第一章 喜劇は繰り返す(4)
「…それで早速今日から放課後補習ってか? ハッハ! こいつぁ傑作だ! おめぇのバカさ加減は天井知らずだな」
「くっ…! 笑いごとじゃねーんだぞ、いつき…」
昼休みになって、ようやくショックから立ち直れたオレは、なかば習慣になりつつある売店前の広場で食卓を囲みつつ、ジル、ひかる、いつきの三人に事の次第を説明した。
そしてその内のひとり、いつきからは前文のような返答が得られたところだ。
オレが性根の腐った男との友誼に疑問を感じていると、その隣に座っていたひかるが神妙な面持ちで口をはさんできた。
「ルイの言う通り、笑いごとじゃ済まされないよ。以前からルイの学力は惨憺たるものだったけど、この春休みをはさんでからは輪をかけてひどいね。これはもう、笑えないよ」
「そ、それはそれで傷つく反応なんだけど…ひかる…」
「この成績、ぼくはサヤちゃんに開示することをお薦めするね」
「それだけはダメだ!! 断じて否! ひかる、おまえオレを殺す気だろ!」
「そのくらいひどい事態だって言ってるのさ」
「ぐう……!」
ひかるの真剣なまなざしに貫かれ、ぐうの音しか出ないオレ。
オレがサヤに殺される件は、当然の結果として認識されてるので誰もツッコミすらしない。
「ルイ、何もぼくだって、かけがえのない友人を命の危機にさらすのは本意じゃないよ。だけどね、この学歴社会において、今のキミは死んでいるに等しい存在なんだ。そんなルイを甦生させるためなら、ぼくは裏切り者の汚名を受けることすらいとわないつもりだ」
「…ひかる…」
おまえ実は悪口を言ってないか?
「わたしも月宮さんに賛成ですわ」
ここで満を持して、真打たるジルが話に加わってきた。
「わたし、星見くんのことをもう少しくらいは聡いひとだと思っていたのですが…この成績はあまりにもあんまりですわ。星見くんの妹さんがどんな方かは存じ上げていませんけど、きちんと報告なさったほうがきっと面白…星見くんのためになると思うんです」
「マオウさん今面白いって言おうとしたよな!?」
「まさか。言いがかりはやめてください。わたしは常に、学び舎を同じくする友人のしあわせを第一に考えていますわ。星見くんが苦しんでいる姿を見て面白いだなんてそんな…くふっ。あらいけない、花粉症かしら?」
明らかに面白がってるだろおまえ! 朝にオレが苦しむ様を見るのが楽しみって言ってたしな!
「いやぁ、しかし実際のとこ、サヤちゃんにバラすのはどうなんだ?」
敏腕検察官ひかると意地汚い悪魔の死刑宣告に対して、弁護側に立ってくれたのは意外なヤツだった。
「いつき?」
「いやな、確かにサヤちゃんに話せば、面白ぇことになりそうだとは思うけどよ。本気で殺されるんじゃねぇか? ルイが。…それこそ笑えねぇ事態になる気がするぜ」
「そこはぼくがサヤちゃんに掛けあうよ。サヤちゃんは聞き分けのいいコだし、きっとわかってくれるさ」
「わかってねぇなぁひかる。サヤちゃんは一に兄さん二に兄さん、三、四も兄さん、五だって兄さんな、度を超えたブラコンなんだぜ? くわえて世間体を気にする常識人でもある。自分の兄貴がこんな成績になるまで側で放置してた上に、この期に及んでかばいだてまでしようとしてる俺らは、サヤちゃんからしてみれば害悪だぜ。そうなると、むしろ命の危険があるのは俺たちだ」
「…たしかに、いつきの言うことも一理あるけど…」
「ちょちょちょちょっと待ったぁ!!」
なんだか真剣にオレの処分を決めてるトコ悪いけど、今聞き捨てならない言葉があったぞ!
「なんだよルイ。おめぇは当事者だが、話がややこしくなるだけだから黙ってろって」
「いや待て! サヤちゃんがブラコンってなんだ?! なんでそうなる!?」
「あぁ? おめぇこそ今更なに言ってんだよ? まさかおめぇ、サヤちゃんがブラコンじゃねぇって言いたいのか?」
「当たり前だろ! あのコは確かに健気でかわいいけど、ブラコンの要素なんてかけらもないじゃん!」
「「「…………」」」
「……あれ…?」
オレのまっとうな主張は、その他三名の重い沈黙によってバッチリ否定された。
「…ルイ、きみは本当に、なんというか……愚鈍だね」
「ひかるまで! いやいやいや、おまえらのほうがおかしいって! オレはサヤちゃんを赤ん坊のときから見てきてるんだぞ!」
「だってさルイ、考えてもみなよ。今まで…」
「やめとけ、ひかる。本題から逸れてるし、無粋だ」
「……うん、そうだね」
そんなやりとりをして、どうやら勝手に納得した様子のふたり。
いや、だから待ってくださいよ。
「話を戻そう、ルイ。結局、きみはサヤちゃんに成績を知られたくないんだよね? そして、いつきもそれに賛成している」
「おう、相違ねぇぜ」
「いや、まぁ…そうなんだけどさ」
「逆に、ぼくと真皇さんはサヤちゃんに知らせたほうがいいと考えている。ちょうど二対二だ、どうしたものかな」
珍しく腕組みなんかをして悩みだすひかる。
オレにとっては生死をわかつ重大な決定であるため、オレも固唾を飲んでことの成り行きを見守っていた。
残りのふたりも容易に口を開こうとはしない。
結果的に、妙な沈黙がオレたちの食卓を支配することになった。
そしてその沈黙を破ったのは、食卓を囲む四人の誰でもなかった。
「星見くんの妹さんには、報告せずとも良いですよ、月宮くん」
「…え? 真木名先生?」
気配もなく突然現れた担任に驚くオレたち。
「先生がなぜこんなところに?」
「偶然通りかかっただけです。なにやらもめている様子だったので、少し立ち聞きさせてもらいました」
そう言いつつ先生は直立不動のまま、淡々と言葉を吐いた。
「担任である以上、星見くんの成績についてはすべてこのワタシが責任を持ちます。わざわざアナタたちが頭を抱える必要はありませんよ。もちろん、妹さんについてもです。報告が必要だと判断すれば、ワタシが電話を入れるなり家庭訪問するなりしてきちんと説明するつもりですから」
先生は長ゼリフを言い終えると、これで役目は済んだとばかりに職員室のほうへ向き直り、ワープでもするかのように昼休みの人ごみにまぎれてしまった。
「あっ! ちょっと先生?!」
呼び止めたときにはもうその姿は消失し、本当にさっきまでここにいたのかが怪しまれる程の早業だった。
「…一体何者なんだよ…あのひと…」
オレがなかば呆れた調子で溜息をつくと、思わぬ闖入者に呆然としていた三人も我を取り戻し、いつきが背もたれにドッカとよりかかりつつ口を開いた。
「ま、なんにせよこれで決まりだな。この件は、こころちゃんに一任しようぜ」
「ほ、ホントか!?」
オレはいつきの言葉に嬉々として反応する。
「…そうせざるをえないみたいだね」
ひかるも肩をすくめながら同調し、
「…残念です」
マオウさんは肩を落としながら同調した。
ザマを見やがれ。
学友たちによって開かれた臨時法廷において、オレが死刑宣告を免れたところでちょうど午後の授業の予鈴が鳴り、オレたちは足早に売店前広場を後にした。