新しい暮らし
あれから、幾日かが過ぎ…。
「わっ…また嵌った…。」
彗はドタバタと、翠明の住まう塔の半で、姫様らしからぬ動きをしていた。
「一体なんだ、この塔は。」
“塔”ではあるが、佐良の術式により、外観はありきたりな、宮中の一つの、邸宅、しかし、中に入るとあらゆる罠という仕掛けを施された塔となる。
「ああ…申し訳ありません。邸宅がまだ彗様を身内と認識していなくて…。あと数時間もすれば、大丈夫かと。」
涼しい顔で、眉目秀麗な、第二王子の右腕は言う。
「では、翠明を訪ねて来た者はどうなるのよ?」
「………。翠明様を訪ねる者…?今まで、刺客しかいませんよ。」
翠明は帝と正妻の間に生まれた。
が、その前に、おぞましい呪で第一王子が、“妃様”と呼ばれる、帝の姉から生まれている。
彼女は自らの名を呼ばせず、帝の正妻・側室も“妃”と呼ばせなかった。
本来ならば翠明が、立太子されているはずなのだ。
だが、翠明が生まれると、妃様は、翠明が権力を手にしようものなら、すぐに乱世となり彼が死ぬように呪をかけた。
しかし、何故か完全ではなく、第二王子の王位継承者だが、乱世にはなっていない。
まあ、立太子していないからとも言えるが…。
しかし、第一王子も立太子はされていない。
宮中は、目下、他の王子や姫達での、否、その親や親族含め、
皇太子の座をかけた“冷戦”中だ。
“人を惑わし従わせる才がある”と言われている翠明。
彼の…出自を知る者は、というより、妃様がなにより翠明を亡き者にしたいのだ。
彗が内心で解説していると、噂の翠明が現れる。
長い美しい黒髪に、透けるような肌…黙っていれば、確かに誰もが心まで奪われそうだ…。
「なんだ?姫さん?捜し物は見つかりそうか?今日のおやつは、珍しい洋風の菓子だぞ。」
しかし…、口を開けば人を子供扱いして、腹立たしい。
いや、仕方がないのだ。
彗は“今”は、見た目が十歳程度にしか見えない。
憎まれ口を叩こうと、口を開きかけた時、ふわふわとした、真っ白な綿毛が飛んでいるのを見た。
ケセランパサランだ。
この子がいるという事は、捜し物がある、という事。
戦乙女として、出来る限り早く手にしないといけない、アレが。
「あーっ、と。おやつは、置いといて!急ぐから。」
と、翠明を、ドンッと体当たりでのけて、邸宅の外に飛び出していく。
ふわふわとした、綿毛を追いかけて目立たないように動く。
そして、気が付いた時には辺りは腐敗した臭いが立ち込めていた。
「…!こんな場所に、あの子達はいられないはず………。」
ふと、気配を感じで、飛び退り、木の上に隠れる。
綺麗に磨かれた板張りの廊下を、華やかに装った女性が歩いて来た。
見つかるはずがない。
だが、彼女は廊下を曲がる時に、彗を見つめたのだ。
「…あれが、臭いの元か…」
居室を探ろうと、木を降りた時に、どこからいつ現れたのか、翠明が彗を抱きとめ、衣に隠した。
「…やめとけ。あれが、“妃様”だ。」
その時、どこからともなく、魔力で形をとる暗器が襲う。
「ちっ。面倒な!」
彗は懐から扇を出して広げ、舞うように空中で回ると暗器を退けた。
と、風が吹き抜ける。
彗は、危険がなくなったと感じて、翠明の横に立つ。
「暗器は、翠明を狙ったのか、私か。どう思う?」
翠明を見上げると、奇妙な表情をして、
「誰だ……?お前…いや…あなたはをどこぞの姫様でしょうか?」と、のたまう。
「……。大丈夫?頭に暗器刺さった?彗だけど?」
それを聞いた翠明の口が大きく開かれる。
驚きの叫びを彗は、なんとか抑え込み、翠明の邸宅、居室へ戻った。
ふむ、と思案顔が一つ。
まだ驚きの顔が一つ。
ほぅ…と、半分、恍惚とした顔が一つ。
「………。雀まで、なに?」
彗はちょこんと、翠明の座るはずの、上座に座らされていた。
「ああ…とうとう…姫様、よくやりました。…見つかったんですね、捜し物」
雀が感極まる声で彼女に言う。
「?まだ…だけど…。えっ…まさか…」
思案顔の佐良、驚きの翠明、感極まる雀の前には。
輝くような銀髪に、金と黒の違い目の、それはそれは美しく、妖艶でもある二十歳くらいの女性が居た。
彗の、戦乙女の本来の見目形。
頭には白い角があり、耳はやや尖り気味だが、美しく、目を奪われる。
どう見ても
衣服も髪型も、成人したての女性だ。
そして、彼女は何かに気がつき、袖をコッソリなおす。
「要約すると、捜し物が見つかりそうだが、見つかってはいない。が、その一部が身体に寄り添い、本来の力が戻り、姿も戻った、と。」
先程まで、彗が座らされていた上座に翠明が座り、近くに彗が座る。
それぞれの後ろに、佐良、雀が立っていた。
「そう。」
お茶を一口飲み、彗が頷く。
“姫様、お話があります。”
“一旦、姫様のお部屋へ。”
“聞いてます?姫様?”
“ああ…でも…なんて美しい…ああ、姫様…”
「っ!」
最後の雀の念に、お茶を零しそうになる。
「…。あ、あの、疲れたから…今日は寝るわね。」
彗は取ってつけたような白々しい言い方をして、翠明の部屋を後にした。
ー彗の部屋にてー
「雀…感動したのはわかったわ。…雀…。顔が緩んでるわよ?」
雀は、我にかえると、いつもの表情に戻り、美青年に戻った。
「しかし、姫様。アレが見つかってないのに、何故……?」
「ケセランパサランが居た。それに、翠明が来て、暗器を退けた時に、この子が…」
彗はチラリと袖から、まだ力の弱い妖精を出して雀に見せた。
「これは…風の妖精…でも…小さい…」
「失礼な。小僧、まだ私は完全じゃないの。あの本の中に、まだ…」
小さな足で、地団駄を踏んだかと思えば、しょげて下を向いてしまう。
彼女はシルフ。風の妖精で、その女王だ。
「この子、じゃないわね。ごめんなさい。」
「いいわ。わかってる。貴女も同じだったものね。貴女の捜し物、あの本の場所に行きましょう。私達も、早く貴女の手元に置かれたいわ。…でも…この宮中、変なのがいたから、もう少し日が暮れてからがいいわ。」
そうして…その日の夜の、
彗の部屋。
「ああ。あなた達が揃った姿を見られて、安心したわ。それに、他の方々も。」
右から白く輝く肌と髪に紺碧の瞳の美女、浅黒い肌に、精悍な身体と顔つきの、頬に鱗跡のある美男子、一見、幼女のようだが成人している、金髪に緑の瞳の美少女。そして、赤い髪の、雀と呼ばれた美青年。
皆一様に、どこかに青い布を身に着けている。彗もだ。
「皆がまた姫様に従えて嬉しいわ。」
ハク(白髪の美女)が話すと、がやがやとした外野から、薄い蒼の髪をした、欧風の顔立ちの、これまた美丈夫が、
「僕は従ってるんじゃないよ?彼女に求婚してるんだ。ね、まだ海に住むのは先にするの?」と声を発する。
すると、それぞれに、従っているんだ、いや対等な立場なんだと、騒いでいた。
「ありがとう。従わせるなんて考えていないわ。皆が私に協力してくれてるとわかってる。」
彗は、がやがやと囲む、彼女と“協力”する、人間ではない者たちに言う。
先の四人は、いわゆる、四神獣で、彗、戦乙女に従い彼女と共にあり戦う者…。
他は、人魚姫ならぬ、人魚王子に妖精や鬼と呼ばれたり、吸血鬼と呼ばれたり様々な、世界中の人間ではない者たち。
ただ…四神獣もだが、他の者も、戦乙女と共にあるが、戦乙女の力や生命力と交換に、自らの力を貸す、対等の関係。
“契約をかわしている”と言ってもいい。
彼らが“棲む”場所が、彗の捜し物、本の事であり、またこれは、彗の本来の力などを引き出す、大事な鍵でもある。
「そうですね、我々は、姫様と二つで一つ。」雀と呼ばれていた、四神獣の一人、朱雀が言う。
彼だけは、彗が生まれた時から、本来の姿で彼女と共に居た。
戦乙女が生まれた時、また、生まれ変わる時、四神獣の誰かが、戦乙女が完全体になるように、共に過ごす。
完全体になるまで、また、その後も、彼女の守り人、番、導き手だ。
「二つで一つ。二つで一つ。」
楽しそうに、嬉しそうに、葉を傘のように持ち、スキップをする妖精。
その姿に言葉に、皆が笑い、和んだ。
「なんだか、賑やかに感じるが、大丈夫か?なにかあったか?」
翠明の声を御簾の、閉めた扉の向こうに聞き、皆が一斉に、シンと黙る。
「ああ。大丈夫だよ。再会を楽しんでるだけさ。」
人魚王子だけでなく、九尾狐も口を開く。
彼らはまた“求婚組”でもあるので、堂々と、姿を知らせたがるのだ。
まあ、四神獣もだか、男性はほとんど求婚組だ。
一族に強い魔力や生命力を、そして、次世代の戦乙女をこの世にもたらす為に。
「あら、私も再会を楽しんでるわよ」
艷やかな黒髪の、肩あたりで揃えた髪の美女も、“求婚組”だ。
「何故、男だけと決めるの?わかんないじゃない。結果として私とでも大丈夫かも?…でも、前列がないのは残念だわ」
彼女は淫魔と呼ばれる一族の、現トップだ。
「えーー、と!だ、大丈夫。独り言だから。あーもー、疲れてて、独り言、言ったみたいー。」
騒がしい外野を遮り、彗はまたも取ってつけたように言う。
「ふーん、独り言…ねぇ…」
いつの間にか、翠明と佐良が室内に居る。
「なっ………」
蒼白になり固まる彗。
「いきなり入るとは、またも、無礼な。」と、また剣を翠明に向ける雀。
「………。ねえ、朱雀。ねえ。」
ハクが朱雀の衣をひっぱるが、答えない。
「ねえ、…バカ朱雀。…彼、見えてるわよ?」
そうして、翠明は(佐良も)、人間ではない者達の視線を独り占め?にしたのだった。




