清々しい朝を二人で
重厚な打鍵音を弾き出すキーボードから逃れ、朝日の差し込みかける空を見た。
睡魔の誘いを耐え忍び続けて、世界に再び陽が灯る頃にいつも終わる仕事。
そろそろこんな生活も限界を感じていた。 淹れたての湯気立つコーヒーを一口啜り、なんとなく車の鍵を取って家から飛び出した。 ここから十分も行けば、高台から朝日が見られる。
誰もいない車道には、人々の痕跡が缶ジュースや吸い殻として残されていて、それを見てどんな人だろうって考えるのが好きだ。
なんの意味もない思考に耽るくらい疲弊しているのが第三者視点から見れば明らかだ。 山道を登り、木や植物の緑に癒される気分になりながら、街を一望できる休憩所に着いた。
先客がいるらしい。どこにでもあるような軽自動車。あまり人の通らない山道だけど、あの人も私と同じで逃避行みたいなことをしているのかな?見たところ近くに設置してあるトイレにでもいるのかな?姿が見えない。 チリチリと暑い陽の光を横顔に感じて、前を向くと朝日が半分ほど顔を出していた。「スーハー……」
深呼吸をして新鮮な空気と太陽光を全身に浴びる位置で手を広げた。
なんとも言えない爽快感と、清々しさを感じて現状の自分は、なんてちっぽけなことで悩んでいるんだろうって思う。
この感覚が忘れられなくて、たまにここへくる。
落下防止用の柵に手を掛け、少しだけ身を乗り出すと愉快な気分にもなれる。
さぁ、次は朝食でも食べよう。
振り向いた瞬間、至近距離に見知らぬ人の顔があった
「え?」
目の前には、朝日に照らされた赤いワンピースを着た女性が私に向かって片腕を伸ばしていた。
目線を下へ巡らせると、包丁が私に突き刺さっていた。
「ごめんなさい」 眉間に皺を寄せ、口角は異様なほど不気味に上がっている。
あ、服の色、これ血だ。
そう思った瞬間、彼女の手首が捻られ、私はその場で崩れ落ちた。
薄れ行く意識の中で確かに聞こえた。
「もうこれであなたの記事に追われることは無いわ」
脳裏に蘇ったのは私が以前、書いた記事。【ある女性の秘密】。
その瞬間、忘れていた記憶が捲れ上がった。連日、彼女の素性を暴き続けた記事。
【◯月◯日、〇〇展望台で女性が自殺。事件・事故両面で捜査】
あの日、この人が死んだ場所。
彼女は静かに微笑み、朝日に溶けた。
血に濡れた包丁だけが、朝日に照らされ静かに地面へ突き立っていた。




