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No.2 序章 後編

<Space Elevator:宇宙エレベーター>

最初が宇宙エレベーターだが、基本知識として静止衛星の説明をしよう。多くの方はご存じと思うが、基本的に衛星はある条件での決められた速度で地球の周りを回っている。この「ある条件」というのは、衛星が地球の周りを回ることで生じる遠心力と地球から衛星への引力が等しくなるということで、遠心力の大きさは衛星の速度、地球からの引力の大きさは衛星の高さ(正確には地球の中心と衛星との距離)で決まる。このため衛星の高さが低いと引力は大きくなるので衛星の「決められた速度」は速い、衛星が高いと引力は小さいので衛星は遅い、ということになる。ここで地球は自転しているので、衛星が地球の自転と同じ方向に回っているのであれば、ある高さにある衛星はいつも地上から見ると空の同じ位置に止まって見える。これが静止衛星で、放送衛星、通信衛星、気象衛星などで用いられていて、地球との関係は赤道上空で高度約36,000 km(地球の中心からは約42,000 km)である。もしこの位置に大きな宇宙ステーションを飛ばして地球とケーブルで結んだらどうだろう、というのが宇宙エレベーターだ。この宇宙ステーションは地上から見ると同じ場所に止まっているので、原理的には36,000 kmのケーブルでつなぐことができる。ただこれだとケーブルの重さで宇宙ステーションが地球に引き寄せられてしまうため、反対側にもすなわちより上空にもケーブルを伸ばしてバランスをとる必要がある。ケーブルを伸ばすだけでバランスを取るには14万km程度必要なのだが、その代わりに地上から100,000 kmのところにカウンターウェイト(要するに錘)を取り付けていて、これによって重心位置を静止衛星の高さの地上36,000 kmにしている。この宇宙エレベーターにより、例えば衛星を打ち上げるときは宇宙ステーションへケーブルで引きあげてそこから飛ばすので、ロケットを使う必要はない。特に需要が大きな低軌道衛星の場合は高度24,000 kmから放出することになる。低軌道衛星自体は地上数100~1,000 km上空なのだが、この高さから放出すると地球に沿って回りながら所定のところに行けるのだそうだ。ところで宇宙エレベーターという発想自体は1985年にロシアの科学者Konstantin Tsiolkovsky<コンスタンタン・ツィロコフスキー>が考案したものを1979年にSF作家Arthur C. Clarke<アーサー・C・クラーク>が小説「THE FOUNTAINS OF PARADISE(楽園の泉)」で紹介したことで広く知られるようになったが、長い間単なる夢物語だった。それは宇宙エレベーターの実現に必須なのは軽量だけど100,000 kmの長さにできて丈夫なケーブルで、このようなものは実現不可能と思われていたからだ。ところが1991年に日本でCNTが発見され、実現可能性が出てきたが、その後しばらくは長いCNTを開発できなかったのでまだ半分夢の状態が続いた。というのも2020年の段階でも10cmを超えた、というのがニュースになっていた。それが2030年に宇宙エレベーターの実現を目指して設立されたJapan CNTが2040年にCNTの長さ1 kmを達成した。それでもこの10万倍の長さが必要なのだが、2055年にはJapan CNTと大学(早稲田大学と東京大学)の共同研究でCNTを繋ぎ合わせることが可能になった。この繋ぎ合わせは接着ではなく縛るに近い。まず長さ30cm太さ10cm程度の3次元状のメッシュ(大きさは0.1×0.1 mm)で材料自体はCNTを作り、この両側からメッシュに巻き付けられる。この状態で両側から引っ張るとメッシュの網目が小さくなり両側からのCNTケーブルとメッシュ構造がともに動けないように固定される。現時点ではより長いCNT製造は可能なのだが、宇宙エレベーターの具体的な設計が開始された時点での製造工程から、CNTの繋目は1,000 kmおきとされた。挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

ちなみに宇宙エレベーターに使用されるCNTケーブルだが、ものすごく細いCNTを非常に多く束ねたもので、具体的には1本は直径20 nm(1 nm:1 mmの1/1,000,000)、それを約3,000億本束ねていて、実際にこの本数だと直径10 mm弱の円内に収まる。しかしこの太さで合計100トンのクライマー(宇宙エレベーターで機材や人員を運ぶための昇降機)と荷物を36,000 km上空まで運ぶのに必要な強度を十分満足している。ここで繋目の話に戻るが、約3,000億本のCNTはバラバラではなく10,000本単位の束になっている。CNTから繋目の3次元メッシュ構造の方向を見ると100万個のメッシュが見える。この各メッシュに10,000本単位の束が30個入って行って出口でまた折り返す。これが3次元メッシュ構造の両側から行われる。

宇宙エレベーターの構想の初期段階では、地上から36,000 km上空まで時速数100 kmで移動できることが目標とされたこともあったが、先ほどの説明のように1000 kmごとに繋目があり多少の減速が必要なこと、機材を運ぶ場合では機材自体は衛星などの精密機器で宇宙エレベーターから外へ放出するまでは極力機器トラブルの発生可能性を抑えたいこと、クライマーの昇降は地上36,000 kmの宇宙ステーションに設置したモーターで行うが宇宙ステーションの機材は修理や交換が難しいため機器性能に十分の余裕を持たせる必要があることなどから、現在の運用では機器運搬の場合は時速100 km、人員の場合は時速50 kmとされている。クライマーの外形はどちらも直径3m、長さ4mの円柱形である。人員の場合はクライマー1台に付き1人で、どちらの場合も人員の数や機材の量に応じてクライマーを連結する。この速度の場合、地上から36,000 km上空の宇宙ステーションまで行くのにかかる時間は、機材では15日間、人員では30日間となる。定員がクライマー1台に付き1人なのは、そこで30日滞在するスペースと飲食物などの物資に廃棄物収容があるからだ。ところで宇宙エレベーターのケーブルは1系統だけなので、クライマーを退避させる場所がなければ、例えば人員を36,000 km上空の宇宙ステーションまで持ち上げている最中は宇宙ステーションから地上へ機材や人員を送ることはできないため、このままでは宇宙エレベーターの運用には大きな制約がある。そこで出てきたのが宇宙エレベーターの応用で、主なものは低軌道衛星に関するものだ。もともと宇宙エレベーターから放出される衛星のほとんどは低軌道衛星で、それらは36,000 km上空の宇宙ステーションからではなくすでに説明したように24,000 km上空にある低軌道衛星放出用の中間地点でそれなりの設備が必要になる。また放出した低軌道衛星だが、地上と通信するよりは伝送で空気の影響のない宇宙エレベーターとの通信ができればいい、という要望、それもできれば赤道上ではなくなるべく北半球に近くて地上数1,000 km程度の位置との通信への要望が多く出た。通信自体は中間地点にアンテナを取り付ける、ケーブルにコーティングをしてアンテナの機能を持たせる、という対応は可能だが、問題は受信したデータをどうやって地上へ送るかで光ファイバーを24,000 km離れたところにはファイバーの強度不足が大問題となる。そこで考えられたのが、宇宙エレベーター用のCNTケーブルとは別に、地上24,000 kmの中間地点から光ファイバーを含め、さらに薄型アンテナをケーブル表面にコーティングして低軌道衛星との間での通信機能も持たせたケーブルを北半球の方向に降ろすことが考えられた。ただケーブルの重さはCNTだけと比較して少なくても数倍は重くなり宇宙エレベーターとして姿勢を維持することが難しいということになり、地上24,000 kmの中間地点から同じ経度で北緯15°と南緯15°の両方向に光ファイバーを含めたCNTケーブルを下ろすことが決まった。このケーブルだが、直径15mmの光ファイバー3本の周りをCNTで包んだ形状で太さは約30mmで、地上24,000 kmから地上までの重さは光ファイバーだけで約18,000 トンになる。この長さの光ファイバーを1本で作るとケーブルの外皮と内部のファイバーの強度が持たないため、約300 km(正確には303.4 km)おきで接続し、その場所には太陽光パネル付き保守用スペース兼クライマー退避エリアの直径14m×高さ6mの大きさのマイクロスペースが作られた。このマイクロスペースは、中央部をクライマーが通るために空洞になっていて、その上下の口が萎んでケーブルをつかむ形になっている。マイクロスペースのあるケーブルの接続部分は直径が100 mmでいくつかくぼみがあり他の部分より太くなっている。そのくぼみは、地上24,000 kmの中間地点からクライマーを引っ張っている数本のCNTが通るためで、マイクロスペースがケーブルを締め上げているときでもクライマーを引き上げるケーブルは動いている。そして、例えば下からクライマーが来た時はマイクロスペースの下の口が開き、マイクロスペースは上の口だけでケーブルをつかんでいる。クライマーが中に入ると、マイクロスペースの下の口が閉じて自分自身を支えながら上の口を開ける。クライマーが上の口から出ていったところで、マイクスペースの上の口が閉まる。北緯15°と南緯15°の両方向から地上24,000 kmの中間地点までは共に約89、正確には各79個のマイクロスペースがあるため、クライマーの速度は人員用、機器用ともに時速40 kmとなった。この方式の宇宙エレベーターを製造・設置するためにEU(欧州連合)のもとにEU Space Development Corp.(EU宇宙開発社)が2060年に設立された。そして2080年に第1号の宇宙エレベーターが完成し6月から運用が始まった。場所は、中央の赤道直下がKampala<カンパラ>(ウガンダ)、北緯15°はKhartoum<ハルツーム>(スーダン)、南緯15°はLilongwe<リロングウェ>(マラウイ)となる。挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

ヨーロッパ諸国からはもっと西側という希望があったのだが、宇宙エレベーターの基地をバックアップする体制が必要なことからこの土地に落ち着いた。そのバックアップ体制だが、地上36,000 kmの宇宙ステーションや地上24,000 kmの中間地点への人員や機材の輸送のほとんどはKampalaからとなるため、Kampalaが宇宙ステーションに関連した会社が集まり一躍宇宙産業の重要都市となった。KhartoumとLilongweの場合は、機材や人員輸送に関しては補助的な役割のため宇宙関係企業が多く集まってくるということはなかった。ところがKhartoumの場合はヨーロッパ上空の多数の低軌道衛星から宇宙エレベーターの受信設備に送られる非常に多量のデータの受け口のため、データ処理関係の会社が多く集まってきて巨大なデータセンター集結地となった。正確に言うと、都市の一角だけに周囲とは調和していないコンピュータ関係の建物と人が集まって全体としては奇妙な街が出現した。ちなみに送られてくるデータは、車の自動運転のような瞬時の処理を必要とはしないものの(そのようなデータは、送り主に近いところにあるデータセンターへ衛星から送られ、その処理結果はすぐに衛星経由で送り主に送られる)、例えば小さな範囲の1時間後の天気を予想するような、データ量が多く複雑な処理が必要なものだ。これらのデータの中には個人情報や国家にとっては機密情報になるものも含まれる場合もあるので、宇宙エレベーター基地の周囲にはヨーロッパ各国の第2大使館が作られた。それらは敷地が広大で内部にデータセンターを備えている。大使館敷地はその国の管轄なので、このようにすることで国家機密に関する情報や国民の個人情報を国外には持ち出さないで処理される、ということになる。このため宇宙エレベーターの基地自体がスーダンの管轄では意味がないため、この基地の管轄は国連になっている。

この宇宙エレベーターとほぼ同じ構造でほぼ同じ時期に、北米をターゲットに宇宙エレベーターが作られている。これが第2号機になる。場所は、中央の赤道直下がBelem<ベレン>(ブラジル、パラー州)、北緯15°がCastries<カストリーズ>(西インド諸島、セントルシア)、南緯15°がBrasília<ブラジリア>(ブラジル)で使われ方はほぼ同じだ。宇宙エレベーターに関しては、計画は他にもある。それはアジアなのだが、どこを基地にすればいいのかが決まっていない。そこさえ決まればすぐに設置できるという話はあるものの、当面決着しないだろうからしばらくは2機のままだろうというのが大方の予想だ。

それではまた宇宙エレベーター第1号機の話に戻ろう。先ほど説明したように地上24,000 kmにある中間地点と、KhartoumおよびLilongweの間には約300 kmおきにマイクロスペースがあり、そこに水、食料、補助の酸素ボンベを持ち込めば1週間程度なら1人が滞在可能だ。このような場所からの地球観測などは他ではできないため、宇宙エレベーターを衛星打ち上げ以外の目的でも使用できるようにしてほしいとの科学者側からの要望が国連経由で宇宙エレベーターの管理会社に送られてきた。そのため衛星打ち上げで忙しくない期間であれば、衛星打ち上げ以外の使用もできるようになった。この調整は国連で宇宙開発を監督する部署で行うことになっている。今回Khartoumに石炭由来の機材を持ち込んだのも、この調整の結果であるが、その話の前にもう一つ事前説明が必要になる。

<RPC (Row of poles for cloud)>

地球温暖化への対策としてはCO2の削減が最初に思いつくと思うが、それ以外の方策として賛否両論があるものの人工的な気候改変が数多く検討され試みられてきている。人工降雨もこの中に含まれる。賛否両論があるのは、対策により予想外の状況が生じて気候対策として逆効果になってしまう可能性を完全になくすことはできない、という理由による。そのためほとんどの大規模な人工的な気候改変方策は対象地域からの賛同が得られていないが、このRPC (Row of poles for cloud)は数少ない実施例である。ただし現時点では対策の準備が進行中で、実際に効果があるのかどうかが判明するのはまだ先になる。対象地域から反対がほとんど出なかったのは、対象がサハラ砂漠の緑化で、対策の副次効果で現状よりも非常に劣化してしまう、ということは無いだろうと考えられたからだ。

具体的にRPCとは何かと言うと、約5 km間隔で高い塔を3本建てる。この塔はカーボンナノファイバー製だが特殊な加工をすることで導電性を持たせていて、高さは約1000 mある。この3本組を海岸から内陸の砂漠の中央部分まで約10 km間隔で建てていくというのが建設計画になる。挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

ただ塔を建てただけで砂漠緑化ができるはずはない。何らかの手段で海辺に雲を発生させ、内陸側の塔に電圧をかけて帯電させ雲を内陸部へ引き寄せていくことで砂漠に降雨を呼び込む、というのがこのプロジェクトの原理だ。アイデア自体は2030年頃からあったらしいが、実現に向けて動き出したのはAfrica RPC Projectという団体が2075年に設立されてからになる。実際の建設はEU, 国連、アフリカサハラ開発機構の援助をもとに2082年に紅海の入り口のRepublic of Djibouti(ジブチ共和国)で開始された。この団体の現在の代表は英国人科学者のStewart <スチュワート>Evans<エバンス>で、2105年に2代目として就任している。実際の開始以来1年に12本塔を建てている。1列3本で10 km間隔なので1年で40㎞だけ内陸に進んでいっており、2124年の時点ではKhartoumの先数100 kmまで海岸からの全長が約1,700 kmの塔の列ができている。塔を帯電させるため当初は地下に電力線を張るという案になっていたが、人のいない砂漠地帯では盗難の恐れもあるので、各塔の地上30mあたりに太陽光パネル、バッテリーと制御装置や通信装置などが入ったボックスが取り付けられている。この塔列の効果については、工事がKhartoumを超えた2120年から、Djiboutiの海岸に雲が発生したら塔を帯電させた実験を行い、雲の動きを観測しているのだが、現時点ではまだ有効だという結果は得られていない。ただ乾燥地帯にあるとはいえKhartoumの年間降雨量は150 mm程度あり、塔の影響を判断できるだけのデータがまだそろっていないというのが実情である。

ところで、RPCには日本の団体や会社は直接的には参加していないが、塔の材料のカーボンナノファイバーは日本の企業の製品で、塔の製造も日本企業が関わっている。直接参加していない理由は、このような人工的気候改変に対して世界中で賛否両論があるからで、参加したいとは思っているが予期しない副作用がないことを確認するまで様子見と言うところなのだろう。

<GI-BVMCA Project>

先に説明したように、この研究開発プロジェクトは石炭を原料としたBVMCA粒子を利用してサハラ砂漠を緑化しようという壮大な目標のもとに2118年に開始されたもので、具体的にどのようなアプローチをとるかの検討が始まったのは2116年になる。そのときには宇宙エレベーターは運用されていたので、サハラ砂漠上空に日本から持ち込んだHAPSを飛ばすよりは宇宙エレベーターを利用したほうがいいだろう、となった。そこで内々で革新的資源活用機構の代表団がEU Space Development Corp.と打合せをしたところ、当然の反応だが先方から見て訳のわからないBVMCA粒子を上空から散布することがサハラ砂漠の緑化に有効だというデータはあるのか、と聞いてきた。その当時は日本国内での実験データが揃い始めていたころで、公式的には砂漠の緑化に効果がある可能性がある、という程度だった。そのため革新的資源活用機構は、まず日本国内での実験を進めてBVMCA粒子が土壌形成に有効であることを確認するのと同時に、サハラ砂漠では上空から散布をする前に、適した場所を探してそこにBVMCA粒子を直接砂面に埋め込んで効果を実証しながら、その結果をEU Space Development Corp.に説明して宇宙エレベーターからの散布を目指すこととした。その「適した場所」を探すには地元の政府かNPOに相談するのが普通だろうが、革新的資源活用機構はどのみち後でEU Space Development Corp.と協議が必要になるので、ヨーロッパというか全世界に影響のあるNPOで本部がフランスで砂漠緑化を目指している団体のVert Dans Le Désert<ヴェール ダン ル デゼール>(砂漠に緑を)に協力を依頼した。その際の革新的資源活用機構からの条件は、宇宙エレベーターからの散布をするのはスーダンになるので、その近郊で実施したいということ。Vert Dans Le Désert側は、サハラ砂漠の緑化にBVMCA粒子が有効かどうかは判断できないが、砂漠緑化に有効との可能性があって他のプロジェクトに悪影響が無いようなら試してみる、というのが基本スタンスだったので、革新的資源活用機構からの申し入れを受け、現地での実作業をAlgiers<アルジェ>(アルジェリアの首都)に本部のあるNPOの les gens du Sahel<レ ジャン デュ サエル>(サヘルの民)のスーダン支部に依頼した。そのスーダン支部でスーダン政府や宇宙エレベーターなどにつながりがあるということで担当になったのはAya<アーヤ>Bennani<ベナリ>で、Ayaは革新的資源活用機構に対してRPCとの共同研究はどうかと提案してきた。その理由は言われてみると至極当然で、砂漠に土壌を作れるかどうかの実験だから土壌がない、すなわち人里離れた地域になるが、砂漠の風景はいつも変化するので何かを行い一定期間してから出直してきた場合に何か目印がないと場所が分からないという問題がある。RPCの塔の近辺ならその問題はない、ということだ。そこで革新的資源活用機構はAfrica RPC Projectに対して共同研究を申し込み、GI-BVMCA Projectの開始に合わせて2118年に共同研究の契約が締結された。その時点ではサハラ砂漠の地面にBVMCA粒子を埋め込む手段がはっきりしていなかったので、革新的資源活用機構では第1期の目標としてサハラ砂漠の地面にBVMCA粒子を埋め込む装置(CASM:Coal Ash Spreading Machine)の開発を掲げた。BVMCA粒子で土壌を作成するという計画時から、実際にどうやって地面にBVMCA粒子を散布するかという検討を行ってきてはいたものの、砂の上に数μmのものをなるべく均一で広範囲に散布するというのは至難の業で、BVMCA粒子を埋め込んだ糸を砂面に敷くという方式に決定するまでに数年かかった。当初の計画では2120年初めに試作機が完成してサハラ砂漠へ持ち込んでテストした後、2121年には複数台持ち込んで3日程度の実証実験を2回、2122年は台数を増やして5日間を4回、2123年は7日間を4回だったが、日本での実験でどうにか動くものができたのが2122年の中頃だった。これが先に説明したCASM-3で、見た目は小型の草刈り機である。これを初めてサハラ砂漠に持ち込んだのが2122年の暮れで、その時の外観は普通の自動車同様に全面に傷防止のコーティングがしてあって色はクリーム色。革新的資源活用機構からの担当者3名と現地コーディネータ、運転手それにles gens du SahelのAyaとその助手1名が集まり、トラックからCASM-3を1台降ろして砂面に置き、革新的資源活用機構側の代表が、この装置は日本で開発した最新鋭のもので云々との説明をして、動かし始めたところで止まってしまった。あとで分かったことだが、革新的資源活用機構側の代表が話しているときに少し強めの風が吹いたのだがその時砂の粒が装置内に入って電子回路を傷つけたようだ。この装置は空冷のシステムなので外から空気を取り込む必要があったのだ。当日の予定では、装置は1mほど進んでから地面に針を刺してBVMCA粒子を埋め込んだ糸を砂面に敷く、これを10回程度続ける、だった。ということで2122年の現地実験は挨拶と1分弱の移動で終わり、早速日本に機器を持ち帰って空気取り入れ口のフィルターの改修などを行った。革新的資源活用機構側は2023年3月に改修したCASM-3のテストを、ほぼ同じメンバーで行った、つまりAyaとその助手も付き合わされた。3月というのは、その実験結果を2022年度の報告書に載せるためだ。結果は、移動し3回ほど砂面に針を刺して糸を砂に埋めて移動する、という動作をしたところでシステムが止まった。空気取り入れ口付近についていた砂を払いのけて再起動したところ、動作はしたがその回は2回動作でシステムが止まった。このため2123年第1回目のテストはこれで終了。日本にはテストした機器とともにその場の砂を1トンほど持ち帰って解析したと言われている。わかったことは、空気取り入れがうまくいかなくてシステムが熱暴走したのが原因だが、他に針が3,000本ほど曲がっていたとか。CASM-3の30cm×3mの荷車に付いている針の総数36,000本の約10%が数回の動作で曲がってしまうのは大問題なので、冷却のための空気取り入れ口の修正とともに針の再設計を行ったため次のテストは2023年10月となった。その時は同じ改修をしたCASM-3が5台持ち込まれ、今度こそは少なくても1日の目標の300回(15m×300mの範囲にBVMCA粒子を埋め込んだ糸を埋める)達成を革新的資源活用機構の担当者は期待したのだが、5台とも50~100回でシステムダウンした。ただしどれも再起動が可能で、針の損傷はどれも10~30本程度だったため、止まったら再起動を繰り返しながら2日間テストを行った。そこまで使うと針の損傷はどれも100本を超えるのだが、針の部分は50mm×50mmのサブブロックに分解できるから、いざとなれば損傷していないブロックだけ集めることが可能ということで、あとは微調整のみで実証実験ができるだろう、というのが2123年の結論となり、20124年はCASM-3の台数を大幅に増やして実験を進めることになった。

当初の予定では宇宙エレベーターでの実験を開始する2124年までにRPCでの実験結果をまとめる、だったが、2124年に宇宙エレベーターでの実験とRPCでの実験を同時並行で行うこととなった。そこで問題になるのがBVMCA粒子を散布したり埋め込んだりした後の経過観測で、これはどちらもles gens du SahelのAyaが関係するので、実験スケジュールは宇宙エレベーターとAyaの予定で決まることとなった。



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