08 MISERY - 01 -
“MISERY” 苦悩
絹のような陽射し。
静かに流れるビートルズの『Norwegian Wood』。
幼い頃、父の雑貨店でうたた寝から覚めたような既視感。
アキはぼんやりと霞んだ頭を上げる。
焦点があった先でジーンがタバコをふかしていた。
「やっと起きた? あんまりにも気持ちよさそうだから、そのままにしといた」
ようやくアキは自分がどこにいるか気付く。
「⋯⋯今、何時?」
「まだ八時。もう少しゆっくりしてけば? 俺も今日は暇だし」
──ああ、それもいいかな。
と、思った瞬間ベラの顔を思い出す。
遅くなるとは言ったが、朝帰りとは言っていない。
──ヤバい。
寝ぼけた頭が一気にクリアになる。
飛び起きると、身体にブランケットが掛けられていた事に気付く。
「これ、ありがとう。⋯⋯それと電話ある?」
「あ、悪い。ここにはない。下の通りに公衆電話があるよ」
アキは皺だらけのジャケットに眉をしかめ、階段を駆け下りた。
ひとつ大きく深呼吸。受話器を取りベラに平謝りした。
小言は言われずに済んだが、できるだけ早く帰ると告げた。
虚脱して受話器を置くと、ジーンがニヤニヤ笑いながら後ろに立っていた。
「メシ、食いに行こうぜ」
ジーンに先導で近くの店に落ち着き、朝食を採る。
「明日『DAMASK ROSE』に来いよ。俺達のギグがある。終わったらまた呑もうぜ」
「ああ、必ず行くよ」
約束を交わし、それぞれ家路についた。
「ごめんなさい。グラニー」
アキは家に戻るなり、すぐさまベラにもう一度平謝りした。
それからシャワーを浴びてベッドに潜り込んだ。
夕方に目覚めたが夜半までぼんやりと過ごし、再び床に就いた。
次に目覚めたのは早朝だったが、一生分寝たのでは? という気分で階下に降りた。
ベラの用意した食事を満喫し、ふと思い出す。
自分の思いだけぶちまけて来てしまったが、何の解決策も見出していない事に。
だが、ジーンに聞いてもらえただけで、ほんの少し気持ちが軽くなった気がした。
何故だか自分よりも死に憧れているジーンの方がよっぽど危なっかしく思えた。
アキ自身には自覚はないが、公然と死への憧れを語るジーンは、今にもそこへ飛び込んで行きそうだった。
──これがジーンの言う『他人事ではない』なのかな?
ジーンは俺の述懐に付き合ってくれたのだから、次は自分がするべきだ。
日も傾く時間にアキはベラの機嫌を伺いつつ、
「帰りは明日になるかもしれない」
と、家を出た。
アキは地下鉄を乗り継ぎ、人の波をすり抜け『DAMASK ROSE』へ。
一昨日の夜と同じにカウンターに身を落ち着け、少しずつウイスキーを口に含む。
カウンターの向こうからアレックスがアキに気づき、手を振る。
「やあ、いらっしゃい。⋯⋯ええと」
「アキです」
「そう、アキ。俺はアレックスでいいよ。今日はジーンを観に?」
アレックスは落ち着いた壮年らしい笑みをアキに向けた。
「ええ、必ず来いって言われて」
「ハハッ。あいつは強引だからな」
アレックスの表情は明るく、一昨日の確執など感じさせなかった。
「アキ」背後から声がかかる。
「やあ、ジーン。約束通り来たよ」
白いストレートジーンズ、赤と薄い黄色を基調としたプリントシャツ。
シャツのボタンは胸元まで開けられ、薄紅色のインドシルクのスカーフをルーズに巻いている。
「鮮やかなシャツだね」
「ああ、そうだろ? ほらよく見ろよ」
裾を指でつまみアキに見せる。
「モンローだね。ウォーホールみたいだ」
「そ、キレイだろ?」
開けっ広げな笑顔を見せるジーン。
とても死に憧れているようには見えない。
まるでこの十年間の自分のようだ。アキはそう思う。
自分を隠し、偽る。
「これからミーティング。出番が済んだらまた来るから、ここにいてくれよ」
手を振りながらジーンはその場を後にした。




