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No.11 第2章 その3

<The Surge再び>

トレイ運搬用のクライマーの到着が予定より1時間遅れた、クライマーからトレイを取り出すロボットの動作が不良でロボットを一度再起動した、BVMCA粒子の放出も一度ラックを再起動したため放出の終了が30分ほど遅くなった、夕食時にレンジの使い方を間違えてステーキを黒焦げにしてしまって夕食のストックが1つ少なくなった、などの細かな不具合はあったものの、2日目、3日目の作業までは何とか終了した。

そして最後の4日目の早朝、伴は地上コントロールルームでの話し声に気が付いて目が覚めた。まだ5時のようだ。地上での話の邪魔になってもと思い、伴がグループチャットで聞こうと思ったら緊急連絡のマークがついた情報があった。

それによると、5月9日(火)22時にISERC (International Space Environment Research Center:国際宇宙環境研究センター)が数日中に大規模な太陽フレアが発生する恐れがある、と発表、5月11日(木)2時にISERCから太陽フレアの影響が生じるのは数時間程度でその時期は5月11日(木)20時から13日(土)の間、フレアの大きさはレベル3程度、と発表というものだった。ISERCという組織は2091年の太陽フレアによる世界中で発生した大災害The Surgeを受け2092年に国連のもとに創立された組織で、そのもとになったのは1996年創設の団体の国際宇宙環境サービス (ISES:International Space Environment Service)。太陽フレアなどにより生じる予報を行う組織で要するに宇宙天気予報だ。これだけだと、実証実験の終了予定が今日の18時45分なので直接は関係しないように思えるが、地上への戻りには影響するかもしれない、と伴は思いとりあえずチャットで問い合わせをしてみた。それに地上のNyamalが気付いてDavidに知らせた。

David「Yoshi, ISERCが出した発表を見たようだね。今の時点で、こちらのスケジュールをどうするのかは、まだ決まっていない。ただ今後どういうようになるかという予想はできる。」

伴「2091年のThe Surgeのあと、EU Space Development Corp.では太陽フレアの影響が大きいという予報が出た時にどのようにするか、のマニュアルができた、と聞いているから、それに沿った対応なのでしょう?」

David「もちろんそうだ。ただ、現時点では今までの予報の中では最大級のものではあるが、まだ予想されるフレアのレベルがはっきりしていないから、対応もまだはっきりしていない。今後だが、今日の夕方までにはより確度の高い予報が出ることになっている。そこで例えばある時間からある時間がレベル3以上となる可能性が大きい、という予報が出されたら、その期間は非常用設備だけOnにして他はシステムを停止し、その期間終了後に順番に再立ち上げをすることとなる。Yoshiの場合は、こちらの指示に従い簡易宇宙服でクライマーの中で待機となる。クライマーに乗って降下中にシステムシャットダウンをすることはできないからね。その前にやってほしいことがある。これについてはNyamalから説明する。」

Nyamal「今回設置したラックのうち2台の上部が直接外気に触れていることは、ご存じですね?」

伴「はい、粒子を放出するためです。それが何か?」

Nyamal「その真空になっている部分とマイクロスペースの空間はいくつかの細かな配管で繋がっていて、それはラックのシステムによって制御されていて、ラックのシステムをシャットダウンしても、この部分だけは動作している。ここの部分を通して空気が抜けるとしたら、特殊なコマンドが送られたときだけ、ですね?」

伴は相手が何を心配しているのかが分かってきて、「はい、その通りです。ひょっとして、システムをシャットダウンしているときに、太陽フレアの影響で変な信号が入ってきた時に間違えてそのコマンドと識別してしまい配管を開けてしまうことがないか、ということを心配しているということですか?」

Nyamal「その通りです。今回資料を見る限り、このようなテストをしたということは書かれていないので。」

伴「私も、そこまでのテストをしたとは聞いていません。配管を開けるコマンド自体は確か短いものなので、可能性はすごく低いですけど、誤動作する可能性はゼロではありません。それを防ぐとすると、ひょっとして今粒子放出用に空いているマイクロスペースのクライマー用ジョイント部の壁をもとに戻す、ということですか?誰かこちらに来るのですか?」

Nyamal「私が設置するとき、見ていましたね?」

伴「はい、確かロボットに支えられてラックの上に上がって、何か作業しているのは見ました。」

Nyamal「ラックの上の隙間に入る必要はありませんが、天井からのクレーンにぶら下がって壁面の出口を閉じていただきます。ドライバとレンチだけあればできるので、クライマーに用意している道具を使ってください。」

ということで、伴には最後の日になって作業終了後にいくつかすることが発生した。

伴「後、現時点で分かっていることは、今教えて欲しいのですが」

David「そうだねえ、システムがシャットダウンする期間は恐らく数時間と思われるから何とかなるだろう。これが長いと大変だけど。あと、シャットダウンが終了しても動作テストがあるから、クライマーで降りてこられるのは半日から1日後になるだろう。水とは空気の備蓄はクライマーにまだ3日分あるし、マイクロスーエースにもこの前予備品を補充したから予備は十分あるので、1週間くらいならそこに居続けることは可能だ。あ、ただこの前ステーキ焦がして捨てたから夕食の残りは2回分だった。」

伴「今回関係ないだろうけど、シャットダウンが長いと、何が問題なのだ?」

David「そこは宇宙空間だ。そこで空調が止まっているので、昼は高温、夜は低温になるから基本的に宇宙服着てクレイマーで待機、マイクロスペース内で作業ができるのは朝と夕方の限られた時間になる。2091年のThe Surgeのときは最初の大規模な影響が出てから最後の大きな影響が終わるまで1日半だったから、システムが完全に戻るまでは中間ステーションや静止軌道ステーション内の温度変化は大きかったらしい。そういう状況になったからこれらのステーションでは作業人数を大幅に減らして環境負荷を減らし、復旧作業をしたそうだ。非常に大きな影響はあったけど、ここではThe Surgeで死んだ人はいない。」

Nyamal「死にそうになった人はいるけどね。寝ている最中に酸素ボンベの使い方間違えたとかで。ただ、The Surgeのときの復旧作業が大変だったのは事実。公式的には3か月で元に戻ったとしているけど、実際は1年半かかった。そのとき静止軌道ステーションには5名、中間ステーションには30名いたらしいけど、静止軌道ステーションは全員退去、中間ステーションでは5名だけとどまり、残りは全員地上へ退去、それと入れ替わりで船外活動できる保守要員10名が中間ステーションに来て外部壁面やアンテナなどの補修を2か月かけて行い、それから5名だけ静止軌道ステーションに上がって1か月かけて補修を行ったらしい。保守要員が中間ステーションに行くだけで10日かかるのに、3か月で元に戻るわけがない。」

伴「The Surgeは大きな災害だったけど、ヨーロッパからの宇宙通信ビジネスが大きく伸びたので、EU Space Development Corp.にとっては大きな躍進につながった、と聞いた。それは、本当の話?」

David「良く知っているね。宇宙エレベーターでThe Surgeによる損傷を大きく受けたのは衛星放出関係の設備で、衛星からの通信に関しては大きな被害は出ていなかった。またハルツーム市内に関しては、宇宙関係の会社が多くあったこともあり太陽フレアへの対応がうまくいっていたので、衛星経由で受信した信号を処理して送り返すことに関しては、大きな障害は出ていなかった。一方、特にヨーロッパや北米の国や都市は太陽フレアが障害を与えるのは衛星だけで地上のシステムは問題ない、という間違えた考えで大きな対策をしていないところが多く、大規模な停電や通信障害が発生した。中にはオートロックのマンションに1週間閉じ込められた、などの話も出ていた。もちろん太陽フレアの影響で墜落する衛星はあったが、それまでの経験から衛星の運用会社は太陽フレアの影響が大きい時は衛星を地球の裏側に移動させるようにしたので、墜落する衛星の数は予想の半分以下だった。これにより地上で通信システムが障害を受けたところで、一番先に使用可能になったのは衛星経由での通信だった、という所が多かった。このため非常時には衛星通信という認識が広まって、EU Space Development Corp.の通信ビジネスでヨーロッパからの顧客数が大幅に増えた。その前までは通信ビジネスはEU Space Development Corp.の副業という感じだったのが、今は完全に通信ビジネスが本業の会社になっている。でも、The Surgeによる災害で大きく成長したのは、Yoshiのところだってそうだろう?」

Nyamal「そうなの?」

伴「え?ああ、それたまに間違われるのだけど、うちではなくて別の組織だ。名前は似ているのだけど、RSUOJ : Revolutionary Sustainability Utilization Organization of Japan (革新的持続可能性活用機構) という。」

David「確かに、そのような名前だった。でも制服なんかそっくりだよね。」

伴「それは、向こうがまねした。The Surgeのあと、急に設立されたから細かなところまで手が回らなかった。」

として伴が説明したところによると、「良く知られているように、日本の会社は表向き効率性重視で、ほとんどのところは無駄な設備などは持たないが、中にはそれに対抗して敢えて無駄を大切にするというところもある。The Surgeが発生したとき、日本も他の国と同様に大きな災害が発生したのだが、そのような無駄を大切にしている会社では被害は比較的軽くその会社のサービスは継続されることが多かった。これに注目した研究グループがいて、そこによると、今まで「無駄」と言われていたものの一部は、実は「持続性を維持するのに必要な冗長性」であって、社会には必要なものだ、と発表した。これを世界的な標準規格にして、日本がこの分野での中心的な役割を行っていこう、というのがこのRSUOJの設立の目的だ。」

David「面白いねえ。150年前には、会社でのすべてのすべての業務は効率的でなければいけない、と言って無駄をなくすことに全力を挙げていた国が、今度は「無駄は必要だ」と言って世界をリードして、実際に標準規格がいくつか作られているのだから。個人的には、これはすごく的を射た考えだと思うよ。」。

という話をしているうちに作業開始の時間となり、伴は予定通り最後の放出作業を続けた。そして午後になったとき、

David「ISERCからの詳細予報が出た。今夜5月11日23時から5月12日10時の間にレベル2.5からレベル3の太陽フレアが数回発生する可能性が高い、です。これを受けて、宇宙エレベーターの各システムは、非常用システムを除き本日5月11日22時半から5月12日10時半までシャットダウンします。上空の要因については、非常対応職員を除き全員クライマーで待機すること。システム立ち上げは段階的に行うので各人はコントロールルームからの指示に従うこと。ということで、Yoshiは簡易宇宙服に着替えて5月11日22時半から5月12日10時半までクライマーで待機。この通信は非常用システムに含まれるので、通信が切れることはありません。あと、朝話していた作業をお願いします。」

Nyamal「作業開始は21時。もし何かの都合で放出作業が終了していなかった場合は、その時間で放出作業を中止します。21時に簡易宇宙服に着替えて、放出ラックのシステムをシャットダウン、そのあとラックの上に乗ってマイクロスペース壁面の開口部を閉じてもらいます。あと、必須の作業ではないですが、予備系の作業を本日の作業終了時に行ってもらいます。おまじないです。」

伴「おまじない?」

作業は順調に進み、伴の作業が終了した16時50分に「おまじない」の内容がわかった。Davidに言われてロッカーの下の段の引き出しを開けて出てきたのは、止まっている目覚まし時計と変な道具と古いラジオみたいなもの。

伴「なんですか、これ?」

David「ゼンマイ仕掛けの時計と手回しラジオ。どちらも日本製みたいだけど知らない?」

伴は、ゼンマイ仕掛けの時計はカンパラでの研修でも触っているが手回しラジオについては聞いたことはあるが、見たり触ったりした記憶はないと思った。

David「使い方は、わかるよね?」

伴「手回しラジオは触った記憶はないけど、たぶん。」

と言って、まず時計のゼンマイを巻いて、次にラジオについていたハンドルをぐるぐる回したら音が出てきた。

David「時計は、一応時間を合わせてね。ラジオはクライマーの中での非常用なので、必要な時に使って欲しい。予報は変わっていないので、あとは21時だから、20時50分まで待機です。」

特に機器トラブルなどなかったので18時45分で粒子の放出は終了し今回の実証実験の作業は無事終わったが、太陽フレアのため伴の仕事は終わらない。伴は20時半にクライマーの中で簡易型の宇宙服に着替えた。一応背中に小さい装置を背負って全身を覆う形式だが、長時間真空での作業に耐えられるだけの性能は無い。その代り軽量で動きやすくクライマーに閉じ込められても水分さえあれば3日は持つそうだ。20時40分過ぎには伴が着替え終わったのを見て、

Nyamal「え、もう着替えたの。チェックするから」

と言ってクライマーのストレージに入っている器具を宇宙服のおなかの部分にあるプラグに繋ぐように指示してきた。それで機密性がチェックできるようで、宇宙服内部のファスナーが完全にしまっていない、などのダメ出しがでた。カンパラの時は、コントロールルームからデニス メッタが細かく指示していたから、OKだったようだ。それで伴は放出ラックのうちの1台の横に行き、マイクロスペースの天井からクレーンを降ろし宇宙服の腹部に繋ぎ、必要な工具を持ってクレーンにぶら下がったままでNyamalの指示に従い放出ラック奥のクライマー用ジョイント部の壁面の開口部を閉じた。これと同じことを隣のラックでも行った。時間は21時半で、

Nyamal「あと、1時間ですね。余裕あってよかった。」。

伴「それでは、私もおまじないを。」

と言ってマイクロスペースのベッドの床にあるネジを外して10cm四方くらいの蓋を取り出した。

Nyamal「何をしているの?」

伴「ここからハルツームの市内が見えます。」

Nyamal「そうだけど、あなたはクライマーで待機でしょう?」

伴「そのため」と言ってスタンドとWeb対応カメラを持ってきて床に開いた窓を上から撮影した。挿絵(By みてみん)

伴「これでクライマーから市内の状況を見ることができます。離れているけど市内が明るいのか暗いのかはわかるでしょう。」

Nyamal「確かに、おまじないねえ。」

そして伴は宇宙服を着たままクライマーに入りドアを閉め、22時半を迎えた。

David「システムシャットダウンです。」という声が終わる前に、モニタ画面に映っているマイクロスペース室内が暗くなった。伴は、その前に携帯ラジオのハンドルをぐるぐる回していたので地上で流れているラジオ番組からの音楽が聞こえていたのだが、22時50分頃にはその音も聞こえなくなった。そこで先ほど設置したカメラの画像を見たら、つい少し前には明るかった市内がすごく暗くなったように見えた。交通標識や病院など以外はシステム保護のため停電にしたのだろう。クライマー内部の照明も少し暗くなったのだが、それは気にならないレベルだった。そして23時になった。伴は、太陽フレアがあってもここで気が付くことは無いのだろう、と思っていたが、そうでもなかった。数時間後のまだ夜明け前、伴がクライマーのシートでうとうとしているとブザーの音で起こされた。目を開けると、一瞬暗かったのが明るくなるのが分かった。太陽フレアの影響で非常電源が瞬停したようだ。通信システムにも影響があったようで、みると通信システムは再起動中だった。立ち上がってすぐに、

David「Yoshi ,起きているか?そちらの状況は?」

と聞いてきた。大きなノイズの影響でシステムは再起動したが、それ以外にトラブルはなかったらしい。そしてこのまま12日10時半を迎え、1時間ほどかけてすべてのシステムが再び動き出した。これにより伴は宇宙服を脱ぐことができたが、数時間遅れで地上に帰る、というわけにはならず、13日(土)夜まで待機となった。中間ステーションで不具合が生じた機材の予備に交換する必要が生じたからだ。地上から運ぶのだと10日かかるのだが、どうも中間ステーションの上下にあるマイクロスペースは他よりも少し大きくて、今回のようなトラブルが発生することを見越して主な予備機材を保管する倉庫になっているらしい。そこに半日かけて保守要員が行って、また半日かけて戻るため、伴はその期間動けないというわけだ。


<BVMCA粒子探し>

伴の乗ったクライマーがマイクロスペースを離れたのは13日(土)の深夜、地上に着いたのは14日(日)早朝で、予定より1日半遅れだった。伴は着いてすぐに健康診断、そして昼にはKierの車に乗ってハルツームから西の方角に走っていた。

Kier「他のメンバー(AyaとMohamed、崔, ThomasとDeng)は先に行っています。明日の昼前には合流できるでしょう。」

1,000km以上離れていてできるの、と伴は思ったが、その答えは単純で、砂漠では自動運転で夜も走りっぱなし、ということだった。

15日(月)11時になってやっと前方に車が2台見えてきた。AyaたちのNPOの車両と崔たちの車だ。

Aya「上空で足止めされていた割には、早かったねえ。でも、そちらが上空にいる間に位置追跡用の飛行機は大体このあたりに着陸した。最後の1台はついさっきだけど。でも、この辺には、一緒に落下するはずの粒子の付いた紙片は見当たらない。」

Ayaの説明によると、位置追跡用の紙飛行機4機が着陸したのは、今いる場所から数㎞の範囲内で、その範囲の大きさは最大5km程度、そしてその範囲内を探したけれど30mm×30mmの紙片は全く見つかっていないということだった。

Aya「それで、回収した紙飛行機を見て欲しいのだけど。ただ壊れないように注意してね。」

と言ってケースに入っている30㎝くらいの大きさの紙飛行機を見せた。

伴はそれをそっと手に取って注意深く見て「特に前の翼などに細かな傷や穴がある。」挿絵(By みてみん)

Aya「そう、見えるでしょう。たぶん上空で砂か何かにぶつかっている。というのは、この飛行機は着陸する前にYoichiが器用に捕まえたから着陸するときには砂にぶつかっていない。それから、この飛行機は11日朝に放出されたものだけど、その時から今まで地上では特に砂嵐などは起こっていない。」

伴「本部に解析させましょう。」と言って翼などの写真を撮って本部に送り、

「シミュレーションをして欲しい。上空で砂などにぶつかって写真のような損傷を受けた場合、落下位置はどの程度の影響を受けるか、だが、上空のどこでぶつかったかわからないので高さを変えて数パターン計算して欲しい。」

との依頼をした。本部からは2時間くらいかかりそうとのことだったので、早めの昼食休憩とした。

伴「こちらでは太陽フレアの影響は?」

Aya「ハルツーム市内では、11日の22時50分から12日の10時半まで緊急対応を除いて外出禁止で、一般家庭と緊急対応以外の会社や設備は停電の対応で、特に再起動で大きなトラブルはなかった、と聞いている。ただし、警察の勧告を無視して車を運転して、振れの影響で事故になった、という例はいくつかあったらしいけど。」

伴「うちのプロジェクト関係は?」

Aya「影響が大きくあったに決まっているでしょ。レーダーで検出した位置情報に従って動くのに、そのレーダー測定が11日の22時半から12日の12時まではレーダー装置が停止になるし、その期間は自分の位置情報が取れないから車の運転は差し控えたし。そういえば、レーダー担当のDamien<ダミアン> Blanc<(ブラン>が放出された粒子のパターンを見て言っていて、確かにそう見えたけど、強弱をつけて粒子を放出したでしょ。あのパターンは放出後1日半くらい強弱がレーダー上でもよく見えたって。その後は薄くなって見えなくなったけど。私が車の中でモニタ見ていた限りだと、1日は見えていた。だから次の日の朝は前の日の夕方に放出した痕跡がモニタ上に見えていたから、追跡するときに役立った。1日だけだけどね。」

伴「それは良かった。あれは、半分私のアイデアです。それで車を動かせなかったときは、ホテルなどで待機ですか?」

Aya「Musa Badriのところにお世話になった。そちらとの契約の件は、順調に言っているそうよ。あと、工作機械があったでしょ。あれが新しくなって、喜んでいた。新品ではないのだけど、Davidが助けてくれたようで、宇宙エレベーターの保守を委託している会社の装置を更新することになったので、そこで使っていた工作機械を譲り受けたんだって。Musa Badriが使っていたのと同じメーカーの後継品だそうで、今回は正規の調達だからいざとなればメーカーの保守を受けることができるらしい。とにかく、Musa Badriは今回の仕事に参加することができて、これでやっと未来の人助けになる仕事ができる、と喜んでいて、Yoshiにあったらありがとうと伝えて欲しいと言っていた。」

伴「それは良かった。トラブルは、そのくらい?」

Aya「そんなわけないでしょ。1日目に放出した紙飛行機が着陸する予定が12日朝だから、当然のことながらレーダーは動いてないから追跡できないし、こちらも動けないし。レーダーが動いて1機目の着陸場所が分かったのが12日の夕方過ぎで、遅かったからMusa Badriのところにもう1泊して、2機目の着陸にも間に合わなかった。だから最初の2機とも地面にぶつかっている。昨日の朝の3機目は着陸前に追いついて、Yoichiが捕まえる、と言うので任せたら、すぐ近くに来たところで飛びついてつかんだのはいいけどそのまま砂の上に転がって飛行機を壊してしまった。」

崔「それで今朝は昆虫採集の網を使うことになり、昨日の夕方私が採るということでテストしたらダメ出しを受けてしまって、今朝はAyaさんが網で採りました。私も網には自信あったのですが。子供の時は、トンボをたくさん捕まえていましたから。」

伴「子供の時にトンボ採り?確か都心で育ったと聞いたような気がしたけど?」

崔「確かに住んでいたのは渋谷区ですけど、祖父母が福島にいて、小学校の時は夏や秋には福島へ行ってトンボを採って標本をたくさん作っていました。」

Aya「網を振り回すのは速いけど、なんというか乱暴で、これが採ったトンボの標本と言って見せてくれたのだけど、よく見ると羽根の先がボロボロになっているの。これだと着陸してから取るのとあまり変わらないと思ったから、私が自分でやりました。一応生物学者で昆虫採集の経験はあるのでね。」

伴「確かに、つかまえて頂いた飛行機は他には傷などありませんでした。送った写真見ての本部からの反応は、浮力が10%低下している、とのことです。予想と違って、かなり上空にも細かな砂が舞っているということが考えられる、という説明でした。」

その少し後、本部からシミュレーションの結果が来た。砂にぶつかったときの紙飛行機の高度を5通りで、一番低い場合では粒子の平均落下位置は紙飛行機の3㎞先、一番高い場合ではそれが70㎞先だそうだ。Aya「とにかく先に進まなければいけないけど、明るいうちに70㎞先まで行くとして、かつ細かなものを見つけ出す程度にはスピードを出しすぎないように、として考えて時速20㎞、先頭は私の車で主に前方に注意、Yoshiは右側に注意、Yoichiは左側に注意でどう?あと、ドローンも併用しましょう。」という案が出て、それでいくことになった。車が走り出して、運転手以外は双眼鏡で、また伴と崔の車から各1台のドローンを500m離して左右に割り振り、30分飛ばした。ドローンはどちらの車も3台持っていたので、1台飛ばして残り2台は充電することとした。そうして1時間ほど走ったところで、

伴「砂が光って見えるときがあるので、砂の上に落ちている紙は意外に見つけるのが大変かもしれない。」

Aya「確かに。何かの上にくっついてくれたらわかりやすいけどねえ。」

崔「この辺、砂しか見えないですけど。」

そしてさらに30分ほどしたとき、

伴「ドローンに何か映りました。2㎞右前方で、黄色のものですがなんだろう、これ?」

Ayaもモニタを覗いてみて「Tシャツのようね。たぶん、旅行者がここまで来たということで、記念に砂に挿していったのでしょ。この土地からすると、ゴミおいて行ったに近いだろうけど。」

そこでドローンがそこからカメラを動かそうとしたとき、伴「あ、少し戻します。」と言ってドローンのカメラを操作した。

Aya「何かあった?」

伴「シャツに何か付いていたような。拡大します。」

黄色いシャツに白っぽい文字が書かれているのだが、その文字の他に白っぽいシミのようなものが見えてきた。挿絵(By みてみん)

Aya「行きましょう。確かに何かシャツに付いている。」

3台の車は、観察の邪魔にならないようにTシャツから20mくらい離れたところに停まった。

Aya「このシャツをここに置いた人たちは、思っていたより真面目ねえ。」

伴「どういうこと?」

Aya「括りつけているのは、普通の木の棒をわざわざ持ってきて十字にしている。よく見るのはプラスチックで、そうだったらゴミだから引っこ抜くのだけど、これはこのままここに置いていても問題はない。」

伴「自作したのか、どこかに頼んだのかはわからないけど、名前が書かれていますね。「JICA JOCV Yuki Wong (2090~2093)」、そして文字の横にあるのは、白い紙みたいです。最初三角に見えたから単なるゴミかもと思ったけど、降り曲がっているだけで、これはBVMCA粒子の付いた紙に見えます。」

Aya「ここの位置はハルツームの北西約760㎞ね。それでは、サンプルを採集しましょう。」

崔「このシャツごと持っていきましょう。ゴミと思っていいんでしょう?」

伴「ちょっと待って。このシャツがここにあるのは何か理由があるかもしれないし。」

Aya「JICA Yuki Wongで調べたら、情報が出てきたから、これはYoshiの言う通り、シャツ自体はこの場所に残すべきね。」

Ayaが見つけたのは、まず2094年3月のJICAのJOCV(Japan Overseas Cooperation Volunteers:青年海外協力隊)のPR誌に書かれたYuki Wongではなく、その同僚だったらしいSayakaという人の記事。

それによると、Yuki Wongは砂漠緑化を目指しJICAのJOCVの1員として2090年に北ダルフール州での灌漑事業に参加したが、2093年に重い白血病であることが分かり治療のために日本に帰国した。Yuki Wong の夢は100年後には砂漠の遠くまで草花で覆われることだったので、Sayakaを含む同僚数人は、灌漑事業をしていたところからできる限り遠くまで北上し砂漠の中にYuki Wongの名前の入ったシャツを掲げ、100年後にはこの場所まで緑化するとの目標と誓いの言葉を残した。その誓いの言葉とは

「私たちの友人Yuki Wongの夢はこの地が緑に覆われることでした。100年後にはこの場所まで草木が覆いこの夢が実現するように努力することを私たちは誓います。また、この結果をYuki Wongに見せるため、彼女のシャツをこの地に残します。 2093年 JICA JOCV北カルフール担当 一同」

伴「誓いを書いたものは見当たらないようですけど。」

Aya「この写真見ると、紙に残したみたい。30年前の話だから紙なんかボロボロになってしまって、今は残っていないでしょう。」

崔「わかりました。それではシャツから粒子のサンプルを回収しましょう。」

Aya「ちょっと待って!何もわかっていないようねえ。思いやりの心を少しくらいもった方がいいようね。いい、砂漠を緑化したいというYuki Wongの夢が私たちをここに引き寄せてくれたのよ。あのシャツは砂漠の緑化を目指した人の、いわば記念碑で、それにあなた方が散布したものが今くっついているのよ。」

伴「まずは、この記念すべき出会いを映像に残しましょう。」

と言って粒子の付いた紙片が2つ付いているシャツの写真やシャツの名前部分などの写真をいくつか撮った。このシャツと紙片の写真は、3か月後のRSUO(革新的持続可能性活用機構)ジャーナルの表紙を飾るとともに、いくつかのニュースでも紹介された。

伴「ところで、このYuki Wongについて、その後どうなったかなどありました?」

Aya「2098年6月の同じPR誌の記事によると、2093年に紹介したYuki Wongは治療の甲斐なく2098年に亡くなったそうよ。」

伴「そうすると、この場所にまた来ることは無かったのですね。」

Aya「でも、今の予定のままでいくと、ここは15年くらい後にRPCのポールが近くに建つ予定がある。あなたたちがやっている実験やRPCプロジェクトのどちらかでもうまくいくと、100年後にはここは花畑になるのか牧草地になるのかはわからないけど、緑で覆われた土地になる。だからYuki Wongの夢は本当になるのよ。」

伴「ではサンプルだけ回収して、この辺に他に紙片がないかを探しましょう。」車の中から双眼鏡で見てもわからなかったので、車はそのままで近くを歩き回ったりドローンで探したりしたところ、この場所の1㎞圏内で40枚ほど見つかった。

これで今回の探索は終了。放出場所から700㎞以上離れた地域の広範囲に散布されたのが確認できた、という結果が報告書に書かれた。



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