第二章 ケダモノ注意!(1)
やっと………書けた………。
こんな感じで、不定期ではありますが続けていこうと思います。
さて、問いただしたいことは各美少女に対して山ほどあれど、オレは厩戸皇子のような伝説的な能力は持ち合わせていないので、とりあえず悪魔たちを自室に招き入れ、事情を聴取することにした。
愛すべき妹のサヤちゃんは、オレたちの微妙な空気を読み取ったのか、
『人数が多いから、もう二品くらいおかずを増やそうかな。兄さんたちは二階で待っててよ』
と、大変ありがたい配慮をしてくれた。
「…で、キミらに色々聞かなきゃならないと思うんだけど…。…もう何から聞いたらいいのか…」
意味不明な出来事が多すぎて未だに脳内の整理がつかない。
オレが思案に暮れながら重い溜息をつくと、この中で一番事情を知っておかなければならない少女が、オレのベッドに腰掛けた状態で口を開いた。
「そうね…。まずは……今朝砂糖水でベタベタになったはずのあなたのベッドが、なぜこんなにもフカフカの状態に復活しているか……という疑問から解決しましょう」
「大変ごもっともな疑問だけど、今この状況では最も優先順位の低い疑問をチョイスすんな!!」
オレのツッコミに、ジルは少し不服そうに眉をしかめる。
「あら、そうは言うけれど案外ホネだったのよ、この状態に戻すのは。大変すぎて全て大魔導士に丸投げしてしまったくらい」
「おまえがかけた労力ほぼゼロじゃねーか!」
「ボクにとっては朝飯前のことだったから、気にしなくてもいーよー、姫様」
「しかもコッチも労力ゼロかよ!」
「そんなことよりー、ボクは早く夕飯にありつきたいな。ベッドを元に戻すのは朝飯前でも、事情を説明するのは夕飯後じゃないとねー」
キラリ、と大魔導士と呼ばれたローブの少女はドヤ顔をするが、別にうまいこと言えてない。
「晩飯をガマンしてるのはオレだって一緒だ。てか、ベッドが元通りになったことより、なんでキミらがベッドに座ってて、オレが床で正座してるのか、のほうが疑問だよ」
「そんなの簡単だわ。こっちのほうが落ち着くもの」
「オレはまったく落ち着かねーんだよ!」
「や、そんなに興奮しないでよルイ殿。もっと落ち着きを持ってさー」
「だから落ち着かねーって言ったじゃん!」
むしろおまえらこそ、部屋の主を床に正座させておいてなんでそんなにリラックスしてんだよ!
もっと居心地悪くなれよ!
「やー、自分で直したベッドだけど、ここまでフカフカになるなんてねー。うーん、寝心地もばっちりだよ」
居心地悪くなるどころか寝心地よくなっちゃったよ!
「あら、本当だわ。これはもう夢心地ね」
「おまえらフリーダム過ぎるだろ!」
「「ZZZ…」」
「寝んなやァァァァァッ!!」
もうやだコイツら!
悪魔ってみんなこうなの?!
「…お楽しみのトコわりーけどよお嬢。そろそろ本題に移ったほうがイイんじゃねーか?」
いきなり本題から逸脱しまくったオレたちの会話を、常識人ポジションが板についてきたガイコツが収拾しようとする。
「…フ、そうね。少し悪ふざけが過ぎたわ。サヤが稼いでくれる時間も、悠久ではないものね」
ジルはコホンと上品に咳払いしたあと、
『どこから話したものかしら…』
と思案顔を見せ、おもむろに口を開いた。
「もともと、今朝のホームルーム前に言っておこうと思っていたことなんだけれど…」
「…ならそのときに言ってくれよ」
「あなたの登校時間が遅いせいでその時間が取れなかったのよ」
「誰のせいだよ!?」
「さぁ? きっと気のせいじゃない?」
「誰がうまいこと言えと!」
そんな切り返しをされたら、
『あぁそうかも』
と納得せざるをえないじゃないか!
「…お嬢…ルイ…」
「わ、わかってるわよディア。本題でしょう?」
呆れ気味のガイコツに促され、ジルはようやく事の経緯を説明し始めた。
「まず、話は一週間前に遡るわ…。ちょうどココにいる大魔導士がわたしたちに、議会での決定事項を伝えにきたことがあったでしょう? あのときの決定事項の中に、魔力を失ったわたしに護衛をつけるというものがあったのよ」
「そうだっけ? よく覚えてないな…」
「あなたの記憶力なんて、ハナからアテにしてないわよ」
「…おまえはホント、悪口言わないと話できないよな」
「あのときはー、ルイ殿は《大魔王》に人格を浸食されてたからね。覚えてないのも無理はないよー」
本日二度目の記憶力批判に傷心気味のオレを、やっとベッドから起き上がった大魔導士がさりげなくフォローしてくれる。
…なんてイイコなんだ…なでなでしてあげたい。
「それで、今回わたしの護衛として派遣されてきたのが、あのナハトというわけよ」
「…あぁ、今ジルの部屋に正座させられてるコ?」
この場にはいない騎士風の少女を思い出し、オレは少し寒気を覚える。
「そうよ。この部屋に呼ぶとあなたを殺すかも知れないし、話もこじれそうだから待たせているわ」
「怖すぎだろ! …てかオレが一番訊きたいのはソコなんだよ!」
「…話がこじれる?」
「だから明らかに違うほうチョイスすんなって!」
わざとやってるだろおまえ!
「姫様、こんなときにボケるのはよくないよ。何も知らないルイ殿に、きちんと教えてあげなきゃ。なんでナハト殿がこの部屋にいないのか、その本当の理由をさ」
「それもちがう!」
「なによ、そのこと? あのコは鼻が利くから、こんなくさい部屋に呼んだら鼻がもげちゃうでしょ」
「ちがう上に無駄に傷ついたわ!」
ダメだ!
悪魔ふたりのボケをさばくのに精一杯で、受け身じゃ話が進まねぇ!
「オレが訊きたいのは! なんであのコがオレを殺そうとしてるのかってコト!」
オレはやっとのことで問われてしかるべき疑問を口にする。
すると、ジルが先程までのボケモードとは一線を画す、切なげな溜息をついた。
「…あのコはなんというか…少し特殊なのよ」
「…アレが魔界の普通じゃなくて安心したよ」
「ここからは真面目な話よ。…あなただから話す……それを理解して聞いて」
「………。…わかった」
琥珀の瞳が真剣味を帯びるのを確認して、オレも色を正して返答する。
ジルの隣に座る大魔導士も、心なしか目つきが鋭くなっているようだった。
「あのコの生い立ちから説明するわ。あのコの名前は、ナハト=ガルム=ケルベロス。代々、魔界の門番を務める魔犬の一族、ケルベロス家の次期当主となる少女よ」
「ケルベロス…」
そういう話に疎いオレでも聞いたことがある名前だ。
確か、三つの頭を持つ地獄の番犬とかなんとか。
伝説とは違ってオレが見たのは赤髪の美少女だったけど、あの凶暴さからして、不思議と『犬』という言葉がしっくりきた。
「でも、魔界の門番をやってるはずの一族のコが、なんでジルの護衛をやってるんだ?」
「それはねー、ナハト殿のお父上が、姫様のお父上の、親衛隊長をやってるからさー」
なんでもないことのように割り込んできたのは大魔導士。
しかしその言葉にオレは更なる疑問を抱く。
「え? じゃあ門番は誰がやってるんだよ?」
「兼任さー。あのお方は鼻が利くからねー。魔界の王城の中でだって、魔界全体の匂いは把握されてるんだよ」
「…そりゃ…すごいけど…。城の中から迎撃できるもんなのか?」
「やはは、それはムリだよー。常識的に考えてわかるでしょー」
「門番機能してねーだろソレ! てかおまえちょいちょいムカツクこと言うよな!」
「や、怖いなー。口が災いの元になる前に、だんまりしておこうかな」
口では怖いと言いつつも悪戯っぽい笑みを崩さない少女が、人差し指を唇の前で交差させる。
「あーもう話がそれたじゃねーか。で、ジルの護衛をやってるそのコが、なんでオレを殺そうとしてくるワケ?」
「あなたの死活問題の割に、随分淡々としているのね…」
「一向に話が進まないから慣れてきちゃったんだよ」
「…まぁいいわ。要はあのコ、あなたが気に入らないのよ」
「気に入らないって…、オレ、あのコと話をしたのもさっきが初めてなんだけど」
初対面以前から殺されそうになるほど嫌われてるって、どんだけ悪い印象もたれてるんだよオレ。
「きっと、わたしが継承するはずだった《大魔王の英魂》をあなたが奪ってしまったこと、わたしを差し置いてあなたが魔王に選ばれたこと、あなたが人間かつ男であること、あなたがくさいこと、あなたの記憶力が想像を絶するほど乏しいこと…その辺りが気に入らないのでしょうね」
「ほとんど不可抗力だし、最後のほうはただの悪口じゃねーかよ!」
「あなたの事情なんかナハトは気にも留めないわ。一度頭に血が上ると、周りが見えなくなるのがあのコの悪いクセね」
「その悪いクセでオレ死にそうになってんだけど! …てか、オレが《大魔王の英魂》を継承したり魔王に選ばれたりすることが、どうしてあのコの反感を買うワケ? …もしかして、あのコも魔王の座を狙ってたりとか…」
「ないわね。ナハトに限って、そんな無謀なことをするはずがないわ」
オレの言葉を遮って、ジルはやけに自信ありげにオレの分析を否定した。
「なんだよ、そんなに言い切るなら、あのコがなんでオレを殺したいほど憎んでるのか説明してくれよ」
「それは……少し難しい相談ね…」
「おまえ…さっき『あなただから話す』、ってキメ顔してたじゃん」
「確かにそうは言ったけれど……い、いざ話すとなると、なかなか難しいものがあるのよ…」
ジルは言いよどみ、明らかに話したくない雰囲気を醸してはいるけど、そこを聞かないことには話が始まらない。
「なぁ、話したくないのはわかったけど…ジルが話してくれないと…」
「そ、それはわかってるわよ…! …いいわ。これから話すことは、大真面目に聞きなさいよ…」
ジルはどうやら腹を決めたようで、オレに無駄なすごみを利かせながら一度大きく深呼吸した。
少し顔が紅潮してるけど、そんなに重大な話なんだろうか。
オレも内心ちょっとだけびびり始めていた矢先、漂う緊張感の中でジルがこんなことを言ってのけた。
「あ、あのコ…ナハトは、わたしを絶対の存在として崇め、心酔しまくっているのよ…」