05 So Cold - 01 -
「こういう偶然て悪くないよな」
ジーンはエールをアキに手渡し、昨日見せたものとは違うあどけない笑顔を見せた。
クラブの隅のカウンターに片肘をついて寛ぐジーン。
よく見ると、まだ少年ぽさを残しているのが見てとれた。
「あんた、旅行者? ⋯⋯中国人? いや、日本人か?」
「ああ、日本人。でも祖母はブリティッシュだ。俺も子供の頃に十四年住んでた。父親は今もこっちにいるよ」
「へえ、じゃあ、親父さんに会いに来たのか?」
アキは言葉に詰まる。
父に会いに来たのは口実だ。どう説明しようかと言葉を繋げないでいた。
誰も出て来ていないステージに顔を向けていたジーン。
アキの無言を不審に思い、アキに目を向けた。
「⋯⋯どうした?」
「あ、いや、ちょっとね。東京にいられなくなって」
「何かやらかしたか? そんなヤバそうな奴には見えないけど? 言いたくないなら無理には聞かないが」
ジーンのそれは無関心というより、思いやりのようにアキは感じた。
──『誰も愛さない男』? あの女性が言ってたけど、そうは思えないな。
「別に何もやっていないよ。ちょっとした逃避行⋯⋯かな。色々あってね」
「逃避行? へえ。⋯⋯あ、ちょっと待っててくれ」
ジーンはカウンターに身を乗り出し、従業員らしき男に手を振った。
年の頃は四十、肩の下まで伸びた金髪を無造作に束ねている。
「よお、ジーン。出番でもない日まで来ることはないんじゃないのか?」
「いいじゃん、アレックス。あんたの店だから来るんだよ。出てる奴がどんなにカスでもさ」
まるで甘えるような様子のジーン。
アレックスと呼ばれた男からも、自分の子供に向けるような慈しみが漂う。
「ひでえな。一応俺が審査してるんだぞ。⋯⋯まあいい。それにおまえ、俺の店だからじゃないだろ? 今日はサンドラが出るんだったな。付き合ってるんだって?」
アレックスはジーンの胸をトン、と小突く。
途端にジーンの顔が歪み、激しい嫌悪感を滲ませ吐き捨てるように言った。
「そんなんじゃねえよ。あいつが勝手に」
「オーケイ、わかった」アレックスは肩を竦め、「それはそうと、彼は誰? 新しい友達か? ジーン」アキに立てた親指を向けた。
「え、ああ、そう。昨日チェルシーブリッジで会って、今日偶然ここで会った。⋯⋯そういや、名前聞いてないな?」
アキは唐突に自分に焦点が当たった事に動揺する。
「あっ、アキト・シミズ。アキです。よろしく」
「こちらこそ。アキ、ジーンは色々と誤解されるところがあるけど、本当はいい奴だ。よろしく頼むよ。⋯⋯じゃ、俺は仕事に戻るよ」
「待って、アレックス」
立ち去ろうとするアレックスの腕をジーンが掴む。
「何だ?」
「あんた、もうギターを弾く気はないの? ⋯⋯俺と一緒にやる気はない?」
懇願にも近いジーンの言い振りにアレックスは首を横に振る。
「悪いが俺はもう、⋯⋯自分でやるより後進を育てる方がいい」
「そんなの嘘だ! まだ早いだろう? あんたと一緒にやってたランディだって、まだドラム叩いてるじゃないか」
食ってかかるジーンにアレックスはため息をつく。
「わかった、ジーン。はっきり言うよ。俺はディーじゃないと嫌なんだ」
「で、でも。あいつはもう死んでるだろう?」
「ディーは馬鹿で最低なジャンキーだったけど、人を惹きつけずにはいられない奴だったんだよ」
「俺、俺にはディーの代わりにはなれないのか?」
縋りつくジーンを見るアレックスの顔に、深い憐憫の情が浮かぶ。
「駄目だ。今のお前じゃ無理だ。⋯⋯たとえ、おまえがディーの甥でも」
アレックスの物言いは躊躇いがちではあったが、はっきりとした拒絶が含まれていた。
「⋯⋯そう。引き留めて悪かった。行ってくれよ、アレックス」
ジーンはアレックスから目を逸らし、それ以上何も言わなかった。
アレックスは肩を落とし、ステージの向こうへと消えて行った。
ジーンはエールの瓶をただ見つめるだけで何も語らず、アキは困惑するばかりだった。
事情を知らないアキにはどう声をかけていいのか解らない。
そうしているうちに照明が落とされ、店内が鎮まりかえる。
呪術的ともいえる和音がこだまし、それからゆっくりとステージの真ん中にライトが灯る。
長いブロンド、透き通るような白い肌。
華奢な体にフィットした黒いラバードレスとグローブ。
膝まであるピンヒールのブーツを纏う姿は、まさにフェティッシュ・ファッションの極みだ。
官能的に唇を軽く開き、観客を見回す。
「あれが、サンドラだ。アレックスが言ってた女」
ジーンがアキの耳元に顔を寄せて言い、自嘲気味に笑う。
「⋯⋯ああ、そう。俺、彼女に会ったよ、入り口で。君が来る前に。⋯⋯君のポスター見てたら、好きなのか? って」
「へえ? ハハッ。俺に惚れた?」
身を乗り出してからかうジーンはまるで子供じみて見える。
「ふふ、昨日会った君がポスターに載っててびっくりしたんだよ。今は誰にも惚れないかな。自分の事で手一杯だ」
肩を竦めるアキにジーンはニヤリと笑い、エールの瓶をカウンターに勢いよく置いた。
「よし、今から俺のフラットに来ない? こんなくだらねえステージ観てないでさ」
右手の親指を立て、ドアに向ける。
「今から?」
「そう、俺あんたの事気に入った。⋯⋯ああ、一応言っとくけど、そっちの趣味はないから安心しな」
大笑いしてジーンはアキの肩を叩いた。
ラフ画はサンドラ。
まつ毛描くのが楽しかった。
40代になったアレックス登場。




