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オレ、つかれました。  作者: みかぐらはやと
第二部
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第二章 ケダモノ注意!(2)



「あ、あのコ…ナハトは、わたしを絶対の存在として崇め、心酔しまくっているのよ…」



「…………」


 …何言ってんの? コイツ。

 …ボケ?


 無論、そんな大ボケを収拾できる能力なんてオレにあるはずもなく、許容量を超えた爆弾発言に、オレはしばし沈黙することを余儀なくされた。


「〜〜っ…」


 爆破した側のご本人様もどうやら決まりが悪いらしく、耳まで赤くさせながらこっちをにらんでいる。

 こっち見んな。


「姫様ー、ルイ殿は『オレ、何で殺されるほど憎まれてるのかって質問しなかったっけ?』ってゆー顔をしてるよー」


 オレが刺されるいわれのない視線に狼狽していると、ニヤニヤ顔をキープし続けている大魔導士がオレの心境をそっくりそのまま代弁してくれた。


「………!」


 その指摘で爆弾魔からなにかしらの補足説明がされることを期待したんだけど、ジルさんは更に顔を紅潮させてオレに穴が空きそうなくらいの怪光線を放射してくるばかりだった。


「……な、なんで今のでわからないのよ…!」

「ご、ごめん…」


 怪光線とともに言葉を絞り出す少女のあまりの迫力に思わず謝ってしまった後、オレは謝る必要がなかったことに気づいた。


「ちょっと待った。オレが謝るのは変じゃない? てか今の、説明でもなんでもなくない? ただの自慢じゃなかった?」

「じ、自慢じゃないわよ! あのコがわたしを妄信しまくっているのは揺るぎない事実としてそこにあるの! それに、みなまで言わずともこれだけ言えばわかるでしょう、あなたが何故ナハトに殺されそうになったかが! 少しはその腐敗しきった脳みそを動かす努力をしなさいよ、この貧弱下劣脳男!」

「おまえ不必要にオレを傷つけすぎだろ!?」


 終いには泣くぞこのやろう!


「まーまールイ殿、姫様の言うことも一理あるし、少し落ち着いて考えてみてよ」


 半泣きで訴えるオレを大魔導士が諌めつつ、オレに熟考を促してくる。

 どうやら大魔導士にもナハトがオレを狙う理由が分かってるらしい。

 ふたりとも答えが分かってる上でオレに考えろというのなら仕方ない。

 オレはさながら聖人君子のような広い心で精神を統一して状況を整理する。


「…えーっと、ナハトってコはジルのことを崇めてる…それがオレを狙う理由になる……。つまり、オレがナハトの信仰を邪魔するようなことをしたってことか…?」

「そーそーその調子だよー。ヒントを出すなら、ナハト殿は姫様を完全な存在だと思ってるのさ」

「完全な存在…?」

「そーだよ。ナハト殿の理想を体現した、失敗なんてしない、完全な存在。もし姫様が何かにしくじるようなことがあれば、ナハト殿なら原因は姫様以外にあると信じて疑わないだろーね」


 どこか皮肉めいた笑みを浮かべながら語る大魔導士の言葉を聞いているうちに、オレの鈍重な脳みそもようやく回転を始めた。

 オレはジルへと視線を動かし尋ねる。


「しくじるっていうのはつまり……王位継承のことか」

「…………」


 ジルは輝く金の瞳をためらいがちに伏せて沈黙を守る。

 どうやらその推測で正解だったようだ。


「つまりナハトは、王位継承の失敗を邪魔する要因があったと思ってるってこと?」

「やや、聡くなってきたねルイ殿ー。…そうしてナハト殿はその要因を排除しようと思ったワケさー」

「そうして目に留まったのが、オレってことか…」

「そーゆーことさ。姫様を差し置いて王位を得たルイ殿は、一番わかりやすい邪魔者だったってことだよ」

「…それが…あのコがオレを殺そうとする理由……」

「あくまでボクの憶測だけど、まーこんな感じだよね、姫様?」


 大魔導士の問いかけに、ジルは気が進まなさそうにしながらも応答する。


「そう…ね。わたしも直接ナハトから聞いたわけじゃないけれど、あのコがルイを襲うとすればその理由が一番妥当だわ」

「…………」

「…ルイ?」

「…? ルイ殿、急に黙っちゃってどうしたんだい?」

「…………」


 急にしゃべらなくなったオレを訝るふたりの前で、オレは暫し脳内で整理した結論を口に出す。



「…とどのつまり、なんでナハトがオレを殺そうとしたかってのは、オレがジルの王位継承を邪魔したから。…ってあのコが勘違いしてるからなんだよな?」


「だからさっきからそう言ってるじゃない」

「じゃあ全部そのコの過失じゃねぇか! なんでそんな勘違いしたまんまのヤツをこっちによこしてんだよ魔界!」


 オレは導き出された結論の正否を確認して、湧きだして当然の怒りを少女ふたりにぶつける。

 …オレを殺す気満々の危険分子をオレのすぐ側に送り込むなんて、魔界の大議会は一体何を議論してたんだ。

 現場で事件が起こりかけたじゃねーか。


「や、こっちでも色々あったんだよルイ殿。ナハト殿は姫様の話以外はロクに聞かないし、暴れるナハト殿を制止できるひとなんて魔界でも限られてるしで、魔界に置いててもイイコトないんだよー」

「ただの厄介払いじゃねーか! そんな問題児送られても迷惑なんだよ!」

「やや、ルイ殿の危険についても意見は出たんだけど、全会一致で『魔王なら大丈夫じゃね?』って」

「軽いわ!! 人の命かかってんだぞ! てかオレを勝手に魔王に決めたのもその大議会だろ! 承知しねーぞそんな決定!」

「ルイ殿が大議会の決定を棄却するには魔王の権限が必要になるねー」

「あちらを立てればこちらが立たずね」

「ちくしょう!」


 どこの社会でもルールってよくできてんだなぁ!!


「まーそう気落ちしないでよルイ殿。議会だってなんの勝算もなしにナハト殿をこっちに送ったワケじゃないさ」

「…どういうことだよ」


 半泣き状態で意気消沈するオレに、大魔導士がニヤリと悪い笑みを見せて言葉を続ける。


「言ったじゃないかー、ナハト殿は姫様の話ならなんでも聞く忠犬だって」


 …言ってねーよ。


「つまり、姫様の目が届く場所に置いてれば、最低限の制御は効くってコトさー。現に、さっき家の前で襲われたときも、姫様が現れた瞬間に大人しくなったでしょー」

「…む。一理あるな…」


 ジルににらまれたナハトは、まさしく借りてきた猫のような大人しさだった。

 犬らしいけど。


「姫様がナハト殿を厳しく監視さえしてれば、ルイ殿に危険が及ぶことはないはずだよ。…ねー、姫様?」


 大魔導士はそう言ってジルを見やる。

 オレも一縷(いちる)の希望を込めて少女へと視線を移すと、ジルは神妙な面持ちのまま静かに、そしてしっかりと頷いた。


「大議会がナハトをこっちに送ってきた以上、そういうことなんでしょう。…わかったわ、あのコに関する一切は、わたしが責任を負いましょう」

「おお…! いつになくジルが頼もしい! なんだかんだでやっぱりエリートなんだなおまえ!」

「…ただ、誰にでもミスはあるものよね。うっかり『星見ルイを完膚なきまでに叩きのめせ』と命令しないように気をつけるわ」

「うおおぉぉぉぉい!! うっかりのレベル超えてるだろソレ! シャレにならないからやめてください!」


 懇願するオレから顔を背け、ジルは冷淡に答える。


「保証しかねるわ。だってわたし、いつもは頼もしくない存在だから」

「いつも頼もしい! いつも頼もしいけど今回は輪をかけて頼もしいって意味だったんだよ! 頼もしすぎるくらい頼もしいジルさんにナハトの監視を頼みたいんだ、お願いします頼もしいジルさん!!」

「…フ、そこまで言われてしまうと、頼もしいわたしとしては善処せざるをえないわね」

「さすがジルさん! 頼もしい!」


 そしてチョロい!


「どうやら話も落ち着いたみたいだねー。ナハト殿の処遇は議会の決定と変わりなく、姫様の護衛ってことでいいのかな?」

「異論はないわ。ナハトがこの家に住む算段も整っていたみたいだし、特に問題はないでしょう」

「げっ、そういやそうだ。なんでサヤちゃんはふたりのコト知ってたんだ?」

「ボクの手際がよかったからさー。ひとをちょろまかすのは魔術の本質だからね。具体的な話はサヤ殿に聞いてよー」

「そうか…わかった。あとでサヤちゃんにも話を聞いてみるよ」


 オレの優秀過ぎる自慢の妹をちょろまかすなんていったいどんなマジックを…と思ったけどホントに魔法使いだったので口には出さないでおくことにした。


「じゃー、そろそろ一階に下りてサヤ殿の絶品手料理に舌鼓を打ちにいこうかー。ボクもうお腹ペコペコだよー」


 大魔導士がよだれをじゅるりとすすりながらベッドを離れると、食い意地が汚くすぐにでも後に続くはずのジルが、オレに声をかけてきた。


「…ルイ。少しいいかしら」

「…ん?」


 先程から頻繁に覗かせている神妙な顔をして、ジルはオレに向き直る。

 そしてその表情のまま、こう続けた。


「ナハトと…話をしてほしいの」

「……え…?」



「……。や、なんだか面倒そうな流れだなー。ボクは先に一階に行ってるよー」


 ジルの言葉にオレが反応を返せないでいると、ドアの前まで移動していた大魔導士がそう告げてオレの部屋を後にする。

 部屋に残されたオレは、念のためジルに確認をとった。


「え…っと。今、ナハトと話をしろって言ったの?」

「そうよ。…正確にはしてほしい、だけど」


 どうやら聞き間違いでも冗談でもないみたいだ。

 命令形じゃないことを強調するあたり、ジルの真剣さが伺える。


「…理由を聞いてもいい?」

「誤解というのは、放置していれば更なる誤解を生むものよ。今のうちに解いておくに越したことはないでしょう?」

「それはそうだけど……顔を見せた段階で斬り殺されるんじゃない? オレ」

「させないわ」


 冗談めかして憂いを口にするオレに、ジルが断言する。


「あなたの命に関わるような真似は絶対にさせない。それはわたしが保証するわ」

「…………」



 少女の言葉や瞳に宿る思いに触れて、オレは驚くと同時にある疑問が湧いてきた。


「ナハトってコは、ジルにとってどういうコなの?」

「え…?」

「いや、ナハトにとってのジルがどういう存在なのかは聞いたけど、それを受けてジルがどう感じてるかは聞いてなかったなー、と思ってさ」

「そ、そう言われればそう…ね」


 オレの質問が想定外だったのか、うろたえた様子を見せるジルは、少し黙考してから口を開いた。


「…ナハトはわたしにとって、大切な存在よ…」

「…………」


 どうにも要領を得ない感じがするな…。


「じゃあ、ガイコツのことはどう思ってんの?」

「ディアは……。友人…かしら」

「…ナハトは友達じゃないってこと?」

「う……」


 ジルは言葉に詰まるが、ややあって話を続ける。


「確かにナハトとわたしは友人と呼べる間柄ではないわ。…でも、大切だと感じていることは本当よ」

「それはわかってるつもりだよ。……うん、そうだな…」


 オレはそこで一度言葉を切り、ジルに笑顔を向けた。


「だから、ジルがそこまで思ってるコのことを、少し知りたくなったよ」

「……! じゃあ…」

「うん。話をしてみるよ。説得できるかは自信ないけど、ずっと避け続けるわけにもいかないし」


 オレがそう返答すると、ジルは一瞬だけ安堵の表情を見せ、すぐに気を引き締めるようにしてベッドから立ち上がった。


「そうと決まれば、善は急ぐべきよね。わたしの部屋へ行くわよ」

「りょーかい」


 ジルの嬉しそうな様子を見て、オレは少し苦笑しながら少女のあとに続いた。




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