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オレ、つかれました。  作者: みかぐらはやと
第一部
1/45

プロローグ+第1章

投稿した後に知ったのですが、この『小説家になろう』における、一話あたりの妥当な文字数というのは、3000〜5000字あたりだそうですね。

この一話は、大体20000文字くらいあります。

やろうと思えば、6分割くらいできた計算ですね。

…………。

はい。

お付き合いいただければ、作者は大喜びです。



     プロローグ




「…これより、魔界王位継承の儀を執り行う。まず…」


 王城の謁見の間には、いつも以上に厳かな雰囲気が漂っていた。

 進行役を務める魔界の重役が、重々しく儀を進めていくのを、少女は神妙な面持ちで見つめている。

 背中まで癖もなく流れる紫の髪と、ぱっちりと開かれた琥珀色をたたえる瞳が、彼女が王家の血筋であることを証明していた。粛々と儀式は進み、いよいよ式の山場が訪れる。


「…では、次に魔族の王たる証、《大魔王(ルシファー)の英魂》の継承を行う。次代を担う誇り高き者よ、王の御前へ」

「…はっ」


 少女の凛とした声が響き、魔界の歴々が少女を見据える。

 その視線に怖じ気付くこともせず、少女は魔王の、実の父の眼前へと歩を進めた。

 王はおもむろに立ち上がると、右手を少女へとかざし、何かを絞り出すように手に力を込める。

 すると、王の右手が妖しく輝き始め、数秒も経たぬ内に、王と少女の間に巨大な光の塊が生み出された。


―― これが、《大魔王(ルシファー)の英魂》 ――


 紫色に煌めく塊は不気味にうごめきながら、強烈な威圧感を放っていた。

 並の者なら、目にするだけでけおされてしまうだろう。


「継承を行う。気高く、勇ましき者よ。(なんじ)の器を、英霊に示すが良い」


 王は、厳然と少女に命令する。


「仰せのままに」


 少女は新たに気を引き締め直し、自らの内に秘める力を奮い起こした。


「…………!」


 少女の強大な魔力を目の当たりにし、謁見の間にいた者たちが息を呑んだ。

 動じないのは、本人を含め、魔王と、英霊だけ。


「我こそは、頻闇(しきやみ)を支配する、幾万幾億の剛毅なる魔族を統べる者なり。暗黒を守護する大王、我らが始祖よ。我にその絶大無比の力を委ねよ。我は此処に冥暗の永久(とこしえ)を誓う。(りく)せよ! 忌まわしき光、滅する力を我に!」


 少女は口上を叫ぶ。英霊へと手をかざし、そして、少女の手が光に触れる――。


 その瞬間だった。


「……うっ!」

「!!!」


 英魂が、目もくらむ程の光を放ち、少女の手を弾き飛ばしたのだ。

 少女は反動で強く押し返され、よろめいてしまう。

 

 その一部始終を見届けた観衆に、動揺が走る。


「…英霊に、拒絶された……?」

「そんな、次期魔王が《大魔王(ルシファー)の英魂》に拒まれるなんて、聞いたことないぞ…!」

「ど、どうなるんだ、これ…。一度英霊との契約を解いた以上、サタン様にも英魂は戻せないんだろう……?」

「今、英霊が暴れ出したら、誰にも――」


「ヴヺオオオオオオオォォォォォッッッ!」


 周囲のざわめきを破って、この世のものとは思えぬ咆哮が、城内に轟いた。

 その元凶は、少女の眼前でその妖光を苛烈なものへと変えていく。


「…あ……ぁ…」


 儀式が始まってから、毅然きぜんとした態度を崩さなかった少女が、初めて弱々しい声を漏らす。

 英霊の迫力に圧倒され、足がすくんでしまっていた。


 ――どこか遠くで、警報が鳴っているような感覚。



「…………」


 誰もがその事態を呆然と眺めてしまう中、一人、行動を起こす者がいた。

 闇を司る、魔王その人である。

 片手で器用に王剣を抜き放ち、英霊へと一閃させる。


「ヴゥゥゥゥアァァァッ!」


 剣は英霊を捉えるが、両断するには程遠い威力。

 逆に剣を受け止めた英霊の反撃で、王の右腕が消し飛んでしまった。


「…………」


 しかし魔王もさる者。

 顔色一つ変えずに残った左腕に剣を持ち替え、更に力を込めた攻撃を放つ。


「陛下!」


 それとほぼ同時、魔王軍の元帥が手に持つ大斧で王に加勢する。


「…何をしている親衛隊! 陛下を護るぞ!」


 元帥に続いて、魔王の親衛隊長が号令をかける。

 精鋭の隊員たちが、続々と英霊に攻撃を仕掛けていく。


「ヴウゥゥゥ……ヺォァァァッ!」


 英霊は激しく抵抗し、取り囲む精鋭の何人かが光の奔流に巻き込まれ、吹き飛ばされる。

 幸い、命を落とす者はまだ出ていないようだった。


 両者の激しい攻防の中、唐突に英霊の動きが止まった。



「…ふむ、助太刀が遅れて申し訳ない。英魂の動きは封じたよ。後は好きにやってくれたまえー」


 魔界屈指の大魔導士が、場にそぐわぬ、締まりのない発言をする。

 そして、ちらりと少女の方を見やり、こう付け足す。


「ただ、姫君に託すのは心許(こころもと)ないな。新たに継承者を用意できるまで、強力な封印を施すのが最善だね」

「出過ぎた発言はよせ、魔導士。王位継承者を軽々しく挿げ替えることなど許されん」

「だったら、もう滅してしまいたまえよ。《大魔王(ルシファー)の英魂》なしでも、姫君なら上手く統治できるんじゃないかなー」

「なっ…! 王家に代々伝えられる、王たる証を滅するだと! 魔導士風情が、恥を知れ!」


 歯に衣着せぬ大魔導士の言葉を、文官を始めとする貴族たちが、一斉に非難する。


「や、大顰蹙(だいひんしゅく)だねー。まぁ、いかがなされるかは陛下のご決定に従いますよ。…んー、処罰は勘弁だなー」


 大魔導士は、場を満たす叱声(しっせい)を柳に風と受け流し、魔王に判断を仰いだ。



「…………」


 当の魔王は、沈黙を守っていた。

 静かに少女と英魂とを見つめ、何か考え込んでいるようだ。

 周りの者たちも、王の言葉を待つ間に、次第に静けさを取り戻していった。


 そして、その沈黙を破ったのは、魔王ではなかった。


「ヴゥゥゥゥゥヴゥルルルル……」


 動きを封じられていた英霊が、うなり声のようなうめきをあげる。


「…まずいね」


 異変を察知したのは、大魔導士。


「ど、どうしたのだ!?」

「空間転移だ。別世界へ逃げるとは、考えつかなかったね。そっち方面の縛りは施していなかったよ」

「な! 逃がしてはならん! 早く術を妨害しろ!」

「無駄だね。もう手遅れ。そろそろ消えるよ」


 魔導士が冷めた口調で断言した通り、慌てふためく一同を尻目に、英魂は見る見るうちに空間に溶け込んでいく。


 そして、あっさりと消えていなくなってしまった。



「ど、どうするのだ! よもやあの《大魔王(ルシファー)の英魂》を野に放ってしまうなど…! 魔界の一大事であるぞ!」

「こ、これも魔導士! 貴様の術が不完全であったからだ!」

「そうだ! 責任は(しか)と取ってもらおう!」


 一部の官吏たちは、保身のために大魔導士へと責任を押しつけ始める。


「まぁ、もう魔界にはいないんだから、厄介払いができてよかったと思おうよ。実害が出るのは……そうだな、魔力をたどった感じだと、人界あたりだろうしねー。きっと天界や仙界がおしりをぬぐってくれるよ」

「そ、そうはいかん! 我らの過失となれば、魔界への侵略が始まるであろうが!」

「それはいやだなー。じゃあ、姫君に責任を押し付けさせてもらうよ」

「………!」


 大魔導士の言葉に、少女は不意を突かれる。

 確かに元をたどれば少女の失態であった。


「それは……いや、姫様にそのような……」


 その身もふたもない言い分に、大魔導士を非難していた者たちも、言葉を濁してしまう。


「そうだ、いっそ姫様も人界に飛ばして、《大魔王(ルシファー)の英魂》を回収してもらおう。王位継承もできて、一石二鳥だね。駄目だったら、次の王様を選べばいいんだし」

「…いくら大魔導士殿でも、それ以上は姫様への侮辱と見なし、ここで処断させて頂きますよ…?」


 静かに怒りをあらわにしたのは、少女の側近であった。


「や、怖いなー。陛下もお怒りのようだし、おしゃべりはおしまいにさせてもらうよ」


 大魔導士は人差し指を立て、自分の唇に当てて笑う。

 それきり、本当に黙ってしまった。


「…しかし、状況は最悪と言って良いでしょう。陛下、いかがなされますか?」

「…………」


 魔王は再び沈黙してしまう。

 重臣たちがかたずを飲む中、少女はあることに気付いた。


 王は、自分だけを見つめていたのだ。

 それは、少女の意思を尊重していることを暗示していた。

 そう、これは王位継承の儀。

 まだ正式に王になった訳ではないが、本来なら少女が新たな魔王として、この魔界を治めていくはずだったのだ。

 つまり王は、次代の魔王として、少女がどう動くかを試しているのだった。

 そして、そのヒントはもう貰っている。


「…父様…いえ、陛下。わたしが、《大魔王(ルシファー)の英魂》を追います。必ずや我が器を認めさせ、魔王に相応(ふさわ)しき力を得て帰って参ります。どうか、わたしに人界へ降りる許可を下さい」

「姫様、危険でございます! 御身にもしものことがあれば…!」

「黙りなさい。王位継承すらまともにできぬ非力な身など、元より王家には要らぬ。これは魔王になるための儀式。わたしについて来ることも許しません」

「そんな…!」


 抗議する側近をいさめ、少女は王の答えを待つ。



 場が静まり返る中、魔王がその重い口を開いた。








 


     第一章   …なんかつかれた




 春のうららかな陽光を浴びながら、オレ、星見誄(ほしみるい)はベッドの上で身を起こした。

 いつもなら二度寝するか、妹に小言を言われる前にリビングに向かうところなんだけど、どうもそんな気分じゃない。

 オレはしばらく、ベッドの上で身を起こしたまま、アホみたいに口を半開きにして遠い目をしていた。

 当然、そんなことをしていれば我が家のドンが放っといちゃくれない。

 階段を上ってくる音が響き、オレの部屋のドアが無造作に開かれる。

 …ノックしようよ。


「あれ、兄さん起きてたんだ珍しい。流石の兄さんも入学式くらいは寝坊しないんだね…って、兄さん? いつにも増して間の抜けた顔だけど、なにかあったの?」


 オレに全く似ず、しっかり者に育ってくれた妹が、オレの状態を見て怪訝(けげん)な顔をする。

 ちょっと毒があるところがチャームポイントだとオレは思うね。


「いや、オレたちに似つかわしくない、とてもシリアスな夢を見たんだよ。なんか、魔界の王位継承で一騒動あってさぁ」

「…………」


 『魔』って言葉を出したあたりから、妹の目が生ゴミを見るみたいになった。

 あれ、夢だって前置きしたよね?


「…そういうのは中学二年生までに卒業しといてよね。恥ずかしいから。…朝ご飯は下、新しい制服はクローゼットの中、ゴミ出し、回覧板はわたしが済ませておくから、兄さんは消灯と戸締まり、お願い。今日も朝練あるから、先にいくね。お願いだから、高校初日に遅刻なんてみっともない真似だけはしないでよね。じゃあ、いってきます」

「ん、ああ、いってらっしゃい。気をつけてー」

「はーい」


 妹は用件を述べるとさっさと階段を下りていった。

 すぐに玄関の開く音がしたので、出かけてしまったのがわかる。


 オレの家は一応五人家族なんだけど、両親はなんか謎な仕事で海外出張ばっかりで、家にいることはまずない。

 こどもは姉とオレと妹。

 姉さんは自分探しかなんかで、これもほとんど家には帰ってこない。

 現状、オレと妹の二人暮らしみたいなもんなんだよね。

 で、家事全般がからっきしなオレに代わって、妹が色々とがんばってくれているという、『兄の沽券(こけん)? なにそれおいしいの?』みたいな生活を続けている。


 …そりゃ情けないのは分かってるよ? 

 でも、適材適所という金言があってね、誰もまずい飯や、縮みあがったセーターをありがたいとは思わないのさ。

 じゃあオレの適所はどこかと聞かれると返答に困る。

 心の癒しってことでひとつ。


「…はっ、リップサービスばかりしてられないな。サヤに言われた通り、入学式に遅刻なんて笑えない。通学路も慣れてないし、急いだほうがいいよな」


 オレは気味の悪い独り言を垂れ流しながら、ちゃっちゃと支度を済ませていく。

 特筆すべきことは…朝飯がうまかったくらいかな。


「フンフーン♪」


 着慣れない白い制服に袖を通し、オレは期待に胸をふくらませていた。

 なんてったって今日から花の高校生だ。これから高校生活を共にするであろうステキ女子たちと、オレは青い春を思いのまま謳歌するつもりなのだ。

 新しい環境に対する不安も少しはあるけど、そこまで悲観はしていない。


「まぁ、なんとかなるっしょ!」


 オレは独白しながら、玄関から外へと歩き出す。

 その頃には、朝見た夢なんてすっかり忘れていた。

 ついでに消灯と戸締まりも。


 …………。


 察しのいいキミたちならわかるだろうけど、まぁ、何事もなく高校に到着ってわけには、いかないんだよなー。




 オレは高校への通学路を、のんびりとした歩調で歩いていた。

 余裕を持って家を出たから、これでも十分に間に合ってしまう。


「…………」


 なんかこうして見ると、この街も案外きれいな風景があるんだなー。

 気持ちを入れ替えて周りを見渡せば、普段気づかなかった発見ができる。

 花、店、公園、道、匂い……。

 あれ、オレなんか詩人みたいじゃない?


 オレは自らに秘められた高尚な感性に気付き、ひとり悦にいる。

 突如として目覚めた風雅なるオレは、()の目鷹の目で更なる美を求めた。

 当然目がいくのはうら若き乙女たち。

 …そう、俗にいう変態である。


「……あ、あれは…!」


 道行くやまとなでしこたちを、いかがわしい目つきでなめまわす変態は、あるひとりの少女に目を止める。

 外見年齢はオレとさほど変わらないくらい。

 背中に流れる紫の髪、息をのむほどの美貌。

 ぱっと見て、この世界に存在していることを疑うような美少女だった。


 …あぁ、なるほど。

 これが運命ね。

 『運命なんて実体のないものを信じてどうするんだ』という現実主義者がいたなら、オレがそいつの目の前に彼女をたたきつけてやろう。

 こう、昔遊んだメンコを地面にうち下ろすかんじで、ばっち〜んとね。


 オレはそんなぶっとんだことを考えるくらい、一目で彼女に惹かれていた。



「……ん…?」


 オレの運命は、車道を隔てた向こう側でなんだかブツブツと独り言をつぶやいているようだった。

 不安げに周囲をうかがっているようにも見えるし、異国風の黒いドレスで着飾っているところから考えてみても、地元の人間じゃないんだろうな。


「……ふむ…」


 オレはあごに手をあてて思案顔。

 目の前には絶賛迷子中の超絶美少女。

 どうやら道を行き交う人々には、親切に彼女を助けてやろうというボランティア精神は皆無のようで、だれひとり少女に見向きもしない。

 そしてオレはと言えば、少女の道案内程度の善行なら喜びいさんでやってみせようという下心もとい奉仕の気概にあふれる健全な男子だった。


 …これは世間一般に言うところのチャンスってやつじゃないかな。

 ここで白馬にまたがったオレがさっそうと登場し、彼女を鳥かごから自由の世界に連れ出そうものなら、全米あたりを震撼させる一大ラブストーリーの幕開けだ。


 まぁ考えてみればなにも高校だけがステキ女子たちとの出会いの場ではないし?

 高校とは関連を持たない世界で始まる青い春があったってだれも文句は言ってこないよね?

 ここで一度ステキ女子とのふれあいかたを経験しておけば、それが高校生活でも大いに活かせるであろうことは自明の理でもあるし、これからの高校生活においてそういう固定観念がオレの出会いを妨げるのはこれは危ないことだ。

 危ない危ない…オレは神様がくれた数少ないチャンスをそのままドブまでスルーしてしまうところだったかもしれない。



 …今このあたりで一番危ないのがオレ自身だとは、みじんも思わないオレだった。



「そうと決まれば善は急げってね…!」


 しかしオレがこれから行おうと画策していることが善であるかは甚だ怪しい…!


 オレはまずあたりを見回し、都合良く白馬が全裸待機していないかを確認した。

 いない。

 どういうことだ。

 オレの計画はでばなをくじかれる結果となった。

 いや、落ち着けオレ。

 白馬なんて町中でそうそうお目にかかれるものじゃない。

 てか乗ったこともない。

 だめだ、白馬は却下だ。

 オレはもっと念入りに、あたりに視線を泳がせた。


 挙動不審とは今のオレのためにある言葉だろうね。



「…あれは…」


 不審者の目についたのは自転車だった。

 当初の計画であった白馬と比べればもう『またがる』くらいしか共通点を見いだせない、俗世間に染まりきった文明の利器。

 しかし背に腹はかえられない。

 オレはおまわりさんを特に警戒しつつ、違法駐輪チャリに駆け寄り、ハンドルを取って向きを変えようとした。

 しかし、


「………!」


 持ち主不明のチャリがガチャガチャと抗議の音を立てる。

 動かないだと!

 用心深くカギがかけてある!

 違法駐輪の分際でなまいきな!

 くそぅ!


 オレの計画はありえない譲歩をしたにも関わらずまたもや頓挫してしまう。


 なんてことだ、これじゃさっそうと登場なんてできないぞ!


 あせるオレの目に、一本のほうきが落ちているのが映った。


 …たしかに、『またがる』ことはできる…!



「ってまたがれるかぁっ! 明らかに魔法使いに本気で憧れる危ないひとだろ!」



 焦りすぎだ星見ルイ。

 ええい、こうなったら丸腰で挑んでやる!


 …早くも打つ手がなくなったオレは、完全にイッてしまった目をギラつかせて少女へと歩を進めた。


 少女はなんかキョロキョロしていて、オレはなんかハアハアしている。


 おまわりさんがいなくてよかった。

 …マジで。


 オレは車にひかれたり職質されたりすることもなくまんまと標的に近付き、好意を装って少女へと魔の手を伸ばす。

 今この瞬間、血迷った高校生によって犯罪が成立しようとしていた。


「あ、あの、お嬢さん…! な、なにか困ってるんですか? 道が分からないとかですかね…?」


「…………」



 無視でした。

 オレの心は急速に冷えていく。

 だけど、オレだってタダで転ぶつもりはないぜ…!


「あ、あれぇ〜? もしかして不審者と思われてんのかな…。大丈夫、怪しい者じゃないから。ほら、これ、そこの艶桜(えんおう)学院の制服」

「…………」

「あっ、信じてないな〜。が、学生証だって持ってるって!」


 食い下がる変態の図。


「ほら、オレの写真。あっ、オレ星見ルイって言うんだ。中学のときは太陽王なんて呼ばれてたんだよね〜。あっはっは!」

「…………」


 初めて少女がオレを見た。

 妙なものを見る目つき。


「はは…は……」


 二人の間には、オレの乾いた笑いだけ。

 ここにきてオレのテンションは、ようやく常識人のそれに。

 穴がなくても、今すぐアスファルトに顔面をめりこませたい気分だった。

 極刑を待つ囚人みたいな心情になったオレに、救いをくれたのは眼前の少女。


「……あなた、もしかしてわたしに話しかけているの…?」

「……! …」


 少女が思いきり不審がりながらも、オレに返答してくれた。

 透き通る美声。

 その紫を帯びた髪や、きめ細かい艶やかな肌。

 整いすぎてんじゃね? ってくらいの美貌とか、金色に輝く澄んだ瞳とか、身を飾る漆黒のドレスとかも相まって、オレは彼女を女神と間違えた。

 いや、女神で正解だよきっと。


「そ、そうです! いやぁ〜ガン無視だったからすごい不安だったんですよ! あっ、なんか困ってるんですよね? オレでよかったら力になりますよ!?」


 女神を前にオレのテンションは再びフルスロットル。


「…ふーん……わたしのこと見える上に、会話も通じるのね…」

「へ? 見えるって?」


 神妙な面持ちの女神がなんか電波を発信した。

 いや、冷静になれオレ。

 女神なんだから、人の理解が及ばないことだってしゃべったりするよな、うん。


「なんでもないわ、こちらの話。それより、手を貸してくれるのよね?」

「え、あ、うん!」

「じゃあ一つ、聞きたいことがあるわ」

「なんでも言ってよ! わからなかったら思いきりぶってくれていいから!」

「…ぶたないわよ…」


 女神はオレから一歩身を引き、咳払いをひとつ。


「じゃあ聞くわね。このあたりで、紫色の光の塊を見なかったかしら? こう、このくらいの大きさで、もしかしたら、『ヴォォ』とか、『ヺォォ』とか叫んでいるかもしれないわ」


「…………」


 オレの目は一瞬で液体窒素なみの温度になった。

 視線も自然とあらぬ方向へ。


「…あなた、わたしのことを信じていないわね…。言っておくけれど、わたしは本気よ」

「…………」


 なお悪いよね、それ。


 女神はだいぶイタイ美少女でした。

 オレはついに顔すらも少女から背ける。

 目の動きと合わせれば背後を確認できる姿勢になっていた。


「ちょっと、なんで顔を背けるのよ。あのね、その光を放置していたら、あなたたちの世界は大変なことになるのよ?」

「…へー」


 オレは明日使える無駄知識を聞いたときみたいな返事を返す。


「なにかイラッとするわね…。とりあえずこっちを見なさいよ。失礼でしょ」

「今、後ろから車に追突されないように警戒中だから、ちょっとムリかな、うん」

「ここ歩道でしょ! そんな万一に備えるよりわたしを見なさい! あとなんでちょっとずつ後ろに下がってるのよ!」

「ちょっ、カンベンしてくださいよ、ぼく学校あるんで…」


 つかみかかる少女に対して、オレはキャッチセールスにつかまったオフィスレディーみたいな反応を返す。


「あなたがわたしに話しかけたんでしょ!? 協力しなさいよ!」

「だ、大丈夫ですって。あなたならきっとひとりで大丈夫。ぼく、あなたを信じてますから」

「急に白々しいこと言わないで!」


 変態同士の押し問答が続く。


「もうっ! 頭に来たわ、えいっ!」

「ぎゃあああああああああっ!!? いたいいたいいたいいいいっ!」


 怒り心頭に発した少女がついに暴力に訴えた。

 背後を警戒していたオレの視線が、動いてはいけない方向にどんどん警戒範囲を動かしていく。

 両頬には少女のひんやりとした両手の感触。

 オレは見えない彼女の肩をつかみ、必死に抵抗を試みるが後手にまわったオレに勝機はなかった。

 そんな情けない上に恥ずかしくてしかも痛いっていう地獄で、オレの視界にカーブミラーが映る。

 少女の両手につぶされたオレの顔はひどく醜悪で、向こうのほうの通行人に見られてるのも確認できた。

 女子高生に撮影されるねじ切れそうなオレ。


 …あれ、目から汗が…。

 しかし、首を襲う痛みは、オレを悲哀に浸ることすら許してくれない。


「いぃいいぃいたたたたたた!! 死ぬ! ごめん! 協力します! 死ぬ前に協力させてください! うぎゃあああぁぁぁっ!」

「よし! 最初からそう言いなさいな。反抗するだけ損するわよ」


 満足した少女からようやく解放される。

 もう少しで今の叫びがそのまま断末魔になるところだったよ。

 オレは少しずつ首を向くべき方向にもどしていき、やっと彼女を正面にとらえることが――。



 …あれ? なんかうしろ、すごい光ってるような…。



「さぁ、話してもらうわよ。見たのか見ていないのか、正直に答えなさい」

「ひぎゃああああぁぁぁぁぁああぁ!!! …………げほげほっ、うおぇっ!」

「きゃあああああああああぁぁぁぁっ!!!」


 ばっち〜ん。ギロッ。


「い、いきなり何するのよっ! この変態っ!!」

「ち、ちがうって…!」


 不可抗力だ!

 冤罪だ!

 と、叫びたかったのをオレは我慢する。

 最優先事項が絶大な存在感を持って現れたからだ。


「う、うしろ! その光のやつが!!」

「えっ、どこ!? いないじゃない!」

「いま! その角まがってったよ!」

「あなた、自分の罪をうやむやにするために嘘をついているんじゃないでしょうね!」

「ついてないよ!? 信用ないな!」

「あなたに信用できる要素はないけれど、信じるわ!」


 気にさわる捨てゼリフを残して、少女は弾かれたように駆け出した。

 あっという間に角を曲がっていってしまう。


「なんなんだよ…ったく。いててて」


 残されたオレは自分の首が正しい方向を向いているか確認する。

 オッケー…かな?

 まったく、ひどい目にあった。


「…ケケケ、兄ちゃん、災難だったなぁ」

「ホントだよまったく。一年分の不幸を使った気分だ」


 オレのかわいそうな状態に同情してくれた頭だけのガイコツに、オレは愚痴をこぼす。


 …あれ…?


「ケケケケ! 一年分か! そりゃ逆に向こう一年はしあわせ続きじゃねーか! 案外しあわせモンだな兄ちゃん」


 オレの隣には、けたけた笑うドクロが浮いていた。

 オレ、一時停止。


「ま、お嬢にも悪気はねーんだ。犬にかまれたと思って忘れてくれよ」

「おんぎゃああああぁぁぁああぁっ!!!」


 オレ、再生。

 ……尻がストン、と地面に着地した。


「うおうっ! 兄ちゃん威勢がいいなぁ。ケケ、気に入ったぜぇ?」

「ガーガガガガーガーガーガッガガイコトゥゥウウゥッ!!?」

「おうよ。ディアってんだ、よろしくな」

「いいぃぃぃいいいつからっ!?」

「兄ちゃんがお嬢に話しかける前からだ。ま、とどのつまり、最初からだな。なんだよ、こんな目立つオレ様が目に入らなかったってか? お嬢にめろめろってか。面白くねーなぁ」

「おおぉオレも面白くねぇよっ!」

「ま、でも兄ちゃん……ルイっつったか、ルイとお嬢のやりとりは面白かったぜ? ケケケ、腹ぁ抱えた」

「……いや、腹ねぇじゃん!」

「うおうっ! 鋭いじゃねぇかルイ。ケケケケケ!」

「…………」


 なんだこの愉快なホラー現象。


 陽気にけたけたやってるガイコツを見ていると、腰を抜かしてまでおびえていた自分がバカらしくなってきた。

 尻を払い、オレは静かにその場を後にする。


「お? おーいルイ、どこ行くんだ?」

「学校だよ!」

「…そりゃあイイけど、気ぃつけろよ?」

「へ?」


「…そっちは、《大魔王(ルシファー)の英魂》が逃げた方向だ」


「はぁ? なに言ってるんだよ。るし…なんだって?」


 振り返るオレの視界を、未確認飛行物体が一瞬だけ遮った。

 それはそのまま向かいの歩道の先、公園の生垣(いけがき)に突っ込んで轟音を生み出す。


「………!」


 オレは一気に戦慄してしまった。

 高速で飛来した物体が鼻先をかすめたのもそうだけど、オレの見間違いでなければ、今の物体は…!


「…ちっ。やっぱお嬢の力じゃムリだよな…」


 今の物体は、先程までオレとバカなやりとりをしていた、理不尽な少女だった。


「な、なんだよ、これ……」


 あまりに突然な出来事に、頭がついていかないオレ。

 ただその場に呆然と立ち尽くす。


「ルイ、おめーは逃げな。この付近じゃ同じことかもしれねーが、天使や仙人の連中が早めに動くのを祈るぜ」

「え…?」


 待て待て待て。

 このガイコツはさっきからなにを言ってるんだ?

 それにあの子も、なんでここからわかるくらいに血まみれなんだ?

 それ以上に、こんな非常事態が起きてるのに、なんでみんな平気な顔で通り過ぎてくんだよ…?

 なんだ、オレがおかしいのか?

 オレだけがこのヘンテコな状況をいぶかしんでるっていうのかよ?


「ちんたらしてらんねーぞ、ルイ! ヤツが来るぜぇ!」


 疑問符だらけのオレの脳にガイコツの声が響く。

 その声で、オレは我に返る。

 我に返ったところでオレになにができるわけでもないけど。


「や、やつってなんだよ! おまえら説明不足過ぎるだろ!」


 とりあえず、急に高速で飛行し始めたガイコツを走って追跡する。

 こういう状況でひとりになりたくなかった。


「ばっ! ルイ! ついてくるんじゃねーよ!」

「やだっ! ひとりになりたくないもん!」

「……かわいくねーぞ……?」

「言わないで!」

「ったく! ついてきちまったらしょーがねぇ! 覚悟決めろよ!」

「えっなに怖い! オレ選択肢ミスった!?」


 オレはガイコツとそんなしょーもない会話を交わしながら、夢中で走っていた。

 ガイコツに続いて曲がり角曲がったところで、オレはガイコツの言ってた、やつを見た。


 …うん、選択肢ミスってたのを確認しました。


 なんのことはない。

 さっきの少女が探してたアレだったよ。


「ケケッ! 上等だ、お嬢の話相手程度に選ばれたオレ様の実力じゃ歯も立たねーだろーが、《大魔王(ルシファー)の英魂》に破れて死ぬなら本望ってやつだぜ!」

「っておい! アレに挑むの!? む、無茶だろ! 明らかにやばいって!」

「なにチキッてんだルイ! わかっててついてきたんだろ?」

「しらねぇよ! だから説明不足なんだよおまえら!」


 オレはインフォームドコンセントの重要性を痛感しつつ、ガイコツに目一杯抗議する。

 あんな見るからにやばそうなのに、わざわざ立ち向かうバカはひとりとしていらないよな。


「ヴォォゥアゥァアアァッ!」

「ぎゃあああああああああっ!」


 そんなみっともないやりとりを見かねたわけではないだろうけど、アレがなんか凄い雄叫びを発した。

 なんか結構な速さで近づいてくるんですけど!

 アレってよりもうコレって距離なんですけどー!


 オレが今日二回目の死を覚悟したとき、オレとガイコツの前にひとつの人影が現れる。

 その救世主は、美しき紫の髪をなびかせる、血まみれの少女の形をしていた。


「…ディア、手出しは許さないと言ったでしょう。黙ってそこで見ていなさい」

「………! ……」


 少女は、凛とした佇まいで笑ってみせた。

 儚く、消えいるような微笑。

 オレは、心を締めつけられる感じがした。


「だけどお嬢! もう何度も拒絶されっぱなしじゃねーか! これ以上はマジで死んじまうぞ!」

「そうなれば、所詮わたしはそこまでだということよ…!」


 少女はそう言うと、そのままやつに向かって駆け出した。

 彼女の両手が、まばゆい光に包まれる。

 少女の身長の二倍はあろうかという巨大な光へと接近し、触れる――。


 バチィッ!


「きゃああっ…!」


 その瞬間、光が閃き、少女を弾き飛ばした。

 オレたちが立ち尽くす場所まで吹き飛ばされた少女が、頼りなくうずくまる。


「お嬢!」「だ、大丈夫っ!?」


 オレとガイコツは、少女へと駆け寄ってその身を抱き起こす。

 整った美貌が、苦痛に歪んでいた。

 目を背けたくなるくらいの、悲痛な表情。


「野郎ッ! いい加減オレ様もプッチンきたぞオラァッ!!」


 激高するガイコツの体(頭?)が、一気に巨大化した。

 不気味な光を更に上回る。

 …やるじゃん、骨!


「……ダメ……ディア……わた…しが…!」

「いくらお嬢の頼みでももう聞けねーよォッ! オレ様は魔王なんてどうでもいい! お嬢が生きてて笑ってくれりゃそれだけでいーんだよ!」


 ガイコツは叫び、光の塊に食らいつく。

 食いつかれた光も、その輝きを凶悪に増していく。


「ぐうううぅぅぅっっ…!」

「ヴゥゥァァッ! ヴウォォォァァァァッ!」


 しかし、両者の均衡はすぐに崩れることになった。

 ガイコツの頭蓋に、少しずつ亀裂が生じていく。


「……ディア…もう…やめて…!」

「ケケケ…! やなこった…! ……ぐぅぁぁああぁああぁっ!」

「ガイコツー!」


 とうとう、ガイコツの体は粉々に砕け散ってしまう。


「……ケケ……お…嬢……死ぬなよ……?」

「…ディア……? …ディア? …ディア、うそ……ねぇディア、ディア!!」


 少女の悲痛な叫びに答える者はいなかった。

 オレも流石にショックを隠せない。


「ゆる…さない、わ……よくもディアを……よくもッ!!」

「ちょっ、ま、待ってよ! 今のキミがかなうはずないだろっ!?」

「はなせ人間!」

「ぐわぁぁぁぁあぁっ!」


 少女が放った光に当てられ、オレはあえなく吹き飛ばされる。


「覚悟しろ! 《大魔王(ルシファー)》!!」

「だめ…だ…」


 バチバチバチバチィッ!


「きゃああぁぁあぁぁぁっ!」


 先程よりも、手痛い反撃。

 再びオレの近くまで飛ばされた少女は、かろうじて意識を保っている程度にまで弱っていた。

 もはや、立ち上がることすら叶わない。


「ヴヴウウゥゥゥ……」


 光の塊は、気味の悪い唸り声を上げながら、徐々に少女へと近づいていく。

 勝敗はすでに決していた。

 非情なまでに、ありありと。

 死を待つのみの少女。

 その金色の瞳に、希望は映っていなかった。


 しかし、少女と光の間を、遮るものがあった。


「…………」


 それは、白い制服を着た、さえない高校生だった。


「…あ…なた……?」


 少女が顔を上げる。

 高校生は光の塊を見据えていたので、少女の表情は見えなかった。

 でもきっと、信じられないって顔をしていたと思う。

 だってその高校生も、自分でなにやってるか信じられなかったから。


 …でもさ、殺されそうな美少女を前にして、健全な男子高校生が動けないだけって、なんか、いやじゃん?


「…こ、来いよ化物…。今度は、おおおオレがぁあ相手だっ!」


 …格好がつかないのはご愛嬌ってことで、ね。


「ヴルウゥゥァァアォアァァッ!」

「そ、そんな声だ出しても、ぜーぜぜぜ全然こっ、怖くねーしぃ?!」

「ヴァァァアァァァァアァッ!」

「ごめんなさいめちゃくちゃ怖いんですすんませんでしたぁっ!」


 オレ、不戦敗。

 しかし向こうはそんなことはおかまいなし。

 一直線にオレを目指して飛んできた。

 でも、いくら怖かろうが、ここをどくわけにはいかなかった。

 オレは顔面蒼白でやつを迎え撃つ。


「ぎゃああああああぁぁあぁぁああ………!」








「………んぅ……あ…?」


 オレはアスファルトの上で目を覚ました。


 ……なんで?


「…いって〜。なんだ? 頭打ってたのかな…?」


 オレは起き上がり、あたりを見回す。

 ところどころ崩壊した壁やら道やらがある以外は、普段から見慣れた街並みの一部だった。

 …あとは道行く人々の視線がひどく冷ややかなくらいかな。

 てか、道に人が横たわってて誰も助けようとしないってどうなんだ。


「ん〜…。オレなにしてたんだろ」


 アスファルトに寝そべるまでの記憶がないわけじゃないんだ。

 だけど、明らかにおかしいことばかりで。


「ん…? あれ?」


 オレは少し違和感を覚える。

 さっきまで崩れてたはずの壁がいつの間にか直ってる?

 いや、もともと壊れてなんかなかったのかな?

 アスファルトにも、さっきまであった気がした穴ぼこやらがなくなってるし…。


 あれか、白昼夢ってやつか。

 うん、それ以外説明つかないもんね。

 なんだ、よかったよかった。


 …いや全然良くないけどね?



「…てか、今何時なんだ? …って、入学式始まってんじゃん!」


 オレは携帯の時計を見遣り、仰天する。

 そしてその勢いのまま、高校がある方向へ駆け出した。

 なんか妙なことに巻き込まれた感じになったけど、流石に夢だよなー。

 夢じゃなかったらオレ死んでるしね。


「待ってろオレの青春! 今行くぞー!」


 陽気な光にアテられた変態みたいなセリフを口走りながら、オレは速度を上げていった。



 …もちろん、そんなオレの動向を探る少女が近くに潜んでいたなんて、全然、これっぽっちも気がつかなかったさ。






 オレが今日この日から通うことになった学校、艶桜(えんおう)学院。

 学力はピンキリ。

 おバカクラスからエリートクラスまで幅広く、中学もあるらしい。

 エスカレーター式ってやつか。

 歴史は古いが最近設備を一新したばかりで、パンフレットによく目を通さなかったオレにはなにがあるのかもよくわからない。

 まあこういうのは、なんかすげーらしいってわかってれば十分だよね。

 そんなハイスペックな高校にこのオレが通えるのには浅からぬ理由があるのさ。

 …ぶっちゃけ親と学長が知り合いだったらしくて学費あたりを工面してくれたというだけだったりして。



 そんなことはどうでもいい。

 目下当面の問題は入学式、それに続くクラスでの対面式だ。

 この自己紹介という自分アピールタイムに笑いの的を外そうものなら、もう高校生活ずっと『なんか関わりにくい人』のレッテルを貼られ、ステキ女子どころかむっさい男連中にも相手にされないという灰色の春を過ごすことになる!

 それだけは絶対に避けなければならない事態であり、高校生活でステキ女子たちとのキャッキャウフフな桃色青春時代を満喫しようと画策するがために、春休みの間から宿題そっちのけで自己紹介のイメージトレーニングを積んでいたオレに抜かりはなかった…!

 その代償は大きかったさ!

 なんせ宿題やってないことがサヤちゃんにばれて大目玉をくらったりしたからね!

 しかしオレは自分の理想を、野望を諦めることはなかった!

 日夜修行に明け暮れた日々、労苦をいとわず精進を重ねた日々が、とうとう結実するときが来た!

 オレは自らにあてがわれた学習机に両手を叩きつけ、座していた椅子を後方に押し出しながら立ち上がる。


 そして、力の限りこう叫んだのだ!



「…ぉぉ終わってんじゃねぇかぁぁぁっ!!!」



 …と。


 魂の叫びだった。

 本当に叫んだりはしてないよ。

 オレにも羞恥心ってあるから。

 オレが心の中でそう叫んだのは、めでたい初ホームルームやらなんやかんやが全部滞りなく終わって『新入生はもう下校していいですよ』という指示が出された五分後のことだった。


 もう、ただただ、むなしい。

 オレは白い灰のような存在になれ果てていた。


「やぁルイ、入学早々大遅刻なんて面白いことをやってくれるじゃないか。高校でのあだ名は遅刻王ルイで決定だね」


 あわれな燃えかすに、親しげに語りかける美少年がひとり。

 それだけで、ステキ女子たちの視線がオレの近くに集中した。

 絶対オレではないのがわかるから、こいつとしゃべるのは今でもちょっと気が引ける。


「? どうしたんだい? いまさらボクの美貌に見とれているわけでもないだろうに」


 美少年が柔和な笑みをつくる。

 女子たちの視線は釘付けになった。

 この腹黒め、意識してやってるんだぜ? これ。


「おまえと話す口は家に忘れてきた。オレの眼前から消えてくれ、ひかる」

「おや、相当遅刻がこたえているみたいだね。相談事なら聞かせてくれ。ルイとはいかなる秘密でも共有していたいんだ」

「…ホントになにもないんだよ。寝坊だ寝坊」

「嘘は感心しないな。入学式という大事な日に、ルイはどうあれあのサヤちゃんが寝坊を許すはずないだろう」

「…………」


 こいつ、顔もいいけど頭もいいんだよな。

 天は二物を与えちゃったパターンだ。


「…オレにもよくわかんないんだけどさ。学校行く途中、気がついたら道路で寝てたんだよ。そんだけ」

「…それ、どこだい?」

「え? えっと、南風公園の近くかな」

「…………」


 おや、いつも人を食ったような笑みを崩さないひかるが、珍しく神妙な表情。

 レアだからちょっと観察してやる。


「…む。どうしたんだいルイ。気味の悪い笑みなんて浮かべて」

「いや、おまえが珍しく真剣だと思って。オレの話、なんか気になるの?」


 あと気味悪いとか言わないでね。


「…まぁね。よくも公の場で、破廉恥にもバカ面をさげて惰眠を貪れるものだと呆れていただけだよ」

「…オレさ、サヤの口が悪くなったのって、おまえが原因だと思うんだ…」

「おや、ルイはそれが彼女の美点でもあると言っていたじゃないか。その面でボクは功労者の側だと思うね」

「や、それはそうなんだけどさ。なんか納得いかないじゃん」

「些末なことを気にしない度量がルイの最たる長所だよ。だから気にしないでくれ。あと、まとまった睡眠を取ることをお薦めするよ」


 そう持ち上げられると弱いオレだった。

 ひかるはオレと言葉を交わして満足したのか、陣取っていたオレの前の席を離れ、通学かばんを手にさげて教室の扉へと向かう。

 そこで何かを思い出したのか、オレを振り返る。


「そうそう、ルイは大遅刻という失態を晒していたから知らないだろうけど、ボクも、あといつきも、晴れて同じクラスの仲間となったみたいだよ。神様もたまには粋な計らいをするものだね。では、ボクはこれから所用があるので先に失礼するよ」

「そうなのか、そりゃよかった。あぁ、またな」

「ふふ。あぁ、また会えるといいね…」

「………?」


 なんか今、ひかるの受け答えが妙だった気が…。


「まぁ、いつものことか」


 親友が変なのは十年以上前からだし、その親友いわくオレの長所は細かいことを気にしないところらしいので、オレはあまりこだわらないことにした。

 …か、勘違いしないでよね!

 単に考えるのがメンドくさかったってわけじゃないんだからね!


「さて、オレも帰るか」


 オレは心中で絶妙なツンデレを発揮しつつ、新しい学び舎をあとにした。


 実は、帰宅途中に戸締まりと消灯を忘れていたことを思い出してすごい焦ったのは内緒だ。

 ま、今日に限って不法侵入なんて起こらないだろうし、大丈夫だよね。


 …ね。







「遅いわ。待ちくたびれてしまったじゃないの、まったく」

「…………ごめん」


 帰宅早々、オレはいわれのない糾弾を受けた。

 しかも謝ってしまった。


「謝ればなんでも許されると思ったら大間違いよ。あなたが学院でうつつを抜かしている間に、わたしの貴重な時間がどれだけ無為に失われたと思っているの」

「そ、それについてはなんの申し開きもできないな…」


 オレは和室に行儀よく正座している少女の右側前方に座り、台上に置いてある小物を畳にひとつひとつ下ろしていく。


「まったくよ。この家、片付いてはいるけれど何もないし、わたしがどれだけ退屈だったか、あなたにわかるかしら?」

「ホント、それについては謝るしかないんだよ。ほら、この通りだから……ってちがぁぁぁうっ!!」


 ガッシャーン!


 オレは怒りに任せてちゃぶ台を思いきりひっくり返す。

 ちゃぶ台は少女の鼻先をかすめたけど、少女は眉ひとつ動かさなかった。


「野蛮ね。少しは落ち着きなさいな」

「落ち着けるかぁっ! 説明!」

「…説明?」

「なんでキミがウチにいんの!? なんでわりとピンピンしてんの!? てかまずキミは何者なんだよ! そしてこれ以上オレに何の用があるんだ!?」

「おうおう落ち着けよルイ。そんなまくしたてちゃあ、お嬢だって答えられねーぞ?」

「そしておまえもなんで当たり前みたいに生きてんだよ! かっこいい死に様だったじゃねぇかよ! オレのショックを返せよー!」

「ケケケ、オレ様があの程度で死んじまうわけねーだろ」


 けたけた笑うガイコツ。

 のんきにお茶をすすってる少女。

 …もうなに、この人(?)たち。


 オレは荒い息を整えてから、言葉を続ける。


「ていうか、キミらがここにいるってことは、朝の出来事は夢じゃなかったのか…」


 夢にしては流石にリアル過ぎるとは思ってたけど、ほんとに現実だったなんて。

 むー、それはそれで信じられないぞ。

 ひょっとして今も夢の延長か?


「…………」


 思案にくれるオレを見ていた少女が、おもむろに立ち上がってオレの正面まで近づいてくる。

 なんだ…?

 少女は右手でオレの頬にふれて、


「いでででででででででっ…!」


 すごい力でつねってきた。

 オレがさんざん痛がるのを見届けてから、その手を離す。


「夢じゃないでしょう?」

「なっ……なにずんのっ!」

「なにって、こちらでは夢かどうかを確かめるために頬をつねるのでしょう?」

「オレひとりで間に合ってんだよっ!!」


 まぁ、どうやら今が夢ではないことは確認できた。

…できたか?


「じゃあ、あなたがどうしてもと泣いて頼むのが目も当てられないほどに醜くて仕方がないから、説明してあげましょう」

「…なに言ってんのキミ? どうやったら九割虚構を織りまぜられんの? 性格歪みまくってるね」

「……今の失言とわたしを待たせた無礼は、わたしがあなたを待っている間に味を見させていただいた、この揚げ芋のおいしさに免じて不問にしてあげましょう」

「あぁっ! それオレのポテチーじゃん! なに勝手に食べちゃってんの!?」

「さて、まずわたしが何者かというところだけれど」


 華麗にスルー。

 まぁ、いちいちツッコんでたら話が進まないので、オレも断腸の思いで言葉を飲み込む。

 しかし覚えておけよ、食べ物の恨みは怖いんだぜ…!


「わたしは、ここではない世界、魔界を統べる王族の一人、次期魔王、ジル=ハデス=バアルゼブルよ」

「………へ?」


 オレの脳内から、食の恨みが光速でどっかに飛んでいった。

 帰ってこい、ポテチーの怨念。


「同じく、魔界を統べる王族に仕える一族、ファントム家次期当主、ディア=レイス=ファントムだ」


 ややこしいから黙ってろ、ガイコツ。

 しかも同じくの意味なんもねぇよ。

 使いたかっただけだろ。


「……次期…魔王…?」

「そう。この人界…人間の世界ということね。人界には、ちょっとした重大な用事があって一時的に訪れているの」

「小事なのか大事なのかよくわかんないなぁ。で、その次期魔王様がなんで俺の家に?」

「あら、わたしが魔王だとか、別の世界から来たとかは疑わないのね」

「まぁあんなもの見せられちゃね…。それに、キミの言い分をひとまずは聞き入れないと、話が進まないだろ」

「……ふーん…」


 少女……ジル、だっけ。

 ジルはオレに意味深な視線を投げかけつつ、緑茶を上品にすすった。


「人間にしては珍しい反応だけれど、話が早くて助かるわ。あなたの家に来たのは、それはもう複雑な事情があったのよ」

「へ〜。どんな事情?」

「複雑な事情よ」

「……だからどんな?」

「…複雑怪奇な事情よ」

「…………」


 ん?

 なに溜めてんのこのコ?

 まさかここまできて言わないとかないよね。


「だから、どんな複雑な事情があったのさ?」

「…………」


 ジルは恨めしそうにオレをにらみ、かたくなに黙秘していた。

 え、マジで言わないの?


「ちょ……話、進まないんだけど…」

「………やっぱり言わない」

「なんでぇ!?」


 難易度高過ぎるだろこのコとの会話!

 会社どこだよ!

 ゲームバランス崩れてんぞ!


 そんな困惑しまくりのオレを見かねて、助け舟が出た。


「ルイ、お嬢がひでーケガをしてたのは覚えてるか?」

「ちょ、ちょっとディア!」

「え、そりゃまあ。今ピンピンしてるのが不思議でたまらないくらいだよ」

「流石のお嬢でもな、あれだけの傷を癒すには少々無茶をしなけりゃいけなかったんだよ。で、無茶した結果、傷が治ったはいーが、どうも面白くねーことがわかってなー」

「ディア! 黙りなさい、おしゃべりが過ぎるわ!」

「だけど吐かねーと始まんねーだろ?」

「そ、それは、そう…だけれど」


 ジルはなにがそんなに恥ずかしいのか、赤面してうつむいてしまった。

 一応教える覚悟はできたってことかな?


「で、その面白くないことって?」

「まーオレ様にも言えることなんだが――」


「――お嬢、魔力をなくしちまったんだよ」


「…え…? それって悪魔としての力がなくなったってこと? …魔王なのに…?」

「〜〜〜っ! …屈辱よぉっ!!」


 オレが信じられないって感じで聞き返すと、急にジルが叫んだ。


「こ、こんな人間なんかに侮辱されて、しかもその人間なんかを頼らなくちゃいけなくて、それに、それにぃっ! 継承の儀式も失敗するし!」


 ちょっと半べそかいてる次期魔王、貴重だ。

 写真撮っちゃだめかな。


「な、なに笑ってるのよぉっ! そもそも全部あなたが悪いんだからね! あなたが、あなたがっ!」

「いたっ! ちょっとたたかないでよ! はい、暴力はんた〜い!」

「こども扱いするな〜〜っ!!」


 泣きわめくジル、ちょっとかわいそうになってきた。


「ていうか、よく考えたら、なんで魔力をなくしたからってオレを頼るのさ! オレ、どうにもできないよ!?」

「ん〜? そんなモン、ルイがバカでかい魔力を持ってるからに決まってんだろ」


 ガイコツがなんでもなさそうに言った。

 だからオレも、なんでもないことだと思っちゃったよ、一瞬。


「そ、そうか、決まってんのか………って、ええええええぇぇぇぇっっ!?」

「うるさぁいっ!!」

「ぶぅっ!」


 ちょっとヒステリー気味な少女に頬をはたかれながら、オレはなおも動揺を隠せない。


「な、なんでオレに魔力なんて……! オレ、そんなトンデモ能力持ってないぞ! 今日の今日まで普通の男の子だったもん!」

「ま、今日まではそーだろーな。でも、今日からはちげーんだよ」

「そんな、どうして…」

「心当たりねーわけねーだろ。オレ様は見てただけだが、しびれたぜールイ。お嬢でもどうにもならねー《大魔王(ルシファー)の英魂》に、逃げ出すどころか立ち向かうなんてよ」


「…その、《大魔王(ルシファー)の英魂》ってなに…?」


 なんかオレ、すごい嫌な予感がしてきたんだけど…。

 だってそれなんか、今朝夢で見た話だよね。


「魔王に代々受け継がれる、ハンパねー質と量の魔力だよ。お嬢はそれを手に入れるために、人界まで来てたんだ」

「あ、あの光の塊だよね〜。そういえばあれ、今どこにいるのかな……?」

「…………」


 なんでそこで黙るんだよホネこのやろう!

 『いやおまえ、言わなくてもわかるっしょ?』みたいな目でオレを見るんじゃねぇっ!

 目ぇないけどな!


 しかし、ホネが言いよどんだ言葉は、隣の半べそ魔王が代わりに伝えてくれた。


「…うっ……そんな、そんなの……あなたの中にきまってるでしょっ……!」

「なぁっ! そんなバカな! なんでそんなことになっちゃうんだよ! 意味不明だって!」


 ジルは涙ぐんだ瞳でキッとオレをにらみ、こう続けた。



「あなたがっ…! わたしが継承するはずだった《大魔王(ルシファー)の英魂》を、勝手に、受け継いじゃったからでしょぉ〜〜っ!!」


「えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!!???」

「ぅるっさぁいっ!」


 バッチーン!


「ま、ルイ本人にその気がねーんだから、正確にゃ取り()かれた、ってとこなんだろーけどな」

「そんなこと関係ないわ! あなた! さっさと死んで《大魔王(ルシファー)の英魂》を出しなさいよ!」

「げぇっ! 無茶言うなよ!?」

「あなたを殺して英魂を継承しないと、魔界に帰れないでしょ〜っ!」

「もうおまえ帰れ! 帰って恥と泣きべそかいてろ、この悪魔がっ!」

「ケケケ! こりゃー面白くなりそうだな、ケケケケケッ!」


 どうやらオレ、星見誄(ほしみるい)は、なんか相当厄介なものに取り憑かれちゃったようで…。

 果たして、オレの思い描いた理想の高校生活はどうなってしまうんだろうか。

 もう、ありえないコースに脱線しちゃった気もするけど…。


「とりあえず死ね人間!」

「オレはビールなみにお手軽か! オレなめんな!」

「ケーケケケケ!」




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