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部屋中から聞こえる喧騒が、事態の大きさを物語っていた。殆どの者が、各々の席で自分自身の作業に没頭している。ざっと見渡しただけで数十人は居るだろう。
だがデイヴ・ロジャーズはしかし、その喧騒の一端には無く、ただ真っ直ぐに自分を呼び出した者の元へと進んでいた。途中何度かすれ違う人とぶつかったが、相手は特に気にしている様子も無かった。それ程までに彼らは今忙しいのだろう。もっとも、単に無愛想な日本人だっただけかもしれないが。
居た。
誰が、と言われれば、デイヴをここへ呼び出した張本人がだ。彼もやはり周囲と同じように、無数のざわめきを作り出す一人の要素となっている。
「錦……本部長ですか?」
低く、威圧感のある声でデイヴが呼びかける。錦と呼ばれた男は、片手に電話を握ったまま答えた。
「ああ……そういう事で頼む、一旦切るぞ…………む、デイヴ君だね? 錦で良い」
風貌からして決して若いとは言えないが、錦にはハッキリとした若々しさが、特に瞳には全く衰えの無い輝きがあった。それと同時に、言葉の節々からは人の良さがにじみ出ている。
「はい。錦さん、単刀直入に尋ねますが、どういう用件です? あまり俺のようなグリーンカラーは出番の無さそうな雰囲気ですが」
「まずはこれに目を通してくれ。昨晩……いや、今日の未明に起きた事だ」
そう言うと、錦は机上に置かれていた、数枚にまとめ上げられた書類をデイヴに差し出した。
「『JROサーバへのハッキング未遂に関する概要』…………ここへハッキングが?」
「うむ。今日の午前四時頃、ここの中枢サーバへ何者かがハッキングが行った。もっとも実質的な被害も無かったのであくまで『未遂』だがな。しかし『改革派』のセキュリティ中でもトップクラスのものを破ったのもまた事実だ」
錦がため息をつきながら言う。いかにも厄介事を抱えていそうな表情だ。
「はぁ……俺はあまりそういった話に精通しているワケでは無いのですが、やはり……」
あくまでデイヴは食らいついた。錦も負けじと言い返す。
「いいから最後まで聞くんだ。この事件の犯人……つまりサーバにアクセスした者のポイントは分かっている。資料の3枚目だ」
そう言われると、デイヴは先程錦から受け取った資料を捲った。中心に赤い点を置き、周囲の地図とその住所、近隣のエリア等の情報が細かく記載されている。
「その点が犯人の拠点だ。君には……」
そこまで錦が言った時、デイヴが彼の言葉を遮る。
「……そこに行け、って事ですかね?」
「その通りだ。登録されているのはただのアパートに住む女性一人だが、事実とは限らん。それにこれ程の技術を持つ者が自分の足取りをすぐ掴まれるとも思えん」
「そこで調査の為に特殊部隊のお使いってワケか……どうして俺を?」
「くじ運が悪かったと思ってくれ。今使える者が君しか居なかった」
それは無いだろ、とはデイヴは口に出さず、心の中で呟いた。