07 So Cold - 03 -
本稿には、死生観に関するセンシティブな表現が含まれております。あらかじめ冒頭にてお断りさせていただきますが、ご了承いただけますようお願い申し上げます。
「俺は、間違っているのかな?」
アキはそう言葉を締めた。
京也をめぐる自分の思いをアキが語り終えるまでの間、ジーンは決して口出ししなかった。
ゆっくりと吟味するように、アキの言葉に頷き相槌を打っていた。
ジーンはしばらくの間思案し、エールを口に含んだ後口を開いた。
「そんな事はないと思う。あんたが今のグループに入らないでいたら、それは逃げだと思う」
「でも、結局俺は京也の後を追っているんじゃないかって気がするんだ。⋯⋯俺が思い浮かべる京也の姿は、いつも俺を振り返ってる。これ以上ないくらいの華やかな笑顔で」
「⋯⋯」
「いつもそうなんだ。俺は追いつけない。⋯⋯俺に京也より先に出来る事は何もないのかな?」
「なるほど、それでテムズ川を見つめてたって訳か」
「⋯⋯俺は別にそんなつもりじゃなかったよ」
「死の誘惑か⋯⋯」
ジーンはそう言い残し、キッチンへと向かった。
小さなランプ一つで照らされた部屋は薄暗く、二人の沈黙が生み出す静寂があたりを包む。
ジーンの規則的な足音と、いつの間にか降り出した雨音だけが微かに響いていた。
「俺の名前がジーン・リーサルだっていうのは知ってる?」
新たに持ってきたエールをアキに差し出す。
それからCDプレイヤーに手を伸ばし、ボタンを押す。
低く小さな音量でバッハの『主イエス・キリストよ、我を顧みたまえ』が流れ出す。
「変わった名前だね」
「リーサル・ジーンだ。本当の名前じゃないけどな」
ジーンはベッド脇の出窓の縁に腰掛け、雨に打たれる外の様子を眺めた。
「俺は⋯⋯、いつも憧れているから。『死』に」
「サンドラが言ってたよ『死に憑りつかれた男』って」
「あいつが? ハッ。知ったような口をききやがって。⋯⋯あいつは嫌な女だ」
ジーンは窓の外に顔を向けているが、薄暗がりでもわかる程に侮蔑の表情を浮かべていた。
「そうなの? でも、⋯⋯とても印象的な美しい女性だよね」
「ツラはな。けど、あいつはどうかしてる。皿の上の血だらけの首にキスするような、そんな女だ」
「⋯⋯『ああ、愛しいヨカナーン』?」
「フッ。なあ、それにしてもなんで俺たちはあんな女の話をしてる? 俺はそんな話がしたいんじゃないぞ」
二人顔を合わせ、そろって肩を竦める。
「ごめんよ。⋯⋯君は憧れてる。それは何故?」
アキが問いかけたと同時に、ドアをノックする音が響いた。
二人は同時にドアに目をやる。
「ジーン、いるんでしょう? 開けて頂戴」
ジーンは氷のような無表情で動かない。
「出なくていいのかい?」
「いいんだ」
アキが不安を隠せないでいると、ジーンはため息を漏らし足早にドアに向かった。
乱暴ともいえる動作でドアを開ける。
「何の用だ? サンドラ」
「私のステージを観ないで帰るなんてあんまりじゃない?」
アキからはサンドラの姿は見えない。
だが、妖艶に微笑む姿が容易に想像できた。
「俺にはそんな義務はないと思うけど。それにここに来いなんて言った覚えはないぜ」
「随分冷たいのね。もう私は用済みってわけ?」
「お前の方から言い寄って来たんじゃないか。暇だったから相手にしてやっただけだ。⋯⋯今、客が来てる。帰れよ」
ジーンはドアを引こうとしたが、サンドラがドアに足を挟みそれを制止した。
「客って、あの東洋人の男の子? 一緒に出て行ったわね。⋯⋯あんた、ああいったのが好みなの? どうかしてるわ」
「おまえに言われる筋合いはないよ。とっとと帰れよ」
ジーンは力任せにサンドラを押し出し、勢いよくドアを閉めた。
「いいのかい? あんな⋯⋯」
「いいんだよ、俺はあの女が大嫌いだ。人の心にズカズカ入り込んできやがって」
腕を振り上げ、横なぎにドアを叩く。
「⋯⋯」
「⋯⋯あ、ああ、悪い。あんたにあたって。今何時だ? ⋯⋯十一時か。まだまだこれからだな。呑もうよ。次はウイスキーでどう?」
平静を装うが、怒りはまだ燻っている。
アキはあまり酒は強くないが、このまま放っておけなかった。
しかし、このところの体調不良であっという間に酔いが回る。
不覚にもソファに崩れ落ち、意識は闇へ落ちていった。
『ああ、愛しいヨカナーン』は
『サロメ』(Salomé)オスカー・ワイルドの戯曲から。
ビアズリーの絵も有名です。




