第一章 喜劇は繰り返す(5)
時は進んで放課後、所は変わって通学路である。
オレはサヤちゃんに頼まれていた砂糖の入ったレジ袋を片手にぶら下げ、随分と遅くつくことになった家路を急いでいた。
真木名先生監督のもと行われた放課後補習の過酷さたるや、本当に筆舌に尽くし難いものだったので、ここでは割愛させていただく。
もしもオレがあの環境に慣れることができれば、その状況を諸兄に伝達する日が訪れるかも知れないけど、向こう一ヶ月は無理だろうね。
「まずいな。もう日が暮れそうだ…」
オレは空模様を心配しつつ、更に歩を早める。
ジルが言うには、夜は魔族の活動が活発になるらしい。
それはオレが狙われたり感知されたりする可能性が高くなることに直結するため、この一週間、オレは日が沈んでからは家を出ないようにしていた。
どういう理屈か、自宅は安全らしい。
「一週間ってキリがいいし、なんかまずいことが起こりそうな気がするんだよな…!」
オレのカンはまずいほうにはよく当たる。
心の焦りをあらわすように、自然と駆け足になっていた。
「…やーやー、そこの道ゆくおにーさーん」
「…?」
そんな中で、その間の抜けた呼びかけに反応できたのは奇跡だったかもしれない。
「なんだ…?」
オレは声の出所を確かめるように振り返る。
するとそこには、中学生か小学生くらいの背丈の人物が妙な深緑色のローブをまとって佇んでいた。
妙、というのはローブの形状だ。
股下あたりで裾が揃えられ、ミニスカートのようになっていた。
その中から、白く華奢な生足が、スラリと伸びている。
「や。やっぱり聞こえるんだねー。アタリだよー」
その人物はフードを目深に被っており表情は伺い知れないが、どうやら笑ったようだった。
「…えっ…と。今オレを呼んだのって、キミ…?」
オレは恐る恐る、という風にその人物に質問した。
発する声から年下、その愛らしくも見えるミニスカローブから少女であろうことは判断できたけど、なんだか妙な雰囲気を醸している。
そう、ジルやガイコツから感じるものと似ていて、そこまでヒントを出されるとさすがのオレだって、この人物がどんなヤツなのかくらいは推測できた。
「そうだよ、おにーさん。ちょっと道に迷ってしまってね」
「迷子ってこと?」
「そうなるねー。まったく、こっちは建物ばかりで気が滅入るよ」
フードちゃんは尊大な態度で愚痴をこぼし、反応に困っていたオレに道案内を頼んできた。
今の所オレに危害を加える気配はないので、その要望に応えることにする。
「…それで、どこに行きたいの?」
「えーっとね、なんだったかなー…。や、そうだそうだ…」
フードちゃんは思い出した目的地の住所を口にする。
どうやらオレの家の近くみたいだ。
「…そこならオレも通り道だし、いっしょに行く?」
「やや、おにーさんがそこまで言うなら、ご厚意に甘えさせてもらうのも、やぶさかではないねー」
「…じゃあついてきて」
なんだか実にひねくれたこども(?)だけど、人格がねじれ過ぎてちぎれてしまったお方と同棲してるオレは、この程度で動じることはなかった。
「…おにーさんはー、なんでボクを助けようと思ったんだい?」
少し急ぎ足で歩くオレにトコトコとついて来ながら、フードちゃんはそんなことを訊いてきた。
「なんでって…自分にできる範囲のことで困ってるひとがいたら、普通助けるでしょ」
「親切なんだねー。じゃあ、いざそうやって助けようと思ったら、実はおにーさんの手に負えることじゃなかったとき、どうする?」
「え? …う〜ん、とりあえず精一杯やってみるよ。首をつっこんだ時点で、それはオレの問題でもあるから」
「………。精一杯やって、それでもダメだったら?」
「助けを呼ぶ」
「助け?」
フードちゃんはオレの答えが意外だったのか、小首をかしげた。
「オレはひとりじゃないし、その困ってるひとだってひとりじゃないはずだろ? ふたりでダメなら三人、それでもダメならもっと多くのひとたちで解決すればいいじゃん」
「…自分がもっと強くなろうとは、考えないの?」
「いや、考えないワケじゃないけど…。周りの力を借りたほうが早いし、確実だから」
「…………」
オレが正直に答えると、フードちゃんは黙り込んでしまった。
…なにか機嫌を損ねるようなこと言っちゃったかな…?
「…むー…。こっちならではの発想だね…。でもそのやり方じゃ、おにーさんの活躍は目立たなくなるよ?」
「活躍? いや、問題が解決すればいいんだから、誰がどうしたとか関係ないでしょ」
「…むー…」
「…オレの答え、なんかマズかった?」
「…や…、ボクらにとっては斬新な切り口だったから、戸惑ってるだけだよ。…うんうん、こっちに来て正解だった、とてもいい刺激があるねー」
しばらく黙していたフードちゃんは満足したようにしきりに頷き、オレとは別方向の道を選んで歩き始めた。
「あれ? ねぇ、そっちは違う道なんだけど」
「急用を思い出しちゃったのさー」
オレの呼びかけに立ち止まったフードちゃんは、振り返りながらそのフードを脱いだ。
「…ボクはこれで失礼するよ」
あらわになったその顔は、目を奪われる程の整った美貌だった。浅緑のショートヘアは夕暮れの風になびき、尖った耳が見え隠れする。その綺麗な緑の瞳に不敵な色を浮かべ、少女は詠うように語った。
「もう日が沈む。夜の帳はボクらの領域…呉々も夜道には気を付けたまえ。…とくに…そう――」
少女はそこで、かすかな笑みを浮かべる。
「――犬、とかね」