10 Wake Up - 01 -
“Wake Up” 覚醒
本稿には、ドラッグや死生観に関するセンシティブな表現が含まれております。あらかじめ冒頭にてお断りさせていただきますが、ご了承いただけますようお願い申し上げます。
「少しは落ち着いた?」
アキはふわりと湯気の立つカップをジーンに差し出した。
動揺するジーンをアキはチェルシーの家に連れ帰った。
サンドラがジーンのフラットに訪れる可能性も捨てきれないからだ。
「ジーン、これは気分を落ち着かせるハーブティーだよ」
「ハーブ?」
虚ろな目をアキに向ける。
「そう、祖母が好きでね。俺は慣れているけど、君には少し香りが強いかな?」
「ああ」
素直にカップを受け取り、そろそろと口にした。
「⋯⋯これで本当に落ち着くのか?」
口をひん曲げ、胡散臭げにアキを上目遣いで睨みつけた。
もちろん、本気で怒っている訳ではない。
「⋯⋯あー、そういう話だよ」
「よくわかんねえな」
不平を口にしつつも、ジーンは大人しく啜る。
すでに夜半を過ぎた閑静なチェルシーは、さわさわと風になびく木々の音しか聞こえなかった。
アキは外を見る振りをして立ち上がり、窓辺の椅子に足を運んだ。
そのまま何も問いかけることなく、ジーンが落ち着くのを待つつもりで。
「チェルシーなんて高級住宅街に住んでるなんてたまげたよ」
「⋯⋯祖母の生家なんだ。父はキングス通りで店を開いてるよ」
「へえ、俺はイーストエンドの生まれだ。今はたまたまあそこだけど」
自嘲気味にジーンは言う。
「幼い頃はともかく、今は日本の下町に住んでるよ。東京でもあまり治安がいいとは言えない所」
東京の東側、下町だが再開発が進んだ高層マンションに住んでいる事は何となく言えなかった。
それを察したのかジーンは薄く苦笑した。
「いいな、こんな綺麗な家ってさ」
ジーンは呟き、再び沈黙する。
アキもそれに倣い、ただ静かにハーブティを口に運んだ。
その沈黙の意味を探るようにアキを一瞥してから、胸ポケットから煙草を取り出した。
紫煙がふわふわと漂い、ジーンの姿を霞ませる。
「俺の親はがちがちの現実主義者だ。俺が今こんな生活してるのが我慢ならないらしい。ガキの頃からまともな道に進ませようと必死になってた」
強い自嘲。ジーンの顔が歪んだ。
「大抵の親はそういうものじゃないの?」
「ああ、でも俺の親は常軌を逸していたな。⋯⋯自分の弟が道を踏み外して死んだからな」
ジーンは深く煙草を吸いこみ、ゆっくりと吐き出し語りだした。
ジーンにはディーという叔父がいた。
本当の名はデヴィッド。
周りから”damn”、”damned”、そんな意味を含ませて『D』と呼ばれていた。
ディーが二十歳の時、パンクムーヴメントが起こった。
それに便乗したパンクバンドのヴォーカルだった。
口では他のパンクス同様かなり大きな口をきいていたが、本当はとても気の小さい男だった。
自分を大きく見せようと、いつの間にか薬漬けのジャンキーになっていた。
最後はドラッグがないと口もきけない状態になり、とうとうステージの上で命を落とす事になった。
パンクスの仮面をつけたまま。
ソファの背もたれに頭を預け、天井を見ながら滔々と語るジーン。
アキはただ頷き返すだけだ。
「俺はまだ三歳くらいだったから、ディーの事はあまり覚えてないけど、いつも様子がおかしかった気がする。怖くもあったけど、すごく強烈だったんだ。奴のオーラっていうか、雰囲気が」
「憧れた?」
「もちろん。⋯⋯今でも」
ジーンは途端に目を輝かせた。
パンクムーヴメントはおよそ二十年前だ。やはり年下だったのかとアキは納得する。
「俺はお袋にディーに似てるって言われる。⋯⋯破滅的だってね」
「そうなの?」
「何がどう破滅的なのかは知らないけどね。フッ」
鼻で笑って、吸殻を灰皿に押し付ける。
やおら顔を上げ続けた。
「でもよ、こんなごみ溜めみたいな世の中で一体何が出来るって言うんだよ。環境破壊だ、どこぞの国の民主化がどうとか言ってながら、ハウスミュージックやらバングラビートだって言って、みんなヘロヘロ踊ってやがるんだぜ? どいつもこいつもクソったれだよ」
次第にクラブでの演奏中のように、怒りがジーンを染め上げる。
「時々死んだ方がマシだって思うことがある。こんな醜悪な世の中、生きてたってしょうがないってね」
ジーンは不意に激情から冷め、静かに自分の指先を見つめた。
「死は魅惑的だ。何もかも全ての事から解放してくれるような気がする。人間同士の鬱陶しい束縛からも、俺自身の孤独からも」
ジーンは顔を上げアキに向けた。
酷く痛い程の悲哀に満たされる。
「⋯⋯俺は、『死』に魅せられてる」
──このままではいけない。何とかして引っ張り上げなければ。
アキはジーンに歩み寄る。
怯える野生動物に触れるように優しく、そっとジーンの手を取る。
「それが死に魅せられている理由なんだね?」
「そうだ。いつも求めてる。ディーもそうだった。俺とディーの血には致死遺伝子が組み込まれてるんだ」
アキの手のひらの中でジーンがぐっと拳を握る。
「それが、名前の由来なんだね? ジーン・リーサルの」
「そうだ。俺も逃げようとした。ドラッグで。でも何の解決にもならない。余計に恐怖が増すだけだ。⋯⋯おまけに俺は死ねないんだ。出来なかったんだよ」
ジーンは胸元に手を当て、アキを見返す。
チェルシーブリッジで出会った時のような研ぎ澄まされたブラウンアイズはどこにもなかった。
ただ、身を震わせ怯えた小動物のようだ。
それはまさにジーンに出会う前の自分そのものだ。
アキはそう気づく。
ジーンとディー。
アキと京也。
共通の思い。
血の繋がりと、立っている場所。
──まるで自分と同じだ。




