No.6 第1章 その4
<Musa Badri>
2時間くらい走っただろうか、少し建物らしきものが出てきた。どれもレンガ造りで小さな平屋だ。途中の道については、Davidから絶対にDavidの車が通ったところを通れとの命令に近い要望があった。伴は少し先に、今までの建物よりは少し大きくて2階建ての、やはりレンガ造りの建物が見えてきたのに気付いた。1階部分にはいくつか部屋があるようで一番端を除いては窓から黄色っぽい光が見えて揺らいでいるようだった。建物の屋根にはどう見ても太陽パネルが付いているので、別に暖炉の火が燃えているのではなく天井などにつけた複数の電球色のLED照明の発光強度を位置に応じてゆっくりと変えているのだろう。伴はそのような照明は使っていないが、この地域だけでなく世界中には暖炉のような光の揺らぎがある照明を好んでいる人は多い、という話を聞いたことがある。それは、炎の揺らぎにより脳のα波が増えリラックス効果が生じるかららしい。そのときDavidのHMDでの通話が半分途切れながら聞こえてきた。
David「・・近くまで来ました。あと数分でつきます。こちらは装甲車3台とマイクロバス1台です。」
そのとき、その建物の端の窓の照明が消えたのだが、そこの色だけは青白かったので伴は、そこが作業場なのだろうと思った。
その後車列は左に曲がり建物の反対側に出て停まった。どこにも標識などは無いのだが、車の通った跡がありそれを辿るとそうなるのだ。かなりしっかりした跡なので、毎日数台、それも重い車両が通っているのだろう、と伴は思った。車両が止まるとすぐに、建物のドアが開いて中から民族衣装と思われる服装の老人が出てきた。上下が繋がってガウンのように見えるジャラビーヤと呼ばれる衣装に見えるが、普通色は白なのにこの人の場合は薄い茶色で、ターバンは付けていない。そして左足は足首から上が金属の棒になっているのが見えたから、義足のようだ。
すぐにDavidが車から出て「初めまして。EUのDavidです。」
というのが聞こえ、Davidがこちらに向かって手招きをしたので他のメンバーも車から出てきた。車から出た時、やっとその民族衣装の人はかなりの高齢で何かを話しているのが分かったが、こちらのHMDには何も表示されなかったので、よく見たらその人はHMDなど身に着けていなかった。崔が自分のHMDを調整しようとした様子を見て、
Kier「あの人はHMDなど使わない。民兵組織関係者は盗聴などを恐れてそういう機器を使う習慣はない。」と言った。
ということで、ここからの会話は、EU側は小声でHMDのマイクで話しEU側他のメンバーには無線で送信されてユーザーの言語に変換、先方へはアラビア語に翻訳された後、HMD付属のスピーカーから音声が出力、先方はアラビア語で話しそれをEU側のメンバーはHMDの外部マイクから入力し各ユーザーの言葉に翻訳するという形になる。ただそのままの言語で書くとわかりにくいので、単に日本語へ変換した形で書くことにする。
David「彼らはHMDを使わないので、皆さんこちらのほうに集まってください。」
と言ってこちらのほうへ向き直って手招きをした。伴たちが車から降りて行くと、建物の中にもう一人、入り口にいる人よりは若いように見えるがやはり高齢の人が部屋の奥に立っているのが見えた。こちらの人は頭に茶色のターバンを巻いていて白いシャツにポケットがたくさんついているように見える茶色のズボンをはいて少し色がついているサングラスらしきものをかけていた。ちなみに、こちら側の人たちのいでたちは次のようなものだ。
EU Space Development Corp のDavidとZhao Míngxuānは、ともにTシャツの上に上下ともに薄い青色に黄色の星マークと胸と背中には“EU-SDC”との文字がついた作業着・ジャンパーで薄い青色のヘルメットをかぶっている。DavidのTシャツは水色で、腰にはジャケット同様に青色で黄色の星マークとロゴの入ったウェストポーチを付けている。Zhao MíngxuānのTシャツは赤字に大きな白文字で“熱烈”と書かれていて、右肩には青地で黄色の星マークとロゴの入った小さなリュックサックをかけている。革新的資源活用機構の伴、崔、Kierといえば上着は革新的資源活用機構のジャンパーで白に近いグレー地に左肩から右の腰にかけて数本の細い線、右の滑に赤い丸、その横と背中には“J-RRUO”の黒文字がある。ズボンは伴と崔は同じ布地、Kierは合うサイズがないとのことで黒いジーンズ。持ち物は、伴は青っぽい色のキャリーバッグで、これはいつも持ち歩いている青色で大きなスーツケースから取り出したもの、崔は全体が銀色で表には白地に赤色の線の丸、中に黒字で”J-RRUO”のシールが貼ってあるアタッシュケース、Kierはシンプルに黒のウェストポーチ。一方、そこから業務を依頼されているThomasとDengは伴からジャンパーが必要か聞かれたときに不要と断っていて、それは” J-RRUO”では周りに受けないという理由らしく、Thomasはオレンジ色のTシャツ、黒いだぶだぶのズボン、白っぽくて背中には自分の会社名の”Lion Data Center”と大きく書かれているジャンバーを着ていて、それに黄色のうぇすポーチをつけている。Dengは黄色で胸にSuper ManとかかれたTシャツ、青くてだぼだぼのやや短めのズボンに白いスニーカー、フード付きで背中にJUMP!と書かれたトレーナーのようなジャンバーを着ていて、持ち物はなし、必要な小物は服のポケットに入る範囲らしい。最後にAyaとMohamedの場合、
Aya曰く「私たちNPO(Non-Profit Organization:非営利組織)」は、あなた方のような恵まれた状況ではないから統一したユニフォームなんかは持っていないの」ということで、Ayaは白っぽいシャツにズボンで白いスカーフを頭までかぶり、シャツの上に葉クリーム色のコートを着て、肩からは少し大きい黄色のショルダーバッグを下げている、Mohamedは、黒っぽいシャツに少し青いズボンそれに黒っぽいフード付きのジャンパーを着ていてその背中には白い身体で曲がった角を持ったウシの首から上のイラストがある。持ち物は、小さめの黒いリュックサックだ。
David「先方はアラビア語なのでHMDの外部スピーカーのセットをしてください。」
つまりは、各自は小声で自国語で話すと、外部スピーカーからは翻訳されたアラビア語が出力され、他のHMDには必要に応じてユーザーの言語に翻訳されたものが届く。このため離れたところから見た場合は、ボソボソと小声が聞こえた後でアラビア語の会話が続くように見える。ドアのところに近づいて立っている老人に向かい、
David「初めまして、私が先ほどご連絡したEU Space Development Corp.のDavid Cookです。急なお願いに対応していただきまして、ありがとうございます。こちらは」
と言って後ろのほうを手で指して「私のグループのメンバーです。あなたは、」と言いかけると、
老人が答えた『Musa Badri、ここの管理をしている。後、あそこにいるのがJibril Elhassan<ジブリール エルハサン>、私の助手みたいなものだ。』
と言って自分の後ろのほうを手で示した。確かに、部屋の奥で壁に寄りかかっている大柄な男が見える。年齢はMusa Badriというこの老人よりは少し若く70歳くらいに見え、がっしりした体形にも見えるが何故か弱弱しそうで、白っぽいシャツに薄い茶色っぽいズボンを身に着けている。頭には茶色のターバンを巻き、あごのほうは少し白髪が混じった無精ひげ、そしてやはり薄い茶色のサングラスをかけているので表情はわからない。
Musa Badri、自分の胸を手で触って『彼には、少しここに問題があって、普段見慣れない人たちは苦手なので、なるべく彼には話しかけないで欲しい。まずは、中に入って、この場所で十分かどうか見て欲しい。要するにこの部屋だ。』
と言ってドアから少し奥に入った。そこでDavidが1人ずつ紹介しながら建物の中に入って行った。伴の順番の時、手で持っているキャリーバッグを見て
Musa Badri『こんばんわ、あなたはいつもこんな大きな荷物を持ち歩いているのか?』と聞いてきた。
伴「別にたいしたものは入っていないのですが、ある程度の日常品が身近にないと不安になるたちなので。」
David「最初見た時も荷物が多いと思っていたけど、やはりそういう性格だったか。」
その話の最中に伴は何となくMusa Badriの義足を見て、失礼かと思い直して目をそらした。伴がニュースなどで知っていた義足は一見したら普通の足に見えるものなのだが、Musa Badriの義足は服の下から金属部分が丸出しで見栄えなど気を付けずに取り付けたように見えた。それを見て、
Musa『あなたは、こんな義足を見るのには慣れていないかな?』
伴「つい目が行ってしまいました。気に障りましたらすいません。」
Musa『いや、何も気にしなくていい。若い時、少しへまをしてしまって、ちょっとした事故でこうなった。見た目は悪いかもしれないけど、これに慣れていて特に変えたいとは思えないのだ。』
この”事故”というのは交通事故のようなものではなく、自分で作った地雷が暴発してしまった、などということなのだろうと伴は思った。
最後にThomasとDengが入ってきた時、
Dengが入ってくる早々に『あなた方は、”砂漠の幽霊”ですね。私の母の叔父は、2079年にあなた方との戦闘で死にました。』と言った。
Musa Badriは少しだけ驚いたように見えたがすぐに落ち着いた表情で『反乱部隊にいたのか?』
Deng『あ、誤解しないでください。私は別にあなた方を恨んではいません。反乱部隊に入ったので母の叔父の責任で、自分でもそうなることはわかっていたようだ、と聞いていますから。それに、あなた方の方だって数人亡くなっているのは知っている。他の人たちは、これがあなた方で良かった、と思っています。』
Musa Badri『ありがとう。あそこにいるJibrilがこうなったのも、その時の戦闘が原因だ。』
Deng『何か大きな怪我でもしたのか?』
Musa Badri『いや逆だ。そのときJibrilは血気盛んな14歳で、自分の力を周りの大人に認めてもらいたくて事件が起こったときに戦闘員として参加したいと言ってきたのを、俺たちはこれが重要な仕事だからと言って後方での補給作業をさせることになった。これで戦闘に巻き込まれることは無いはずだったのだが、作業中に物陰に隠れていた相手側戦闘員が突然襲い掛かってきたので、とっさに持っていたナイフで相手を刺したそうだ。Jibrilは、相手が自分よりもずっと大きな人に見えたと言っていたが、刺した後見ると意外に小柄で年齢もほぼ同じだったそうだ。そして刺された相手は即死ではなく、Jibrilは少なくても数分間は相手が泣き叫びうめく声を聴いたようだ。これがトラウマになって、これ以降Jibrilは人混みの中にいることができなくなり、ずっとここにいて俺が面倒を見ている。ただ、もともと手先が器用だし力も強いから、Jibrilはこの辺では評判がいい。あの時代に生まれたのでなければ、きっといい職人か、会社なら重役くらいにはなっていたはずだ。』
Deng『すいません。言いにくい話をさせてしまって。』
Musa Badri『いいんだ。どのみち、いつかはこの話をしなければいけなかっただろうから。まずは今日、あなた方は私の客人だ。私たちに客人のもてなしをさせて欲しい。』
周囲で聞いていた伴たちは、この話が何のことか理解できていなかったのだが、後でDavidやKierから聞いたのは、次のような話だった。
スーダンでは2070年頃まで内戦状態が続いていて、多くの民兵組織が対立していた。そこにEUの関係会社がハルツームに宇宙エレベーターの基地を作る話が出てきたため、奥の民兵組織は反EUで固まりかけたのだが、そのすぐ後に宇宙エレベーターの設備を用いた通信サービスをするので多くのIT関係の会社がハルツームに進出してくるし、地元でも多くのIT技術者が必要となるという情報が入ってきてハルツーム近郊でのIT技術者が重宝されるようになった。もともと各民兵組織は砂漠の移動などでの通信が必要なためITに詳しい人材を集めていたのが、その多くのメンバーが高給に魅せられてIT産業側に吸収されて行った。その結果もあり、各民兵組織は反EUで固まるよりEUや同時に進出してくるIT関連会社に協力するほうが得策と考え直すようになり、ほとんどの組織はEUによる宇宙エレベーター建設に協力するようになった。当然ながら。一部の組織は反EUを貫き妨害活動を続けることになったが、その勢力は減少の一途をたどった。そして最後の大規模な妨害活動が、2079年の「ハルツームEU襲撃事件」(2079.4.2(日))で、反EUの民兵組織構成員33名がハルツームにある宇宙エレベーターの基地局の隣にあるEUハルツーム支局の建物に乱入し1部屋を占拠し立てこもったというもの。これに対してEU側の軍事組織が鎮圧しようとしたのを、将来にわたって反EUの感情が残るのを危惧した地元政府が押しとどめ、代わりに大多数の民兵組織に協力を求め、半日後に鎮圧したというもの。この鎮圧部隊の中心となったのが、「砂漠の幽霊」で要するに憎まれ役を敢えて引き受けた、ということになる。結果として、反乱組織の33名全員、巻き添えになったEU側職員2名、鎮圧側5名が鎮圧などの戦闘で犠牲となった。先ほどの話のように、Dengの母の叔父は反乱組織側、Jibril Elhassanは鎮圧部隊側で戦闘に参加した。あと本院は何も言っていないが、Davidの考えではMusa Badriも鎮圧側で参加したようだ。それは、反乱組織側が仕掛けた爆発物を鎮圧部隊側にいて少しやせ形で義足を付けた兵士が手際よく処理していくのを、反乱組織の人質になりながら助け出されたEU側の職員数人が見ていたからだ。
表向きは反EUの民兵組織が事件を引き起こし、これを別の民兵組織が沈めた、となるので、外部へは民兵組織間の衝突が起こりEUはとばっちりを受けた、との報道がなされた。また地元の人たちの間では、「砂漠の幽霊」という民兵組織は平気で人を殺す怖い集団というイメージだけを残した。そして、これ以降は宇宙エレベーター関係で複数の犠牲者が出るような事件は起こっていない。
ついでにもう一つ背景説明がある。全員が部屋に入った後、
Musa BadriがDavidに聞いた『どうして、ここに連絡をする気になったのか聞いてもいいか?特に君の顔を前に見たような気はしないので。』
David「あなたは、このあたりで一番信用できると聞きました。あなたですよね。2102年RPCのトレーラー事故の時に我々を助けてくれた”The Kind Desert Ghost ”(親切な砂漠の幽霊)とは。Bruce Jackmanがよろしくと。」
Musaは少し懐かしそうな表情をしながら、その質問には直接答えず、右手を自分のあごの下に持っていってもじゃもじゃの髭をさするような仕草をした。
Musa Badri『その人は、まだ元気でこっちにいるのか?』
David「Bruce Jackmanは、あの事件の数年後に結婚して髭を剃りました。奥さんはハルツーム出身で、きれいな方です。今は宇宙エレベーター基地局の敷地にある警備部門の訓練所の教官で、入退希望の若者たちをそれは厳しく訓練しているので、鬼教官と恐れられています。」
Musa『そうか、それはいいことだ。まだ地雷が残っているところは多いから、気を抜くとケガでは済まない。ところで、それで、何故私に連絡したのだ?義足の人なんて他にも大勢いるのに。』
Davidは、単に手で胸のあたりを触った。
Musaは胸につけた木製の十字架を出して『これか?』
David「はい、そうです。そのようなものを身に着けた人は少ないので。」
Musa『私自身は別にクリスチャンではないのだが、これは母親の形見なのだ。私がグループに入る前に病気で死んでしまったから、それ以来身に着けている。そのおかげでここまで長生きできてきたと思っている。』
この2102年の事故については、後になってDavidが次のように説明してくれた。
2102年5月10日(水)の午後に、EU側からの忠告を無視してRPCの大型トレーラー1台が砂漠の危険地帯と見なされた地区を走行しているときに、地中に埋められていた地雷が爆発してトレーラーは大きく破損し、運転手1名がその場で動けなくなりEU側に救助要請が来た。そこでBruce Jackman他10名ほどが装甲車とトラックで現地に向かった。ただ他にも地雷があるだろうということで、1㎞くらい手前で停まり、今後まずは運転手をどのように救出しようかと検討をしているうちに暗くなった。そこで早朝に偵察用ロボットを出そうと用意していたら、遠くで地雷の爆発らしい音がしたそうだ。その1時間ほど後に事故現場のほうから、茶色の民族衣装を着て左足が義足の男が黒っぽい作業着を着た男を背負って歩いてきた。
Bruce Jackmanたちがそこに駈けつけようとしたら、その男は片手でその場から動くなと合図をし、そのままびっこを引くような歩き方でこちらに歩き続けて10mくらいまで来たところで運転手を引き渡しながら、「この辺は、地雷があるかもしれないからな。」と言った。Bruce Jackmanがその男の左足を見ると、義足の先が壊れていた。
「これは、ちょっと焦ってへまをしてしまった。反対の足でなくてよかった。両方とも義足だと歩きにくいからなあ。」と男は言った。
男はそのまま帰るというのをBruce Jackmanは引き留めて、持ってきた器具を使って応急処置だけしたら、男は「これはいい出来だ。」と言った。
男はそのまま歩いて帰ると言ったのだが、Bruce Jackmanは途中まで送らせて欲しいと言って10㎞ほど装甲車に乗せて行った。
「帰りは、今と同じ場所を通るように」と言い残して、男は何もないところで降りていった。それ以来、Bruce Jackmanはその男のことを「The Kind Desert Ghost」と呼んでいる。Bruce Jackmanは、車に乗ったときにその男が銀の鎖につながった木製の十字架を付けていたことを覚えていて、基地に帰ってから車を止めた先には小さな集落があることを調べた。そしてその集落にある大きな建物の管理者がMusa Badriという左足が義足の男だとまでは調べたのだが、連絡する機会がなく、今に至っていた。Davidは、砂漠で役立ちそうな技術を持った会社を探す過程でBruce Jackmanからこの話と砂に潜る地雷の話を聞き、Musa Badriへの連絡方法を調べたらしい。
伴たちが入ったところは大広間で、建物の外観はいかにもレンガ造りのどこにでもある昔からの造りなのだが、内部は鉄筋構造の何かの工場という感じで床は茶色のフローリング、広さは10m四方くらいで天井の高さは3mほど、壁は一見連がむき出しに見えるがその模様の壁紙、天井には大きな円形の照明器具がいくつかついていて、その内部の照明器具の点灯の強弱を切り替えて外から見ると暖炉の火が揺れているような効果を出している。
そして窓は、やはり部屋の中からから見ると普通のオフィスビルのようなスチール枠だ。部屋の中には、スチール製の大きなテーブルがいくつかと、普通のオフィス用の椅子が10脚ほどと、部屋の端のほうには年代物らしい木製の椅子が2脚、その近くにやはり木製のテーブルと食器棚か道具入れらしいものがあった。
Musa『俺たちは、こっちの古いほうが、気が落ち着くんだが、この広さで十分かな。電気や通信環境も揃っている。』
David「どう、これでいいだろう?」と伴に向かって言うと、
伴「奥の方にも、作業部屋がありますよね。よろしければ見せていただけませんか?」と聞いた。
Musa『奥のほう?この建物の中を知っているの?』
伴「こちらに来る途中で、この建物1階の一番奥の部屋の照明が消えるのを見ました。その照明はこの部屋と違って昼光色でしたから、作業部屋ですよね。」
Musaは、どうしてもっと早くに照明を切らなかったのかと問い詰める感じでJibril Elhassanを見た後、『なかなか、あなたはよく気が付くようだね。その勘は正しい。特別にお見せしましょう。それでは、こちらへ。』と言ってゆっくりと廊下に出て行ったので他の人たちも続いた。
今まで全員がいた大部屋のドアは左右両方を開けても2mくらいなのに、廊下の幅は3m以上ありそうで見た目は工場か大きな会社のようで、どう見てもこのレンガ風に見える建物とはあっていなかった。一番前にいたのはJibril Elhassanで、Musa Badriが合図をしたようで奥の部屋のドアを開け中の照明をつけた。それは青白い昼光色だったし、その部屋のドアの大きさは先ほどの作業部屋よりはずっと大きかった。この廊下は、奥の部屋に大きなものを運び入れるために広く作ったのだろう、と伴は思った。Jibril ElhassanとMusa Badriが入ったあと他の人たちは入り口に固まっていたので、伴が次に入った。その部屋は様々な工作機械が並んでいてちょっとした精密工作専門の工場のようだった。その中に1台だけ、伴に見覚えがあって、しかも制御画面に何か表示されているので電源が入っている機械があった。伴はその前に立ち止まり、制御画面を見て機械に触れようとしたときに、後ろに人の気配を感じた。そのときMusa Badriが『・・』何か言ったのだがHMDは聞き取れず、次の『Jibril、やめろ。』だけ聞き取れた。伴が後ろを振り向いたときにはDavidやAyaの「何持っているの?」などの声が聞こえたのだが、見えたのは大柄な伴のJibrilがすぐ後ろにいて右手は何かを持って自分の方の高さに構え、左手は伴のほうに伸びていた。
伴「それは何ですか?」
Musa Badri『スタンガンだ。あんたがこちらで所有している装置を勝手に触るのを防ごうとしたのだろう。50年前でなくて、よかった。』
伴「その時だったら、私はどうなっていたのですか?」
Musa Badri『まず、ここで作っていたのは物騒なものだったはずだから、それを外部の人に知られるのはまずい。そのころ手に持っていたのはスタンガンではなく、本物のガンだろうし。だから何か悲惨なことになっていたかもしれない。ところで、いったいこの装置に何をしようとしたのだ?』
”スタンガン”という声を聴いて、周りからは安どの声が漏れていたが、それまでは気が付かないようで、伴「これと同じではないけど、ほぼ同じ装置は昔よく使ったことがあって、たまたまHelp画面が見えたので。」
Musa Badri『Help画面?』と言ってJibril Elhassanのほうを見ると、そうだということでJibril Elhassanは頷いた。
伴「これじゃ使いにくいでしょう。日本語表示だから。この装置の製造番号が剥ぎ取られているから、正規購入でないのでしょう。だからシステムでの表示原語の切り替えを何処にも頼めなかったのだろうと思いますけど。」と言った時に、周りが何のことを話しているのだろうとさらに緊張がほどけたような声がしたが、
Musa Badri『詳しいことは言えないが、確かにこれは50年ほど前に正規ではないルートで購入しているから、この装置のメーカーや代理店に聞くわけにもいかず初期設定の日本語のままだ。我々が購入した相手側の説明では、この表示言語の設定は日本の本社対応なので、正規購入ルートの顧客でないと変更はできない、と言われた。ただ、日本語からの翻訳だけなら不便ではあるが何とかなるから、そのまま使ってきた。』
伴「正規の説明はそのようですねえ。でもその内容には一部不正確なところがあります。昔知り合いにこの装置の製造会社の人がいて教えてくれました。この装置は、高精度な加工が可能なので軍事転用の可能性があるため、重要なシステム変更は本社から担当者が来て行う、定期的に代理店の担当者がこの装置の作業ログファイルをコピーして持ち帰り普段の作業とは異なる作業をしていないかチェックする、これをしないとログが溜まりすぎてシステムが誤動作する可能性がある、などのガードをかけています。これは、ネット経由ではウイルス感染などの危険性があるから、という理由です。ここで不正確というのは、重要なシステム変更は単なる隠しコマンドで対応可能、そしてログの取得をしなくても単に古いログが消えるだけで動作に支障はない、ということです。それにしても、この装置はずいぶん手入れがしっかりしているように見えます。このモニタやキーボード、それに作業用アームの先端など、ここで交換しているようですねえ。だから50年経っても動くのですねえ。すごく感心します。15年ほど前の学生時代に使っていた装置は、その当時で購入後20数年ときいていたから、この装置より10年以上後に買ったもののはずですけど、この装置よりはくたびれて見えた。」
David「ところで、その装置というのは何の機械なのか教えてくれませんか?」
伴の横にあるのが、先ほどから話題になっている装置で、幅2.5m、奥行きが2m、高さ2.5m程度の全体が青っぽいグレー、その左前側に幅1.5m奥行き1mの出っ張った部分があり、その部分の底部から1mからその上1mまでが透明でそこから装置内部が見える。その出っ張りの部分の右横にテーブルが取り付けられていて、その上に制御用端末が乗っている。この端末の表示には日本語の表のようなものが見えるが、これが伴の言うHelp画面らしい。またこの出っ張りの上部には大きく”TSUKUMO”その下に少し小さいサイズで” TKM64C”とある。また出っ張りの底辺近くに少し目立たないサイズと色の銘板らしきものがあって”TKM64C No. ”と読めるが、その後の部分は削られたような跡が見える。
伴「これはCNC加工機械と呼ばれるものです。CNCとは Computer Numerical Control:コンピュータ数値制御 で、ここの出っ張った部分」
と言って真ん中あたりの出っ張った透明の窓を右手で触れ
「ここがこの装置の入り口で、この中に加工したいものを入れ、」
その横にある制御端末を示して
「ここからコマンドを入れると、中から数本のアームが出て入れたサンプルを固定し、別のアームの先からレーザー光を出して指定した形状に加工する。加工したものを指示通り組み立てることもできる。そして、その横は3Dプリンタになっていて、30㎝くらいのパーツなら作れるはずだ。あと、これが今でも動作するのかはわからないけど、長さは50㎝以下だろうけど、太さは数ミクロンまでだろうけどカーボンファイバーも作れたはず。」
David「これで、カーボンファイバーも?それなら、カーボンファイバーを組み合わせた装置も作れる?」と言ってMusa Badriのほうを見た。
Musa Badri『これをここに持ってきた時には、使い方を必死で調べた。今は農機具ばかりだが、あの頃はそうではないものも作ったものだ。』
伴「この装置、とても50年近くたっているとは思えない。この制御端末は当然交換しているだろうけど、ここから見えるアームの部分も交換しているように見える。正規に購入したものではないなら、正規の交換パーツは入手できないだろうから、ひょっとしてこの装置自体で必要な予備パーツを作ったのですね?」
Musa Badri『正規購入ではないので、まず必要な予備パーツを作る、というのは当然だろう。』
伴「たいしたものです。それにしてもこの装置を大切に使っているように見えます。それで、この装置の言語、変えましょうか?」
Jibril Elhassanと何か話してからMusa Badri『それではお願いしたい。アラビア語があれば、それがいい。』
伴「それではお手伝いお願いします。」と言ってその場にしゃがんで、装置の銘板の右に見える小さなネジを回して小さなカバーを回転させると、スイッチらしきものが出てきた。
伴「合図したら、このスイッチを押して欲しいのですが。」
Musa Badriが軽く会釈してJibril Elhassanが寄ってきて身をかがめ右手をスイッチのあたりまで伸ばした。伴は端末でいくつか何かコマンドを打って
「それではスイッチを押してください。」スイッチが押されたのを確認して、
伴「アラビア語ですね。これでどうですか?」
Musa Badriも寄ってきて端末の画面を見て『これは助かる。いちいち意味を調べなくてもよくなった。』




