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オレ、つかれました。  作者: みかぐらはやと
第二部
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第一章 喜劇は繰り返す(6)

 正体不明の少女から別れ際、不吉な予言をもらったオレは益々急いで自宅へ向かった。

 どうにも胸騒ぎがする。


「…あのコ…やっぱり悪魔なのかな…」


 赤く光る歩行者信号をもどかしく思いながら、オレは先程の少女のことを考えていた。

 容姿も服装も言動も、どこか浮き世離れしているあの女のコ。


「……なんかどっかで会った気もするんだけど…」


 オレは乏しい記憶力をフル活用してあの少女を脳内検索にかけるが、あんなかわいいコ、オレの脳内で唯一保管が完璧な美少女フォルダに入ってないワケがない。


 …うん、きっと初対面だろ。


 信号が青に変わったこともあって、熟考を放棄したオレは駆け足で我が家へ急いだ。





「…………」


 ついに自宅を視界に捉えたオレは、その敷地に踏み入ることもなく、呆然と立ち尽くしていた。

 予期せぬ訪問者が、星見家の門扉の前に、佇んでいたからだ。


「…………」


 この家の人間であるオレは、本来ならその人物に気さくに声を掛け、用件を聞くなり居間へ案内するなりの対応をするところなんだけど、今回は例外にカウントしていいはずだ。

 読者諸兄も、その訪問者の身なりを知れば納得してくれるだろう。

 まず訪問者の性別は女性だ。

 しなやかなボディラインから容易に判断できる。

 年の頃は、恐らくオレと同じか一、二年上下する程度だろう。

 ここまではいい。

 問題はその格好だ。

 なんかRPGに出てくる、いわゆる女騎士みたいな服装をしていらっしゃる。

 しかも帯剣までしてる。

 悪いけど、そんな超気合い入ったコスプレで家の前までやってくるレイヤーさんに心当たりはない。

 なので声をかける筋合いもない。

 できればそのままイベント会場にでも消えていってもらいたい系の少女なんだけど、全然オレの家の前から退こうとしない。


「……ここが、星見家…」


 さらに、もう無視できない感じの言葉を呟いている。

 どうか星見違いであってほしい。


「…! 誰だ!」


 しかも『曲者だ! であえであえ!』みたいなノリで見つかってしまった。

 どうか曲者違いであってほしい。


「…貴様は…星見ルイ…!」


 どうやら星見違いでも曲者違いでもなかったようで、その少女はオレを見とがめるなり憤怒の形相を浮かべた。


「フン、ここで会ったが百年目…」

「いえ、初対面です」

「問答無用………死ね」

「いや、問答は必要で…ってうおあぁぁぁぁッッ!!?」


 少女は目にも留まらぬ早業で剣を抜き、瞬く間にオレとの距離をつめ、この脳天めがけて剣を一閃させた。


「「…!!」」


 万事休す、突然訪れた命の危機に対して、オレは目をつむることしかできなかった。

 直後に鈍い金属音が響き、一呼吸置いて、オレは僅かに目を開いた。


「これは…!」


 オレより先に驚嘆の声を上げたのは、剣を振り下ろした少女のほう。

 オレをまっぷたつにするはずだったその剣は、宙に浮かぶ魔法陣によって受け止められていた。


「…まったく、夜道に気をつけろって、さっき言ったばっかりだよ、おにーさん」

「…! キミは…!」


 背後より響いたのんきな声に振り向くと、先程別れたばかりの少女が、不敵な笑みをたたえたまま突っ立っていた。


「……余計な真似を…」


 剣を握る少女は、憎々し気にローブの少女をにらむ。

 にらまれていないはずのオレですら震え上がるような眼光を受け止め、ローブの少女は冷めた笑いを浮かべた。


「その言葉は、そっくりそのままお返しするよ。ナハト殿、これは重大な命令違反だ」

「もとより、ジル様を見捨てた魔界に義理立てするつもりはありません。私の邪魔をするなら、あなたから肉塊にして差し上げますよ、大魔導士殿」

「や、なるほどなるほど。忠犬なだけあってよく吠える」

「………殺す」


 騎士風の少女がそう呟いたかと思うと、オレの頭上にあった剣は閃きだけを残し、ローブの少女の眼前で轟音をあげた。


「やはは。犬コロとじゃれるのは久々だよ。うっかり殺さないよう、加減しないとね」


 魔法陣により、凶刃を目と鼻の先で受け止めた少女が、嘲るように笑う。


「………!」


 剣を握る少女の怒気が、数歩離れたオレの肌を焼くようになめた。

 ふたりの少女を中心に発生した熱気を浴びながら、オレは冷や汗を流す。

 どちらかが死ぬまで、この戦いは終わらない。

 そう思わせるような、殺気の応酬。


 止めなきゃまずい。

 脳内から響く警鐘に、この体が追いつかない。

 極度の緊張で体は強張り、指先一本動かせない。

 焦りだけが歯止めなく加速していくオレの眼前で、死闘の戦端は開かれる――。



「――ナハト、おすわり」



 はずだった。



「……きゃうっ…!」


 騎士風の少女はかわいい悲鳴とともにどっかの妖怪みたいに地面に突っ伏し、ローブの少女は全てを悟ったような表情で魔法陣を消滅させた。


「来るのが遅いよー。危うく姫様のお気に入り、壊しちゃうトコだったね」

「…ナハトに手を上げたら、あなたを殺すわ、大魔導士」

「……や、こわいこわい」


 星見家の門から歩いてきたのは、紫の髪をなびかせた少女。


「ジル…?」

「まったく、外が騒がしいと思ったら……案の定の展開よ」


 ジルはしかめっ面でオレにそう愚痴ると、地面にうずくまる少女に声をかけた。


「いつまで寝ているつもり、ナハト。顔を上げなさい」

「ハ、ハイッ!!」


 ナハトと呼ばれた少女は瞬時に正座へとフォームチェンジして、ジルのほうに向き直った。

 先程までの怒気はすっかりナリをひそめ、顔面蒼白で視線は宙を泳いでいた。


「…ジ、ジル様…これは…」

「言い訳は嫌いよ」

「も、申し訳ありません!! …しかし、今回は私なりの…」

「ナハト」

「…………」


 土下座したまま、ナハトは押し黙る。

 その反応を見届けてから、ジルは静かに言い放った。


「…まず、ルイに謝りなさい」

「それはいくらジル様のご命令でも…!」

「聞けないの?」

「………ッ!」



 少女は悔しげに歯ぎしりし、ゆっくりとオレに膝を向けた。

 射殺すような眼光でオレをにらみつつ、静かに頭を下げ…下げ……下げない。


「……ごめんなさい、手が滑りました」


 挙句に明後日の方向を見ながらそんな妄言を呟きやがった。


 …あれ? 今のもしかして謝罪だった?


「…よし。よく謝ったわ、ナハト」

「謝罪なのかよ!! よく聞いてみてよ! なんか『わざとじゃない』みたいな、ヘタクソな逃げ方してたよ?!」

「屈辱で死ぬかと思いました」

「うるせーよ! なんなんだよおまえ! オレなんか死ぬかと思った上に屈辱も受けたんだよ、おまえから! ほら、ジルも頭なでたりなんかすんなってば!」

「うるさいわね、あなたもまず落ち着きなさい。今から説明してあげるわよ」


 できるのか!?

 オレが死にかけた理由を納得のいく形で説明できんのか!!


「…まず、このコのことなんだけれど…。わたしが魔界にいた頃、わたしの側近をしていたナハトというコよ」

「なにも納得できねぇ!!」

「そして、そっちのコが、魔界に勇名を馳せる大魔導士ね」

「むしろ疑問が増えたわ!!」


 説明というかふたりの紹介を済ませただけなジルさんに静かな怒りを抱いていると、我が家の門からもうひとりの少女が現れた。



「…兄さん? なんだ、やっと帰ってきたの?」

「サ、サヤちゃん!」


 オレは最愛の妹の姿を確認して感嘆の声を上げる。

 これでやっと愛しい日常に帰ることができると思った矢先、サヤちゃんがえげつない発言をしてくれた。



「…あ、もしかしてそのふたりが新しい同居人? ちょうどごはんもできたし、あがっていいですよ」



「………は?」


 サヤちゃんの意味不明な言葉に当然の反応を示したのは、オレただひとりだけだった。


「…まぁ、そういうわけだから。ふたりと仲良くしてね、ルイ」


 衝撃の事実をなんでもないことのようにジルが言い放ち、


「やー、サヤ殿の手料理は人界でも格別だと聞いてるから、実に楽しみだよー」


 どうでもいい心境を間の抜けた声で大魔導士がだらだらとしゃべり、


「……死んでください」


 どうでもよくない願望をナハトが吐き捨てた。



 四人の美少女がぞろぞろと家の中に消えていくのを呆然と眺めながら、オレは星の輝きだした天を仰いだ。



「ええええええええええぇぇぇぇぇええぇぇぇぇえええぇぇ??!」




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