膜に焼きついてるぜ。


 …あいつへの食の恨みを晴らすためなら、オレは(たきぎ)の上に()し、苦い肝を()めることをもいとわないだろうな。


「あ〜もう。思い出しただけで復讐心がわき出してきたぞ」


 オレは情けなくさえずる内蔵の嘆きを無視して、風呂に入る準備をしていた。

 なんか腹が減ってるときに入浴すると余計におなかがすく気がするから、あまり気は進まないんだけど。

 サヤの洗濯が遅れちゃうし、カラスの行水よろしくパパッと済ましちゃうか。


「サヤは今部屋にいるし、だれも……まてよ」


 オレは脱衣所へのドアを開けようとしてその手を止める。

 脱衣所の更に奥、浴室から聞こえてくる水音が、先客の存在をオレに知らせてくれた。

 サヤが入っていないとなると残るはひとりだけだ。


「危ない危ない。もうちょっとで本気で犯罪者になるところだったよ」


 オレはおおげさにドアノブから手を離し、胸を撫でおろす。

 諸兄、残念だったな。

 ひとつ屋根の下で暮らすことになった美少女と浴室でばったり、なんて安直なラッキースケベをオレが演じるとでも思ったのかい?

 まだまだ甘いぜ。

 もしくはそっち方面の造詣が深すぎだ。

 オレにはすでに妹が入ってるかどうかを確認する習慣がついていたのさ。

 じゃあその習慣がつくまでにサヤちゃんとそんな展開になったかどうかは、ご想像にお任せしようかな。


 そんな昔を懐古していたのが(あだ)になったのか、不測の事態はオレの目の前で起こった。



 ギィッ。



「「…………」」



 …先に断っておくけど、オレはドアに指一本触れてないし、きっちり閉まってたドアが風で開いちゃったー、とかでも決してない。

 向こうがアホのコなんだよ。

 ただそれだけ。

 オレはいつも偶然居合わせてるだけ。

 つまりなにが言いたいかっていうと、今現在オレの目の前に半裸の悪魔が立っていて、急速に耳まで赤くなっていたとしても、その状況に陥ってしまったことに対してのオレの責任なんて皆無なわけで、ましてや動転した少女にオレが暴力を振るわれる必然性なんてそん――。


「きゃああぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 バッチ〜ン!!


「ぶぅぅるぅぅぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 間違いなく今日最強のビンタを受けたオレは、勢いあまりすぎてきりもみでふっ飛んでいく。


 ゴンッ!


「ぬぐっ!?」


 なんか堅いものに頭をぶつけた感覚を最後に、オレの意識は暗転した。






『目が覚めたなら、早くジルさんに謝ってきたら?』


 不慮の事故から奇跡の生還を果たしたオレにかけられた言葉は、妹の冷めた一言だけだった。

 もう弁明する気力すらわかないぜ。

 オレは自分の部屋のベッドで目を覚まし、一応看病してくれていたサヤが立ち去るのを確認してから、深い溜息をついた。


「…はぁ〜〜〜……なんなんだよ…」


 弁明こそしなかったものの、気分の乗らなさは最高潮。

 だってオレ悪くないもん。

 しかしだだをこねてばかりもいられない。

 結局こういう役回りになるんだ。

 開き直れ、星見ルイ。


「…たしかあいつ、姉さんの部屋使ってるんだっけ…」


 オレは重い足取りで姉の部屋まで向かう。

 まぁ、意地はりあったって事態が好転するわけじゃないし、不本意ながらも乙女の柔肌を見てしまった事実は揺るがない。

 ぎくしゃくしたまま共同生活を続けるわけにもいかないし、ここはオレが大人になろうかな。


「お〜い、ジル〜? いるか〜?」


 オレは姉の部屋のドアをコンコンとノックしながら、部屋の主に呼びかける。


「…………」


 返事がない。ただのしかば……おっと。


「…なに……?」


 扉は閉じられたまま、中から少し不機嫌そうな声。

 やっぱ怒ってんのか。

 どっちかというとその怒りはオレのだからね。


「…怒ってる…?」

「……別に……」

「悪かったよ、ごめん」

「なにに対して謝ってるのよ…」

「さぁ、オレもなんでオレが謝ってるのかさっぱりだ」


 オレは正直にぶっちゃける。

 中身のない謝罪なんてやっぱどっちも気分悪いよな。


「…そうね。…謝るのはわたしのほうだもの。…ごめんなさい…」

「………!」


 オレは本気でびっくりする。

 言葉が出ない。

 まさかジルがオレに謝るなんて。

 …デレ?


「…驚いてるの…?」

「まぁ、正直…」


 だってなにかにつけオレに責任を押しつけるところあるじゃん、おまえ。


「…わたしだって、自分の非くらい認めるわよ。いつも使用人に着替えを用意させていたとはいえ、準備を忘れた挙句、あんな格好で外に出るのは不用心だったわ」

「オレを失神させるしね」

「だから謝ってるじゃない。根に持つのね」


 本当に根に持ってるのはポテチーを筆頭とする食の恨みだけどな。


「…わたし、なんでこうなのかな」

「え?」

「魔王として相応しくあるために、努力はおこたらなかったつもり。けれど、魔界史上初めて王位継承に失敗。《大魔王(ルシファー)の英魂》を人界に逃がすし、こともあろうに人間に奪われて、自分は魔力を失って。その人間の魔力を糧に居候(いそうろう)。…惨めにもほどがあるわ」

「…………」


 このコは意外と、自分に自信がなかったりするんだろうか。


「あなたの言う通りよ。運良くあなたから《大魔王(ルシファー)の英魂》を引きずり出しても、きっとまた失敗するわ。わたしは、魔王に相応しくないのよ。うすうす感づいていたけれど、人界(こっち)に来て確信したわ」

「…えらく諦めがいいんだね」

「諦めるわよ。わたしはもう、あなたにすら戦闘能力で劣るのよ。魔王に求められる力を、全てなくしたんだから」

「キミはもうちょっと、誇り高いコだと思ってた」

「……好きに罵倒すればいいわ。惨めなのは承知しているもの」

「…そういう言葉、ジルにはぜんぜん似合わない」

「…あなたになにがわかるの」

「わかるよ」


 オレはその言葉だけは、強調するように言った。


「そりゃジルのぜんぶは知らないけど、オレが見たジルは、魔王になるために懸命で、ガイコツのために本気で怒ることができて、それでいてすぐに泣きそうになったりするコだったよ……そういうのぜんぶひっくるめて、オレにはすごく輝いて見えた」

「…………」

「キミが自分を卑下するのは勝手だけど、オレが見たジルっていうコを否定するのは許せないな」

「…………」


 扉の向こうで、少女がどんな顔でいるのかはわからない。

 オレは、言いたいことを言っただけ。


「…オレが言いたいのはそれだけ。じゃあ、おやすみ」

「待って」


 部屋に帰ろうとしたオレを、ジルが扉の向こうから呼び止める。


「…なに…?」

「わたしが《大魔王(ルシファー)の英魂》に殺されそうになったとき、どうしてアレに立ち向かったの?」

「どうしてって言われても……体が勝手に動いちゃったって感じかな…」

「なんとなくで、命を投げ出したのかしら?」

「そこまでいい加減じゃないよ。う〜ん…強いて言えば、ほっとけなかった、かな」

「ほっとけなかった…?」

「うん。キミがあのまま死んじゃうのが、ガマンできなかった。たとえ微力でも、力になりたいと思ったんだ」

「…ふーん」


 ジルはどうでもよさそうな相づちをうって、また黙ってしまう。


 …もう帰っていいかな?


「じゃあ、わたしがサヤに問いつめられたとき、なぜかばってくれたの? あなたはわたしがここに住むことを反対していたじゃない」

「それは、サヤがせっかく話し合いの場を設けてくれた手前、一応最善を尽くそうと思ったから」

「…それだけ?」

「…あと、やっぱりジルを見てたら力を貸してあげたいと思ったんだよ。なんか危なっかしくてさ」

「悪かったわね、頼りなくて」

「質問はそれだけ?」


 そう聞くと、また返事が返ってこなくなった。

 姿が見えない分、沈黙がすごい長く感じる。


 しばらくして、


「えぇ、そうね。質問はおしまい。あとはわたしの独り言よ」

「………?」


 ジルの不可解な言葉に、オレは眉間にしわを寄せる。



「…あーあ。王位継承に失敗してから、本当にふんだりけったりだわ。挙句の果てがこんな狭い部屋に居候なんて、笑い話にしてもできが悪いわね。やっぱり全てあの男のせいなんじゃないかしら」


 あの男ってオレのことだよねどう考えても。

 独り言と称してオレにクレームをつける気か。


「あの男のせいで調子も狂いっぱなしよ。変態だし、下品だし、ツッコミのセンスはいまいちだし、容姿も十人並みだし、シスコンだし、破廉恥だし。……人界の底辺を見た気分だわ」

「…おまえいつもそんなひどい独り言いってんのか…!」

「…まぁ、でも……あの男に恩があるのも事実だし、王として、礼節を欠くのは恥ずべきことよね…」

「…?」


 なんか微妙に話の筋がずれた気が。

 なにが言いたいんだ? このコ。


「…そう、わたしはあの男に、言わなければならないことがあるのよ。…いや………言いたいこと、の間違いかしら…」


 ジルは呟くような声で、あとを続ける。

 ドア越しに呟くもんだから、オレは無様にもドアに耳を当てて聞き入っていた。


「こ、こんな言葉、恥ずかしすぎてぜったいにあの男の前じゃ言えないけど、い、今ならだれも聞いていないし? あえて口にするのもや、やぶさかではなっ、ないわ」


 …ん?

 なんかジルさんが勝手にテンパりだしたんだけど。

 ホントどういう流れなのこれ?


 そして、状況が理解できないままのオレに置いてけぼりをくらわして、なにやらジルが呟いた。



「…その、なんだか色々と…あ、――ありがとう」



「………?」

「………ッ」



 ふたり分の沈黙が流れ、そしてオレが、口を開く。



「ごめん、ちょっと聞こえなかった。もっかい言って」

「なっ……!」


 オレが正直に打ち明けると、向こう側のジルが信じられないって感じの声をあげた。


「しょうがないだろ? 声ちいさいうえにドア越しなんだからさ。オレだってドアに耳あてて聞いてるんだぜ?」

「………そう……あなた、ドアに耳を当てているのね…?」

「そうだよ。この体勢けっこうキツいんだから手短かに――」


 ドォン!


「ぎゃあぁぁぁぁあぁぁああぁっ??!!」


 突如オレの耳を襲う謎の衝撃!

 虚空へはばたきかける意識をすんでのところでひっ捕まえ、オレは自分に理不尽な激痛を与えてくれたドア、もといその向こう側にいるであろう無法者をにらんだ。


「おまえ、ドア殴っただろ! 危うくまた気絶するところだったぞ!」

「うるさい!! あなたなんか何度気絶したって足りないわよ! いっそそのまま死になさいよもう!」

「さすがにひどいだろソレ!? オレがなにしたんだよ!」

「わたしはうるさいと言ったの! あなたの声なんか聞きたくないわ、耳が爆発する!」


 おまえの耳はリア充か!

 なら爆発しろ!


「あーそうかよ! じゃあもうオレは部屋に戻るぞ!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 一言謝っていくのが筋ってものでしょ!?」

「オレにどうしろと?!」

「さっきから兄さんうるさい!! なんで仲直りすら満足にできないの!?」

「サヤちゃんまで!」


 あまりにめちゃくちゃなジルをどう扱っていいかわからずお手上げなオレに、助け舟どころかドレッドノートが砲門全開でぶつかってきやがった。

 四面楚歌どころじゃねぇ。



 そうしてオレは怒り心頭な魔王と妹にはさまれ、説教やら罵声やらを浴びながら夜を明かすのだった。



 …やすらぎ?

 ごめん、そんな文字オレの辞書には載ってないや。


 …ハハ。





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