No.8 第1章 その6
<次回の実証テストに向けて>
伴たちがドンゴラという町のホテルに着いたのは夜11時ころ、Musa Badriのところから2時間ほどかかっている。ドンゴラは人口1万人ほどの小さな町だがエジプト方面からハルツーム間の中継地なので人口の割にホテルは多い。これも宇宙エレベーターができたおかげらしい。泊ったホテルはメインの道路沿いの2階建ての白い建物で、1階がフロントとレストランに事務室、2階に10室ほど客室があり、そのうちの6室が今回のグループが占有した。正確には、DavidらEU側の2人とAyaたちの2人は各個室、残り2室に伴と崔、Kierたち3名だ。ちなみに残り4室のうちの2室が埋まっていて、そこには長距離トラックの運転手が泊っていたようだ。到着してすぐ、チェックインが遅かったので伴が次の日の出発は9時にしようかと言ったら、ほとんど全員が反対し6時出発になった。砂漠を移動するときの鉄則は、なるべく熱い日中には移動しない、なのだ。
ドンゴラでは6時のチェックアウトは普通のようで、全員5時半には軽く朝食をとり頼んでいた昼食も受け取り、4台の車を連ね9時に昨日の作業場所に到着した。崔たちはMusa Badriからのアドバイスに従い、CASM-3がお互いに排気を避けるように5台が横一列になるのではなく、1,3,5号機が前に、2,4号機はその2m下がった位置からスタートさせた。崔は砂に刺す針の不良率をモニタリングしていて、スタート1時間後に「昨日は不良率が閾値を超えるモジュールが発生したけど、今日は不良率の上昇は少なくまだ交換の必要はないけれど、不良率の上昇はあるので、あと1時間すると1台くらいは交換する必要がありそうです。」と言った。その1時間が来る前に古っぽいグレーのバンがこちらのほうに走ってくるのが見えた。
David「Musa Badriが修理の終わったモジュールと荷車を持ってきたようだ。」
確かに青と黄色の旗のようなものを付けているように見えるが、それよりもEU-SDC関係の車両というIDをDavidの車両に送ってきているのだろう。Musa Badriの車は少し離れたところに停まったので伴が近くに行くと、車体の筐体が他の車両よりどう見ても大きいように見え、そのため車体内部が狭く出入り口も小さかった。中からMusa BadriとJibril Elhassanが身をかがめて出てきて、周囲に集まった人たちに手伝いをお願いした。修理したモジュールを積んだ荷車を車両から出すようだ。当然車両後部のドアをあけ放つと思っていたらそうではなく、まず車体下部からスロープを3mほど延ばし、車両後部の下のほうにある隙間から荷車を引き出した。基本的に車両内部の冷気を外に出さないようにしたいらしい。
Musa Badri『この車は砂漠仕様で断熱がしっかりしている。液冷だ。』
David「特注で作らせた、ということ?」
Musa Badri『自前だ。』荷車を崔たちのマイクロバスに入れた後、Musa BadriとJibril Elhassanは自分たちの車両から円筒形の枠に長さ1.5mほどの3本の棒の付いたスタンドのようなものを取り出し車両の脇に立て、その枠にやはり長さ1.5mほどのロケット状のものを尖った部分を下向きにして差し込んだ。上側にあるロケットの底面からは太いパイプのようなものが車両まで伸びている。Jibril Elhassanがロケットの壁面を開けて何か操作をすると、ロケットの先端が伸びて行って砂に突き刺さっていった。
Musa Badri『地面の下3mくらいいくと地上よりはだいぶ温度が下がるので、それを利用して車両を冷やすのだ。』
伴「それでどのくらいもつのですか?」
Musa Badri『来たところに戻るには十分だ。それでは、そちらの機械の動作を見せてくれないかな?』
ちょうどその時に最初の往行程が終わり、当初の予想通り5台中の1台に不良モジュールが生じたので荷車を予備と交換する必要になった。
そこでこの間にCASM-3の動作を少し詳しく説明しておく。不良モジュールを交換するときは荷車の各モジュールからすべての針が出ている状態となっているが、これは交換するモジュールを間違えないようにするためで通常は針を出していない状態になっている。この状態で荷車の底面を見ると細かな縞模様になっていて、それを拡大すると間隔5㎜、高さ5㎜の溝になっている。これはBVMCA (Bio Vapor Mixed Coal Ash)粒子を埋め込んだ糸(BVMCAストリング)が通るためのものだ。
CASM-3の荷車の交換が終わる前に、Musa BadriがCASM-3の近くで動作を見たいというので、伴は一番端の1号機の横にMusa Badriを連れてきて、まず底面にある溝の説明をした。CASM-3が作業する場所で停まったとき、何か滑るようなサーッという音がした。
Musa Badri『これは何をしている音?』
伴の説明では、荷車の端から5㎜間隔で多数のBVMCAストリングの付いたストリングローラーが溝に沿ってストリングを伸ばしながら移動する音とのこと。
ストリングローラーは反対側まで動いたところでストリングを放し、ストリングは出発点と到達点の両側から上方向に引っ張られる。これにより各ストリングは溝の谷の部分に固定される。
そのときモーターが動くようなブーンという音がしてきた。
Musa Badri 『これは?』
伴の説明では、溝の谷の奥に隠れていた多数の針を動かす音で、針の先には細い溝があるのでストリングはそこに固定され針とともに溝から押し出されて10cmほどまで砂の中に押し込められる。そのとき、小さなプッという音がした。
それは各針の先から超音波パルスを出したもので、これにより針とストリングは離れるので、針を引き上げると多数のストリングだけが砂の中10cmのところに埋め込まれる。
ちなみに超音波パルスの音自体は聞こえることは無いのだが、それによって生じる砂の振動が音として聞こえるのだ。
Musa Badri『動作に関して、質問してもいいかな?』
伴「もちろんです。そのために日本側の担当者を待機させていますから。」
これが、伴が前の日に日本の担当者に送った依頼だった。
Musa Badri『超音波パルスを出すのは、ストリングを放すときだけ?』
伴はこの質問を日本側に送り、その答えを言うのだが単純に伴がMusa Badriに答えた内容だけ書くことにする。
伴「そうです。」
Musa Badri『超音波パルスの強さだが、今の他にもう少し弱いパルスを数回余計に出すことはできるかな?例えば、強さは1/3で、もう2回ほど。』
伴「可能ではありますが、問題があります。超音波パルスの発生には大きなエネルギーが必要で、今のスピードのままでは電力消費が増えるため温度上昇を引き起こします。温度上昇を抑えながらであれば、今1ルーチンが1分なのを1分半にする、つまり1時間でできた作業が1時間半かかってもよければ可能です。それで、この余分な超音波パルスの発生は、どうして必要と思うのですか?」
Musa Badri『モジュールで生じている不良の原因は、我々が見る限りでは、針の先に細かな砂の粒子がついてしまうことによる、と思われる。今の動作を見ていると、恐らく溝の周囲に細かな砂の粒子があって、ストリングが溝の谷に動くときにその粒子を引き連れて行って、それが針の先にぶつかるからだと思われる。それを防ぐには、針を砂から抜いたときと、ローラーが溝に沿って動く前に弱い超音波パルスを出して砂の粒子を払いのければいい。』
伴「確かに可能性は大きいように見えますから、テストする意味は大きいと判断します。」
Musa Badri『それで、装置の冷房をもっと強力にすれば、今の1ルーチン1分は可能なのか?』
伴「可能ですが、何かアイデアはあるのですか?」
Musa Badri『それは、ある。相談だが、それをうちにやらせてもらえないかな。例えば数台預けてもらえば、当然少しくらい費用はかかるが、次回の実証実験までには改修しておくというので。』
伴「上層部に許可を取る必要があるので、少しお待ちください。明日の作業が始まるころには回答する、でよろしいでしょうか?」
Musa Badri『ありがとう。それでは、明日もここに来るよ。まずは、今回の制御がうまくいくのを確認してからだ。そうでなければ、冷房を強化する意味は無いだろうから。』
Musa Badriが提案したCASM-3の動作制御の有効性を調べるため、CASM-3の5台中2台は今まで通りの制御、残り3台は新たな提案での制御で、1時間半かけて比較実験が行われた。
結果は、崔「従来方式の場合、今回の実証実験での動作時間は1時間、新たに生じた針の不良は、荷車1台当たりでは約800本、モジュール当たりでは13本になります。一方、新たな制御方法では動作時間が1時間30分、新たに生じた針の不良は、荷車1台当たりでは約35本、モジュール当たりでは0.5本でした。」
ということでMusa Badriの提案方法が有効と判断されたので、これ以降は5台とも提案方法での制御となり、不良モジュールが生じることはなく1時間半遅れで16時に終わった。次の日もまた来ると言ってMusa Badriたちは帰って行った。
最後の3日目の実証実験は8時半に始まり、Musa Badriたちは昼に到着した。
伴「来てくれてありがとう。今朝早々に日本の本部からOKとの連絡が来たので、正式にお願いすることになりました。CASM-3本体と荷車3台をお預けしますので、改修をお願いします。」
Musa Badri『ありがとう。それでは、今日の終了後に機材を受け取らせてもらいましょう。』
伴「昨日の説明では冷却の改修ということでしたが、具体的にどのような改修をするのかの案はあるのですか?」
Musa Badri『案はいくつかあるけど、どれがうまくいくのかはやってみないとわからない。でも、この仕事への道筋を付けてくれてありがとう。今までたくさんのものを作ってきたが、ほとんどすべては人に危害を与えるためのもので、本当はそんなもの作りたくはなかった。今回の作業は、未来の人の役に立つもので、終わってからも、これは自分が関係したのだと周りに自慢できるものになると思う。ほんとうに、ありがとう。』
伴「その”ありがとう”という言葉は、次回の実証実験でうまくいったときに、こちらから言わせていただきましょう。」
1回のルーチンの時間が延びたものの機材のトラブルなどは発生しなかったので、3日目の作業は予定の範囲を達成して2日目とほぼ同じ時間に終わった。今までの2回の実証実験はすべて開始早々の中断だったので、予定の範囲をすべて完了した、というのは今回が初めてになる。普通なら実験終了後にミーティングなどを行うのだろうが、砂漠で夜を迎えるわけにはいかないので、実験終了すぐに撤収作業となった。Musa Badriたちは自分たちの車両にCASM-3の本体と荷車を3台ずつ、それに予備品の針の残りなどを乗せて挨拶をさっと済ませ帰って行き、伴たちはホテルに戻った。ハルツームに戻るのは次の日になる。
Ayaの提案で、ホテルからハルツームに戻る途中で、前回の実証実験が行われたRPC No.144Aによることにした。短時間しか実験できなかったので狭い範囲ではあるのだが、BVMCA粒子を砂の中に撒いたのでその結果を調べる必要はあるのだ。
David「どのくらいの広さに撒いたの?」
崔「全部で50 m2くらい」
伴「その場所を見るときには、特にどのようなところに注意すればいいですか?」
Aya「実験があったのが2023年10月5日。普通は、その少し前から来月当たりまでに雨が降ることは無かったのだけど、去年は10月の半ばに、このあたりでもほんの少しだけど雨が降ったのでその影響が何か残っているかどうか、ということでしょう。ただ具体的に何に注意すればいいかは、行って見ないと何とも言えないわね。」
という間に目的地に着いた。
David「ポールの近くに草が生えているかどうか、ということなら草なんか見えないが。」
Aya「半年前に少し雨が降っただけのところに草など生えているわけないでしょ。目で見て分かることは無いと思っていたけど、やはりそのようね。まず3か所測定地を選びましょう。」
と言って50㎝ほどの短い棒を各10mくらい離して地面に刺した。そのうち1本はRPC No.144Aから5mくらいのところで、ここが前回実証実験でBVMCA粒子を埋めたところ、次の1本はRPC No.144Aに対して最初の位置とは反対側でBVMCA粒子は埋めていないところ、残りの位置は他の2本とは正三角形の頂点となるところでやはりBVMCA粒子は埋めていないところ。
Aya「それじゃ、理科の実験を始めるわよ。David,頼んでおいた測定装置を出してくれる?」
と言われて出てきたのは4本の足がついた高さ30㎝程のスタンドで、真ん中に筒がついていて、そこからセンサが地中に入って行って地表から地下20㎝までの間で温度と湿度を測定する、というものらしい。
Aya「楽しみな1番目の測定は最後にするとして、3番目の位置から始めましょう。」
と言って機械をセットすると10分くらいで結果が出てきた。
Aya「地表で気温35℃、湿度20%、地下だと少しだけ気温は下がるけど湿度は変化しないようね。」
2番目の地点も同様だった。そして最初にマークしたBVMCA粒子を埋めたところの測定を始めたところ、
Aya「これすごいじゃない。」と叫んだ。
地表の気温と湿度は他とほとんど同じなのだが、地下10cm近くの数㎜の範囲だけ湿度が40%になっていた。
伴「これは、半年前の雨を地面に蓄えている、ということですね?」
Aya「そのように見えるということしか言えないけど、希望の持てる結果であることは間違いない。だとすると、今回実証実験した場所が雨期明けにどうなっているか見るのが楽しみね。」
ということで、第3回目のCASM-3の実証実験が終了した。




