02 FALL - 02 -
河原京也。
アキの従兄にして、『ルアード ジャングル』の前任のヴォーカリスト。
彼の父とアキの母が兄妹だ。
「僕がルアードに加入したのは、良介の誘いがあったからだよ」
河原京也はかつてアキにこう語った。
「別に音楽に興味があった訳じゃないんだけどね。僕には出来るって言うから」
絶望に近い衝撃だった。
京也が何の思い入れもなく加入したバンドは、メンバーの才能と努力で成功していった。
それなのに自分はどうだ?
これ以上ない程の思い入れを持ってジェイと始めたセデューサーは、まったく振るわなかった。
自身の活動資金の金策への多忙さと、安定しないリズム隊。
何もかもがうまくいかなかった。
自分に才能と運がないとは思いたくなかった。
「僕がルアードを抜けたら、君がルアードで歌ってくれないか?」
鬱屈した思いに押しつぶされそうな時、京也が自分に願った一言。
また。またなのか。
何故、京也はこんなに簡単に手放せるんだろう。
だが、アキの中にじわり、と浮き上がる。
──京也と同じフィールドに立てば、自分と京也の違いがわかるのか?
『答えは同じだよ。アキは京ちゃんを超えられる』
秀之の一言が踏み出す一歩となった。
『お前の思う通りにやればいい』
ジェイからも背中を押された。
河原京也、ルアード脱退。
同時に清水暁人加入、バンド名『ルアード ジャングル』に変更。
ルアード時代の楽曲の消化と、ニューアルバムへの参加。
ファンクラブイベントを皮切りに、全国ツアー開始。
何もかもが急ピッチで行われた。
ツアーが終了したのは、まもなく二年目も半ばといったところだった。
オーディエンスからはこれといった抵抗もなく、マスコミにも好意的に取り上げられた。
息をつく暇もなかった。
当然京也への負の感情など浮かぶこともなかった。
あまり他人を褒める事のないジェイから賛辞の言葉を聞いた時には、嬉しさのあまりアキの瞳が涙で潤んだ。
「あなたはルアードに相応しくない」
大小様々な水車が回る公園で、それはアキとその傍らにいたジェイの背後から投げかけられた。
アキは弾かれた様に振り返る。ジェイもそれに続き、声の主を探す。
そこには黒衣を纏う少女が挑むような眼をアキに向けていた。
黒く長い髪、黒く縁どられた目と血のような赤黒い唇。
かなり大人びて見えるが、化粧を落とせば恐らく十五・六歳ほどの少女だ。
少女はさらにアキに近づき、続けた。
「あなたが入ってから、ルアードは変わったわ。私は京也さんがいた頃の方がよっぽど良かった。他の人が認めても、私は認めない。京也さんが歌った曲を、⋯⋯あなたになんて歌って欲しくない!」
少女はそう捲し立てると、踵を返して走っていった。
ジェイはしばらくの間少女を罵っていたが、アキにはその声も耳に入らなかった。
少女の言葉だけが、繰り返しアキを襲った。
ジェイは自失したアキを引き摺るように自宅へと連れ帰った。
何の反応もないアキにただひたすら声をかけ続ける。
「新しいアルバムはお前が歌うのを念頭に創られたんだろう? 秀之さんも土屋さんもそうだって言ってたよな? 前と違うのは当たり前だ。⋯⋯お前は京也と違うんだから!」
ジェイは必死にアキを揺さぶり、声をかける。
少しずつ、アキの目に光が戻る。
「⋯⋯そうだよね? 俺、間違ってないよね?」
すがるように、ジェイの袖を掴む。
「当然だろ? お前の事はメンバー全員が認めてる。俺だっていい話だと思ったから、手放した」
「でも、あの娘は認めないって⋯⋯」
「そんなの人の好き好きだ。何度も言うけど、お前は認められてるんだ。特に秀之さんに。ファンだって受け入れた。動員数も増えてる。何の問題もない。⋯⋯あの女が何も解ってないんだよ」
ジェイは必死だった。
ようやくアキが自分に自信を持ち始めた今、それを消してしまう訳にはいかなかった。
同じミュージシャンとして。
そして何より、親友として。
「アキはもっと凄いヴォーカリストになれるんだよ。頼むよ。こんな事で躓かないでくれよ」
「⋯⋯本当に、そう思う?」
「ああ、本当だ」
ジェイはアキの両肩に置いた手に、強く、そして優しく想いを込めた。
アキは数日間ジェイのアパートで呆然と過ごし、日中どこかへ出かけてはまたアパートに戻るを繰り返した。
「ジェイ、電話借りるよ」
二週間程経った頃、アキはそう言って受話器に手をかけた。
「秀之さん、俺、ロンドンに行ってきます」
こうしてアキはロンドンへ発って行った。
ラフ画はジェイ。
1994年9月の話ですので、ガラケーすらない時代。
公衆電話か家電です。
ネットもダイヤルアップでパソコン通信です。Windows95すら出てません。
当然ピンクのクマがメールを運んでません。
同人誌の挿絵の依頼を受けて、相手の住む場所との中間あたりで打合せしたのを思い出しました。
アンナミラーズのパイを食べながら。




