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No.3 第1章 その1

第1章 「事前打ち合わせとCASM-3テスト」

<宇宙エレベーターの事前打ち合わせ>

前説明が終わったので、また2124年4月10日(月)のハルツームに戻ろう。場所は、もともとはハルツームの中心から西へ数km離れた郊外だったが、ここに宇宙エレベーターの基地ができてヨーロッパ上空を飛んでいる多くの低輝度衛星からの信号を受信するようになってからは多くのデータセンターとデータセンター付きのヨーロッパ各国の大使館分館が集まり、アフリカの一角なのにヨーロッパのデータを一手に扱う巨大なデータセンターになっている。宇宙エレベーターの基地にはそれらのデータが集中するので、500×500mの広大な敷地は厳重に警備されている。そこへのゲートの一つに来たのは黒っぽいドイツ製EVのSUVで、中には助手席に革新的資源活用機構(Resource Revolutionary Utilization Organization)で日本から出張してきた伴吉春という名前の男性、運転席にはコーディネータという肩書でほぼすべての雑用をこなす現地在住のKier <キール> Dobuol <ドボール> Lee<リー>という名前のやはり男性。2人ともマイクが付属した一見メガネ風のHMD(Head Mount Display)をかけ耳には通信機器に無線で繋がったイヤホンを付けている。これにより自国語で話をしても同じシステムを使用している相手には翻訳した会話が伝わる。

以降の会話は、使用者は自国語だがいろいろな言語が混じるので、表記は日本語とする。

ドイツ製の車にしたのは宇宙エレベーターの基地は国連管轄だが、実質的に使用しているのはEU(欧州連合)で、一応気を使ったからだ。というのは、今回行おうとしているプロジェクトは日本政府がEU側に頼み込んで実現したもので、その時に動いてくれたのがドイツ政府なのだ。なおKierの母親は中国出身の人だが、データセンター建設の工事では中国から多くの労働者が来ていた関係で、Kierのように父母どちらかが中国の人というのは多いそうだ。

伴とKierが来た基地の入口のゲートがある場所は、反対側が100m四方ほどの広さがあるポーランド大使館分館、その奥側には広さがさらに半分以下のウクライナの大使館分館が見え、その周囲は1階が飲食店やスーパーなどの店舗でその上がデータセンターと事務所の組み合わせと思われる10階ほどのビルが並んでいる。そのためにそこだけ見るとここはヨーロッパ当たりのどこか平和な街のビジネス街かと見える。そんな中にあって入口のゲートは周囲の建物にはすごく不似合いないかつい構造なのだが、これは宇宙エレベーターの基地ができるまでのハルツームは他のどこと比較してもすごく危険な街だったという歴史と、後で述べるもう一つの理由による。今は当時のような銃撃戦などは無くなったのだが、それは表向き安全に見えるだけだ、という人も多いようだ。ゲートの上には“E3”とあり、これは東側3番目のゲートという意味だ。ゲート前には入場を待つ車が数台いて、ゲートの左右には武装した兵士が乗っている装甲車両が各1台止まっている。如何にも物々しい雰囲気だが、宇宙エレベーターの基地ができてから1回も発砲するような事態は起こっていない。

EU Space Development Corp.側と打合せをすることになったときに、伴とKierは各自の通信装置にEU Space Development Corpのアプリを入れて、ゲートに近づく前にはそれを起動しておくように言われていた。Kierが迎えに来て伴がホテルを出るときに2人ともアプリを立ち上げていて、そのときから今まではE3ゲートまでの案内図のみが2人のHMDに表示されていたのが、ゲート近くになったときにゲート入り口で一時停止するようにとのメッセージが来た。そして入り口手前になり前の車両がいなくなった時に、車両含めHMD以外の機器の電源を切るようにとのメッセージが来た。

Kierが「危険物の調査と我々の個人認証です」と言った時にはブーンという低い音がしてきた。

伴「個人認証は」と言いかけて

Kier「我々の顔データは既に会社からEU Space Development Corp.に渡っています。それとここで撮影した画像と比較しているようです。あと、中に入ったら指紋と目のデータも撮られます。」という話をしていたら、車両を再立ち上げしてリモートモードに、とのメッセージが来て、そのようにするとゲートが開きゆっくりと車両が動き出した。中に入って伴が横を見た時、ゲートの裏側には銃痕と思われる多くの跡が見えて「あれは」と言ったので

Kier「その通り銃痕ですよ。ただ最近のものではないです。」

伴「宇宙エレベーター基地ができてから銃撃は起こっていないと聞いていたけど」

Kier「その通り。これはもっと前です、というかEU Space Development Corp.がここを使う前にこの辺にいた民兵組織の時代ものです。ちょうど場所が良かったのと、予算を抑えるため表側だけきれいにして今でも同じゲートを使っているだけです。」

そのような話をしている間に車両と乗っている2人の持ち物などがスキャンされて危険物はないと判断されたようでゲート近くの建物で車が止まり、必要な荷物を持って建物に入るようにとのメッセージが来た。

伴「ここで打合せ?」

Kier「たぶん、というか絶対違います。ここは、ネットワークで言うとプロキシです。」

伴「見かけの窓口?」

Kier「建物の地下1階で乗り物に乗ってどこかへ運ばれますが、位置情報で探すと我々はこの建物の中にいるというように見えます。我々自身も一度建物に入って移動するとどこにいるのかわかりません。荷物を採りに来ることはできないので、使う可能性があるものはすべて持っていきましょう。」

伴「だから持ち物はスーツケースに全部入るようにと言ったのでしたか。重くなったけどこれだけあれば」

と言って後部座席から大きな青っぽいスーツケースを出し2人で建物に入って行った。Kierのほうは黒いウェストポーチだけだ。伴が途中外を見ると、確かにゲートの中の広いエリアで走っているのは警備関係と作業用と思われる特殊車両だけしか見えなかった。2人はメッセージに従い“B1F”と表示のある階に降りたら、すぐ前に2人とちょっとした荷物しか乗りそうにない小さなカートがありそれに乗り込んだ。地下1階は建物を繋ぐ通路になっているようだ。

伴「地下全体が電波から遮蔽されている、ということね?遮蔽があるからここは実際には地下1階より低いんでしょう。」

Kier「エレベーターに乗った時間から想像してたぶん地下2階くらいでしょう。あと、正確には地下というより先ほどの建物以外はすべて遮蔽されていて、外部との通信はすべて先ほどの建物経由になります。」

カートに入ると中から外が見えるのは小さな窓が前と左右の3か所だけで外部は薄暗くて、さらには小刻みに方向をわざと変えているようでどこをどう走ったかわからないうちに止まりドアのロックが外れドア側にいたKierがドアを開けると建物の入り口らしい。そこを入ってエレベーターに乗ると勝手に動き始めた。行先表示などはないため何階で止まったのが分からないが、とにかく止まって外に出ると廊下があって進行方向3つ目の右手の部屋との表示がHMDに出てきた。そこを入るとすでに2人ほど人がいるのが見えて、あとドアの反対側には大きな窓があった。ただそこから見えるのは木がうっそうと茂った沼地のようでよく見るとワニらしきものが浮いている。そしてこちらを向いて大きな口を開けた。伴らが何だ?この風景は、という顔をしているのを見て中の一人が話し始めた。

「伴 吉春さんとKier  Dobuol Leeさんですね。私はEU Space Development Corp.ハルツーム基地のDavid Cook <デビッド クック>といいます。今後Davidと呼んでください。宇宙エレベーターのスケジュール調整担当で今回のプロジェクトの窓口となります。それからこちらは」

と大柄の男性が言ったところでもう一人の小柄な男性が

「Zhao <チャオ> Zirui <ズールイ>と言います。一応セキュリティ担当ですがそれ以外もいろいろと担当しています。」David「どうぞ、こちらにおかけください」

と言って彼の目の前の6人掛けの机を指した。片側で窓側の3席の両端にDavidとZiruiが座っていて、伴とKierがどう座ろうかという感じで見つめあっているのに気が付いて

David「お好きな席へどうぞ。他のかたはオンライン参加でここに来る予定がある人は他にはいませんから」。

確かに窓の右側の壁面にはオンライン会議画面が大きく表示されていて、その中には知っている顔があった。

伴「あ、ありがとうございます」

と言ってDavidの向かいに座り荷物のスーツケースを椅子の後ろに置いた。それからKierはその隣に座った。

伴「私が伴吉春です。今後は吉春、というよりYoshiのほうが言いやすければそう読んでください。日本の革新的資源活用機構でGreening Initiative-BVMCA Projectを担当しています。それでこちらが」

Kier「Kier Dobuol Leeです。私はKierがいいです。革新的資源活用機構とは形式上はコンサルタントですが、基本的にはその他いろいろ手広くやっています。」伴「このプロジェクトに関する連絡窓口ですが、通常の連絡であればKier、秘密事項の場合は直接私が窓口ということでお願いします。そちらへの提出文書にもそのように記入しています。」

David「そのようですね。確認ですけど、秘密事項に関しては直接そちらの阿部理事ではなく、Yoshiでいいのですね。理由は聞きませんけど。」

伴「その通りです。」

David「わかりました。本題に入る前に一つ聞いていいですか?」伴の手首のほうを見ながら、そう言った。

伴「はい、なんでしょう。」

David「その手首から見えているアンダーウェアは、コールドテックですか?日本では冬以外はみんなそれを着ている、と聞きました。」

伴「その通りです。汗をかくと、汗を吸って生地が冷えるのですごく楽です。これがないと日本で外を歩くことはできないくらいです。」

David「それは、ここでも有効ですか?ここは乾燥しているから汗かいてもそのままですぐに蒸発するから必要ないでしょう。それに、そのアンダーウェアで全身を覆うわけではないから、境の手首や首のあたりの筋肉にストレスがたまるのでは?」

伴「確かに、ここでは着なくてもいいような気がしてきましたが、暑い時はこれを切るという習慣になっていて今日も何も気にしないで着ていました。あと、健康上の話ですが、そういう噂もあるけど、はっきりしたデータはないのでよくわからないのと、日本で暑い時はこれ着ないとどうしようもないから変わらないでしょうねえ。」

David「ありがとうございます。それでは、本題に戻りましょう。まず、他の参加者の承認をしていいですか?一応全員揃っているようなので。」

伴「そうですね。お願いします」

ということで他のメンバーがオンラインでの参加を承認された。参加したのは、EU Space Development Corp.側ではハルツーム基地局のシステム担当Philipp <フィーリップ> Oswald<オスヴァルト>、EU Space Development Corpの関係会社で宇宙エレベーターからの小型衛星の送出や監視やそれに必要な業務も行っているSpace Particle Surveyor Corp.のDamien<ダミアン> Blanc <ブラン>。後でわかるのだが、この会社が関わらないと宇宙エレベーターを利用した実験は何もできないのだ。革新的資源活用機構側では、伴の同僚でCASM3を使ってBVMCA粒子を直接砂地に埋め込む実証実験担当の崔 洋一。もともとは都内の大学の講師だが、2120年よりGI-BVMCA Projectの専属になり、今回は次の週からCASM3の実証実験が始まるため先週ハルツームに再度きたところだ。あと革新的資源活用機構と共同でBVMCA粒子散布によるサハラ砂漠の緑化プロジェクトに参加しているNPO” les gens du Sahel”のAya <アーヤ>Bennani <ベナリ>。本職はスーダンの工科大学の生物学教授で、今日はNPOの仕事の関係でハルツーム郊外からの参加だ。最後にスーダンの日本大使館の書記官の石井 淳。自衛隊からの出向で今日は大使館からの参加になる。     

David「このプロジェクトの全体的な進め方は既に上層部での確認が済んでいるということを聞いていますので、特に補足説明は何かありますか。なければ具体的なスケジュールが今日の議題になります。」と言うと

伴「その前に、もう一度何故サハラ砂漠にBVMCA粒子を散布するのかの理由を説明して欲しいと、les gens du SahelのAya Bennaniさんから依頼されていますので、それを先にさせてください。」

これに対して屋外に停めてある車の中かららしい背景で、白っぽいスカーフをまいたAyaが落ち着いたしかし少し迫力を感じさせる話し方で答えた「es gens du SahelのAyaです。忘れないでくれてありがとう。私のことは単にAyaと呼んでください。どうせ陰では、“うるさいおばさん”とでも呼んでいるでしょうけど。」

伴「滅相もない。誰もそんな呼び方はしていませんから。」

Aya「そう?ところで正確に言うと、私が言ったのは、何故サハラに原料が石炭のゴミをばらまくの?、だけどね」

伴「改めて皆さんにお伝えします。サハラ砂漠に散布するBVMCA粒子は、確かに原料は石炭ですが砂漠が食物を育てる土地に変わるのに重要な働きをするれっきとした商品です。その働きというのは、砂漠に土壌を作ることです。」

Aya「土壌を作るのが必要なのはわかります。でもなぜ今では誰も使わない石炭なの?砂に地衣類が付けばいいんでしょ?砂に地衣類を付けたものを散布するだけではなぜいけないの?」

伴「地衣類をたんに散布するだけでは、砂漠ではすぐに死んでしまうか他の細菌に食べられてしまいます。地衣類を散布するときは、地衣類の隠れ家と一緒に散布する必要があります。その隠れ家として適しているのがカーボンナノチューブです。小さな穴があってそこに水分・養分と一緒に地衣類を入れたものがBVMCA粒子です。そしてカーボンナノチューブを作るためには炭素の塊が必要なのですが、それにぴったりだったのが石炭です。」

Aya「たまたま日本には使われなかった石炭がたくさんあったという話は聞いたことがあるけど、それは本当?」伴「いろいろと事情があって、その通り多量の使われない石炭が日本にはありました。まあ、不幸中の幸いというような。」

David「日本に多量の石炭があったというのは、私の出身のオーストラリアにも多少の責任があるような気がしていて、石炭の新たな利用価値があってよかったと思っています。」

Aya「それ、どういうこと?」

David「私の出身はオーストラリアのQueensland<クィーンズランド>州のBrisbane<ブリスベン>です。この街は今ではオーストラリアの中では洋上栽培など先端技術の中心地と言われていますが、今から100年前は特にどれが中心ということは無く様々な顔を持った街で、その中には今はもうなくなった石炭産業もありました。Queensland州には多くの炭鉱があって私の曽祖父も炭鉱で働いていた、と祖父から聞きました。」

Aya「100年前というのは、世界中で石炭の採掘が終わりになってくる頃と聞いたと思うけど。確かその当時の先進国の話だけど、2035年には脱炭素50%と宣言していたはずね。」

David「その通りです。それ以前のオーストラリアでは石炭が主要な輸出品の一つでしたが、当時のオーストラリア政府は世界中での脱炭素の動きから石炭産業を閉じて大規模な産業構造改革をすると決断して、2037年に石炭輸出終了すると宣言しました。その頃は石炭の輸出量は下降線を辿っていてオーストラリアの石炭産業はもう終わりという雰囲気だったと聞いています。そんな時期に日本から2042年まででいいか日本への石炭輸出を続けて欲しいとの要望があったそうです。これに対し2037年石炭輸出停止の宣言を変更できないとオーストラリア側が主張し、2042年までに日本で必要な石炭量を2037年までに日本へ引き渡す、ということでまとまりました。」

伴「それがもとで日本は他の先進国から2042年まで石炭を使うのかと白い目で見られた日豪包括エネルギー条約Japan Australia Mutual Comprehensive Energy Treatyです。オーストラリアにとってはすごく有利なものだったと聞いています。」

David「それはそうです。石炭の輸出が年々減っていて炭鉱の閉山や産業構造変革にかける費用をどうやって捻出しようかというときに、こちらの言い値で多量の石炭を飼うと言ってくれるのですから。おかげで炭鉱の閉山は2年前倒しで進んだし、オーストラリア国内での新規産業の創出に必要な費用も何とかなったし。ところで、この話をこのまま続けると、だんだんとこの場の雰囲気が暗くなっていくような気がするのですが。」

Aya「そうね。別に石炭産業の歴史を知りたいわけじゃないですから。ただ今の話だと、今回散布するその石炭で作った製品の原料はオーストラリアから、ということ?」

David「日本国内での石炭の在庫の内訳までは、私も把握はしていませんが」

伴「日本は2042年までに必要と計算された石炭を2033年から2036年にかけてオーストラリアから輸入しました。その時点で多量の石炭を抱えていたので、それ以上は輸入していませんから、日本に貯蔵してある石炭はほとんどすべてオーストラリアからの輸入で、その石炭は国の政策で2038年に燃料としての使用ができなくなりました。」

Aya「国の政策ねえ。確かにこのままこの話を続けると歴史の総括になりそうだから、あと二つだけ教えてください。ただその前に日本大使館からは石井書記官が参加されていますね。最初のうちは青山大使が参加されていたと思いますが、石井さんが担当になったのですか?」

David「日本大使館からは今後の参加者は石井書記官という連絡は来ています」

次に、事務所の中で少し遠くに雑談しているような数人が見える背景で、少し陽に焼けてがっしりした体格でポケットがたくさんついた半そでシャツを着た石井書記官が答えようとしたとき、自分の背景が画面に映っていることに気が付いたようで背景をハルツーム市内の風景に変えて「日本大使館の石井であります。おっしゃる通り、今回からこのプロジェクトの担当を拝命しました。よろしくお願いいたします。」ときびきびと言った。

話し方などから伴は、この人は自衛隊からの出向で専門は安全保障なのだろうと思ったが、

Ayaが「こちらこそよろしく。石井さん、ご専門は?それから、あのあと青山大使はお元気?」と聞いた。

David「その青山大使ですが、うちの中で聞いた話では今回の件で大使が出てくることはもう無いだろうということですが、なんのことでしょう。どなたかわかる方教えてくれませんか?」

Aya「青山大使にまつわる話は、また後で出るはずですから、ちょっと待ってね。石井さんの話が終わっていなくて、待っているようだし」確かに何回もマイク入力のSWを入り切りして話をするタイミングを探していたらしい。石井「自分の専門はセキュリティで、大使館の敷地内のネットワークを独自に作り上げるように言われてここに出向になりました。」

David「え、独自?うち経由で宇宙エレベーターからの信号がそちらの大使館に行っているから、独自システムはできないはずですよね。」石井「はい、その通りです。ここに来た時に、宇宙エレベーターのデータを受けるためにネットワークのセキュリティを宇宙エレベーター側と同じにしなければいけないので独自システムの構築はできないことになった、と言われました。結局独自システムは、大使館の建物内部だけになりました。その代り、このプロジェクトの業務も担当するようにと言われております。適材適所です。」

Aya「それでは、私の残っている質問をこのまま続けてもいいですか?」

David「後回しにして忘れてはいけないので、どうぞ」

Aya「ありがとう。実際にどこから何をどの地点目指していつ散布するのかは、これから説明していただけると思いますが、その前にまず一つ。そのBVMCA粒子を上空から散布する前には、事前にサハラ砂漠の地面に直接散布して効果を確かめてから行う、というのが当初の説明でしたけど、私の知る限り地面への直接散布はまだできていませんよね。」

伴「おっしゃる通り、事前にサハラ砂漠の地面に直接散布して効果を確かめる実証実験は遅れていて、今回の宇宙エレベーターからの散布の直前にやっと第1回目に予定していた実験を行うことになりました。この担当の崔 洋一がオンラインで参加していますので必要なら何故遅れたかの説明は可能です。」

Aya「ここは宇宙エレベーターを使った散布の話なので、それは不要でしょう。私が知りたいのでは、当初の目論見と違っているのですが、地面への直接散布での結果が分かる前に宇宙エレベーターを使った散布を行う、ということになりますが、それでいいのですね、ということです。」

David「宇宙エレベーター側は、それでOKという判断をしましたし、この件はスーダン政府のTom <トム> ElHijazi <エルヒジャージ>氏にも確認して、問題ないとのご返事をもらっています。」

Aya「スーダン政府がOKというのであれば、わかりました。私の質問であと残っているのは、いつ散布する、どの辺に散布される見込み、それをどのように調査する、だけど。」

David「そのことでしたら、これから作業詳細を詰めますので、その議題の時に分かるはずです。私としては、その前に先ほどの話の続きを教えてくれませんか?サハラ砂漠の地面に直接散布が遅れているということに関してですが、青木大使の話も私の方はよくわかっていなくて。」

Aya「大使の件でしたら、最初の実験に立ち会わされて懲りたんでしょう。」

David「懲りた?その実証実験初日があったおととしの年末は大変だったという噂は聞きましたけど。Yoshi、そちらの本部ではどういう話になっているのか教えていただけますか?」

伴「機器の調子が悪かったのに加え、たまたま砂嵐が来て機器の改修が必要になった、ということだけしか聞いていません。というか何か聞いてはいけない雰囲気があって、誰もその話をしようとしていない、から私は情報がありません。ただここにいるKierとオンライン参加の崔さんはその場にいたはずだけど、」と言って横にいるKierとモニタに映っているいかにも世間知らずな日本の若者に見える崔が目をそらしたのを見て「この2人に聞くより、第3者のAyaさんが話してくれたらいいと思います。もちろん差しさわりの無い範囲で。」

ということでAyaが話した内容は次の通りだった。

その最初の実験が予定されていたのは雨期が始まる前の2122年5月だったけど、機器開発の遅れで12月11日になった。Ayaからは12月10日までイスラム教の祝日(犠牲祭:イード・アル・アドハー)だからもう1日遅くしてほしいと申し入れたのだが、日本から来る革新的資源活用機構の阿部理事が、この人は伴や崔の上司のまた上司で、この日の式典が終わったらクリスマスに間に合うように変えるから、という理由でダメだったとか。その式典というのは、革新的資源活用機構がアフリカで開始する初めての実証実験ということで理事が参加するのだからと、日本から取材チーム、といっても2人だったらしいが、地元の取材チーム、日本大使館から青木大使、他にスーダン政府とAfrica RPC Projectにも革新的資源活用機構から出席の依頼が来たのだが、どちらも担当者は時間が取れないという理由でAyaとその運転手Mohamed <モハメド> KOUMI EL NOUR <クミヌール>が代理として式典に出席した。革新的資源活用機構側は、阿部理事に崔、Kier、あとKierが手配した実証実験用の作業員2名の計5名だ。革新的資源活用機構側は、どうもそれだけでは出席者が少ないと思ったようで、式典のためのテント設営や飲み物を頼んだ業者の作業員も式典開始時にはテント内の椅子に座ることになった。ちなみにその実験と式典の場所は、ジプチから1400㎞進んだRPCの塔で番号は140A、これはAyaのグループが選んだからよく知っているとのこと。ハルツームより約200㎞砂漠の方になる。Ayaたちが得ていた情報では午後から砂嵐の可能性が高いということだったので遅くても9時に式典を開始して10時には実証実験が開始できるようにするか、式典をハルツーム市内で行うようにしたほうがいいと革新的資源活用機構側に伝えたのだが、式典の場所の変更は論外で、青木大使の所要のため式典は12時開始と決定され、さらに大使の到着が遅れて13時開始になった。その時間には、式典後にすぐ稼働できるように4台のCASM3が塔140Aの前方(RPCの列で内陸へ行く方向)に2台、後方に1台設置、あと残り1台は予備としてテントの中に置かれた。その式典だが、風が強くなってきたころに始まって、その後延々と阿部理事の挨拶というか自慢話が20分頃続いたところで式典が続けられなくなり、参加者は車両に避難しテントは半分吹き飛ばされ、14時半には嵐が少し収まったので青木大使と地元メディアは帰ってしまった。日本からのメディアも帰ろうとしたのだが、阿部理事から帰るならCASM3の実証実験の取材をしてからにして欲しいと言われて、しぶしぶ残った。Ayaの話によると、この時以降は革新的資源活用機構に関係する事項で青木大使は一切関わっていないらしい。石井書記官によると、彼が革新的資源活用機構関係の担当になったのは2123年2月のことで、青木大使は書類上責任者にはなっているが実務はノータッチで、本国への報告は最小限らしい。

さて式典会場の方だが、阿部理事からCASM3の実証実験を即刻再開するようにと言われた崔とKierがCASM3を探すとテントの外に設置していた3台はテントの柱や飛んできた椅子などとぶつかって破損していて、テントの中に入れていた1台だけは無事に見えた。一応本体内部のチェックをするため崔が1時間は欲しいと言ったのだが、阿部理事からはチェックは不要ですぐに動作させるようにと言われ、その通りにしたら煙を出してどう見ても壊れてしまった。後で確認したら、空気取り入れ口から細かな砂が入り込み電子基板を破損させてしまったのが原因と分かった。その時点で実証実験は中止になり、故障したCASM3を日本に持ち帰って調査することになった。そのほかにその地域の砂を100㎏くらいは持ち帰ろうと準備したのだが、多量の土を日本に持ち込むということに対しては日本とスーダン両方の許可が必要で、少なくともこの件ではスーダンの日本大使館には頼めそうにないと革新的資源活用機構側が判断したため、スーダンからサハラ砂漠の多量の砂を持ち込むのは次の年になった。それを用いて日本国内でテストしてから次回の実証実験となったので、2回目の現地テストはほぼ1年たった2123年10月だった。ところで、最初の式典での阿部理事の長い挨拶や砂嵐で設置されていたCASM3が転がったり最後の1台が煙を出して止まってしまったところを日本の取材班は撮影していて、実証実験が中止と決まった時点で阿部理事からは収録した画像を消去して欲しいと申し入れたのだが、画像自体は撮影しているカメラではなく宇宙エレベーターのマイクロスペースなどに取り付けられたインターネット用アンテナ経由で取材会社の親会社のサーバーに送られてしまっていて、消去はできないと断られたそうだ。その映像はそのままネットにも漏れてしまっている。サハラ砂漠でもネットが繋がるというのは、さすが宇宙エレベーターのおかげというものだろう。一般的な接続よりは少し高くなるが、宇宙エレベーターができてからはアフリカ東部でネット接続ができない地域はほぼない。

このような事情だったので、青木大使はこれ以上革新的資源活用機構が関係する事項には関わらないほうがいいと判断したのだろう。

Ayaが「これが最初の実証実験の顛末ですけど。」と言ったのに対し

David「ついでに2回目の実験の話も簡単でいいですけどお願いできますか」と言った。

Aya「2回目は、それほど大した話はない。まあ失敗なのだけど」。と言って続けた。

2123年10月の2回目テストだが、その時は阿部理事が来ることは無く革新的資源活用機構側は担当の崔と現地コンサルタントのKier、あとはKierが依頼した作業員6名、日本大使館からは訳が分からず担当にさせられた石井書記官、それにAyaとMohamedという体制で、5台のCASM3を持ち込んだ。場所は144A、前回より40 km先だ。Ayaたちは前回と同じ場所を推薦したのだが、阿部理事から縁起が悪いからとか言って変えさせたのだ。阿部理事はいないので式典などなく集まってモニタリングなどするテントを設営したところですぐにCASM3を5台とも並べ実証実験が始まった。CASM3は300×3,000 mmの荷台を引いていて約1分で300mm進む。最初のうちはどれも1分くらい経ったところで動いていたのだが30分ほど経って10mくらい進んだところでどの車体も進みが遅くなりさらに10mくらい進んだところで通信が途絶えどれも止まってしまった。テントに持ち帰って内部チェックすると内部の温度上昇のため故障した、ということだった。砂が内部に入らないように遮蔽を強くした結果、内部の放熱ができなくなっていた、というのが日本で詳細に調査した結果だった。

その温度上昇への対応が終了したCASM3での次回の実証実験はこの打ち合わせの次の週で4月18日(火)場所は初回よりさらに200㎞先の160Aだ。この場所についてはAyaが実証実験するなら効果が分かりやすいほうがいい、と主張したからだ。

David「直接ここの業務ではないけど、この件は関係するので見に行ってもいい?」

Aya「町はずれの小さなホテルに泊まるのだけど、明後日までに行く人数を教えて。部屋と食事などの確保が必要だから。」

David「ところで、そのCASM3という機材は故障するたびに日本へ持ち帰っているようだけど、ここでは修理はできないの?何か内部機構を外部の人には見せることはできないとか。良かったら修理できそうなこと路を探してみてもいいけど。」

伴「単に設計者が日本にいて直接調べたいということしか聞いていません。内部に何か秘密があって外部の人には見せられないという話は聞いたことがないです。何か補足は」と崔の方を見た。

崔「崔洋一です。Yoichiと呼んでください。非常にデリケートな機械です。ここで修理できるとは思えません。従って修理できそうな場所を探すだけ無駄だと思います。」

さすがこれは気に障ると思ったので、伴「今の段階で故障していないのだから、まあできるかできないかは見てから検討してもらえばいいので、心当たりがありそうならお願いします。」

David「それでは探してみます。実証実験にはこちらから2人で参加しますが、来週末には終わっていますよね。次の週にはYoshiはここには居れませんから」

伴「CASM3の実験は終わる予定ですが、その私の予定は宇宙エレベーターでの実験のための事前訓練ですよね。場所はここではなかったのでしたっけ?」

David「場所は宇宙エレベーター本部と書いてあるはずです。カンパラです。」

そこから宇宙エレベーターからの散布実験のための準備などのスケジュールの話があり、最後に散布実験の具体内容の話になったのだが、わかりにくいのでかいつまんで説明しておこう。

まず何を何処からどのように散布するかについて、Aya「300km上空から散布するというのはわかったけど、そのBVMCA (Bio Vapor Mixed Coal Ash)粒子をそのまま散布しても10㎞くらいまで落ちてきたところで貿易風によって少し流されるくらいだろうから、ほとんどハルツーム市内に降り積もるなんていうことはないでしょうねえ。」

伴「そうならないように工夫しています。まずBVMCA粒子はこのように薄い紙にくっつけた状態になっていて」と言って薄い小さな紙を掌の上に出した。

伴「この神の大きさは30×30mm、これ1枚の上に約9000万個のBVMCA粒子がくっついていて、これを300㎞上空から散布するときに圧縮空気を使って時速6㎞ほどで飛ばします。計算ではハルツームの西580㎞くらいを中心として半径50㎞程度に散布されるとみています。」

Aya「今回約2トンのBVMCA粒子を散布と聞いたけど、その紙で何枚になるの?」

伴「えーと、4億3千万枚ですね。これでBVMCA粒子が2.1トンですが、紙の方が重いです。紙の総量は約5.2トンです。」と言いながらDavidの横に置いてある大きな金属製の箱を持った。

伴「このトレイの大きさは220 x 600 x 1500で、この中に130万枚の紙が入り、トータルではこれが320個です。1日に80個分を専用の装置を通して散布する予定です。従って4日間の作業になりますが、最初の日は午後開始なので延べ5日間になります。ちなみにトレイ1個分を散布するのにかかる時間は7分半です。」

Aya「320個?そんなスペースが300㎞上空の小部屋にあるんでしたっけ?」

David「後で詳しく説明しますが、何とかなります。ただ全部を置くスペースは無くて、内部におけるのは1日分の80個。従って毎日BVMCA粒子と紙が入ったトレイ80個分を運び込んで代わりに空になったトレイを地上に送り返してもらいます。」

伴「あ、そうなるのですか。私もどうするのかと思っていました。」

Aya「話が戻るけれど、実際にどこに散布されるのかは何か観測する方法はあるの?」

伴「それは当初から課題となっていました。散布する紙にセンサなど付けたら重くなって他と離れてしまいますから。そこで2つの方法で監視することになっています。まず散布物ですが、ある程度の集まりであれば位置の推定が可能ですので、一様に散布するのではなくトレイ1個分の散布にかかる時間ですが、7分半周期で強弱をつけることで検出精度をあげます。さらにこの強弱ですが付け方を変えることにより30分周期で散布の濃度が変化します。」

散布量のモニタリングをするときに、散布に決められた濃淡があると検出が楽になるのだ。

David「この散布量の強弱による位置検出は、うちの関係のSpace Particle Surveyor Corp.が衛星を用いて行います。」と割って入ってきた。

Aya「あの半分軍事会社のところね。」

伴「その会社の詳細は聞いていませんが、そこにお願いすると聞いています。次に、あくまで計算上では散布物と同様の移動をするということですが、」と言って長さ30㎝ほどの模型の紙飛行機状のものを取り出した「5日間ともですが、最初のトレイが終了後にこの装置を投下します。後部に小さなタンクがあってそこからの圧縮空気で散布物と同じ初速で飛び散布物と同様の落下をします。これにはセンサが付いているので位置を確定できます。挿絵(By みてみん)

Aya「それが砂漠に落ちてゴミにならないように、私たちが探すのね。そのセンサからの位置情報は?」

David「投下後1時間おきにお知らせできます。位置精度は地上なら50m程度と予想されています。」

Aya「50m精度でその大きさなら壊れて分解しない限り見つけることができるでしょう。それで見つけたらどうすればいいですか?」

伴「回収して、その場所の位置座標を記録してください。あとその近辺で散布された紙があれば位置座標を記録して連絡ください。」

Aya「それで肝心のスケジュールは?」

David「私から説明しましょう。Yoshiが宇宙エレベーターに乗り込むのが5月8日月曜日、散布は9日火曜日の午後から13日土曜日昼までの4日間でYoshiは13日土曜日午後に片づけをして夕方に地上へ移動開始。散布物ですが、Yoshiからの情報では散布開始から4日程度ですから12日金曜日の午後におおよその着地位置、夕方頃には同時に飛ばした模型飛行機の正確な着地位置をお知らせできますので、Ayaは12日金曜日には到着予定地近くで待機してもらい13日土曜日朝に到着地へ行って調査。それを17日水曜日まで続けてください。」

Aya「金曜日に作業が入らないように考えてくれてありがとう。私はともかく他のメンバーで金曜日は避けたい人はいますので。」

伴「私は14日の日曜日早朝に地上についてそれから24時間健康チェックですが、それが終了次第そちらに合流しようと思います。」

David「私も」

Aya「5月17日水曜日中にね、よろしく。いつまでも砂漠には居られないので、それ過ぎたら帰るから。」

次に、散布までのスケジュールについてまとめておこう。

David「これはこちらの規則ですが、宇宙エレベーターで地上300㎞以上に行く及び滞在する人は誰であっても、事前研修と健康診断を受けてもらいます。もしそれでNGと判断された場合は、今回の実験予定自体が保留されます。その事前研修の場所はカンパラの宇宙エレベーター基地局内で、Yoshiの場合のスケジュールは4月25日火曜日から27日木曜日ですので、24日月曜日中にはカンパラに居るようにしてください。」

伴「具体的には何をするのですか?あと準備するものなどは?」

David「地上からクライマーに乗って、約10時間ですが、地上300㎞のマイクロスペースに行って作業をするというシミュレーションをしながら、Yoshiの健康状況をモニタリングします。そのため身体中に様々なセンサを付けた状態で作業をしてもらいます。もちろん行先は地上300㎞上空ではありませんが、それに近い感覚だそうです。私はそのテストは受けたことがないので聞いた話ですが。テストで使用するマイクロスペースは、実際に使用するものに近いようにしてあります。それから特に用意するものはありません。常時服用している薬はないと聞いていますので。」

伴「このテストでOKが出てから、実際に使用するマイクロスペースの改修が行われる、ということだったでしょうか。」

David「その通りです。先ほど言ったようにこの事前研修ではそちらからの要望に合わせたマイクロスペースの改修がほぼ反映されているはずですので、研修中に不具合などが判明した場合は改修に反映すべきかどうか協議に応じます。」

ということで、BVMCA粒子をマイクロスペースから散布できるようにマイクロスペースを改修するスケジュールは、次のようになるとアナウンスされた。作業を行うのは散布された粒子を観測するのと同じSpace Particle Surveyor Corp.で担当も同じDamienダミアン Blanc (ブラン)。主な改修内容は、BVMCA粒子を散布するための装置を壁面に取り付け、BVMCA粒子用トレイ80個と圧縮空気ボンベ80個の保管用ラックの取り付けなどである。部屋の内部から外部への貫通を含む改修なのでその作業はロボットだけで行う。まず4月29日に必要機材がハルツーム基地に集結し、30日の日曜日に機材と作業用ロボット3台だけがマイクロスペースへ移動する。マイクロスペースの改修作業自体は5月1日、2日。その動作確認は地上からDamienが行い、伴がチェックをする。それが終わって空気の漏れがないことを確認後の3日にDamienがマイクロスペースへ移動し現地でのチェックをする。5月4日は予備日で、5月5日に撤収し地上へ移動、というのがスケジュールになる。

David「従ってYoshiは4月27日夕方にOKが出次第ハルツームに戻って、29日の機材確認に立ち会って、改修が終わる5月4日までこの基地に居てください。」その改修が終わってすぐの5月8日月曜日には伴がマイクロスペースに移動してBVMCA粒子の散布が始まる。


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