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オレ、つかれました。  作者: みかぐらはやと
第二部
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第二章 ケダモノ注意!(6)


「…話しかけてもムダだよー、ルイ殿。今、姫様の時間は止まってるからね」


 オレ以外が音を立てなかった空間で、背後から大魔導士が話しかけてきた。


「大魔導士ちゃん。どういうことだ? 時間が止まってるって…」

「言葉通りだよ。今、この空間で動けるのはボクとルイ殿だけさー」


 大魔導士の言葉に反論しようとしたが、辺りを確認すると、ジル以外、例えばテレビや時計まで、微動だにしていなかった。


「…マジかよ…。でも、どうして…」

「それはコッチのセリフだよルイ殿ー。まー時間を止めたのはもちろんボクなんだけど、まさかルイ殿にボクの暗示が効いてないなんて思いもしなかったから、久々に冷や汗をかいちゃったよ」

「暗示…?」

「ボクの名前を知らなくても、疑問に思わない暗示だよ。先代の魔王様以外、魔界のお歴々ですら騙せてた、ボクの中で傑作の魔術だったんだけどなー。やっぱり腐っても魔王なんだねー」


 大魔導士はやれやれとばかりに肩をすくめて、頭を振る。


「どうして、そんな暗示…」

「ワケあって、ボクの名前を知られちゃ困るんだよ。ボクの人生がかかってるからねー。だから、人前でボクの名前の話をされるのは、時間を止めてでも阻止しなきゃいけなかったのさ」

「…………」

「まーこんなコト急に言っても信じられないかもねー。…ただ、信じてもらえないなら…」


 そこまで言って、大魔導士は片手をオレに向けて掲げる。


「…………!」


 どこから現れたのか、オレの眼前にナイフが浮いていた。

 ゆっくりとこっちに近づいてきて、オレの喉元に押しつけられる。


「…ルイ殿には死んでもらうしかないねー…」


 底冷えする、狂気の笑みを浮かべて、大魔導士はそう言った。

 全身が恐怖で震え上がるのがわかった。


「し、信じるよ!! 名前の話も、もうしないから! だから…!」


 言い切る前に、オレの目の前にあったナイフは消え去っていた。


「ふふー、冗談だよー。ルイ殿が死んじゃったら死んじゃったで困るからねー。まー、そのくらい困るコトだって思ってもらえれば助かるかな」

「……あぁ、そう……」


 辛うじて相づちは打てたものの、全身の筋肉が緊張してそれどころじゃなかった。

 笑いながら殺そうとしてくるなんて、このコは何を考えているのかが分からない。

 正直、ナハトに殺されそうになったとき以上の恐怖だった。


「ずっと時間を止めてるの疲れるからもう魔術は解くけど、…約束だからねー」

「…わかったよ…。約束する」

「お利口でなによりだよー」


 いつものニヤニヤ笑いに戻った大魔導士が指をパチンと鳴らすと、オレたちのいた空間に音と動きが戻った。

 テレビではどうでもいい番組が進行し、時計を見やると一秒ごとに針が時を刻んでいた。



「ふー、なんだか疲れちゃったなー。ボクはもう寝るよー」


 再び動き出した空間で、大魔導士が普段どおりの口調でかわいく欠伸をしてみせる。

 先程の振る舞いを見ていたオレにとっては、そんな仕草さえ恐ろしく思えた。

 大魔導士がオレやジルをかき分けて二階に行くのを見届けてから、オレは深く息をつく。


「…ハァ〜〜…。…とんでもないコが同居人になっちゃったな…」

「…? どうしたのルイ? 急に溜息なんてついて……それに、すごい汗だくよ。くさいわ」

「…………」


 オレを心配したのか罵倒したかったのか、声をかけてきたジルを無言で見つめる。


「な、なによ…?」

「いや、(大魔導士に比べたらジルの暴言なんて)かわいいもんだなぁ、って思ってさ」

「……ッ!!」


 バッチーン!


「ど、どうかしてるんじゃないのあなた…! 妙なこと言ってるとぶつわよ!」

「…ぶつ前に言ってください…」


 オレは打たれた頬をさすりながら、やっぱりコイツもかわいくねぇ、と思うのだった。




 そのあと、顔を紅潮させていささか暴力的になったジルといつものようなやりとりを続け、サヤちゃんの後に続いて風呂に入り一日どころか一ヶ月分くらいの疲れを癒してから、オレは寝るために自分の部屋に向かった。

 もう一階には誰もいなかったので、みんな眠りについてしまったのだろう。


「そういや、ジルの部屋ってベッドひとつしかないけど、三人も寝れるのかな…」


 自分のベッドにもぐり込みながらそんな疑問が頭に浮かんだけど、まぁ、大魔導士あたりが妙な術を使ってなんとかするだろうから、オレは深くも考えずに眠りにつこうとした……のだが、寝返りをうった瞬間にやわらかいものが足に触れた。


「やん♪」

「!!?」


 オレのベッドから聞こえてきた妙な嬌声で跳び上がる。

 まさかとは思いつつ毛布をひっぺがすと、そこには深緑色のフリフリしたベビードールを纏った美少女がうずくまっていた。


「だ、大魔導士てめぇ…! オレのベッドで何やってやがる!!」


 あまりの異常事態にパニクってしまったウブ少年のオレは、恥ずかしがるのを通り越して怒鳴っていた。

 人間、テンパるとどうなるかわからないものだ。


「…むー…。それはコッチのセリフだよルイ殿ー。乙女の寝込みを襲うなんてどうゆー了見かな」

「他人のベッドにもぐりこんでるヤツに言われたくねーよ! おまえこそ何の用だ!」

「やや、これはボクが直したベッドなんだから、ボクにだって使う権利があるんだよー。わざわざ寝心地も良くしたんだしさ」

「ふざけんな! 床で寝ろ!」


 落ち着きを取り戻せないオレは、少女に対して紳士らしからぬ暴言を吐く。

 しかしそんな暴言でどうにかなる大魔導士ではない。


「しょーがないなー…、じゃーほら」

「………?」


 オレのベッドでぺたんこ座りしていた大魔導士は、ぴょんとベッドの隅のほうに跳ねて、空いたスペースを手でぺしぺしと叩いた。

 最初それが何を意味するのか理解できなかったオレは頭に疑問符を浮かべるが、少ししてその意味をうっすらと理解した。


「ま、まままさかそれって…!」

「いっしょに寝よーよー」

「いっしょにね、ヨーヨー?!」


 な、何言ってやがんだこの悪魔は?!

 …いや!

 『いっしょに寝ようよ』って言ったのか!


 目の前の出来事に頭がついていかないオレ。

 もうまともに言葉を理解することもままならない。


「そーだよ。そしたらふたりとも気持ちよく眠れるじゃないかー。…いや、ひとりで寝るよりきもちいいかもだよ…?」

「ぶふぅッ…! こ、このハレンチ悪魔め! どっか行け! 青少年の敵め!」

「やや、性少年の味方ではあるけどねー」

「いやーッ! もうやめてこわい! まだ大人にはなりたくない!」

「ふふふー、ホントにルイ殿は面白いなー。いつまでもいじってたいけど、真面目な話…ボクといっしょにいてもらわないと困るんだよ」


 そう言うと、大魔導士は例の危険なオーラを醸し出してきた。

 いつの間にかその手にはあのナイフも握られている。


「な…! それってどういう…!」

「明日になればわかるさー。だから、はやく入っておいでよ」

「いや! それでもダメだ! たとえなんと言われようともオレは…」

「……実力行使は嫌いじゃないよ……?」

「は、入らせていただきまー…す…」


 意志薄弱なオレは大魔導士の脅しに早くも屈し、そそくさと指定されたスペースに収まる。


「ふふー、心配しなくても、何もしないよー。ボクにだって任務があるからねー」

「ぜ、絶対なにもすんなよ…! したら絶交だからな!」

「わかってるってー」


 ひっぺがした毛布を自分たちにかけつつオレをなだめる大魔導士に対し、オレは少女に背を向けて精一杯の虚勢を張る。

 こうなってしまった以上、とりあえずもう眠るしかない。

 あとは野となれ山となれだ。

 オレは脳内でガンガン羊を数えていく。


「…すすすー…♪」

「うぎゃあああぁぁぁぁああぁぁあぁッッッ!!!」


 オレの脳内羊が百を数えようとしていたとき、オレの足に何かスベスベしたものが絡みついてきた。

 羊たちは沈黙するどころか一目散に逃げ出し、現実のオレもベッドから脱出しようとして、


「あれ?! 体が…!」


 金縛りにあっていた。


「ふふー、逃がすはずないでしょー。朝までこのままでいてもらうからね」

「いや! やめろ! 約束が違う!」

「ふふふー、今夜は眠らせないよー♪」

「ぎゃああああぁぁぁああああぁぁぁああああぁぁぁっ…………アッーーーー!!」



 その夜、少年はまたひとつ大人になった。




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