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オレ、つかれました。  作者: みかぐらはやと
第二部
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第二章 ケダモノ注意!(4)



「…! …ディア…様…」


 空気から溶け出すように現れたガイコツを見て、ナハトは少し怯んだようだが、すぐに噛みつくような視線を向けた。


「見苦しいとは、どういうことですかディア様…。私はジル様のことを思って…」

「そのまんまの意味だナハト。オメーは何も見えてねークセに吠え過ぎだぜ。お嬢から少し離れただけでそのザマじゃ、魔犬の一族の評判も地に堕ちちまうぞ」

「な…!」

「冷静になれって言ってんだ。お嬢が恩人と呼ぶ相手を問答無用で斬り捨てるのが、オメーの忠義なのかよ」

「………!」


 ガイコツの指摘が図星だったのか、押し黙ってしまうナハト。


「…オメーがお嬢を第一に考えて行動してるってのは知ってる。だからもう少し、お嬢を信じてやれよ」

「…ジル様を信じていないわけではありません…。ですが私は…」

「あとは反対されるとわかってても、わざわざオメーの前にルイを連れて来たお嬢の気持ちを察してやれ。お嬢は、オメーとルイが仲違いすることなんか、望んじゃいねーんだよ」

「…! …本当なのですか…? ジル様…」


 驚いて確認を取るナハトに見つめられ、ジルはやさしく、ゆっくりと少女に返答した。


「…そうよ、ナハト。人界に来て一週間、一度もあなたを忘れたことなんてなかった。ルイに恩があるのはもちろんだけど、わたしはナハトにだって同じように恩を感じているわ。そして、ふたりが仲良くしてくれたらどんなに素敵なことかって、ずっと考えてた。だから危険を承知で、あなたに会わせたいと思ったのよ。……ダメかしら…?」

「…………ッ…!」


 慈愛に満ちたジルの言葉に、ナハトが息を呑んだのがわかった。

 ナハトは少しの間、全身を緊張させていたかと思うと、



「…………」


 何かを悟ったようにゆっくりと、静かに息を吐き出す。

 そしてそのままジルに対して両手をつき、頭を下げた。


「…申し訳ありません。…このナハト、ジル様の御心をようやく察することができました。ジル様がそのようにお考えであるとは露知らず、臣下にあるまじき数々の振る舞い…。どんな処罰も甘んじて受ける覚悟にございます」

「ナハト…」


 先程までとは打って変わり、落ち着いた態度でジルに土下座し続けるナハト。

 色々と忙しい少女ではあるが、オレはナハトの言葉に、彼女の本当の忠義を垣間見た気がした。


「頭を上げなさい、ナハト。あなたを処罰するつもりなんてないわ。ただ、わたしがさっき言ったことを守ってくれたら嬉しいかしら」

「星見ルイを殺さないこと、星見ルイと友好的に接すること、でございますね」

「そうよ」


 ジルが頷くと、ナハトはおもむろに顔を上げ、主を見据えながらしっかりと言葉を紡いだ。


「誓って、星見ルイの命を奪うような真似は致しません。ただし、後者の約定に関しては、即座に、とは」

「それでもいいわ。少しずつ、ね」

「有り難いお言葉です。できればもうひとつ、お赦しいただきたいことが」

「何かしら?」


 ジルが小首を傾げて尋ねると、ナハトはこんなことを言った。



「星見ルイを見定める時間を、頂きたく存じます」



「…え?」


 抜けた声を発したのは、もちろんオレだ。


 しかしオレを取り巻く状況は、そんなことおかまいなしに先へと進んでいく。


「見定める時間…。そうね、ナハト自身の目で、ルイという人間を観察しないと納得いかないものね。いいわ、好きにしなさい」


 ジルのお許しが出た瞬間、ナハトの目が不気味にギラついたのをオレは見逃さなかった。


「有り難いお言葉にございます。これで私も、心の靄が晴れました…!」

「そう? フフ、わたしも最初はどうなることかと思ったけれど、丸く収まってよかったわ」

「ちょっと待ったァ!」


 なんだかもう和気藹々ムードを作り始めた少女ふたりに、オレは鋭く待ったをかける。

 急に叫んだオレに一瞬驚きはしたものの、すぐに呆れた表情を浮かべたジルが、オレに話を振ってくる。


「急にどうしたのよルイ。あなたも見ていた通り、話は無事に終わったでしょ」

「終わってねーよ! 最後に新たな懸案事項が誕生したままお開きになりそうだったじゃねーか!」

「ナハトのお願いのこと? 大丈夫よ、ナハトならきっと、曇りなき眼で見定め、決めてくれるわ」

「本当か?! あの右腕はオレを殺そうとしてないか?!」

「失敬な。私はジル様との誓約を破ることなどしません」


 ナハトが不服そうにオレをにらむ。

 その眼光に、今までほどの殺気はこもってなかった。


「そ、それなら…」

「ですがこの右腕、それだけでは止まりません」

「どっちだよ!?」

「冗談です。言いたくなっただけです」


 ナハトはそう言ってそっぽを向く。

 ナハトの本心は分からないが、コイツらがコッチの文化に精通してることだけはよくわかった。



「これで本当に一段落ね。さぁ、はやく下に降りて夕食にしましょう。大魔導士ではないけれど、わたしももう限界よ」

「そうだな、緊張が解けてオレも一気に腹が減ったよ」


 ジルの言葉に同調する。

 地獄の補習や奇襲があったせいで、ご飯にありつくことがとても久しぶりに感じられる。


 ジルの部屋のドアを開けると、暴力的なまでに食欲を刺激する香りが鼻を通り抜けた。


「あら、とてもいい香りね。…ナハト、あなたも行くわよ。人界の料理は絶品揃いだから、ナハトなんていくら食べても足りないかもしれないわね」

「ジル様、私がいかにも食い意地の汚い女だというような言い回しはおよしください。確かに食が細いわけではありませんが…」


 そう言うナハトの口元からは、当たり前のようによだれが垂れていた。

 というか、滝のように流れ出ていた。汚ねぇ。


「それにしても、確かにいい香りです。こんな香りは、魔界ではついぞ嗅いだことはありません…………はぁ…」


 言い訳がましい言葉を連ねている間に限界が訪れたのか、恍惚の表情を浮かべて溜息をつくナハト。

 嗅覚が優れているからなのか、食い意地が汚いからなのか、恐らくどちらともなんだろうけど、端から見てるとちょっと怖いぞ、コイツ。


 食欲に支配され満足に会話もできなくなったナハトを連れ、とりあえずオレたちは一階へと降りていった。





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