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No.7 第1章 その5

<CASM-3の調査>

伴「この部屋にも作業台があります。できれば、ここで作業をさせてくれませんか?」

確かにこの部屋の隅の方に、先ほどよりは少し小さいがスチール製の作業台がある。

Musa Badri『ここを見せたのだから、しょうがないだろう。電源は問題ない。ただ、椅子は人数分無いけど。』

Aya「座りたくなったら、向こうの部屋で座っているというだけであれば、ここで問題ないでしょう。」

伴「それでは、ここでお願いします。」と言って際のほうを見た。

崔「わかりました。それでは、この部屋に装置を持ってきます。」

Musa BadriはJibril Elhassanに合図して『彼が案内する。』

崔「え?」

Musa Badri『あなた方が来た通路には段差があっただろう。裏口からなら段差無しで機材を搬入できる。』

ということで崔、Kier、Thomas、DengはJibril Elhassanの後をついて行き、5分後くらいには大きな3段の茶色っぽいトレーに乗ったCASM-3の荷車7台と本体5台、そして見慣れた”J-RRUO”のロゴがあるカートに乗った予備モジュールと工具類が来た。

崔「ここにあったトレーをお借りしました。」

伴「それで、作業の手順は?」

崔「1セットずつ行います。まず本体と荷車を接続して、備え付けのストッパとジャッキで50㎝程度持ち上げて、不良のモジュールを20㎝下げるので取り付けてあるネジをドライバーで外してモジュール交換をします。」

伴「確かに本体と接続しないと動かないか。それから、それが正規の交換手順?まるで交換する必要はないという想定だったように聞こえる。」

それを聞いていたMusa BadriはJibril Elhassanと何か相談して『あの作業テーブルは分割できるので、レイアウトを変更すれば寝そべって作業する必要はないだろう。あとリフタが使えるので用意しよう。』ということで、Jibril Elhassanが崔たちに説明して作業台を3分割しコの字に並べ高さを1mくらいに合わせた。コの字の隙間は2.5mほどあり、この間隔が動かないように作業台は固定された。崔たちが作業台に車輪用のストッパを取り付けている間にJibril Elhassanは部屋から出て行って手動のリフタを持ってきた。それは高さ2mほど奥行き1.5mほどの逆T字で底辺のフレームの上に2つの大きな爪の付いたアームが乗っている。

崔「1号機は閾値を超えたモジュールは無いので、まず2号機の本体から動かしましょう。」と言うとJibril Elhassanは頷きリフタの2本の詰めの間隔を狭め爪の付いたアームを本体2号機の底面の高さまで上げ、本体が乗っているトレーの下にリフタの底の部分を突っ込み2本の爪を本体1号機の底に入れた。

Jibril Elhassan『これの重さは?』

崔「本体はだいたい200㎏、荷車はだいたい150㎏」

それを聞いてJibril Elhassan『それでは念のため』と言ってリフタの底の面の上、後ろ側に乗った。これは、リフタで本体を持ち上げた時に重心の位置が前過ぎにならないようにするためだ。

『物理法則』とだけJibril Elhassanは言った。リフタの本体から出ている取手にあるボタンを操作してCASM-3の本体を持ち上げ、リフタを動かしてJibril ElhassanはCASM-3本体を3つの作業台の真ん中の上に置いた。同様にリフタで1号機の荷車を持ち上げ、2.5m空いている2つの作業台にまたがって設置された。崔はOKというしぐさをして、Thomas、DengとともにCASM-3本体と荷車を接続し、制御端末を取り出してCASM-3を起動した。まず本体と荷車のすべての車輪横からスタンドを出してそれを伸ばし、CASM-3全体を20㎝くらい持ち上げた。

制御端末を操作しながら、崔「まずシャットダウン時のデータと照合して、OKと出ました。この装置の不良モジュール数は4、位置は(0,0), (2,0), (3,0), (4,0) 必要な予備モジュールは (A, F)が2個、( C,F) が1個、 (B, F)が1個」

と言うのに答えてThomas「必要な予備モジュール4個用意しました。」

崔「それでは、ThomasとDengは荷車の下でお願い。まず(0,0)を下ろします。モジュールは (A,F), 方向はプラスです。」

と言うと荷車の上から見て右上隅のモジュールだけ15㎝ほど下がってきた。ThomasとDengはドライバーで下方向に伸びてきたアームからモジュールを外し、用意した予備モジュールへの付け替えを行った。その作業と制御端末の画面をじっと見ていたMusa Badriが際に聞いてきた。

『一つ聞いてもいいかな。これは、空冷のシステムだね。荷車の場合、上から見て左側が吸気、右側が排気、そしてさっき言っていたモジュールの位置は前後・左右の番号で、前後は一番前が0、後ろが4、左右は一番左が0,右側は9、だろう。それで、その後のモジュールで言っていた2つの文字は何?』

崔「空冷と位置座標はその通りです。その次のモジュールは、最初の文字は前後方向での針の角度でAは垂直、Bは前方向に2°傾け、Cは4°、後ろ方向の場合は-B, -Cとなります。2番目の文字は左右方向で、Dが垂直、Eは左方向に2°、Fは4°、右方向の場合は-E,-Fとなります。」

Musa Badri『ありがとう。それでは、その制御装置には他に2桁の数字も表示してある。さっきそれは言わなかったけど、何?例えば今外している(0,0) には39とある。』挿絵(By みてみん)

崔「これは不良になった針の数です。これが30以上だと不良と判断します。モジュールの中には全部で600本あって、その5%以上が不良だとモジュールが不良と判断します。ただモジュールの中での不良の針の位置までの情報は持っていないけど。」

Musa Badri『このモジュールの配置は、中心点での点対象だね?つまり、例えば(1,0)と(9,4)は180°方向が違うけど同じものね?』崔「そうですけど。」

Musa Badri『それなら、(1,0) は20、(9,4)は5、(4,0)は22、(9,0) は3 だから、もし同じ位置で使うのであれば、(1,0) と(9,4)、(4,0) と(9,0)を交換したほうがいいのでは?』

崔「その分時間がかかります。」

それを聞いていた伴が話に入ってきた「確かにMusa Badriさんが今言ったことは合理的です。そうしたほうがいい。そうしないと、あと1回動かすと(1,0) と(4,0)は不良モジュールと判定される。ついでに(1,0)と(8,4)も交換してください。」。

Musa Badri『ところで、今外した(0,0)のモジュールを見せてもらってもいいかな?できれば少し調べてみたい。』

伴「予備の針はあるから、どの針が不調かわかれば原理的には交換も可能のはずです。」

崔「針の交換は、ここじゃ無理でしょう。難しい作業ですから。とにかく、あとで必ず返してもらえるなら、不良のモジュールを見てくれても構わないけど。」

Musa Badri『針の交換はそんなに難しいのか?』

伴「1台のモジュールには600本の針があって、普段は取り付け口にしっかりと固定されているけれど、モジュールの本体取り付け側にその固定を強制的にOffにするSWがあって、それをOffにすれば原理的には可能。問題は、その状態で小型のアームなどで針をつまみ、決められた角度で抜き差しすること、その許容範囲は0.3°だった?さっき見かけたCNC加工機械であれば、その精度はとれるはずだけど。」

崔「角度誤差についてはそうですけど、まずどの針が不良なのかを調べなければいけない。ところが、原因がわからなければどのような不良かわからないので、それは難しい。」

Musa Badri『日本でテストしたとき不良率は低かったのだろう?その条件では、低い発生確率での多くの種類のエラーがあるのだろうから、どのエラーが主要な原因というものは無いのかもしれない。しかし、ここでは桁違いに不良率が高いのだろう?ということは、何か大きなエラーが生じている可能性がある。そうならば、原因は見つかりやすいのでは?』

伴「確かに、合理的な考えです。まあ、故障したモジュールはお貸ししますから、調べていただいても結構です。ただ、こちらからの依頼事項ではないので、必要な費用という話が出ても応じられませんけど。あと、必要なら予備の針も提供します。それで、いい?」

崔は、しょうがないという感じで頷いた。という話をしながら、崔がモジュールの上げ下げを行い、ThomasとDengがモジュールの取り外し&取り付けを行って2号機は終了した。

崔「本体には問題ないはずなので荷車だけ3号機にする、でいいでしょうか?」

それをこちらで判断するの、という顔をして伴「ここでは、本体に問題ないという前提で荷車のモジュール交換をしている、のだからその進め方でいいでしょう。」

ということでJibril Elhassanがリフタで荷車の2号機を戻して3号機を持ってきたので、ThomasとDengが接続し崔がチェックを開始した。その間にJibril Elhassanは2号機でエラーと判断されたモジュールを持って先ほどのCNC加工機械にセットした。

崔「3号機の状況は、作業後に保存した内容と同じです。3号機での不良モジュールは1台、場所は (5,0)、モジュールは(C, -F)、方向はマイナスです。後、先ほどの例に倣って(0,0)と(5,9)、(1,0)と(4,9)、(2,0)と(3,9)、(3,0)と(2,9)、(4,0)と(1,9)を交換します。」

Musa Badri『面白いねえ。さっきの2号機とはずいぶん傾向が違うようだ。』

伴「そうですね。」

ThomasとDengの交換作業がそろそろ終わりかけてきた時に、Jibril ElhassanがMusa Badriに何かをささやいた。崔のほうに近づいて、

Musa Badri『さっきの不良モジュール内の不良の針は、どこの場所にあるか、そして原因が何かはわからないが全部で39本と言っていたと思うが、それで間違いないかな?』

え?、という表情をして、崔「確かにその数でしたけど、何かありました?」

Musa Badri『こちらにある装置でモジュールを調べた。モジュールに付いている針の先には十字型の細かな溝がついているね。この溝は装置の動作には重要なのだろう。針の不良というのは、その溝に細かな砂が付着して溝をふさいだせいだろうと仮定して、溝の凹凸がある程度以下になる針の数を調べたら40本あった。もちろん、この”ある程度”の値を変えたら溝が不良という針の数は違うのだが、原因の可能性としては有りうるだろう、と思ってな。』

崔「どういう調べ方をしたのかは知らないけど、似たような数字になったというだけなら、偶然かもしれないし。」

伴「いや、600本の針があって、片方は39本、もう片方は40本とずいぶん似ているので、一応何か確認はしたい。そもそも現時点でどうして不良になったのかわかっていないのだから。その、針の先端の溝に砂が、というのは本当にそうなのか見ることはできますか?」

Musa BadriがまたJibril Elhassanと話をして『先ほどのCNC加工機器で見ることができます。正確には、“見る”ではなく“検出する”ですけど。見たいですか?』

当然のことながら見ることになり、先ほどのCNC加工機器の制御端末の画面に集まった。そこで見たのは針が出ている方向から見たモジュールの拡大だが、画面の中に100本くらいの針が写っていてその中の20本ほどに上から赤色の矢印が表示されているので、その20本の針が不良ということなのだろうけどどれも同じように見えて誰も違いは分かりそうになかった。挿絵(By みてみん)

Musa Badri『これは拡大写真だが、このくらい拡大しても何もわからない。そこで上から周波数を連続的に変えながら超音波を照射し、針の先の溝からの反射を調べた。針の先の溝の中に何もなければ、ある特定の周波数で共鳴するが、何かで詰まっているとその共鳴は弱くなる。これを示したのがこの図だ。』

といったところで、端末の画面が変わったのだが、出てきたのは等高線で描いた同じ高さのたくさんの山の地図に見えるが、よく見ると高い山のほかに低そうな山もある。

Musa Badri『この共鳴の強さを示す山の高さをパラメータとして、ピークがある値以下となる山にマークを付けると』と言うと、低い山が黄色に塗られた。挿絵(By みてみん)

Musa Badri『こうなる。そしてこのモジュール全体ではこの数が40個になる。』崔「たまたま非常に近い値になったのかも」

伴「大事なのは、不良と判断した数が同じかどうかではなく、不良となる原因です。この装置の動作を考えると、針の先の溝に何か詰まったら動作に支障があるはずで、現時点でそういう状況が出ていそうだ、ということが分かった、ということが重要です。これが不良の主な原因かどうかはわからないけれど、少なくとも不良となる可能性は大きいでしょう。それでは、今回見つかった針を交換できますか?予備の針はこちらで用意できます。手持ちはありますよね。」と言って崔を見た。

崔「はい、予備品の中に十分な数の針単体はありますが、ここで対応できますか?」そんなことは特に問題ないという表情でJibril Elhassanと話をして、

Musa Badri『40本全部取り換えるのはそれなりの時間がかかるけど、テストで10本くらい試すなら1時間もらえれば十分だろう。ただ、こちらの準備があるのでリフトの作業をしながらだと、少しきつい。』

そういうと、

Kierが「さっきのリフタであれば、似たようなものを使ったことはあるから俺が操作できる。ただ最初だけは様子を見て欲しい。」ということで、3号機の撤収と4号機の設置をJibril Elhassanが様子を見ながらKierが操作した。その後Jibril ElhassanとMusa Badri は崔から予備の針をまず100本ほど受け取って、CNC加工機器でのモジュールの針交換作業の検討に入った。

4号機の接続が終わったので崔が不良のモジュールを読み上げた、「この装置の不良モジュール数は4、位置は(0,0), (3,0), (4,0), (5,0) 必要な予備モジュールは (A, F)、( C,F)、(B, (-F))、(C, (-F))、 が各1個、このほかに、(0,1)と(5,8)、(1,0)と(4,9)、(2,0)と(3,9)を交換」。

それを聞いていたMusa Badriはふーんと少しうなり、

伴「4号機の不良モジュールの位置は、3号機とはずいぶん様子が違うけど、2号機には少し近いように見える。」と言ったのだが、

かまわず崔「まずは、モジュール交換作業をお願いします。」

4号機の作業の後は、Kierが4号機を外して代わりに5号機を運んできた。接続が終わったところで、

崔「5号機です。不良モジュールは2個、位置は(4,0)と(5,0)、交換する予備モジュールは(B,(-F))と(C,(-F))、これで(A,F), (B,(-F)), (C,(-F))の予備モジュールが無くなったはずです。」

Kier「確かに、そのようだ。」

崔「このほかに、モジュールの交換ですが2か所、(2,0)と(4,9)、(3,0)と(2,9)。」

伴「これは3号機の傾向に近いように見える。」5号機の作業がだいぶ進んだ時に

崔が伴に向かって言った「予備モジュールが無くなったので、ここでできる作業は終わりと思います。」

それを聞いていたMusa Badriは『そうでもないだろう。不良モジュールの位置は進行方向に向かって左端のみのようだから、6号機の不良モジュールを7号機で使えそうなモジュールと交換すれば、予備を1台作ることができる。接続しなくても、どこが不良かのデータは、接続しなくても見えるのだろう?』

伴「ありがとうございます。私も同じことを考えていました。6号機と7号機の不良個所を教えてくれない?」

崔「わかりました。まず6号機は4か所、位置は(0,0), (2,0), (3,0), (4,0) 必要なモジュールは(A,F)が2個、(C,F)と(B,(-F))が各1個。そして7号機も4か所、位置は(0,0), (3,0), (4,0), (5,0)、必要なモジュールは(A,F), (C,F), (B,(-F)), (C,(-F))です。それでは、6号機で必要なモジュールを7号機から外しましょう。」

そのときMusa Badri『邪魔して済まんが、針の交換が終わったそうだ。実はテストで10本だけの予定だったが、10本終わったときにこちらでは5号機の作業中で邪魔してはいけないだろうと、残りも終えてしまった。始まってしまえば、同じ作業を続けるのは楽なのでな。』

これには崔、伴とも驚いたようだった。

崔「10本終わるのが、あと1時間かかると思っていました。それでは、チェックしましょう。結局そちらの測定結果に沿って40本交換した、ということですね。」

Musa Badri『そうだ。』

Kierがモジュールを受け取り、接続されていた5号機の中からモジュールを一つ外しそこに受け取ったモジュールを繋ぎこんだ。

崔「それでは診断します。え?2」

伴「それは、不良の針が2本と言うこと?さっきは39本だった?」

崔「そうです。」

伴「つまり、彼らの測定方法でうまくいきそうで、交換作業もここで可能ということになる?」

崔「その判断で、あっているかと思います。」

Musa Badriの方へ向き直って、伴「それでは、正式に彼らに作業をお願いしたいと思います。ただその前に契約をしなければいけません。」

Musa Badri『我々もただ働きはする気はないけど、そちらの言い値で構わない。ただ時間がもったいないから、この作業が一段落したら最初の部屋に戻ってそこで手続きでいいかな?』

伴「ありがとうございます。本当はいけないけど、それでいきましょう。お願いします。」

Musa Badri『今までに聞いた内容だと、不良モジュールは4種類。今夜中に2種類対応できると思うから、うまくいけば明日の昼に修理したモジュールをそちらの作業現場に届けに行くよ。そのときにそちらの作業を見せてくれるかな?』

伴「それは助かります。こちらの作業を見る分については全く問題ありません。」

Musa Badri『ついでに、もう一ついいかな?』伴と崔が頷いたので、

Musa Badri『この装置は、横一列に並んで動作させた、ということで正しいかな?ただし2号機と4号機は他より少し遅かったように見えるが。』

崔「確かに横一列に並んでどうさせました。この横一列というのは、その通りで2号機も4号機も他よりは遅れていないはずです。」と言ったのだが、

それを聞いていたKier「確かに2号機、4号機は荷車半分くらい遅かったです。写真を撮りましたので、お見せしましょう」といってHMDに動作中を撮影した画像をおくったが、それには確かに2号機と4語気が少し遅れて動いているのが分かる。Musa BadriはHMDを使っていなかったので、Kierは自分のHMDを外してMusa Badriにも画像を見せた。

崔「え、確かに2台遅れて動いている。でも、どうしてこれがわかったのですか?」

Musa Badri『この装置は空冷方式で、進行方向の左側から空気を吸い込んで右側から排気しているよね。その時に周りの砂を巻き上げ、それを左隣の装置が吸い込むために、左側だけに不良モジュールが発生していると想像した。そして3号機と5号機は不良モジュールが後ろだけにあったので、2号機と4号機は他より遅いのでは、と思ったのだ。』

伴「確かに、現象を見る限りではその通りに見えます。そうだとすると、明日は、例えば1,3,5号機の3台を先に動かして、2mくらい間隔を開けてから2,4号機を動作させるのがいいだろう。」

Musa Badri『応急措置としては、それでいくのがいいだろう。ただ日本ではここまでの不良は生じていなかった、ということから考えると、もう少し突っ込んだ処理も必要だろう。』

崔「抜本的な改善など、急には無理でしょう。」

伴「いや、ここで発生した問題はここで原因を見つける必要がある。明日の午後にはMusa Badriさんに動作を見てもらうから、その時に必要なら動作フローの簡単な修正なら対応できるように、本社の制御チームにスタンバイをお願いしてくれるかな。」

崔「我々の意見ではなく、外部の意見で決めるのですか?」

伴「今日のトラブル対応を見る限りでは、彼らの言うことが一番的を射ている。我々に必要なのは、出てきたいろいろな案から一番可能性が高いものを選び出すことだ。」

崔「わかりました。」

作業が一段落したので、契約の件もあるので全員もとの大部屋に戻ったら、いつの間にか食事の準備ができていて、部屋の近くに来ただけで肉と花の匂いがした。

Musa Badri『最初に話したように、今夜あなた方は私のお客だし、そちらと正式な契約も結ぶというので、近くの知り合いに頼んで用意してもらった。質素な料理だが、今の時代はこれが精いっぱいのもてなしだ。』

確かに2025年の基準では質素かもしれないが、テーブルの上には肉と豆の煮物など3種類ほどの肉の料理、雑穀と小麦の混ざったパンが2種類、あとは赤いお茶のような飲み物があり、その場の全員には十分な食事に見えた。肉は羊肉、赤い飲み物はハイビスカスのお茶だった。

そのあと、Musa Badriが『それに、この料理は本物の』と言いかけたところで、

Zhaoが言った「これは素晴らしい。こんな料理を食べるのは本当に久しぶりだ。なんたって、この肉は本物の羊だ。臭いで分かる。あんたは知らないだろうけど、ハルツームの街中でこんな上等な食材の料理を出してくれるところは、ほとんどないはずだ。あのEU本部の中のレストランなんか、たくさんあるのだけど、肉料理らしい何を頼んでも何の肉とははっきり書いていない。要するに本物の肉ではないのだ。ひどいものだよ。よくこれで病気にもならず、仕事ができるものだと自慢したくなってしまう。」これ以上言われるとまずいと思ったのか、

David「あそこの食事は、1日の仕事に十分な栄養が含まれるし、味だって・・」と言いかけたのだが、

Kier「確かに街中で食べるのは、それなりに肉の味はするし、まずくはないけど、偽物だ。ここにあるのは、どうみても本物の羊だ。」

Musa Badri『インシャーラ(その通りです)』ということで夕食が始まり、その後伴が代表でMusa Badriへの仕事の依頼として契約書が交わされた。当初伴は、これは面倒な作業だろうと心配していたのだが、Musa Badriの作業所は正式名称がM&J Agricultural Machinery Companyという会社組織で、EU Space Development Corp.の入札指名業者の資格を持っていたため、革新的資源活用機構での手続き上何の問題もなく伴の持ち物にある小型プリンタで手続きの済んだ書類がすぐに出てきた。後で伴がDavidに聞いた話では、EU Space Development Corp.のBruce Jackmanが上層部に掛け合いながら、Musa Badriの組織には会社組織の登録を依頼してまとめた、ということだった。ただ、この会社が名目上の設立目的である農業関係の機械修理を、EU関係で行うのは今回が初めてだったらしい。

一連の手続きが済んだ時、Musa Badriが聞いてきた

『Yoshi、あなたは何故この仕事をしてるの?他の人たちは仕事だから、という感じがするけど、あなたの場合は何かほかに大きな理由があるような気がする。さらに言うと、あなたはその話をしたいと思ったことはあるけど、今まで誰にも話したことは無い。違うかな?』

伴は、驚いた表情をしてMusa Badriのほうを見て、どうしてこの人はそんなことまでわかるのだろうと思いながら、この人には話してもいいと感じた。

「わかりました。お話ししましょう。今まで特に話す必要がなかった、というか話をする意味を感じなかったから、ここで話す内容は今まで他の人には話したことはありません。まずお見せしたいものがあります。」

と言って持ってきていたキャリーバッグの中からこぶし大ほどの貴重品を入れるような青い箱を出した。見ている人たちは指輪にしては大きな箱だと思ったらしいが、開けると5㎝角ほどの石が出てきた。色は全体的にややくすんだ黒だが、一部欠けているところは鏡面反射なのか黒光りしている。

Musa Badri『宝石かと思ったら違うね。それが石炭かい?』

伴「これは祖父からもらいましたが、その祖父は、その祖父の祖父からもらったそうです。祖父の祖父は、そのころまだ日本に残っていた炭鉱、場所は九州なのですが、炭鉱で働いていました。そして私が生まれたのは、その元炭鉱の町だった、と聞いています。ところが、日本の電力会社などが輸入したけど日本政府の政策変更で燃料として使えなくなった石炭の活用方法を福島で検討していた祖父が大事故に巻き込まれて入院したため、私の家族は私が小さい時に福島へ引っ越ししました。だから私は福島で育った記憶しかありません。それが、今私が所属している革新的資源活用機構ができて、父がそこの所属になり本部のある九州に引っ越すことになりました。それは私が小学校低学年の時です。親からは生まれた場所だと言われたのですが、最初は全く周りになじめなくて独りぼっちでした。そのとき祖父からもらった石炭を見て、私と同じだと思いました。そこに確かにあるのに、世の中では忘れたいもの、あると面倒なもの、という意味で。そのうち友達もできてきたけど、就職するときに思いました。この石炭を始末するのが、私の役目で私が生まれてきた理由なのだ、と。」

Musa Badri『あなた方は、この時代は昔からの人類の発展のつけの地球温暖化がたまって大問題になっているひどい時代と思うかもしれないが、私の生きた時代と比べるとまだ恵まれている。作りたいものを作り、それを人類の未来のために使っている。私はたくさんの武器を作ったけれど、本当は人を傷つけるものは作りたくなかった。うらやましいと思う。それからYoshi,生まれてくるのに理由なんていらないし、大きな責任を一人で抱え込む必要などない。大切なことなら、みんなで分担すべきなのだ。あなたは、その仕事が非常に重要だと思っているんだね?』

伴「はい、その通りです。たまに人がたどってきた歴史を考えます。」

Musa Badri『ヒトの歴史?大きな話だね』

伴「いつの世でもいろいろな問題があります。しょうがないのですが、ヒトは目の前にある問題を片付けるのに必死になり、例えば100年後に大変な問題になると言われていて、やらなければいけないとわかっていても、自分が生きているとは思えない先であれば、他の人が対応してくれるかもしれない、何かすごい技術が出てきて解決するかもしれない、などと考えて、それについて考えるのをやめてしまいます。そして、その100年後がすぐ近くになってしまったときには、何をするにも選択肢が無くなっていて、何かを失うことが分かっているのに突き進むしかなくなります。私の国の場合の一つの例は、2090年での東京の臨海地区の一部の居住放棄です。100年前から地球温暖化による海面上昇の危険性が言われて来たけど根本的な解決をすることなく、結局10万人以上が強制移住することになりました。私が今所属している団体でも、10代後半に強制移住した方がいます。」

David「まさか、あの理事?」

伴「そうです。阿部理事で、現在の居住放棄地に建っていた高層住宅に居たそうですが、10歳の時に放棄が発表され、それから混乱の中で両親が必要な手続きを調べながら引っ越し先を探し、18歳の時に引っ越したそうです。」

David「その前に聞いていた話だと知り合いになりたいとは思えないが、急に住んでいたところから引っ越しを余儀なくされたという話には同情するなあ。そういう経験があるから、できそうな機会があればできる限り自分に注目を集めたい、ということなのだろう。」

伴「理事の話を持ち出したのは、単に身近にも当事者がいるということで、遠い先の話は後回しになり気が付いたときには対応が手遅れになってしまうのです。私が今やっていることは、その少し遠い未来に少しでも選択肢を残したい、ということです。この世の中には、そんな未来に向けたことをしている人がいるべきだろう、と思っています。」

Musa Badri『インシャーラ(それがうまくいきますように)』

伴はこの言葉が少し気になって、あとでKierに聞いたところ、”インシャーラ”のもとの意味は”神のご加護を”だが、普通は単なる相槌の意味だけ、ただ場合によってはもっと深い意味になる便利な言い回しらしい。Musa Badriが最後に言ったこの言葉は、単なる相槌ではなくもっと優しみに満ちた言い方に聞こえ、伴には「あなたが思っていることは、神の意思に沿ったものだから、何も恐れることは無く進めなさい」という意味に感じた。

Aya「ところで皆さん、石炭は昔何だったか知っている?3億年前の大きなシダの木よ。」

他の人たちが理解していないようなのを見て、

伴「今ふつうにみる樹木は、花が咲いて実がなってその実が落ちて芽が出て大きくなる種子植物だけど、シダというのはキノコなどと同じように胞子で増える大昔からいる植物です。この石炭が3億年前は大きな木だったというのは、父親だったかおじいさんだったか忘れたけど、子供の時に聞いた記憶があります。だから石炭があるところには昔の生き物の化石もあるのだと。学校で習ったかどうかは、覚えていないけど。」

Aya「その3億年前は大きな木だったものから作った粉をここの砂漠に撒いたらそれが大きな木になって、そうしてさらに3億年経ったらまた石炭になる、なんて考えたら、面白いと思わない?」

伴「すごく面白いと思います。」

Musa Badri『インシャーラ』

伴やDavidたちがMusa Badriのもとを離れる前に伴はMusa Badri、David、そして崔と別々に話をして、ホテルに戻ったあとは日本の本部にメールである依頼をした。さすがにその時間は早朝というより夜中に近いからだ。何の話というのは後にするとして伴がこの行動をとったのは、食事のときに

Musa Badriが「君たちの機械はよくできてはいるが、ここで使うにはもう少し工夫が必要だろう」と言ったからだ。


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