09 MISERY - 02 -
“MISERY” 苦悩
最初のグループの演奏が始まった。
メンバー全員がまだ十代かと思われるような印象。
若さだけで押し切る姿がバンドを始めた頃の自分を思わせて、アキはふと懐かしくなる。
十五分ほどで彼らの演奏が終わり、フロアにライトが灯された。
機材の交換が行われ、再びライトが落とされた。
──ジーンはどうギターを弾き、歌うのだろう。
DJの手で流されていた曲が次第に小さくなり、大音響でSE(バンドの入場曲)が流される。
淡いライトの中、ドラムス、ベーシスト、ギタリストが位置に着く。
そして最後にゆっくりとジーンがギターに手を掛けながら中央に進んで行った。
「 Alright?」
ジーンの声を皮切りにドラムが打ち鳴らされる。
クラブ中が緊張感で満たされ、身動きもままならない。
荒々しく打ち鳴らされるドラムに低くベースが絡みつく。煽るように二本のギターが疾走する。
ジーンの少し高めの声が畳みかけるように聴衆に浴びせられた。
社会への批判と罵倒。
怒りそのものだ。
クラブ中がジーンの怒りにで満たされる。
アキもその渦に巻き込まれてゆく。
──痛ましいほどの憎しみに。
不意にアキの肩に衝撃が走る。誰かが肩に触れた。
視界の隅に流れる銀の糸。
「来ると思ったわ。一昨日の晩は充分楽しんだ?」
皮肉を込めた微笑。
「まさかジーンがあんたを気に入るとはね。最初に会った時には想像できなかったわ。⋯⋯どんな手を使ったの?」
アキの方に置かれた手に力がこもる。
「どういう意味かわからない」
「ジーンはそう簡単に人を信じない。自分のライブに人を呼ぶ事もないわ。彼が信用するのはアレックスだけ。⋯⋯ねえ、どうやって誘ったの?」
「誘った?」
「あんた、あの時好きなわけじゃないとか言ってたじゃない。本当は違うんでしょ? 隠さなくていいわ」
サンドラの瞳に狂気が揺らめく。
「何を誤解してるのか知らないけど、そういうんじゃないよ」
三日前チェルシーブリッジの上で出会い、一昨日ここで再会した。
偶然を喜び一緒に吞んだだけだ。
そうサンドラに順を追って話す。
サンドラは言葉を遮らずに聞いていたが、納得した様子はなかった。
アキの肩から手を放したが、依然睨みつけたままだ。
「とてもそれだけとは思えない」
どうあっても納得せずにいるサンドラにアキは途方に暮れる。
ジーンに悩みを打ち明け、ジーンから死への憧れを聞いたなどと言えば、状況はますます悪化しそうだ。
それならば、と話題を変える事にした。
「君はジーンが死に憑りつかれていると言ったけど、何故か知っている?」
ふん、とサンドラはアキを憐れむように鼻で笑う。
「あいつの歌を聞けばわかるでしょう? この世は巨大なごみ溜めなのよ。そんな中にいたってしょうがないでしょう? 死んだ方がマシよ」
「それだけだと思う?」
「何が言いたいの?」
サンドラは怪訝な顔をした。
アキ自身にもまだ朧気にしか手繰れていないが、本質はそこではない気がした。
ジーンはたったそれだけで死に憧れているとは思えなかった。
彼は『憧れている』のであって、『憑りつかれている』のではない。
ジーンの態度を見れば、サンドラに本心を話しているとは思えない。
アキはこれ以上彼女に聞いても何も得られない気がした。
「いや、別に。俺もね、こんな世の中に何の未練もないんだ。だからジーンと気が合うんだよ」
サンドラはいかにも胡散臭そうにアキを見る。
それ以上口を開かないアキに地団駄を踏み言った。
「いいわ。そういう事にしてあげる。飽くまでも友情で繋がってるって言いたいのね」
忌々しげにアキを睨み、カウンターを蹴ってその場から離れて行った。
気づけばすっかり音が止んでいる。
「ああ、せっかく来たのに⋯⋯。何て言って謝ればいいんだ」
ステージに目を向けると、すでにジーンの姿はなかった。
だが、おそらくステージ上からジーンには見えていただろう。
大きなため息をつき、すっかり氷の溶けたウイスキーを飲み干す。
──少し酔えば気が晴れるかな⋯⋯?
「場所を変えない?」
アキの元に戻ってたジーンはそう言うと、答えも聞かずドアに向かった。
連れ立って店を出て駅に向かう途中、ジーンの足が止まった。
唇を噛み、苛立ちを隠せない顔の先をアキは追う。
人が溢れる通りの先にサンドラがいた。
「向こう側に渡ろう」ジーンは小さく舌打ちし、アキの腕を取った。
アキは抗わず、されるが儘に小さな通りを横断し始めた。
サンドラは走り寄り、ジーンの前に立ちはだかる。
「どうして避けるの?」
「しつこい女は嫌いだ。お前はいつだってお構いなしじゃないか。それが嫌で堪らないんだよ!」
吐き捨てるように放たれた言葉に、サンドラの瞳が潤む。
「⋯⋯だって、ジーン。あなたが言ったんじゃない。助けてって」
ジーンの腕に縋りつき、大粒の涙を流す。
「助けて?」
「⋯⋯俺を解放してくれって⋯⋯」
ジーンは腕に絡みつくサンドラの細い指を見つめた。
「何の事だ⋯⋯? 解放してくれ? いつそんな事を言った?」
「初めて会った時」
「嘘だ。そんな覚えはない。いい加減な事を言うな」
サンドラの手を振り解き、軽く突き放す。
「嘘じゃないわ。本当に言ったのよ。ディーから解放してくれって」
ジーンに動揺が走る。
それは彼の手のひらを伝ってアキの腕にも届いた。
「そんなのは嘘だ。⋯⋯たとえ言ったとしても、もうお前には頼むつもりはない。⋯⋯俺の前から姿を消してくれ」
「⋯⋯わかったわ。でも、⋯⋯あなたの方から行って。あたし、ここから動けない⋯⋯」
サンドラはその場で顔を覆い、崩れ落ちた。
ラフ画はジーン。
友人の同人誌三代目絵師になった時、他の方々の絵より一番底意地が悪そうな顔って言われました…。
ライブの始まりの言いようのない期待感と緊張感。
あれは何度観てもいいですね。




